【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
水蒸気のようなものが薄っすら立ち込める。
微かに見える中央の三人は、へたり込んではいるが無事に見える。
隣のライラさんも無事。目をまん丸にして、火の球を投げた体勢で固まってるけど。
火の玉の大きさに対し、半分程度の大きさの水の玉が、まず初めに一発当たった。
その後続けて三発。
後半の三発は粘度が高く、火の玉を包み込むようにして、火の玉とともに蒸発して消えた。
火の玉に飛んできた水の魔法は……。
―― 真横からだな。
真横……。
白く霞んでいてよく見えないから左右を繰り返し見る。
段々人影がはっきりしてきて、ああ、あの人だ、となんとなく察した。
スグサさんも「いい腕だったな」って褒めてるし。
周りの人もその人に視線が向いている。
その人は結構な魔力を込めたのか、大分疲労困憊。
隣にいる友人に支えられ、それでも口元は安心したように笑っている。
あの人が笑ってるの、初めて見たな。
先生がその人に近寄って、肩を貸す。
先生の口元は「よくやった」と言っているように動く。
続いて中央の生徒たちの安否を確認。
そして、その視線は優しいものから厳しいものになり、私がいる方へ向けられる。
「ライラ!」
「っ!」
訓練場内に響き渡る声量が、隣の人の名前を呼ぶ。
明らかに怯え、肩を震わせて、目を強く閉じる。
「……お前も怪我は」
「……ない……です」
「よし、ちょっとこっち来い」
俯きながら、いつもの元気の欠片もなく向かっていく。
かける言葉が見つからず、見送るしかできない。
だからか、周囲の声がよく聞こえる。
「まただよ」
「これで何度目?」
クラスメイトから聞こえる、ライラさんの評価は決して良いものではない。
決して大きい声ではないのに、耳を塞ぐことができない。
聞きたくはないのに、頭の中で聞こえてくる言葉が反芻してしまう。
目線はライラさんの背中を追っている中。隣に人の気配。
「大丈夫でしょうか……」
マリーさんも心配しているようで、眉を下げながらライラさんを視界に入れている。
何と答えることもできず、押し黙る。
「……水の魔法、すごかったですね」
「あ……そうですね。的確でした」
答えられないことを悟ったのか、話題を変えてくれたようだ。
微妙に視線を変えれば、視点を上げるシオン殿下と、水の魔法を放った張本人であるナオさんが、先生に背負われてぐったりしている。
辿り着いたライラさんと先生が一言二言交わし、ナオさんがライラさんに引き渡され、訓練室を出た。
ナオさん、軽々と担がれてた……。
周囲の白い靄はすっかり晴れ、生徒は倒れつつも怪我をしたと訴える人はいない。
先生が中央に行って、安否を再度確認した後、手を上げる。
「怪我した奴はいないかー?」
無言は肯定としてとられ、「よし」と頷く。
「授業は継続する。二人ほど退室したから、その時は俺が入るからな」
ここで否定する生徒はさすがにおらず、淡々と授業が進められる。
ライラさんの魔法が衝撃的だったようで、みんなの魔法は少し控えめになったようだ。
マリーさんはずっと隣にいる。
時折気遣うような言葉をかけられ、探りを入れられているように思ってしまう。
先入観が疑心を抱かせる。
「打ち方やめー」
もう何組目かの組み合わせが終わった。
今のところ、全て守り切った組も、全て割れてしまった組もいない。
最初以外、ただただ、淡々と進んでいた時。
「次。十組目」
あ、私だ。
と動き出す前に、近くで影が動く。
「私、行ってきますね」
……マリーさんと、一緒。
今も隣で魔法を使っていたけれど、こう、くじ引きっていう偶然を引き当ててしまうと、やっぱり疑心につながってしまう。
「ヒスイさん?」
「……私もです」
「まあ、奇遇ですね」
「そうですね……」
奇遇ですね。そうですね。
……私、こんなに疑り深かったのか。
自然と二人並んで中央に移動する流れになり、先に到着していた三人目と合流する。
「遅いぞ。ちんたらして俺を待たせるんじゃない、っ」
仁王立ちで、親の仇でも見るような目つきの、青い髪のロアさん。
さすがにこの場では『寄生虫』とは呼んでこないか。
「お待たせして申し訳ありません。マリー・ウ・リーダーと申します」
「ほう、そちらも『ウ』の者か。ロア・ウ・ドローだ。よろしく」
この人が笑った顔も初めて見たな。
同格の人と話すときでもやや上から気味に聞こえるが、表情はいたくご機嫌に見える。
貴族だったマリーさんと挨拶を交わし、私のことは無視と。
まあいいけど。
「お前のような奴と同じ組とはな。精々足を引っ張てくれるなよ」
虫ではなかった。
見るほどでもなかったのか、その男の子は小さい背中で語りかけてきた。
足を引っ張らないように頑張りますよと心の中で返事しておいた。
相談もなしに適当に三角形に位置取りし、先生が手を上げる。
「じゃ、十組目、はじめー」
「もう飽きてきた」という気持ちを隠す気もない声が、訓練場に木霊した。
風船を背に、三人が構える。
開始の声と同時に向かってくる、初級魔法。
いろんな属性があるが、自分の得意な属性で相殺する。
風属性だから、火属性だけは注意をしないといけない。
ロアさんが水属性を使うから、できれば対応してほしいとは思うのだけど……。
「自分の範囲ぐらい自分で対応するんだ! お前に頼られる筋合いはない!」
ときたものだから、頼むわけにもいかない。
いっそのこと闇属性で対応するのもありか。
と思っていたけど、さっきのことを見ていたせいか、火属性を使う子は思いの外少ないようだ。
風属性でも問題なさそう。
思ったより数が多く感じ、見えてるものや自分の方に向かってくるものはもちろんだが、ギリギリ視界に入っていたり、たまたま自分の範囲『外』の者にも対応してしまって。
私よりも対応に追われているロアさんからの視線が痛い。
「僕の! 邪魔を! するな!」
そんなつもりはないんだけどなあ……。
汗をにじませながら睨まれた。
言い返すとめんどくさそうなので何も言わないでいると、
「無視とはいい度胸だ……!」
えー……。
そんなつもりはなかったのに。
というか、魔法を弾くのに必死なんだから、そっちに集中すればいいのに。
「すみません」
「っ!」
一応謝ったけど、また皺を深くしていた。
謝るのもよくなかったのかな。
割ったし、コミュニケーション下手くそ……?
