【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第10話

 メイドさんがお昼ご飯を持ってきてくれて、殿下の部屋でいただくことになった。

 実は殿下と二人で食べるのは初めてだったりする。

 汁物やパンらしきものや、食事に関しては近しいところがある。

 だからか、食も進むし、美味しいと話も弾む。

 学校の様子や寮生活、アオイさんたちの話などを聞いて、あっという間に食べ終えた。

 殿下は公務に、私は部屋に戻ろうとして。

 呼び止められた。

 

 

「そうだ、人手が欲しいと頼まれていたんだが、行ってみるか?」

 

 

 といって渡されたのは、一枚の用紙。

 内容は、単純作業のお手伝いが至急欲しいというもの。

 具体的な仕事内容はないが、賃金は支払われるようだ。

 王子様ってこういう募集に関することも請け負うのかと思いきや。

 募集をかけることの承認を、とのことらしい。

 つまり、まだ募集は出していない。

 紙を見つめながら、脳裏にはあの人が。

 

 

「……あの」

「ん?」

「この件、一人教えたい人がいるんですが」

「知っている奴か?」

「はい」

 

 

 ぱちくりとした目に向かって考えを話す。

 言ってしまえばプレゼンをしているわけだが、即席で言葉だけで、というのは難しい。

 この世界にはあるのかないのかも定かではないものを語るので、どこをどういえば伝わるのかも同時に考えながらだからさらに難しい。

 しどろもどろになりながら話す間、殿下は相槌と頷きで返してくれる。

 

 

「その人が良ければというのと、私が上手いこと作れれば、になるんですが……」

「それでもいいと思うぞ。俺から部署の奴と本人には繋いでみる。本人と話すのはヒスイの役目な。それまでにヒスイは道具の準備を」

「わかりました。行ってきます」

 

 

 ソファーから勢いをつけて立ち上がり、挨拶もそこそこに部屋を出た。

 自室に戻り、設計図から作る。

 記憶の中のものでしかない。

 教科書ももちろん実物もない。

 だからこそ、より安全性に気を付けながら作らなければ……。

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 

 入学の準備なんてそっちのけで、数日が経った。

 森に行ったり使えそうな道具を探してもらったり、いろいろな人に協力してもらいながらなんとか完成した。

 そしてそれを持って、今は殿下の部屋の前にいる。

 

 コンコン、コン。

 

 ……応答がない。

 入っていいかな。

 

 

「こんにちはー……」

「あ、こんにち……こんにちは!」

 

 

 こそこそと。

 不安交じりに入ってみたところ、誰かいた。

 ただし殿下の声ではない。

 と思って声のした方を見ると、知っている人だった。

 最後に会ったのは試験を受ける前だったか。

 

 

「おおおお久しぶりです」

「お久しぶりです。今日はヒスイさんからお話があると、殿下から伺ったのですが」

「そうなんです。今殿下は奥に」

「お、来てたか」

「あ、お邪魔してます」

 

 

 上着の片側の袖を垂らし、扉を開けてすぐ横に立っていたその人は、見覚えのある笑顔で迎えてくれた。

 名前はガーラさん。私が機能訓練を始めたとき、初期から参加してくれていた人。

 腕を怪我して神経断裂。

 利き腕である右の肘から先が思うように動かなくなってしまった人。

 私が試験を受ける前に機能訓練は卒業となり、それから会っていなかった。

 仕事を探しているのだと思っていたけれど、どうなのだろう。

 

 

「ガーラさん、来てくださってありがとうございます」

「いえ、そんな。最近は忙しくないので」

「今、お仕事は?」

「恥ずかしながら、まだ探しているところです。片手が動かないというだけで、こうも仕事が見つからないのかと……」

 

 

 明るく話してくれているけど、内心は辛いのだろう。

 敢えて暗くならないように話してくれているというのが、痛いほどわかる。

 ガーラさんの場合は利き手ということもあって、日常生活から不便が多いと思う。

 ご家族はいるそうだが、一日中ガーラさんについているわけにもいかないだろう。

 ずっと一緒にいてストレスに感じる場合も多いし。

 なにより、自分一人でできていたことができなくなった時の喪失感というのは、本人にしかわからない。

 

 

「ガーラさんに、これを試してほしくて、今日は来ていただきました」

「これ、は……なんですか」

「殿下、机を借りてもよろしいですか」

「好きに使ってくれ」

 

 

 殿下の机を使うことに多少の引け目はあったけど、実際の作業場所に合わせた方が良いかと思って、そうした。

 ガーラさんも当然のことながら「殿下の席に座ることはできない」と言っていたけど、そこは押した。

 そこで取り出したるは、腕と同じぐらいの長さを持つ棒。

 頂点となる先端から可動式の棒が地面と水平に伸びていて、その先にはさらにもう一本、少し垂らしたところでまた水平に短い棒が吊るされている。

 吊るされている棒の両端では、タオルの対角を一対ずつ固定している。

 

 

「これは『ポータブル スプリング バランサー』というものです」

「ぽーたる……?」

 

 

 机の端に万力で挟むようにして固定する。

 殿下の椅子に恐縮したガーラさんが座り、弛緩した右腕を確認して、バランサーの高さを調整する。

 

 

「このタオルの中に腕を通します」

「は、はい」

 

 

 調整までした後は、自分でできるかの確認も含め、ガーラさん自身にやってもらう。

 バランサーが可動式のため、動かない右手を支えながらタオルに通すのが少しやりにくそう。

 通すんじゃなくて巻きつけるようにするか。

 苦労しながらも通せた結果、目が見開かれる。

 

 

