【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
それからして、数日はアオイさんとロタエさんに専属の講師になってもらった。
アオイさんからは魔法と国学。歴史や地理、政治について。
私が借りている部屋で、備えつけの机と、持ち込まれた黒板のようなものを使って行う。
室内なので座学を行うこととなった。
この国はフローレンタム国だが、大陸内にはあと二つの国がある。
一つは武の国、アーマタス。武の国は力こそすべての、武力国家。
この国の特徴は、毎年開かれる大会があり、その優勝者がその国の代表となる。
けれど代表と言っても政治に出てくるわけではない。
より力を磨き、来るべき戦に備え、より良い鍛錬を行い鍛え抜くべき者として扱われるそう。
いわば武官ということ。
ならば文官はと言うと、武官の指導者がその位置にくる。
武官のことを理解し、武官を最高の状態で送り出す役割を担う。
武の国ではこの指導者のことを『導師』と呼んでいるらしい。
武の道を歩む人はここで地位を築くことが誉れとなる。
一応、武を極めるつもりはない人も一部はいるらしいが、その人たちは主にサポーターという位置づけらしい。
『力こそすべて』。それがアーマタスの掲げる信念だ。
もう一つは宗教の国、レルギオ。
その名の通り、国家規模のとある宗教を信仰する人たちが住む国だ。
この国では『魔法が至高』と考えられている。
『魔法とは、神が我らに与えた進化の力。あらゆる難問を自らの手で切り拓くために与えられたのである』というのが信条だ。
だからより高度な魔法を使う人なんかはこの国では優遇されることもある。
魔法を上手に使う、とは、神に近い存在なんだそうだ。
「スグサさんがこの国にいったらどうなっていたんでしょうか」
「いや、スグサ・ロッドはこの国ができる前に亡くなっているんだ」
「え? じゃあこの国はだいぶ新しいんですか?」
「そうそう。宗教自体は前々からあったんだけど、国になったのは比較的最近だね」
元々は別の国があったようだけど、いつしか宗教団体が力をつけて、国民全員が信者となったらしい。
その時に国の名前も変わったのだとか。
国として成ったのは十数年以内のこと。
「フローレンタムも含め三国では学校が一ヵ所ずつしかないんだよ。ただし学科は全部同じ。そして学科ごとに交流会も年に何回か開かれているんだ」
「魔術と武術と、普通科クラスですか」
「そうそう」
魔術はその名の通り魔法を中心に学ぶ。
武術は、武器を使ったり徒手格闘の技術を中心に学ぶ。
この二つは卒業後、城に仕えて団に所属したり、貴族や店の警備、ギルドで賞金を稼いだりする人が多いらしい。
普通科クラスは自営業を継いだりする人が入ることが多い。
「ちなみに殿下は魔術クラスね」
「普通科か武術だと思ってました」
「政治については城にいれば否応なしに携わるし、武術も騎士団に混ざって訓練を受けているからね。それに殿下は魔法が苦手なんだ。内緒だよ?」
立てた人差し指を口元にあてて、悪戯っぽい笑みでウインクしてくる。
苦手と言っても比較的、というだけで、一般的には上位のようだ。
弱点とかなさそうな見た目してるもんなあ。
「ヒスイちゃんは何クラスがいい?」
「そうですね。普通科、もしくは魔術ですね」
「だよねー」
言い方に語弊があるかもしれないが、運動経験なんてない。
記憶もないもの。
魔法を使えることはわかっているし、それこそ全部の属性だ。
学ぶならば魔法をとなるのは自然のことだと思う。
というかまず、格闘技なんて無理。
体格的にも大きすぎず小さすぎず、格闘術に向いているわけでもない。
鍛えたらまた違うのかもしれないが……。
「聞いておいてあれだけど、学校に通うとしたら魔術クラスしか許されないと思う。僕も魔術クラスを推薦するし」
「許されない?」
「ヒスイちゃんの境遇を知る人、つまりは研究員からしたらね」
「あ……」
私が普通科クラスで普通に学ぶことは、研究者の人たちからしたらふざけているように見えるかもしれない。
それこそ「人形が何やっているんだ」とか言われそうだ。
私が目を覚ましたころのベローズ所長の剣幕を思い出して、身が震える。
「……アオイさんが推薦する理由は、なんですか?」
「君の力の大きさを案じると、学んでコントロールできるようになるべきだと思うからだよ。選んでいる本からしても魔法に興味を持っているようだし」
「そうですね」
「ならなおのことだ。好きなことを好きなだけ学ぶのは良いことだよ」
アオイさんの講義はそれで締めくくられた。
片づけをしている途中、アオイさんは紅茶をもらいに一時退出した。
だから私は――
「……いずれ、ヒスイちゃんは大きな戦いに巻き込まれるかもしれない。それだけヒスイちゃん自体が大きな存在だ。身を守るためにも、大きすぎる力の使い方を学ぶべきだろうね」
廊下でつぶやいた言葉を聞くことはなかった。
今日はロタエさんが講義してくれる。
アオイさんの時と同様、場所は私が借りている部屋だ。
と言っても、さすがに実技はできないので魔法の座学を行う。
「魔法については団長と内容が被らないよう、属性でわけることにしようと思います。学校では全部の属性を使うわけにはいかないので、まずは得意な属性で魔法を使うことに慣れましょう」
「わかりました」
「私が教えられる属性は水と風と闇、と無属性なので、無属性は必須としましょう。それ以外の三つの中からまずは一つを決めます。属性文は覚えていますか?」
『属性文』というのは、魔法の起動を補助する文言のこと。
