【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
レルギオは魔法至上主義の宗教国家だとアオイさんが教えてくれた。
「レルギオということは、魔法について熱心なんですね」
「そうなんです。両親とも国教の『ユーカントリリー教』の信徒なんですが、今回はより宗教をもっと広めようという活動で、こっちに引っ越してきました」
ユーカントリリー教。
とても可愛い名前、というのが第一印象。
魔法を敷こうとすること以外は特に知らないから、それ以上の感想はないけれども。
「今度、この学校の鐘が、レルギオで使っている鐘に変わるんです」
「そういえば、始業式の時に校長先生が言っていましたね」
「その関連で、この時期の編入になったんですよ」
今はまだ鐘は変わっていないけど、すでに決まっていることなので、早かれ遅かれ鐘の音は聞こえるだろう。
話はずれてしまったが、魔法至上主義の国で、魔法に熱心な宗教に属する両親から魔法を教わった。
本人の素質ありきだとは思うけど、魔法が上手いのも納得する。
魔力量も多そうだな。聞かないけど。
私たちの後に何組かやって、今日の授業は終わった。
先生にライラさんのことについて聞きたい。
「先生」
「んお……。お前は……ヒスイか」
「はい。ライラさんはどちらに行かれたのでしょうか」
「あー、ナオを保健室に連れて行かせた」
「わかりました。ありがとうございます」
一礼して、訓練室を出る。
他の生徒はみんな帰ったようで、廊下にも誰もいない。
曖昧な記憶を呼び起こしながら、保健室へ向かう。
進んだ先に、知った背中が見えた。
「シオン殿下」
「ん、ああ、アンタか」
呟いただけだったが、聞こえてしまったらしい。
シオン殿下が振り向いて、すぐにまた前を向いてしまった。
今いる廊下の先には保健室があるので、おそらくこの人も、ライラさんたちを気にしてここにいるのだろう。
歩幅は同じぐらいなのに、すぐ後ろまで近づいてしまった。
気のせいかもしれないが、歩きが遅いように思う。
怪我でもしたのかな、と全身を確認。
……足の振り出しが左右非対称だ。
「アンタもライラたちに会いに行くのか?」
「んえ、あ、そうです」
「……なんだ、「んえ」って」
「いえ、びっくりして」
話しかけられるとは思わなかった。
殿下伝いで挨拶は交わしているし、ライラさんを介して一緒に行動させてもらうこともあるけど。
まさか二人しかいないところで、かつ向こうから話しかけられるとは思わなかった。
あと、後ろ姿を観察しているときだったからというのもある。
「シオン殿下は、足ですか?」
「は?」
「右足かばってますよね」
右足で立っている時間が短い。
足の振り出し方は一緒だが、体重がかかっていないようだ。
関節の曲げ伸ばしは異変はないから、足首だとは思うけど。
前を向いたままだが、僅かに体が固まった。
「……魔法が当たっただけだ」
「そうですか。肩、使いますか?」
「いらね。そんな大事じゃない」
「そうですか」
歩けているし、そこまでひどそうでもないのは確かか。
一応少し後ろを歩くけれど、歩きは不安定さはあまりない。
小柄な目の前の人は「それよりも」と、体全身振り向いて、腕を組む。
何やら怒ってる?
「「シオン殿下」ってやめろ。後ろをついて歩くのも」
少し怒っていると、なお殿下に似ているな。
「それはちょっと……」
「同級生。仰々しい。鬱陶しい」
「箇条書きですか……」
訂正。
殿下より不愛想だわ。そして頑固。
確固たる意志が表情から伝わる。
睨みあうこと、数秒。……頑固だ。
「……では、なんとお呼びすればいいですか」
「シオンでいい。敬語もやめろ」
「では、シオンさんと。敬語は勘弁してください。全員なので」
「ならシオンだ。敬語は譲歩してやる」
交換条件にされた……けど、まあいいか。
これで文句言われたら、また戻そう。
「わかりました、シオン」
笑いはしないが、納得はしたらしい。
保健室向き直り、また歩き始めた。
文句を言われてしまった手前、後ろは歩かずに横に並ぶことにした。
並んだはいいものの、これといった話題はなく、黙ったまま保健室までの道のりを良く。
幸いにしてほとんど目と鼻の先だったから、気まずいこともなかった。
シオンが扉を三回叩いたが、応答はない。
「失礼しまーす」
開けた。
入った。
保健の先生は不在なようで、誰もいない。
いや、いないは違った。
保健室の奥のベッド。
カーテンで閉じられている場所が一つあり、ベッドの横に誰かが座っているのが影で分かる。
シオンもそれには気付いているようで、まっすぐそちらに向かい、カーテンに手をかけた。
勢いよく開けた。
「返事しろよ」
「先生いないんだもん……」
予想はしていたが、カーテンの中ではライラさんが座っていて、ナオさんは横になっている。
涙目で落ち込んだ顔をして、私たちを見ずに一点を見つめている。
似ているようで違う、苦しそうな顔で汗をナオさん。