「動かせるっ……」

 

 

 自力では持ち上げることはもちろん、机の上で横にずらすのもやっと動くかどうか、という状態だった。

 それが、今は机の上でスムーズな動きを見せる。

 上下の動きはないが、机でのみで考えれば作業可能範囲は拡大したと見える。

 腕の高さは机スレスレに設定し、右手の掌に、平たい魔石がついたバンドを巻きつける。

 

 

「これは?」

「無属性の魔法を込めてあります。一般的な、≪吸着≫の魔法です」

 

 

 加工して使う物は『魔石器』だが、今回は魔法を込めただけの物なので『魔石』。

 ウーとロロが首から下げているものや、その二人が保管庫で暴れたときにアオイさんが使っていた結界系の魔法も『魔石』に込められていたものを使っていた。

 込めていたのはロタエさんだったから、スグサさんが結界越しの転移を使った時に対抗心が燃え上がってたしまったのだとか。

 ガーラさんの目の前には滑り止めのシートを引いた。

 殿下から紙、印鑑、封筒、封蝋などの文房具を借りて机に置く。

 私は殿下と並んで、ガーラさんの目の前に机を挟んで立つ。

 

 

「右手を使いながら、紙を折り畳んで、封筒に入れて封をするところまでやってみてもらえますか?」

「……わかりました」

 

 

 何故そんなことを、と思ったことだろう。

 私をみ見る目は不安に染まっていた。

 満足にできなくなったことを、もう一度、それも他人がいる前でやれというのだから、躊躇いもするだろう。

 できない姿を見せろと言っている、ととられてもしょうがないと思う。

 けれど、不安を抱えながらも、聞き返しもせずに頷いてくれたということは、少なくともガーラさんの中でも何か思ったのだろうと思う。

 左手で紙を取り、左手だけで折ろうとする。

 しかし大事なものと考えれば、折れ目が斜めったりヨレてしまうのはよろしくない。

 折れ目をつける前に、何度も狙いを定めて調整を繰り返す。

 もう、右手を使うという発想は薄れてしまっているようだ。

 

 

「ガーラさん」

「ん……あ、あぁ、そうか」

 

 

 右手を示すことで、ようやくその存在を思い出してくれた。

 徐(おもむろ)に魔力を込め、≪吸着≫の魔法を確認する。

 魔法が発動し、机に引いていたシートに掌が吸盤のようにピッタリとくっつく。

 

 

「……紙を、押さえて」

 

 

 集中しているのか、ぶつぶつと呟きながら一つ一つの動作を行なっていく。

 ≪吸着≫で紙を押さえて、左手で折り畳み跡をつける。

 向きを変えてもう一度。

 三つ折りにできたら封筒を右手で抑え髪を入れる。

 押さえ直して封筒を閉じ、蝋を垂らして押さえる。

 

 

「……できた」

「できましたね」

 

 

 まるで初めて封筒を閉じたかのように、出来上がったものを見つめている。

 子どものよう、というほど輝いた目ではないが、思うところはあるようで、黙ったまま。

 おそらくの察しはついているので、殿下にも目配りして、しばらく様子を見る。

 一分経っただろうか。

 そんな短時間も同じ状況を見続ければ、体感としては長く感じる。

 

 

「……ヒスイさん」

「はい、何でしょう」

「このことを、俺にやらせるために、呼んだんですか?」

 

 

 まだ机の上の封筒を見つめて、俯いた状態であるが故の活気がない言葉の裏に、どんな気持ちが隠れているかは推して知るべし。

 

 

「それもありますが、それだけではありません。こちらを見てもらえませんか?」

「これは……」

 

 

 殿下かもらっていた用紙を渡し、ようやく見えた目が文字を追う。

 次第に見開かれる瞳は、私の考えをも読み取ったように私を捕らえた。

 

 

「この道具と一緒に、いかがですか?」

「よろし、ので?」

「殿下にも話はしてあります。ガーラさんさえ良ければ」

 

 

 震えているのは声か、瞳か、両方か、私か。

 健康であっても健常ではない体での職業復帰は、甘くないと考えていてもそれ以上に甘くはない。

 健常である体を前提にした働き方ばかりだから。

 元・騎士で体力に自信があったとしても、それは騎士だった時の話。

 騎士でなくなったのなら、その自信もすぐかいずれかは無くなってしまう。

 プライド、あったと思う。

 誇り高い仕事をしていたのだし、あって当然だと思う。

 もしかしたら他人から提示されるのも嫌だったかもしれない。

 一瞬思ったその考えは、消えた。

 

 

「おねがい、します……やらせてください……っ!」

 

 

 伏せた頭から、ぼろぼろと雫が落ちる。

 机の上に握られた左手と、吊るされたままの緩んだ右手が、肩と共に震えている。

 殿下を見やり、目が合い、お願いします、と。

 

 

「ガーラ・エギ」

「っ、はいっ」

「お前を事務補佐として雇う。契約は別室で行ってもらう」

「はいっ、ありがとうございます!」

 

 

 がばっと勢いよく頭を下げ、机ギリギリまで伏せた。

 よかった、と心から思える。

 うまくいってよかった。

 ガーラさんが落ち着くのを待ってから、三人で契約と道具の説明のために部屋を移した。

 

 

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

 

 

「ヒスイの仕事ってどういうものだったんだ?」

 

 

 殿下の部屋に戻ってきて、一休みの一杯を飲んでいる時の、突然の質問。

 意表をつかれてしまったけど、含んだ飲み物は飲み込めた。

 

 

「えっとですね。私の職業は主にリハビリテーションを行っていました」

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