それぞれに属性を示す言葉が入っている。
属性別かつ難易度別の属性文を唱えることで、呪文と合わせて魔法の質を上げたり、むしろ呪文を省略したりすることができる。
ただし、初級魔法については属性文が呪文と同義となる。
「風はナル、闇がデス、無属性がアー、水が……イズ?」
「正解です」
風はこっそり使ったことあるし、闇はなぜか耳馴染みがあった。
無属性と水は自信がなかったけど、あってた。よかった。
「では実践。
「わっ」
ロタエさんが属性文を唱え、私は灰色の球体に取り込まれる。
焦って見回すが、呼吸はできるし、景色も少し霞んではいるが自分の部屋が見える。
足は球体の分で床から浮いてはいるが、動きに問題はない。
球体の外側からロタエさんの声がする。
「今から無属性以外の三属性の初級魔法を一定時間使い続けてください」
「この中なら大丈夫、てことですか?」
「はい。この魔法は闇属性の上級魔法。あなたほどの魔力でも手錠をしていますし、初級魔法なら破られることはありません。初級魔法が暴走したとしても、あなたが傷つくほどのこともないでしょうから、落ち着いてやってみてください」
目元を和らげて微笑んでくれて、安心を覚える。
周囲についてだけでなく、私自身にも危険が少ないことを教えてくれて、本当に私を人間扱いして、大事にしてくれているのが伝わってくる。
「……では、いきます」
まずは風魔法から。
「
私の周りの空気が風となって、服や髪をゆらりとはためかせる。
心地の良い、草原で感じた柔らかな風に似た印象を抱く。
ふわふわと絶え間なく、頭の先から手先、足先まで集中して、全身で風を感じる。
「…………はい。止めてください」
「ふう」
一定時間が経ったのだろう。
ロタエさんの声で魔法を止める。
「疲れはどうですか?」
「大丈夫です」
「では次の属性に行きましょう」
「はい。……ふー。
深呼吸をして、次は水属性の魔法。
どこからか水が出てきては、生き物のように私の周りに浮遊する。
その姿は一本の縄のような、一匹の蛇のような、細長い形をしている。
水を絶やさないように、多すぎず少なすぎずの魔力を流し続けて維持する。
「うん。いいですね」
「っはー」
「疲れましたか?」
「いえ、大丈夫です」
緊張はするけど、疲れるほどじゃない。
ちゃんと使えているようでむしろ楽しい。
「次、行きますね」
「どうぞ」
「……
足元の影が形を変えて、水と同じように私の周りに浮遊する。
巻きついてくるようで、しかし一定の間隔をとっている。
初級魔法はその属性の形を変えるだけのものが多い。
威力よりも操作重視の魔法だ。
それと、闇属性については精神魔法が多いらしい。
「いいです。止めてください」
「はい」
「三つともいいですね。どれかと言えば風でしょうか」
「そうですね。差はどれも感じないですけど」
「緊張している様子が一番なかったですね」
「……わかりました?」
緊張しているのは確かだったけど、見た目でわかるほどだったのか。
「これは闇属性魔法の≪実況中継部屋≫という魔法です。結界や拘束的な役割もありますが、中にいる者の精神状況を読み取ります」
「あ、そういう魔法だったんですね」
バレバレだったんだなあ。というかすごい名前。
ロタエさんは球体の魔法を解いてくれた。
ソファーに座り、入れてくれた紅茶を飲む。
ロタエさんが向かい側に座り、ガラスの入れ物を机に置いた。
「少し早いですが、今日の講義はこれで終わりです。次回からは風と無属性の魔法を練習しましょう」
「わかりました。よろしくお願いします」
「それと、これをお渡しします」
ガラスの入れ物をテーブルの上で移動させ、私の目の前に置く。
よく見ると中には石のような、飴のようなものがいくつも入っている。
「これは……?」
「≪回想の香≫という、魔法が込められたものです」
「かいそう?」
一瞬海の藻を思い浮かべたが、過去のことを振り返る方の回想らしい。
ガラスのふたを開けてみると、氷のように透けたガラス玉に似たものがいくつも入っている。
香というので嗅いでみたが、これといった香りはないように思う。
「これを寝る時に枕元に置いておくと、昔の記憶が夢となって想起されます」
昔の記憶。
それは私が『ヒスイ』と名乗る以前の、スグサ・ロッドの記憶のことか。
それともそれよりも前の、魂が召喚される前の、前の世界の記憶も含まれるのか。
「あの……この体になる前の記憶も含まれるのですか?」
「すみませんが、わかりません。なので使うときは私や団長がいるところでということをお願いします」
「でもそれは、さすがに時間をもらいすぎてしまいます」
「殿下にも話を通していますし、この魔法は催眠効果もあります。必要睡眠時間も明らかになっていますので、書類仕事の時に横で寝ていてくだされば支障ありません」
仕事をしている人の横で寝るというのも、申し訳ないと思うのだが……。
使うことは、怖い。
何を思い出すのかわからないし、前の世界を思い出して悲しくなるのかもしれない。
もしかしたら私が参加した戦いのことも思い出す可能性がある。
むしろなにも思い出さなかったら安心するのだろうか。
……夢を見ないということは、人形ということの裏付けになってしまうのではないか。
何も言えず、香が入った入れ物を見つめている私を見ながら、ロタエさんが変わらず優しい声で言った。
「使うのが怖ければ、使わなくてもいいんです。使いたくなったら使うでもいいんです。使いたいときは、言ってくださいね」
私の飲みかけの紅茶と香をそのままにして、ロタエさんは講義で使った道具を片付け始めた。
―――――……