【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
リハビリテーションとはつまり、病気や怪我によって失った機能を回復する、取り戻すということが目的。
正しくはリ・ハビリテショーンと言う。
そもそもの起源としては、戦争によって傷ついた心身の治療を目的とした職業。
医師や医術師のように原因を突き止めて根本的な治療方針を決めたり、看護師や医術助手のように治療のサポートをする職業ではないけれど。
失ったものを可能な限り取り戻すことに関しての治療を担う。
「ガーラさんみたいに、戦いで負傷した腕の機能回復を目指しつつ社会復帰も目指すということに関しては、私が前の世界で行っていた仕事そのままですね」
「ほーお。適任だったわけだ。その仕事もそうだが、ヒスイの世界でも戦いがあったことも驚きだ」
「私がいた国では戦い自体はもうほとんどなくて、病気や怪我が多かったんです。外国では戦いはありましたけど」
「いつの世もどこの世界でも、戦いは尽きない物なのかもな」
紅茶を一口含む。
人という知能を持った生き物がいる以上、戦いは絶え間ないのかもしれない。
人間自体に物理的な力はそんなになくとも、知恵と知識による知力がある。
魔法はなくとも魔法みたいに便利な物もあった。
先人や頭のいい人たちが色々な知力を披露してくれた分、それを良いことに広めてくれる人も、悪いことに活用してしまう人もいた。
「人間は、欲深いですよね。自分の欲望のために、他人をぞんざいに扱う人もいますし」
「……そうだな」
紅茶に映る顔を見つめる。
自分で言っといてなんだが、私も『ぞんざいに扱われた人』に該当するのだろう。
ベローズさんやこの世界の一部の研究者たちに利用されていたのだから。
この国のトップに位置する王族の一人である殿下には、嫌味のようなことを言ってしまった。
もちろん嫌味で言ったわけではないのだが、そう取られてしまったのだと声色からわかる。
もう、言い訳も取り繕いも、意味をなさないだろう。
「でも、この世界に来れたことはよかったです。魔法を使えるのは楽しいし、ガーラさんみたいに、私が持ってる知識で人を救えたのなら」
全員を救うという気概、とまでは言えないけれど。
それが必要とされているならば、私も生きていける。
根本的な治療ではないけれど。
怪我や病気になったり、なりかけてからじゃないと関われないだろうけど。
言って。目線を紅茶から上にずらす。
目の前にいる人の緑色の目に映る私を見つけて、心に刻んだ。
―――――……
年が変わってちょうど九十日。
合否を受け取って三十五日。
登校初日まであと五日。
気候は春らしい陽気になり、草木も虫も動物も賑やかになりつつある。
フードを被った私は長くお世話になった部屋を出て、荷物を詰めたボストンバッグを持ち、外に向かって歩いていた。
「ヒスイちゃん」
「あ、アオイさん。こんにちは」
後ろから声をかけられて振り返ると、赤い髪をしたアオイさんが向かってきていた。
「もう行くんだよね?」
「はい。ロタエさんが学校まで送ってくれるそうです」
「お見送りしようと思ってきたんだ。荷物持つよ」
「あ、ありがとうございます」
決して多くはない荷物だが、まるで紳士に会ったような対応をされてしまった。
ちょっと照れる。
両手で持っていた荷物を軽々と肩にかけて、歩幅を合わせて歩いてくれるその紳士とは、今日でしばらくお別れとなる。
名残惜しむように、一歩ずつの間隔は気持ち小さくなったような。
「ウロロスの二人はどうしたの?」
「寮につくまではここに」
「へー、綺麗だね。これは噂の武器かな?」
「はい」
ワンピースの上に乗る、首からかけた二連のネックレス。
飾られた一つと二つの石がそれぞれ光を反射する。
殿下が加工のための鍛冶師を紹介してくれて、作ってくれた。
赤いの二つがウーとロロ。
銀色……灰色が武器。
「似合ってるね」
「ありがとうございます」
他愛のない話をしながら廊下を進めば、一人で歩くよりも距離が短くなってしまったようで。
日の光が差す門に寄りかかって待つ女性の姿は、一枚の絵のを見ているのかと錯覚する。
「ロタエー」
「ロタエさーん」
「……こんにちは」
手を振りながら声をかけると、怪訝な顔が一瞬見えた後、クールな笑顔を向けられる。美人だ。
「団長、頼んでいた分は終えられたのですか?」
「終えてきたよー。ヒスイちゃんを送るために」
「それはよかったです。次の分もお渡ししておきます」
「なんで持ってるの!?」
私の荷物はアオイさんからロタエさんの手に渡り、ロタエさんからアオイさんへは書類の束が渡された。
いや本当になんで持ってるんだろう。
「じゃあ、ヒスイちゃん、元気でね。次来たら顔見せてね」
「アオイさんもお元気で。必ず行きますね」
握手を交わし、歩き始めて距離が開いても、姿が見えなくなるまで手を振った。
根性の別れではないとは思うけれど、一年の半分以上の四百日前後もお世話になったので、感慨深くなっても無理はないと思う。
アオイさんの姿が見えなくなってからはロタエさんと並んで歩く。
「カミル団長から伝言です。「元気で、気を遣いすぎないように気を付けろ」と伝えてくれと」
「カミルさんはお仕事なんでしたっけ」
「はい。今日はお城の鐘が新調されるので、その警備や力作業のために」
「そうなんですね。気を付けます、と伝えてもらってもいいですか?」
「必ず伝えます」
―――――……
―― はい、そこで右に飛んで一回転。さらに上。
「いきなり過ぎるっ」
白い空間。灰色の空間で話をする前に、体を動かすことを提案した。
というのも、編入し学校が始まるまでもう時間もあまりない。
学校のレベルは詳しいことはわからんが、まあ足りないよりかは足りすぎている方がいいだろう。
何事も、足りすぎている方が余裕も出るし、周りに合わせやすい。
協調性があればだが。
今は寮の室内で≪玩具箱≫を展開させ、風の魔法で動き回る練習中。
これも二属性魔法の同時使用にはなるのだが。
『結界系の魔法は、展開した時点で完了しているので、他属性との同時使用とはならない』、だったか。
そんな定義があった。
初めてその分け方を聞いた時、めんどくさいことしてるなあと思った気がする。
まあそんなことはさておき。
―― おー、動けるようになってきたな。これねら学校でも浮かない程度にはなったか?