「……まだ目を覚ましてないのか」
「うん。今日は一段と苦しそう」
何度かある状況のようだと、二人の会話から察する。
ライラさんの魔法の件もそうだったが、クラスメイトはうんざりしたようだった。
「また」とも言っていたし。
よくある、とまではいかないかもだけど、繰り返されていることなのだろう。
今日の授業はもうないので、もう少しここにいようということになった。
ナオさんが目を覚ましたらみんなで帰ろう、と。
落ち込んでいるライラさんに声をかけることができず、背中をさするしかできなかった。
私がいることにも気付いていなかったライラさんは驚いた顔をして、悲し気に「ありがとう」と言って笑った。
逆に気を遣わせてしまったかもしれない。
気の利いた言葉も、行動もできないと、もどかしい。
夢の中でも、手遅れだったり、難しい状況だったり、進行性の病気だったり。
そういう人と関わっていたときは、今みたいに重い気持ちになっていたこともあったな。
「ヒスイ。手伝ってくれ」
保健室を家探ししているような状況のシオンから、声をかけられる。
この人は足のこともあるのか。
背中をさする手を放し、離れた。
「なんですか?」
「冷やしたいんだが、どこにあるのかわからない」
「診てもいいですか」
「ああ」
椅子に座ったシオンの足を確認する。
若干熱を持っているが、腫れてはいない。
動かすと少し痛むようだが、冷やして様子見か。
「痛いなら無理はしないで、座って待っててください」
「……痛くない」
「体、強張ってましたよ」
「お前がいきなり動かすからだ!」
「痛かったんじゃないですか」
「っ、早くしろよ!」
素直じゃないなあ。と息が漏れる。
ロアさんのツンケン具合よりはまだ優しいけど。
冷蔵庫から保冷剤、畳まれた清潔そうなタオルを拝借。
タオルで保冷剤を包んで渡した。
「それを患部に当てててください」
「慣れてるなと思ったが、そういえば医術師の見習いだったな」
シオンは、私が医術師の見習い、ということしか知らない。
同級生、ただそれだけの関係で付き合っていってほしい、というのは殿下と私と双方の願いではあった。
先入観があるとどうしても身構えてしまう。
というのは私が身を持って体感してしまっていたし。
やはり、教えないで良かったと思う。
一人は寝てて、一人は黙ったまま座ってて、一人は黙ったまま座って足を冷やしてて。
どれくらいの時間が過ぎても、その状況は変わらなかった。
シオンの足の痛みが引いたところで、私とシオンは退出する。
ライラさんは、ナオさんが目を覚ますまでいると。動く様子は全くなかった。
廊下を出て、シオンが話し始める。
「ライラは魔力は強いが、感情や行動、魔力のコントロールが苦手なんだ。ナオは逆で、魔力は弱いがコントロールはめちゃくちゃ上手い。感情と行動が控えめなのは性格みたいだが」
双子は、それぞれ欠点を持った生まれてくると聞いたことがある。
それが本当かどうかまではわからないけど、二人も欠点を持ちながら、二人合わせて二で割ればちょうど良く生まれたようだ。
「ライラの素直で真っ直ぐなところはいいと思ってる。ナオも無理をしてでもライラをカバーしようとしてて、仲は良い奴らだよ。だけど、怪我をさせたり、ナオもああやって倒れることがあって、クラス内での評判はあんまりなんだよ」
確かに、属性の種類もあって、怪我をしても可笑しくはない。
むしろ怪我で済めばいいぐらいだった。
クラスや二人の言う「また」というのは、こういうことかと腑に落ちた。
「お前も、付き合い方を考えろよ」
言い方は冷たいが、これは私に気を遣ってくれてるんだなと、すぐにわかった。
この人は二人の近くにいるのに、私には考えろというのは、少し無理があるようにも思う。
「クラスのことはよく知らないので、少しでも知っているライラさんたちと一緒にいたいです。ライラさんって優しいし、明るいし、楽しいし」
「……あっそ」
不愛想で頑固だけど、不器用で友達思いなのが第三王子らしい。
私に対してつっけんどんな言い方をするのは、不器用ゆえなのだろう。
不器用ながらに、心配してくれているのだと思う。
「二人は遠足行けるんですかね」
「先生が、後日それを賭けた勝負をするって言ってた」
「そうなんですか。頑張ってほしいですね」
返事は聞こえなかったけど、目の端っこで、微かに頷いたのがわかった。
この人も、二人と居たくて一緒にいるんだろうな。
保健室に先生がいなくても、冷やすだけのために保健室に滞在して、自分のことの前にライラさんたちの様子を見に行くぐらいだし。
そして後日、ライラさんと、すっかり本調子のナオさんも含め、同様の風船を使った授業が行われた。
壁越しにライラさんとナオさんが風船を守り、生徒が周囲から魔法を放つ。
今回は『無属性限定』というルールが追加され、危険度は軽減された。
結果、二人は何とかやり遂げ、遠足行きの切符を手に入れることができた。
飛び跳ねて喜ぶライラさんと、抱き着かれるナオさんは、本当に仲のいい双子に見えた。