【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第4話

 こそこそとなるべく人の目に触れないように部屋に戻ってきた。

 数時間後にはアオイさんとロタエさんが来るとのことなので、少し部屋の片付けをする。

 といっても、借り物の部屋と言うことであまり汚さないようにはしている。

 ベージュと白を基調とした明るい部屋。

 大きな窓から差し込む日の光を、細やかな刺繍のカーテンが和らげる。

 風が心地よく部屋の中に入ってきて、カーテンをドレスのように揺らしている。

 奥の部屋は寝室になっている。

 着ていたローブは扉近くに吊した。

 机の上の本を読んだ物と読んでない物に仕分けする。

 読んだ物は後で返しに行こう。

 テーブルの上はあまり置かないようにしているから拭くだけで良いかな。

 二人がいつ頃来るかはわからないから早々に片付けたけど、すでに終わってしまったな。

 

 ということで、机に座ってまた別の本を読む。

 これは魔法に関する本だ。

 魔法は身体の中を流れる魔力を意図的に操作し、それぞれの扱える属性に合わせて放出する。

 放出した魔法は威力を減らしながら魔力となって霧散し、空中に漂う。

 漂ってただの魔力となったものは、呼吸するのと同じように身体に取り込まれ、蓄積する。

 体内に保有される魔力の量が多いほど、一度に出せる魔法の威力はもちろん大きくなる。

 身体の持ち主、スグサさんはその保有量が多く、さらには回復も早かったようだ。

 だから強い魔法をばんばん使っていたそうな。

 今の私にはそのすごさはわからないけど、いくつかの本を読む度に語られていた。

 スグサさん自身、そんなに慎ましい性格でもなかったようで。

 どちらかというと自信家で、強気で、溌剌とした人なんだそう。

 だから使ったり創った魔法の一覧は何ページにも渡っていた。

 隠す性格でもなかったんだろうな。

 

 

「使えるのかな……」

 

 

 一人、呟く。

 呟いて、ここで意識を取り戻したときよりも、興味や意欲のようなものは沸いてきていることを自覚する。

 だけど魔法は……私は、魔法を使って戦うためにこの世界に呼ばれた。

 私の意志がなかったとしても、人を殺してしまっていることも事実なのだろう。

 なのにこんなにも、魔法に対して『楽しそう』と思ってしまっていいのだろうか。

 手首の手錠を触っていて、見つめる。

 この無骨な手錠をしている限り、私は自由には魔法を使えない。

 所属とか立場とかがどうなっているかわからないけど、変わっていなければ私は『兵士』であり『戦闘兵器』だ。

 魔法を使うこと自体は咎められないだろうけど、場所や種類は選ばなければいけないし、『スグサ・ロッドの身体』ということで威力なんかもどうなってしまうことやら。

 

 

 ―― 放し飼い状態

 

 

 そんな。

 面倒を見てくれている人には口が裂けても言えない言葉が頭に過る。

 

 

「……っと」

 

 

 いけないいけない。

 失礼なことを考えていてはいけない。

 研究者に引き渡されるとか、部屋に軟禁されるとかじゃないだけいいよね。

 

 

 コンコン、コン

 

 部屋の扉がノックされて、驚いて声を上げそうになった。

 夕飯の時間には少し早いが、この鳴らし方はアオイさんたちだ。

 ドアを開ける前に誰が来たかわかって、安心するだろうというありがたい配慮だ。

 研究者が来たり、間違えて訪れる人がいたら隠れるように言われていたから。

 

 

「はい」

 

 

 机から離れて、扉を開ける。

 

 

「失礼する」

 

 

 あれ。

 

 

「殿下?」

「おう」

 

 

 紛うなき殿下だった。

 

 

「聞いてないか?」

「聞いてないですね。アオイさんとロタエさんのことは聞きましたが」

「カミルから?」

「はい」

「……忘れてたな」

 

 

 カミルさんが伝え忘れたのかな。

 

 

「あの体格で、というのも変だが、抜けてるところがあるんだよな。それでも騎士団長が務まってるんだから不思議だが。突然押しかけてすまない」

「いえ、大丈夫です。どうぞ座ってください」

 

 

 早めに部屋を片付けておいてよかった。

 殿下にソファーに座ってもらって、対面に座る。

 

 

「カミルさん、意外と可愛いところがあるんですね」

「かわ……、いいか? おっさんだぞ」

「おじさんでもですよ」

 

 

 紅茶を選んでくれたり、ちょっと抜けてるところがあったり。

 眉間にしわを寄せて唸っているところを見ると、あまり同意は得られなさそうだ。

 紅茶と言えば。

 殿下に気軽に飲み物を出すわけにもいかない、けど。

 