「ふふふ」
反対の隣側からは含み笑いが聞こえ、一人楽しんでいるようだ。
土属性魔法で、床の土を利用して下から打ち落としているようだ。
風属性も容易く打ち消していて、それなりに力の差があるか、魔力を込めているのだろうと思う。
本人は笑って、こちらの様子を窺えるほどには余裕があるのだろう。
盗み見た表情はとても涼しげだ。
「……はい、すとーっぷ」
先生の声で、魔法の一斉射撃もやんだ。
結果は、二アウト、五セーフ。普通よりはいい成績だ。
ただ、ロアさんの両サイドが割られているというのが……なんとも言えない。
私の横と、マリーさんの横でもあるにはあるのだが……。
こっそりロアさんの様子を見ると、私の方を見て肩を震わせていた。
顔の色はいつもより血色がよろしいようで。
「お前っ!」
「は、はい」
「調子に乗るなよ! お前が邪魔したから僕のリズムが崩れたんだ!」
「うわ、ちょ、っ」
掴みかかろうとする勢いの大股で歩み寄ってきて、反射的に体がのけぞる。
倒れるっ。
と思ったのもつかの間、誰かに支えられた。
「あら、まあ」
「マリーさん……」
にこやかに。
その表情の裏に何かある、と思ってしまうのは、私の先入観から来る勘違いか、もしくは。
支えられていた腕が離れ、マリーさんが一歩前へ出る。
同格と向き合うことで、ロアさんも少し落ち着いたのか、喋り口調の棘が削れている。
「ウ・リーダー殿。なにか」
「いいえ。ただ少しばかり、賞賛を送りたいと思いまして」
賞賛、という言葉を聞いて、きょとんとしたのは私だけではない。
明らかに驚いているロアさんの両手を、マリーさんが自身の手で覆い、胸元へ寄せている。
……ちょっとあたってるな。
「とても威力が高く、また的確で、繊細な魔法でした。ぜひ正面から見せていただきたかったですわ」
「そ、そうか……? それほどでも」
「そんなご謙遜なさらないでくださいまし。ぜひ今度、私に魔法を教えてくださいませんか? 手取り、足取り……」
相手を褒めつつ、妖艶に微笑むマリーさんからは、年齢に似合わず大人な色香を感じる。
女の私でそうなのだから、正面の至近距離、手を握られ胸の感触もあり、十代の男の子ならば、それはもう。
「い、いいだろう! 俺が教えてやる」
「ありがとうございます! 楽しみにしていますわ」
顔を赤くし、まんざらでもない表情で承諾したロアさんは、やはり年相応に男の子だった。
惚れたな。
振り返って私に向き直るマリーさんにウインクされ、確信犯だと確信した。
乾いた笑いしか出ないが、ひとまず火の粉が収まったようで私としては助かった。
確信犯さんに促され、壁の方に戻る。
何もしなかった先生だが、ロアさんの所に行ってなにやら話をしている。
対角に位置しているため、何を話しているかはわからない。
とりあえずロアさんの表情は急転直下したように見える。
「お疲れさまでした」
「お疲れさまでした。それと、ありがとうございます」
「あら。何のことでしょう」
うふふ、と。
笠に着ず、穏やかな雰囲気で話せる。
いい人だな、と素直に思った。疑心が薄れていくのを自覚する。
「マリーさん、魔法お上手ですね」
「ありがとうございます。両親が丁寧に教えてくれたんです」
「そうなんですね。マリーさんはどういった経緯で編入されたんですか?」
「私は引っ越してきたんです」
宗教の国、レルギオから来た、と。