【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第10話

 その赤髪にマントと、黒いローブを被った後ろ姿は、こちらに何を合図するでもなく。

 ただただそこで前を見据え、これから起こる何かに対してから視線を逸らさない。

 逸らしてこちらに合図して安心させる方法もあるだろうが、今この時は、油断をしないその姿勢がとても安心する。

 二人の見据えた先では、森があったところに土煙が立ち込めている。

 スグサさんは≪鳴動≫ではないと言った。

 ではあれは、何なのか。

 魔法? 本当の地震? 生き物?

 答える人はおらず、聞く人もいない。

 ただただ見ているしかできない。

 ただ、先頭で土煙を眺める長達には、心当たりがあるようで。

 

 

「考察の通りかなー?」

「……だろうな」

「それじゃあ、この先も決めた通りでいい?」

 

 

 コモさんが微かに頭を動かし、体も移動させる。

 土煙が薄れつつある森の方へ、一歩、また一歩と、着実に踏みしめていく。

 焦りなんて微塵も感じさせず、不安を煽らず、堂々と。

 コモさんの行動に目が釘付けになっていた。

 が。

 その姿の奥に不自然な影が見えてきた。

 たぶん。動いてる。

 

 

「体が起こせない奴も、目だけは動かしてしっかり見ておけよ」

 

 

 先生は再度、「見ておけ」と念押しする。

 言われたとおりに見つめていると、その影はやはり動いていて、もっと言えば近づいてきている。

 目を凝らしてみれば、それは地面を水平移動している。

 最初は気のせいだと思っていた地鳴りも、影との距離と比例して大きくなっている。

 そして、大きい音の主はそれ相応の体を持っているようだ。

 三階建ての家、よりももしかしたら大きいかもしれない、小山と言ってもいいほどではないかと思う。

 今はまだ距離があるからいいが、一番近くにいるコモさんとの対比は、言うならば人間と蟻。

 魔物からしたら、私たちは見えてはいても気には留めないような、そんな存在に見えているかもしれない。

 大きさを知ったのと時間差で、鳥肌が立った。

 

 

「あれが、ギルドでは最上級討伐任務の対象となる魔物」

 

 

 獄蟲(ごくちゅう)・スパデューダ

 

 

 蜘蛛を思わせる長い八本足と八個の目。

 ゴツゴツと甲羅のような背を持つ体が連なっている。

 さらに、前方に突き出す牙のようなものも見える。

 生徒のほとんどが息を飲んだ。

 これほどの大きさは、今まで町の中にいた生徒たちも見たことはないのだろう。

 自分が踏みつぶされても気にしないだろう相手が、目の前に迫ってくる。

 それも、この魔物は、自分たちが昨日、踏み入れた森の方から出てきた。

 もしかしたら襲われていたかもしれない。

 そう考えるのは自然な流れだと思う。

 

 

「スパデューダは夜行性。森の奥のような暗い場所でも、夜にならないと出てこない。ライラたちが見つけた穴は、アイツが住処を決めるときに試し掘りをした跡だ」

 

 

 コモさんはスパデューダに正面から向かうように歩いて行く。

 アオイさんは立ち止まったまま、前を見据える。

 先生は生徒を守るように立ったまま、話を続ける。

 

 

「穴自体の報告は上がっていた。だが可能性程度の話だった。今回、生徒が森に入るときにスパデューダでないよう、結界も施して見張りも置いていた。お前らが襲われる可能性は潰していたよ」

 

 

 全く気づかなかった。

 それは、それだけ丁寧な魔法が行われていたのと同じこと。

 

 

「それでも危険なことに変わりはない!!」

 

 

 先生の声が落ち着いていたのに対し、立ち上がって怒気を含ませた声を上げるロアさん。

 怒り、不快、侮蔑、恐怖。

 顔を真っ赤にして、体を小刻みに振るわせて、まるで恨みがこもったような顔をしている。

 

 

