【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
先生がいるのは訓練場の中心。
私とライラさんは捕まった人たちと反対側の壁側。
見渡せば先生を挟んで対角線上にシオン殿下とナオさんがいる。
「いつ行く?」
「もう少し見てからですかね……」
「じゃあ私行ってこよー!」
「え」
走って行ってしまった。
走りを弱めずに先生にどんどん近づいて行く。
あれ、魔法使わないの?
「火≪アム≫・身体強化≪サーズ≫!」
「おー来たかー」
ライラさんは魔法を使いつつも物理で戦うタイプらしい。
階級には分類されない身体強化魔法で、腕も足も使って殴る蹴る。
先生は垂らした鎖を両腕に巻き付け、一つ一つ受け流す。
顔に殴りかかり、横腹に蹴り。
足を掴まれたら、反対の足で膝裏。
習われた先生は足を前に出して避ける。
「おらっ」
「うわわっ」
ガッ。と。
ライラさんは掴まれた足でそのまま投げ飛ばされる。
先生は投げた姿勢から続けて体を縮こませた。
先生の上半身があったところ場所には、寸の差で何かが通り過ぎた。
私の横に飛んできたものがぶつかったから、飛ばしたのは私の目線の先のシオン殿下とナオさん。
二人とも構えてるからおそらく間違いない。
「ちっ」
「ライラ、大丈夫かな……」
「あいつなら大丈夫だろ」
「平気だよ!」
飛ばされたライラさんも立てなおして向こうに合流してる。
―― お前はいかないのか?
「いやあ、ちょっと……」
小声で、スグサさんに答えはするが。
あの三人の連携がいったん止まったところで、他の生徒も思い思いに攻撃している。
魔法が飛び交ってて、この中に入るのはちょっと怖いな。
「こんにちは」
「っ、こん、にちは?」
「ふふ、驚かせてごめんなさいね」
私に話しかけて来るなんてライラさんぐらいだと思ってたのに。
スグサさんに返したの、聞こえてないよね……?
確かこの人は、さっき私と一緒に並んでた人だ。編入生のマリーさん。
ハーフアップの、金髪というよりかは黄色い髪に、赤い目。
神秘的で上品な雰囲気を放っている。
「編入生のヒスイさん、でしたわよね」
「あ、はい、そうです」
「マリーです。同じ編入生同士、仲良くしてくださいませ」
手を差し出され、握手を交わす。
横目に映るのは魔法大戦というだけに違和感がすごい。
マリーさんは満足そうに微笑むと、私から大戦側に視線を移した。
「大体の人は慣れた様子でしたので、様子を見ていたんです」
「なんか、ヒイラギ先生はいつもこの手段をとるみたいです」
「まあ、そうなのですね」
手を口に当てて、大きい目が丸く見開かれる。
仕草も上品だ。
「ヒスイさんは行かれないのですか?」
……探られて、いるのだろうか。
「……今は、様子を見てます。みんな思い思いですし、巻き込まれたらいやだなあと」
「うふふ、慎重派ですのね」
「マリーさんは行かないんですか?」
にこやかに笑顔を浮かべていて、上品さも相まって、あまり戦うイメージはないけれど。
この学科にいるということは、戦う授業があるというのも承知の上なはずだ。
綺麗な赤色の目が、私を映している。
「そうですね。では、挨拶代わりに一つ、やってみましょう」
そういって、手を先生に向ける。
呪文はなく、静かに魔力が練られる。
「≪大地は我らを食す≫」
詠唱なし。
しかし無駄な魔力はなく、丁寧な操作だ。
突如として放たれた魔法は、先程の別の生徒が放った詠唱ありの魔法よりもはるかに規模が大きく、先生を中心に他の生徒も巻き込んだ地割れを引き起こす。
「くっ」
苦し紛れに声を発しながら、先生は鎖をバネのようにして上空に逃げる。
同時に巻き込まれた生徒たちを救うかの如く拘束して、枠内に移動させた。
「あら、呆気なくかわされてしまいましたわ」
あらあらまあまあ、と。
今度は頬に手を当てて、あっけらかんとしている。
今の地割れで一時身動きが取れなくなった生徒は、先生という回収係に回収されていく。あ、ライラさんたちも捕まった。
残ったのは私とマリーさん、遠巻きに見ていた数人となった。
ある程度を回収し終えた先生は、残っている生徒を一人一人見ているようで。
「……お前か」
「まあ怖い」
こちらを見ながら、低い声で呟いた。
それを軽く受けるマリーさんは肝が据わっている。
「そこの編入生同士もそろそろ来い」
ご指名……いた、これは目を付けられたというべきか。
先生は他の生徒には目もくれず、私たちを見据えている。
「あらあら。ヒスイさん、一緒にどうですか?」
「え、あ、はい」
「ではどうしましょうか」
こうなったらやるしかないか、と諦め。
軽く打ち合わせる。
「……じゃあ、その手筈で」
「承知いたしました。頑張りますね」
うふふ、と。
背筋に冷たいものを感じなくもないが、ひとまずやるしかない。
マリーさんよりも前に出て、先生と距離を詰める。
先生と近づいて行き、マリーさんとは距離ができる。
そのタイミングで、スグサさんの声が響く。
―― 黄色い髪、赤い目、ハーフアップまで編入試験と同じ。そして名前はマリー。