「……気のせいかもしれないですけど、スグサさんも楽しんでますね」
―― そうだな。楽しんでる。
実の所、私様は学校には通ったことがない。
以前に赤髪が入っていたが、私様は編入試験を受けただけで学校には通わなかった。
もちろん合格はしたのだが、学校で習う内容なんてすでに知っていたし、人と
基礎学校も通ってない。
だから学校生活というのは実は初めてだ。
弟子がやっている機能訓練というのも、私様の視点とは違うところがあるし、物珍しい。
なにより、弟子はこの世界では知られていない知識を持っている。
自分で言うが、『未知』というものが目の前にぶら下がっている以上、私様が食いつかない道理はない。
研究員もいないことだし。
目の上のたんこぶ。
目障り。鬱陶しい。嫌い。
―― よし、最後に天井に飛んで、直下。
「ちょっ」
―― はよ。
狭い空間の中を飛び回ると言うのも結構大変なもので、距離がない分、即座の判断が必要となる。
今までは森の中や訓練場で、広い場所ばかりを走り回らせていた。
今後は身の振り方をさらに考えていかないと、『同行者』とやらがすぐに研究員に報告するだろう。
炙り出してもいいとは思ったが、当然のことながら煙はない方が無害だからなあ。
スピードをやや緩めながら、天井に足をつき、床へ直下。
とある動物のように体勢を変え、綺麗な着地とはいかなかずとも、風の魔法で威力を和らげて尻餅をついた。
―― 平坦な場所ならだいぶ慣れたな。
「そ、う、ですね。木とかは、まだ駄目ですけど」
―― どっか練習場所がないとな。
息を切らしながら律儀に返事をするあたり、ちょっと不器用だなこいつ。
適当に返しゃいいのに。
とか声をかけてる側が言うのも変か。
動き回るのが終わって気が抜けたのか、≪玩具箱≫も霧散する。
飾り気のない部屋が姿を現す。
床に座りこんだ弟子は辺りを見回し、「なんか、変な感じ」と呟く。今日引っ越してばっかだしな。
―― 今日、どれくらいもらったんだ?
「あ、そうだった」
休憩がてら、学校に着いたときに王子サマからもらったものについての話題を振る。
弟子が正式に金を稼ぐ手段として、機能訓練を提示された。
弟子はそれを受けたわけだが、その後さっそく、「最初の報酬」だと渡されていた。
茶色い封筒をひっくり返し、三種類の紙切れが出てくる。
「お金と、手紙?」
質の良い紙と、普通の紙。
差出人は王子サマと、道具を提供されていた負傷兵。
弟子に来た手紙なので、さすがに見るのは控える。
―― なんて?
「殿下は、「この金額は妥当なものだから」と。ガーラさんからは「道具ありがとう、頑張ります」と」
―― ほー。
声が、震えているか……?
≪嘘つきの鏡≫を使っていなかったことを少し後悔。
今の私様からじゃあ弟子の顔は見れないし。
何か、こいつの感情の表出に変化があったかもしれないのに。
―― ま、よかったじゃねーの。誰かの願いを叶えて、金にもなって。
「ははは……」
今は何も思っているかわかるぞ。
「身も蓋もない」だろ。
答え合わせはしないけど。
―― 今日はさっさと終えるかあ。このままいつものやるぞ。
「え、ああはい」
―― と言っても言うことは一つだけなんだが。今後は私様は基本出ないからな。緊急時以外は。
「出る・出ないのはお任せしますが、緊急時はない方が良いですけどね」
―― そうもいかんだろーな。
「ですよね……」
学校生活を送るのは弟子なので、私様が出ないのは当然だが。
身の危険がないとは言い切れないので、その時は弟子の助けになってやるつもりではいる。
研究対象にちょっかい出されるのは本当に迷惑だからな。
「なるべく頑張ります」
―― がんばれー。
気にしすぎ、気に追いすぎの弟子だから、助けを求めることはいつになるやら。
幸い、私様の存在は向こう側には知られてはいないだろう。
もしもの時は私様が勝手に体を動かすこともできる。
最悪の事態にはならないだろう。
ギルドで最高位の称号を与えられた私様だ。
早々、ピンチなんて気はしない。
―――――……