「先生は俺たちのことを軽んじていた! 警戒していたとしても、確実な保障なんてない! 結界だの見張りだの、そんなものは綺麗ごとだ!」

 

 

 口調を荒らげ、息を切らし、身振り手振りを付けて全身を使って抗議する。

 その姿は感情を周辺に伝播させる。

 不安そうな顔をしていた一部の生徒は、苦痛や不快そうな表情へと変えていく。

 表現するならば『信頼していた人に裏切られた』といったところか。

 魔法を使いすぎてへたり込んでいた子も、恐怖から身を縮こませていた子も、一つの矛先に便乗するように声を上げる。

 

 

「ロア」

 

 

 生徒からの声を差し置いて、名前を呼ぶ。

 弁明も何もしない先生に異様さを感じつつも、その疑問をどこにぶつけるでもなく私は様子を窺い続ける。

 

 

「……なんですか」

「お前、卒業したらどうするつもりだ」

「そんなこと今はどうでもいいでしょう!!」

 

 

 確かに、今この状況で、ましてや背中を向けた状態で問うことなのかと思うだろう。

 だからこそ異様に感じる。

 だけど、私が思うこの先生は、何が意味があるから、必要な言動をする人だ。

 ……意外だけど。

 

 

「言いたくなきゃいいけどよ。ロア以外の奴も聞いとけよ」

 

 

 素っ気ない口調のわりに、声のトーンは低く、真剣なことが伝わってくる。

 声を上げていた他の生徒たちも、先生の言葉を待っている。

 

 

「魔術科に属する奴は将来、ギルドか魔術師団に入る場合が多い。どちらも本分は戦闘。外敵から国や城を守るのが仕事だ。そこを目指してる奴らが、むしろ今まさに魔物を意気揚々と狩っていた奴らが、なぜ『自分だけは大丈夫』みたいな状況に置かれていると勘違いしているんだ?」

 

 

 息を飲む音が聞こえた。

 その理由は図星を吐かれたからか、そう思っている生徒がいることが信じられないということか。

 生徒だからと言って甘い現実はないのだと、そう悟ったのは、どれほどなのか。

 

 

「生き物、それも魔物に戦いを挑むんだ。一般人ではない魔術師が挑む相手が、こっちに何もしてこないわけがないだろう。今回は学校側でそうならないように配慮していたが、今後は自分たちでも警戒するんだ。これは放り投げてるんじゃない。自分自身のことを大事にしようとするなら必要なことだ」

 

 

 『守る必要がない』という油断。

 『言われなかった』という責任転嫁。

 『もしそうなったら』という悲観。

 

 生徒という立場を利用した被害的思考を見抜かれていた。

 遠足という学校行事に、恒例のギルド・魔術師団参加。

 魔術クラスに進む生徒としては、必ず通る道なのだろうと思う。

 私を含め、森という環境も、魔物が生息する町の外であることも、討伐任務があるということも、『遠足』という前提によって危機感を失っていた。

 油断。

 ロアさんや他の生徒も、何も言えず足元を見ているしかない。

 知らぬ間に守られていたという状況は、裏を返せば力などないに等しいようなもの。

 生徒だからと言ってしまえばそれまでだが、魔法を使うことに自信がある集団としては、鼻を折られた気分だろう。

 無論。私も。

 

 

「……落ち込んで地面ばっか見ててもしょうがないだろ。お前らがすることを思い出せ」

 

 

 ぶっきらぼうに、頭をガシガシと搔きながら。

 相変わらず背中を向けたまま言い捨てる。

 大事なことは二度言う主義だったのか。

 自分の足と地面を捉えていた視界と頭を、見るべきものに切り替える。

 

 

「ひっ」

 

 

 誰かの悲鳴が聞こえた。

 悲鳴を上げたくなるのもわかる。

 今起こっている光景。

 まさに蟻が見ている光景。

 ウロロスよりも高さはないものの、胴体の大きさや長い脚、グロテスクな顔と模様。

 先端で存在感を主張する牙。

 そんな蜘蛛が砂埃を巻き散らし、一直線にこちらへ向かってくる。

 人間側で先頭にいたコモさんがどこかわからない。

 

