【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第2話

 ―――――……

 

 

 

 

 思いの外売れた。

 多めに作ったけど、何個か余ったのでカミルさんにも渡せそうだ。

 

 訓練場で訓練兼営業をし、殿下の部屋へと向かう。

 お城の中を歩くこと自体は久しぶりなので、周囲を見回したり、すれ違う人がいると顔を伏せたりしてしまう。

 白い服が見えると、足が止まって畏縮する。

 それでも何とか知っている扉の前まで来て、ドアを懐かしいリズムでノックする。

 

 コンコン、コン。

 

 

「どうぞ」

 

 

 知っている声を聞いて、肩の緊張がようやく解ける。

 扉を開ければ、煌びやかな装飾品や家具は見覚えのあるもので、まるで家に帰ってきたような感じ。

 

 

「よう。久々、か?」

「そうですね、以前はスグサさんでしたから」

 

 

 お久しぶりです、と挨拶を交わし、扉を閉めた。

 部屋にはロタエさんが待機していて、紅茶を入れてくれていた。

 ソファーに座るよう促され、殿下は誕生日席に、ロタエさんは正面に座り、三角形になる。

 

 

「お久しぶりですね。お元気ですか?」

「元気にやれています。ロタエさんもお変わりないようでよかったです」

 

 

 カミルさんは痩せているように見えたけど、ロタエさんは変わりないようだ。

 知っている記憶の通り、髪を一つにまとめ、タイトめのロングワンピースとローブを羽織っている。

 紅茶を一口頂き、殿下が口を開く。

 

 

「ここに来れたということは、補習の準備は必要ないんだな?」

「はい。無事に試験は乗り越えられました。殿下やロタエさんたちが講義をしてくれたおかげです」

 

 

 忙しい時間を縫っていろいろと教えてくれ、それが授業の内容と重なる部分があったことはきっと狙っていたのだと思う。

 学校生活で苦労することを減らしてくれていたのだろう。

 学校の話が出た時から、四学年で編入し、授業の内容まで考えてくれていたのだと思う。

 座りながらだが、頭を深く下げて、感謝を伝える。

 

 

「気にするな。今の状況はお前のやる気もあってのことだ」

「そうですね。やる気がないと勉強も仕事もなかなかできません」

「おい。何の話だ?」

 

 

 しれっと紅茶をたしなむロタエさんをジトっと見つめる殿下には、なにか心当たりでもあるようだ。

 ちらりと殿下の机の上を見れば、山積みになっている書類や本の束。

 

 

「まだ長期休みでもないのに……大変そうですね」

「……まあな。まだ通達は出ていないのだが、近々身内ごとでな」

「そうなんですね」

 

 

 はっきり言わないということは、まだ公にできる段階ではないのだろう。

 私はロタエさんたちとは立場が違う。

 ……なんと表現したらいいのか難しいな。

 『人形』『国家財産』『医術師見習い』『学生』『一般人』……。

 

 

「それでだっ」

 

 

 声でハッとして、いつの間にか手元を見つめていた顔を上げる。

 

 

「ギルドの話なんだがな」

 

 

 やっぱりその話だった。

 

 

「ヒスイも無事、補習を免れているということで、予定通り長期休暇中に行おうと思う。俺はスキルアップとして。同伴として、ロタエがつく」

 

 

 小さくぺこりと頭を下げあう。

 ロタエさんなら何も緊張することは……ない、かな……?

 追いかけられたことを思い出し、背中に冷や汗がたどった。

 気にしない気にしない。

 

 

「時期なんだが、希望はあるか?」

「第四週が、クザ先生と治療院に行くことになっているので、前半で都合がつくと嬉しいのですが……」

 

 

 一月(ひとつき)は十日間ずつ五週まである。

 最後の週はライラさんたちと予定を入れたいと思ってはいるから、重ならないように前半にしたい。

 

 

「そうか。なら第二週後半から第三週の前半にかけてにしよう。第一週は俺が予定あってな。それでも構わないか?」

「大丈夫です」

「よし。じゃあ次だ」

 

 

 数日間にわたって行う物なのかな、と疑問は残るものの、てきぱきとした動作で質問は飲み込むしかない。

 お願いしているし、無茶なことはさせないだろうと思うし。

 スグサさんじゃあるまいし。

 殿下が視線をロタエさんに移し、ロタエさんは横に置いていた書類の中から数枚の紙を取り出した。

 

 

「これが、受注しようとしている任務です」

 

 

 体を乗り出して、内容を見る。

 用紙は三枚。分類はすべて『討伐』とされている。

 難易度は魔法と合わせているようで、初級から特級まである。

 かつそれが全て『+』と『-』となってるので計十段階評価だ。

 

 

『上級(-)』

 廃村に住み着いた錆鼠(ショウソ)・ラースの駆除

 ※ 数が多く、周囲は木々が多いため、効果的な火属性魔法は使用不可。

 

『上級(+)』

 力試し! 海の魔物、怪鱗(かいりん)・ヤビクニを買い取ります!

 ※ 成功者には、一宿一飯を無料サービスします!