「……そうですね」
アオイさんがリストに挙げていた、要注意人物だ。
こうなってしまっては、今この場を何とかやりきるしかない。
マリーさんは後衛で、私は前衛。
即席の連携だが、私は避けることに徹して、隙を見てマリーさんに魔法を放ってもらう。
私が駆け出すことは意外だったのか、半開きの目がやや開いている、気がする。
軽く一薙ぎ、鎖が振りぬかれる。
「
それを私は軽く跳ぶことで鎖も先生も飛び越える。
先生は私に向き直り、マリーさんには背を向ける配置となった。
着地してからは素早く動く。
鞭のようにしなやかに動く鎖は、生き物の、それこそ蛇のように向かってくる。
伸び縮するところが正しく蛇。
右腕を引いて上方へ振りぬかれることで、鎖も後を追って下から襲い掛かる。
風を纏わせた足で蹴り、方向を変える。
その間に接近してきていた先生は、左手に鎖を巻き付けていて今にも殴ろうとしている。
両手を伸ばし、先生の両肩を支えにして、跳び箱のように一回転する。
殴りは躱せたものの、最初に振りぬいていた右手を後ろ手にして、私の左腕を捕まえた。
膝の力を抜いて、体重を落とし体も落とす。
私は地面に寝そべる。
先生は上に覆いかぶさるような状況に。
それでも、私を掴む腕は離さない。
腕も、やる気のない目も、私を捕らえている。
「≪大地は我々を食す≫」
遠くから静かに響く、凛とした声。
周囲も巻き込む威力だった地割れは、私の真下から牙を剝く。
先生は一瞬たじろきながらも、鎖を使って再度、飛ぼうとする。
「
「っ!」
先生の腕をつかみ返しながら、風の初級魔法を、上から下に。引力だか重力だかを真似る。
背から感じる暴風は圧力のように感じられるだろう。
私は奇しくも先生に守られている形になっているが。
背中越しに地割れが広がっていくのがわかる。
私のことを思ってくれているのか、割れていくスピードと深さは控えめにすると言っていたけれど。
好機と見たのか、生き残っていた生徒たちが、先生目掛けて魔法を放つ。
……私もいるんだけど?
「お前らっ、あっぶねえな!」
咆哮。
のような叫びが、訓練場に響き渡った瞬間。
自由な左腕の鎖が、ジャラジャラと甲高い音を立てながら伸びては、周囲を高速で取り囲む。
鎖の壁。
鎖の要塞。
鎖の監獄。
そんな物々しい表現が似合う状況に、私の風も、周囲から飛んできた魔法もかき消されてしまった。
鎖同士の隙間もない程に密集されて、どこにそんな量があったのか。
それともこれは『特性』なのか。
頭の中では冷静に考えながら、あー……と他人事のように眺めている自分がいる。
捕まれてる上に目の前でなんかすごい技を繰り出されたら、もうこれは降参しかなくないかな。
鎖の檻が瞬間的に大きく広がり、先生の片腕に収納されていく。
どう考えても質量と収納容量が合わないことを目の当たりにして、うわーって。
手品でも見ているかのようだ。
「お前は拘束」
「ありゃ……うわっ」
捕まれ掴み返していた左腕を鎖で巻き取られ、さらに思いっきり投げられ、体が宙に浮く。
鎖で飛ばされた先は言わずもがな、枠の中。
だが、受け身が取れませんよ。腕掴まれてて体のバランスが取れませんもの。
「ひゃあああ」
「っ、わー……」
女子生徒の上に落ちるかと思いきや、鎖のおかげで吊り下げられている。
足が生徒の頭の上に来てて本当にギリギリだが、首を捻って鎖の先を見ると先生はしっかり見ていた。
そこは先生。
怪我はさせないということですね。
「すみ、ません」
「い、いえ……」
空いた隙間にゆっくり下ろされ、悲鳴を上げて座り込んでいた生徒に謝罪する。
手を差し伸べれば取って立ち上がる。
あーあ、捕まっちゃった。
「ヒスイー! 大丈夫ー!?」
枠内の生徒たちの隙間を縫うようにして、ライラがひょっこりと頭を出す。
「大丈夫です」
「よかったよーっ。すごかったね! 早かった! ねえねえなんであんなに早いの!? 私先生の動きあんまり見えてなくて躱せないからそれなら自分から攻めちゃおうと思ってひたすら殴ったり蹴ったりしてるんだけ」
「落ち着け」
「ど!?」
見間違うことなどないほどの見事なチョップが目の前で行われた。
ライラさんの後ろから、シオン殿下とナオさんが顔を出す。
二人とも捕まってたみたいだけど、怪我はないようだ。
「もー! 何すんのー!?」
「聞いてる割に相手に喋らせようとしないからだろ! 聞きたいのか喋りたいのかどっちかにしろ!」
「むーーー!!!」
「ふ、ふたりとも、おお、落ち着いてぇ」
……騒がしい。
ライラさんが両手を振り回しながらシオン殿下に向かっていく。
シオン殿下はライラさんの頭を押さえて振り回す腕から離れる。
その間でナオさんがおろおろおろおろ。
…………騒がしい。
「うるせえ」
「あ、先生」
「捕まってしまいました」
不機嫌そうな先生が、男子生徒を脇と肩に抱え、鎖の先でマリーさんを拘束しながら来ていた。
いつの間にかマリーさんも捕まっていたみたい。
腕と胴体をまとめて鎖でぐるぐる巻き。
悪いことした人みたいになってる。
お胸が……うん。