 

「紅茶か何か頼みましょうか」

「いや、いい。もうすぐ食事時だし」

 

 

 殿下がそう言うならいいか。

 殿下も殿下で、表現するならゆるーく接してくれる。

 敬語はいらないとか、名前で呼んでいいとかも言われたけど、さすがに城だしそこまではできないので丁重に遠慮させていただいた。

 

 

「それで少し話がしたいんだが」

「なんでしょう」

「数日後、俺は城を離れることになる」

 

 

 おや。

 公務だろうか。

 見た目は少年というほどではないからある程度は仕事もあるんだろうが。

 わざわざ対面で言ってくるということは、それなりに長いこといないのかな。

 となると、私の管理もとい世話を焼いてくれる人が変わるのかな。

 

 

「学校が始まるんでな」

 

 

 学生だった。

 

 

「…………殿下」

「ん?」

「何歳ですか?」

「十六。もうすぐ十七」

 

 

 青年なりたてだった。

 少年ではないことはあってたけど。

 

 

「どれくらいに見えてたんだ?」

 

 

 にやり、という表現が似合いそうな意地悪な顔をしている。

 

 

「いやー、少年ではないだろうなーぐらいです」

「具体的には」

「いやいやそこまでは」

「言え。許す」

「ここで権力」

 

 

 ずるい。

 敬語は外せって言ってたのに。

 

 

「ほんとに具体的には考えてませんって」

「じゃあ何歳ぐらいに見える?」

「えー……二十五?」

「……老け顔か?」

「大人っぽいんです」

 

 

 学生だとは思わなかったし、落ち着いているから。

 本人は少し気にしてしまったのか、腕を組んでブツブツ呟いている。

 冗談を言ったわけではないが、気兼ねのないやり取りができている。

 絶えず呟く殿下を見て、楽しさを感じて、つい顔が緩んでいたところ。

 目線を上げた殿下と目が合う。

 

 

「少しは落ち着いているようで、よかった」

「え……」

「状況が状況だし、あまり様子を見にも来れていないから、気になっていたんだ」

「それは……ありがとうございます?」

「疑問形」

 

 

 優しい顔で、殿下が笑って、私もつられて気持ちが緩む。

 先日の謁見から殿下と会うことは数えるほど、ほんのわずかな時間だった。

 その分アオイさんやロタエさんが気にかけてくれていたのかもしれない。

 少ない時間でも今のようなやり取りができるようにはなったのだけど、こうして二人だけで、気兼ねのない会話ができるのは今までなかった。

 一国の王子様と兵器が談笑なんて、たぶん、いや絶対ありえないことなんだろうけど。

 

 

「話がそれたな」

 

 

 そうだった。

 和やかな空気のまま、ふと何だったかと。

 殿下が学校に通うという話は聞いたが、そこまでだ。

 つまり何も話が進んでいない。

 

 

「学校に行くんでしたよね」

「そうだ。あと十日ほど経てば始まる」

 

 

 聞く話によると。

 殿下の通う学校は城のすぐ近く、王立・フォリウム学院。

 各地にある基礎学校を卒業した十三~十八歳の男女が通うところで、フローレンタムでは唯一の基本学校。

 年齢的には中高一貫校と言ったところだろう。

 前半三年は科がわかれておらず、武術・魔術・普通科の内容を全般的に学ぶ。

 後半三年から科がわかれる。

 文理選択みたい。

 

 ちなみに卒業すると就職か、さらに学ぶための応用学校かに別れるらしい。

 寮制をとっているようだが、選択は自由なようで、殿下は。

 

 

「護衛を付けずに自由に過ごせる唯一のタイミングなんだ」

 

 

 と寮に入っているとのこと。

 となると私の世話も難しくなるだろう。

 

 

「ここで提案なのだが」

「提案?」

「一緒に通うか?」

 

 

 

 まさかの提案だった。

 城の中でもこそこそしているのに、いきなり学校に通って大多数の人の中に混ざろうとは……。

 うーん、学校も興味はあるけど……。

 

 コンコン、コン

 

 あ。

 

 

「アオイだよー」

「今開けます」

 

 

 今度こそアオイさんだった。後ろにはロタエさんも一緒にいる。

 

 

「こんばんは。調子はどうですか?」

「変わりないです。今殿下もいらしてます」

 

 

 ロタエさんは会う度に体調を気遣ってくれる。

 もちろん他の三人も色々と気にして声をかけてくれている。

 

 