 

『最上級(-)』

 砂の大地にて、猛尾(もうび)・ルルの存在を確認。退治依頼。

 ※ 猛毒を持っています。解毒剤の準備が必須。現地では品薄のため注意。

 

 

 なんか一つ異色なのがあるけど、いいのかな。

 

 物珍しさもあって一枚手に取って詳しく読んでいると、扉をノックする音が部屋に響いた。

 

 

 コンコンコン。

 

 

「失礼するよ」

 

 

 姿を見せたその人は初見のはず。

 なのに、高貴な雰囲気を醸し出していて、ソファーから立たざるを得なかった。

 その反応は間違いではなかったようで、ロタエさんも殿下も姿を見た瞬間、よりも前の、声がした瞬間には立ち上がり、姿勢を整えていた。

 

 

「おや、来客中だったんだね。申し訳ない」

「いえ、問題ありません、兄上」

 

 

 この部屋で一番偉かった人が、敬った言葉を使う。

 それもそのはずで、殿下のお兄さんだという。

 王族であればもちろん、長男というのは次期国王陛下なのだから、まあそういうことだろう。

 姿勢を正すという反射的行動は外れではなかったようだ。

 というか、そうさせるだけの雰囲気を持ったこの兄殿下。

 すごいな。

 殿下は金髪、シオンが銀髪だが、兄は群青色だった。

 深みのある青は、年上ということもあって落ち着き払っている人柄によく似合う。

 

 

「お早いお戻りですね。書面では今週末とのことでしたが、何かありましたか?」

「いや。なにも。ただ待つまで待つのが面倒だったから、向こうのことは下に任せて、さっさと来ただけだよ。ゆっくりしたいから来週の予定はずらしてもらうつもりだよ」

 

 

 口調は至って柔らかく、表情は……仮面を張り付けたように、失礼ながら胡散臭い。

 そう思った瞬間、知ってか知らずか、兄殿下と視線が合った。

 視線を合わせることとか、むしろ伏せてないことが無礼だと言われたらどうしよう、とか。

 一瞬で嫌な考えが巡って、嫌な汗が背中を伝う。

 とりあえず、頭を伏せて、嫌なモノから目を逸らす。

 

 

「君の顔は見たことがないけれど、コウの部屋にいるということは……」

「兄上、この者は」

「君が噂に聞く『お人形』だね」

 

 

 久々に呼ばれたその刹那、呼吸の仕方を忘れた。

 心臓が大きく跳ね、空気を取り入れるのを体が拒否した感覚。

 心臓と呼吸のリズムがずれ、息が上手く入らない。

 指先が冷え、頭の中が冷え、目の前に見える自分の足元が、二次元的に見える。

 

 

「研究員から報告書を貰ってね、興味深く読ませてもらったよ。その体は死体ということだが、普通の人間として活動できるとは面白い」

「兄上、ヒスイは」

 

 ―― 弟子、聞くな。

 

「『ヒスイ』というのは個体名か? まあ事情を知らぬものに番号呼びするよりは自然だろう。このような兵器が普段から身近にいるとすれば怖がる方々も出るだろうし、いい判断だね。そうだ。意思疎通ができる兵器ならば護衛も任せてみようか。死体ならば怪我をしても替えが聞くのではないか? 他の死体の肉体を使うとか」

「兄上!!」

 

 

 殿下の大声に、体が震える。

 今、私は何を言われていた……?

 ヒスイ、と私を呼ぶ声がいくつか聞こえた。

 兄殿下は、私について語っていた。

 死体?

 死体とは私のことか。

 私のことだ。

 私しかいない。

 私の体は死体だ。

 私は死体だ。

 

 

 

 

 

 わ た  しは し んでい  る。

 

 

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

 

 

「……顔も青白い。まるで雪のようだ」

「この者のことは私に一任されています。ご提案は有難いですが、決定権は私にありますことをご承知おきください」

 

 

 一番遠い席にいた王子サマが兄に向かって進み、私様との間に立つ。

 兄からの視線は遮られ、王子サマのマントが視界で揺れる。

 

 

「そうそう、お前の物になったのだったな。だが使えそうな時は貸してくれよ」

「この者には私からの依頼を遂行中ですので、しばらくは難しいかと」

「そう言わずに。機会なんていつでも作れるさ」

 

 

 怒気を一応隠しているようだが隠しきれていない王子サマの言葉を、兄は飄々と受け流す。

 こういう奴は、信用できない。

 

 

「まあ、今日はお邪魔しちゃったみたいだし、退散するよ。また今度ね、コウ」

「今度は私からご挨拶に伺います」

「来るな、ってことかな? それは気分次第」

 

 

 嫌味も軽くいなして、静かに扉を閉めた。

 微かに聞こえる足音が完全に聞こえなくなってから、王子サマは目に見えて肩の力を抜く。

 

 

「すまん、ヒスイ」

「弟子は下がらせましたよ」

「うわっ」

 

 

 ガバッと面をあげれば悲鳴を上げられた。

 失礼な。

 そんな大きく引かれたらさすがの私様でも傷つくんだが?

 兄がいなくなったからなのか、今の王子サマの反応を見てなのか、女魔術師も息を吐いてるし。

 

 

「あ、ああ、スグサ殿か……?」

「そうですよー。弟子はやばそうだったんで下がらせました」

 

 

 こういうところはこの体の利点だな。

 身体を仰け反らせていた王子サマはほっといて、ソファーに座り直して紅茶を飲み干す。

 弟子の体の反応はそのまま引き継がれている。

 だから背中が汗でびっしょりなのも、喉がカラカラに乾いているのも、私様にはバレバレ。

 脱水にならないようにしっかり水分摂取。大事。

 まあ、この二人も気付いているだろうけど。

 二人もそれぞれ座って、同じように紅茶を飲んでいる。

 

 

「今の人はオニイサマですか」

「そう。この国の第一王子。カト・ゼ・フローレンタムだ」

 

 

 聞くところによると、先程はぐらかしていた『身内ごと』というのは、(カト)が帰国するということだったらしい。

 (カト)はレルギオにいわゆる公務に出ていたのだと。

 詳細は伏せられている。

 兄弟と言えど、王族と言えど、話すことができないこともあるのは当然のこと。

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