【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
―― なかなか……遠目から見れば小景だな。
魔法を使いながら進み続け、おそらくは村の端まで来たところ。
振り向いて状況を確認すれば、
≪隔絶された水槽≫本来空気を含まない。
一定の範囲に水が詰まっているだけの状態になる。
ラースは呼吸をする生き物。
苦しみながら吐き出された空気ではあるが、≪水槽≫の中身にそれらが漂い、昼間の太陽がそれらを照らす。
その≪水槽≫が村全域、スグサさんの無茶ぶりにより平面だけではなく、宙に浮いた状態としても存在している。
遠目に……大きくても掌程のラースを認識しなければ、まるでここは屋外のアクアリウム。
生き物の命を奪ったことに変わりはない。
奪ったうえで美しさを感じるのは信条としてはよろしくないのかもしれない。
それでも、その感想を抱かずにはいられなかった。
「……随分なことをしたなあ」
後をゆっくり追っていたカエ様とロタエさんが、周囲を見回しながら歩み寄る。
随分なことを、というのは、≪水槽≫の量か、水責めのことか。
「辛くはないのですか?」
「大丈夫です」
その問いかけの意味は分かっている。
「二百もの魔法を同時発動したままで大丈夫なのか」という、師匠がスグサさんでは気にかけてくれない内容だ。
普通の人……学生や魔術師団、ギルドの人なら十個できるかできないかぐらいだろう。
同じ魔法を複数個作る分には、他属性魔法の同時発動よりも非常識ではない。
だけれど難しいことには変わりなく、コントロールや魔力量は相当に必要だ。
そもそも水槽の大きさは人一人分以下が基準とされている。
二百個連続かつ同時発動、規格外の大きさ、余裕あり。
さすがにこれを普通だとは到底思えない。
「この後はどうするんだ?」
スグサさんと接することもある二人は慣れてきているのか、淡々とことを進める。
「仕上げをします。ラースは結局は焼却処分が望ましいとのことでしたので、償却できる場所まで移動できるように」
「ほう」
水槽ごと持っていくことはさすがにしたくない。
魔力を着れば水は流れ、中のラースを拾わなければならなくなる。
水ではないもので、改めて捕獲してから移動することを考えている。
作業時間は一時間ほど経過。
一番最後に作った≪水槽≫も、作ってから十分は経過しただろうか。
おおよそラースの呼吸は止まったものとして、次の工程に移る。
魔力を込め、二百の≪水槽≫に同時に魔法を発動する。
対象となる≪水槽≫は距離があっても光を発し、廃村全体が明るく照らされる。
―― 今回は詠唱なしでやってみろ。十分な量の魔力を込めろよ。
この量だ。
中途半端な魔力では完全に発動しきれないかもしれない。
対象が個々になっている分、過剰に魔力を流した方が全て固まってくれそう。
これを発動した時を思い出しながら、頭の中でイメージを鮮明に作り、唱える。
「≪
ラースを含んでいた≪水槽≫は、瞬間的に氷の華を咲かせた。
造形美を持ったその箱は、水の反射とはまた違った光を宿し、透き通る華に輝きを持たせる。
氷の造形が中身を隠し、ラースを含んでいるということは忘れてしまいそうになる。
「これは……」
「圧巻、ですね」
自然の中に氷の塊が大量に並び、これはこれで展示会にでもなりそうだと制作者は語る。
これが夕日だったり、夜だったらまた違ったのだろうなと思うと少し残念ではある。
そんな余裕ができたのだな、とも思う。
「これで私の計画は終わりです」
「お疲れさん」
私が練っていた作戦はここまでで、この氷を焼却できるところまで転送できればと考えている。
転送についてはスグサさんが可能だと言うのでこの作戦を思いついたのだが……スグサさんだからなあ……。
「この氷、河辺や火属性魔法が使えるところに転送できますか?」
「一気には難しいができるぞ。な、ロタエ」
「はい。持ってきています」
あ、よかった。本当だった。
ロタエさんの荷物の中から二つの魔石が取り出さた。
氷一つ一つを触りながら石に魔力を流せば、もう一つの魔石があるところに運ばれるのだそう。
メールみたい。
「じゃあ、ロタエは焼却できそうなところに移動してくれ。俺とヒスイで転送する」
「承知しました」
この数と大きさの氷を送るのにどれくらいの魔力を使うのだろう。
転送魔法は使ったことがないからわからないな。
―――――……
「殿下、右側に見える洞窟の中に数匹います」
「了解!」
「ヒスイさんは一つ後ろの木の上に。洞の中に潜んでいます」
「後ろ……行きます」
念話での、ロタエさんからの指示により、私とカエ様は二手に分かれて廃村周りの森を駆け巡っていた。
さながらサバイバルゲームのような。
鬼ごっこのような。
前日。
氷を河川敷に転送して、氷を溶かしながら焼却処理をしていた時。
「これが最後の一つですね」
「ようやくか」
思わず息を吐き出してしまうほど量が多かった。
見上げるほどに大きい氷から、ラースを一体ずつ小分けにし、火にくべるという作業を繰り返した。