「あれ? 殿下、お疲れ様です」

「おう。お前たちもお疲れ」

「もしかして学校の話ですか?」

「ああ」

 

 

 アオイさんも知ってたのか。

 

 

「ヒスイちゃんの返答は?」

「まだです。迷ってます」

「じゃあ食事が来るまでその迷ってることを聞こうか」

 

 

 アオイさんが私の隣に、ロタエさんが殿下の隣に座る。

 全員が一息ついたところで、私の話す番となった。

 

 

「学校は、正直興味はあります」

「うんうん」

「けど、なんと言いますか……んー、怖い、ですかね」

「ほうほう。怖いんだ。何が怖いのかは、わかる?」

 

 

 アオイさんが相づちを打ちながら、話を進めてくれる。

 急かすわけでもなく、優しい口調で、早くない話し方で、落ち着いて話すように言われているような…………感じがする。

 

 

「…………人が、ですかね」

「人? よく知らない学生たちってことかな?」

「というよりは、私は皆さんとカミルさん以外の人はあまりよく知らないですし、もっと言えばこの世界のことも知りません。そんな中にいきなり入る勇気は……ちょっと、ないです」

「そっかそっか」

 

 

 最近の読書はすごく楽しい。だから学校に通うのはきっと楽しいだろうと確信はある。

 けれど、学校に通うということはそれだけではないはずだ。

 生徒や教師との交流、この世界の常識、おそらくは魔法の使用も。

 戦や騎士団があるから、武器の使用ももしかしたらあるかもしれない。

 殿下とは学年が違うかもしれないし、そうなると一人きりになる可能性が高い。

 さすがに一人は、心細い。

 

 

「じゃあ先に色々なことを学んでからにしようか」

「そうですね。……え?」

「ん?」

 

 

 学んでから?

 

 

「私たちが一時、ヒスイさんの教師となります。学力やその他の知識をお教えします。学校に通うかどうかはその後でもよろしいのでは?」

「そうそう。教えるの上手いんだよ、僕たち。魔法に関しては特にね」

 

 

 ロタエさんとアオイさんが交互に言ってくれて、教師をかって出てくれた。

 この二人に教えてもらえるのはすごく嬉しい。

 けど……。

 

 

「とても嬉しいですけど、お仕事も忙しいですよね?」

「これも仕事の一環ってことにしてもらうから大丈夫だよ」

「俺の代役だな」

 

 

 殿下もこの案に賛成のようだ。

 仕事として割り切ってくれるなら、私も割り切ってお願いできる、かもしれない。

 

 

「僕が魔法と国学かな」

「私が魔法と基礎学ですね」

「俺は?」

「え、殿下は寮ですよね?」

 

 

 問えば。

 既視感のある、にやりとした笑顔を向けてきて。

 

 

「学校にも個室の自習室がある。興味はあるんだろ?」

 

 

 つまり学校に来いと。

 学校に来ていいよってことなんですね。

 思わず目を見開いてしまう。

 

 

「じゃあ殿下に基礎学をお願いしましょうか。復習も兼ねて」

「おう。数学も文学もなんでも来い」

「では私は魔法と武術にしましょう」

「え。ロタエさん、格闘技とかやってるんですか?」

「魔術師団に限らず、城に仕えている人間は皆、最低限のことはできますよ」

 

 

 魔術師って離れたところから魔法を使う人たちだけだと思ってたけど、この国では違うのかな。

 遠いところにいられるとは限らないとかそういうことかな。

 

 

「詳しいことは後日決めよう。そろそろ食事が来る時間かな」

 

 

 コンコンコン

 

 あ、来た。

 

 

「失礼いたします。お食事をお持ちしました」

「今開けます」

 

 

 ソファーから立ち上がって、扉に向かおうとして、立ち止まる。

 振り向いて殿下とアオイさんとロタエさんをまっすぐ見る。

 

 

「あの……。ご指導、ご鞭撻、よろしくお願いします」

 

 

 と言えば、みんな笑ってくれた。

 私がこの世界にいることは、主観的でも客観的でも、決して恵まれていることではないと思う。

 けれど部屋で話しているとき、この世界で目を覚ました時のことや人間であるかどうかなどは忘れていた。

 ……現実逃避かもしれないけれど。

 それでも、楽しいと感じることを見つけて、楽しみだと思えている自分がいることは確かだった。

 人間かどうかが大切ではないことはないけども、今わかることはほとんどないのだし。

 たとえ「ヒスイは人間ではない」とまた言われたとしても、私はそれを受け入れられないだろう。

 だって、私自身は、自分を『人間』だと思っているのだから。

 

 

 

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