 

「任務を達成し、国を守る。家族を守る。友人を守る。それを心がけるのは良いことだと俺は思うがな」

 

 

 砂埃が周囲に広がる。

 地響きが体のバランスを崩す。

 

 

「自分を守る。それは任務を達成するよりも大事なことだ。それを心に刻め。そして力を付けろ」

 

 

 スパデューダが体を震わせる。

 先生の声が鼓膜を震わす。

 アオイさんが手を上げて視界を揺らす。

 

 

 

 「(デス)最上級魔法(ナエト) ≪影取鬼≫」

 

 

 

 コモさんの声が、しっかりと耳に届いた。

 スグサさんがウーとロロを止めるために使っていた魔法。

 今はコモさんが、スパデューダを止めるために使ったのだとすぐにわかった。

 突然動きを止めたスパデューダの周辺は砂埃が舞い、輪郭にぼかしがかかる。

 しかしその存在感が霞むことはなく、居るだけで威圧感を感じさせ、さらに距離感を狂わせる。

 輪郭がぼやけたせいで、コモさんを見つけることはできたが、ミニチュア程度にしかわからない。

 それなのに相当の大きさを感じさせるアレは、間近で見たらどんな風になってしまうのか……予想したくもない。

 ≪影取鬼≫のせいで身動きが取れないスパデューダが、強引に動こうとして怒号を発する。

 表現はできない、蟲の叫びだ。

 ここで、アオイさんが静かに手を下ろし、呪文を唱える。

 この呪文は知っている。

 本で読んだだけで、見たことはない。

 本当に限られた人だけが使えるという、火の、特級魔法。

 アオイさんの代名詞。

 

 

 

「…………。(アム)特級魔法(レヴン) ≪炎熱の太陽は我が灼熱に焼かれる≫」

 

 

 

 『太陽すらも燃やす』というその魔法。

 対象に青い炎を着火させ、固体も液体も気体も、全てを燃やし尽くすという。

 着火された場合、あまりの熱さに一瞬で気絶し、意識がないうちに燃え尽きているという。

 注意書きとして、筆者の考えだと書いてあったけど。

 アオイさんの魔法による青い炎が、スパデューダを包む。

 暴れるかと思われたがそんなことはなく、まるでさっきまでの生徒のように、足の力が抜けてへたり込んでしまった。

 炎があがったことによる光で拘束していた影が千切れ、≪影取鬼≫が解かれた。

 そして本に書いてあった通り、あまりの熱さに一瞬で気絶したのだろう。

 スパデューダは一度も動くことはなく、次第に体を小さくしていった。

 

 

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

 

 スパデューダの燃え残りはなく、灰すら残っていない。

 ≪炎熱の太陽は我が灼熱に焼かれる≫という魔法は、着火させたものしか燃えず、触れても延焼することはないようだ。

 その証拠に、スパデューダの体の下にあったとされる草は潰されただけで緑色を保っている。

 気絶した間に命を落とす。

 青い炎は、苦しませず、まるで葬送を思わせた。

 そしてその魔法を操ったアオイさんは、圧倒的。

 その言葉に尽きる。

 

 

「あいつらほど強くなれとは言わねーが、お前らが憧れて、目標とする奴らだ。しっかり目に焼き付けとけよ」

 

 

 忘れたくても忘れられない、忘れたくない光景だった。

 あの巨体を止めた≪影取鬼≫も、計り知れない威力の≪灼熱≫も。

 今は笑顔で団員に指示を出してる人と、いつ喋ってどんな顔をしているのかもわからないミステリアスない人は、魔術科クラスに激甚なる影響を与えた。

 

 もう一つ。個人的に。

 ≪灼熱≫を使ったのは、アオイさんなりのスぺデューダへの優しさだったらいいと思う。

 

 

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