氷の大きさに対し拳大のラースというのは対比が大きく、風の魔法で削っていく作業が思ったよりも大変だった。
個体としては千匹はいたかもしれない。
途中から数えるのをやめたから具体的な数字はわからないけど。
それもこの氷で最後となり、終わりが見えて安心する。
最後ともなればやる気は作業開始の時のように活気を取り戻し、さっさとやり遂げてしまおうと腕まくりをする。
「殿下」
「お、おかえり」
廃村の調査のために焼却処理からは離脱していたロタエさんが、転移魔法で帰ってきた。
袖をまくった腕のやり場に一瞬迷ったが、二人は二人の仕事もあるし、私は作業をしていよう。
「どうだった?」
「村はヒスイさんのおかげでほぼ更地になり、開拓はしやすそうです。ただ周辺の森に問題が」
「何かあったのか?」
「ラースがまだいるようです」
「え」
聞き耳立ててましたすみません。
ロタエさんの話によると、廃村のあった場所は凸凹しているものの問題はなし、村の周辺も見て回った際、ラースの糞や錆などの痕跡があったという。
軽く森の中に入ってみれば、木の根元にいたり、登っていたりと自由に過ごしていたらしい。
「じゃあ明日は森を見回るか」
「それがよろしいかと」
―――――……
ということで、今は残党狩りをしている。
焼却処理をしなかった一体と、焼却処理をしたラースの骨を使用し、魔法で残りの探している。
探す役はロタエさん。
指示を貰ってラースの居場所を見つけ、氷漬けにするのがカエ様と私。
どうしても動きたいと言う水属性を持っていない殿下のため、≪
かつ風属性で機動力を上げ、木を渡って移動している。
「殿下、二時の方向、集団がいます」
「よし、まとめてやってくる」
「私も行きますか?」
「ヒスイさんは正面に進んだところに別の巣があるようです」
「わかりました」
森の中では比較的群れが小分けになっている。
しかし固まっているため、まとめて氷漬けにしやすい。
丸めた紙の上を歩く練習が活きたのか、移動はスムーズに行ける。
枝から枝へ渡り、見つけては氷漬けにして、を繰り返す。
そんな作業を廃村周り五時間。
念のため広範囲で探索し、三周したぐらい。
朝一から始めたのに昼を過ぎてしまった。
「お疲れ様でした」
「さすがに、疲れたな」
「そうですね……」
魔力としてはそこまででもないというのは言わないでおこう。
今更かもしれないが。
ただ、枝から枝へ飛び越えながら、草木に潜む小さい生き物を探すのは身体的に疲れた。
体力面が問題かなあ。
スグサさんもカミルさんとやってたときに息切れしてたし、体力はもともと少ないほうなのかも。
私が仕留めたのは三百程。
殿下も同数程らしい。
「やはり多いですね」
「そうだな。繁殖力はそれなりにある方だとしても、異常繁殖に値するだろう」
表情は深刻だ。
二人が今から話そうとしていることは私は詳しくは知らないが、私が目の前にいるのに話し出すということは、私にも関係があるのかな。
「ヒスイたちが学外で任務をこなした時があっただろ」
「遠足の時のですか?」
「そうだ。あの時の薬草採取も、ピーチも、イレギュラーだったスパデューダも、国中で異常繁殖と過成長に関係している」
カエ様が言うには、ピーチの討伐は普段はあまり挙げられないらしい。
異常繁殖。確かに危険な魔物ではあるが、人間を襲うことはほぼないとのこと。
しかし今回は寮が多く、目撃情報が多かったため、間引きという意味合いで行われたのだという。
スパデューダは過成長。
巣があったことは想定していなかったが、大きすぎる個体は周辺生物のバランスを崩す。
過剰繁殖にもつながる可能性があるということで、討伐が行われた。
スパデューダに関しては人的被害も出ていたようだ。
「この情報、私に言っちゃってよかったんですか?」
「信用している、というのと、おそらくだが最後に行う予定の最上級-の任務、これも過剰繁殖によるものの可能性があるからな。注意が必要だ」
「……そうなんですね」
信じていないわけではない。
それは私も同じこと。
カエ様……殿下の言葉も人柄も信用している方だ。
だから、今言った言葉に偽りはないと思う。
じっ、と、殿下の表情を窺う。
疑っているのではない。
時として、目は口程に物を言う。
伝わってほしいんだ。
「……殿下」
「……今は「殿下」じゃなくカエなんだが?」
「聞いているのは殿下です」
じっ、と、見つめる。
見つめ返してくるので、さらに見つめ返す。
睨み合いとも取れそうな状況だが、私は引く気はありませんという意味合いも込めて、ブレずに見つめ続ける。
次第に殿下に眉間の皺が出来始め、口が曲がっていく。
ふいっと顔を逸らし、ため込んでいたような息を吐き出した。
「はあぁぁ……。わかった。降参だ」
「だから言ったじゃないですか」
「うるさいぞ」
ロタエさんは話すべきと考えてくれていたよう。
殿下の重い口が開く。
「……今回の二つの任務。依頼主は市民やギルドからではなく、城からだ」