【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
シャワーを浴びた順で、風呂場が温まっていないことに気付かれたかな。
最初にベローズさんに「死体」と言われた時から、温めてはいけないのではないかと考えていた。
最初に目が覚めた時……もうほぼ一年前に温かいシャワーを浴びたきりだ。
冬は辛かったけど。
体を保温したり温かいものを飲んだり、そう言うことはできる。
なので温かいシャワーも大丈夫なのではと頭では考えているのだが、実際に行動には移せない。
言われただけで、普段出来ていたことが出来なった。
それ以上は指摘されず、弁解もせず。
でもそれが苦痛になるようなことはなく。
次の日備えて眠った。
―――――……
「ああ、ここだ」
街の人たちに尋ねながら、周囲よりも一際大きい家の前に来た。
敷地も家も庭も、全てが大きい。
ギラギラ、と言うほど装飾はされていないが、人目を引く程度には豪勢だ。
街路路に面した門に門兵がいて、声をかけると中へ通してくれた。
玄関までも歩く。
建物の扉の手前に、小ちゃくて丸い人がいる。
「ヨウコソお越しくださいまシタ!」
髪の毛くるんくるん、ちょび髭もワンカール。
体全身でカーブを描いている見た目は、子ども人気そうだ。
着ている服は艶やかで、見ただけでいいものだと言うことがよくわかる。
おそらくはこの人が、ドゥ・マルス様。
「こノ度は遥々オ越し頂き、アりがとうござイます! ササッ、お茶のご用意がありまスので、お上がリくだサイ!」
引っかかる喋り方をする人だ。
手元はちょこちょこ、足はパッタンパッタンと、身振りも忙しない。
歩きに関しては丸い体がどうにも動かしにくそう。
先頭を歩いて案内された先は、食堂らしき部屋。
お菓子と紅茶が用意されていて、歓迎する気満々なのが手にとるようにわかる。
長方形に伸びたテーブルは、短辺の席同士の顔がわかるかどうかと言ったレベルで長辺が長く、普段はどれだけの人数を読んでいるのだろうかと疑問を持つ。
三人が並んで席につき、冷たい紅茶を出される。
緊張からなのか、紅茶の香りがわからない。
マルス様が正面に座った。
長辺で向かい合っているから、顔はよく見える。
「改めまシテ、
テーブルに両手をついて、深々と頭を下げた。
テンションはライラさんに似ているところがあるなあ。
「私はコウ・ゼ・フローレンタム。ですが任務中は「カエ」と名乗っておりますので、どうぞそちらでよろしく頼む」
「わカりました! カエ様でゴザいますネ!」
握手を交わす。
「ロタエ・ドゥ・スピニングと申します。魔術師副団長として、カエ様に同行させていただいております」
「お噂はかネがね! よロしくお願いいたしまス!」
握手を交わす。
「……ヒスイ、です」
「ヒスイ様ですネ! 慎ましイお方なノデすかナ!?」
ワッハッハ、と。
握手を交わす。
この人は、家名を名乗らなくても対等に扱ってくれるタイプ、なのだろうか。
ロアさんのこともあったから多少の警戒もありつつ名乗ったが、豪快笑いで流されて、前者二名と同様に握手を交わした。
ああ、それだけで「良い人かも」と思ってしまう私は単純だなあ。
「デは早速ですガ! ヤビクニの件をお引キ受けいたダいたと言ウことで!」
「はい。この後ギルドに寄ってから向かいます」
「そうですかそうですか! ご健闘をお祈りさせていただきます。して、一つお願いがあるのですが」
指を一本、天井に向ける。
意味慎重に無言の時間を設け、目を細めて、声を落とす。
「多少の傷は構いまセんが、なるベく早く体はそのマまでお願いシます」
「そのまま、とは、本体を切断せず、と?」
「その通りでゴざいまス」
「火は?」
「焦げハあまり好みませんネ」
縛りが増えた。
足場不安定、火属性魔法は非推奨、切断や刃物の使用もなし。
接触や近接も危険
うーん。骨が折れそう。
「聞くが、ヤビクニを買い取って、どうする?」
「食べるンですヨ!」
今日一の明るい表情で、白く輝かしい歯を見せつけられた。
ええ……食べるの……、クワガタグッピーを……?
カエ様もまさか食べるとは思っていなかったのか、口元がひくついている。
流石のロタエさんは表情ひとつも変えていない。
膝の上の手は反応してたのは見た。
「アれは美味しいんでスよお! なゼか賛同者がイないのですガ、そレはそれで独り占メできルのでね! よロしければ成功しタ暁ニはご一緒に如何でス?」
嘘偽りのなさそうな顔でお誘いをいただいたが、三人揃ってひとまず保留にさせて貰った。
私は絵を見た時から食べるのはないと考えていたが、仮にも貴族で依頼主の人に、問答無用で「NO」とは言えなかった。
こればかりはしょうがない。
「ヒスイから確認したいことはあるか?」
代表として話していたカエ様から、話を振られる。
マルス様の目を見れば、拒否も拒絶も嫌悪もなく、むしろ逆に好奇心を向けられているようにこちらを見ていた。
「では、一つだけ、よろしいですか?」
「一つと言わズ何個でもかまいませんよ!」
「ありがとうございます。お食べになると言うことは、食べられる程度に扱ってきても構いませんか」
「ソれが切ると言ウことでなけれバ構いません。ムしろ有難いですね! よリ新鮮な状態で調理してくだサるのなら、今までデ一番美味しくなるヤもしれませン!」
ワッハッハ。
豪快な笑いに気圧されながら、話もそこそこにしてマルス邸を後にした。
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、お見送りまでしてくれてた。
次はギルドに向かう。
依頼内容の確認と、
今日は曇り。
夏のように暑い日ではあるが、雲のおかげで日差しは弱い。
しかし蒸し暑く、歩いていても汗をかいてしまう。
海が近い場所だから、海水浴をしている人は多いかな。
ヤビクニは深海生物だから、相応に沖まで出ないといけない。
それまではどうやっていくのだろう。
魔法で飛んで行くのか、船で行くのか。
向かい風を切りながらギルドがある海へ向かっていると、髪を濡らしていたり、サーフボードに似たものを持っている人と多くすれ違う。
髪を押さえたロタエさんが、風に負けないように呟く。
「風が出てきましたね」
「そうだな。海も荒れているかもしれない」
確かに、服も髪も乱れ、何度か目にゴミが入って痛い。
歩くのが止まるほどではないにしろ、障害物のない海辺では、街中よりもあれている可能性は高い。
すれ違う人たちは海から避難してきた人たちかな。
一先ず話は聞かなければならないので、ギルドには向かっておく。
扉は締められ、まるで店仕舞いしてしまったかのように人気がない。
しかし中に灯はあるので、誰かがいるようではある。
カエ様が扉を開けた。
「いらっしゃい。待ってたよ」
受付のお婆さんが、キセルのようなものを咥えて煙を浮かしている。
両手で雑誌? を読み、仕事の合間のように見える。
「人気がないようで」
「ああ、人払いしたわけじゃあないんだがね。風が強くなって波が高くなってきてね。海自体閉じたんだよ」
海の安全もギルドが管理していて、開放するか否かはギルドが判断しているとのこと。
今日は風が強くなる予兆があったらしく、海を閉じたのも予定通りだそう。
「アンタらが行く方も風は強いかもしれないけど、どうする?」
一考。
人がいないのは好都合だ。
沖だとしても、いないならいない方が遠慮なく魔法は使える。
しかし足場が不安定なところで、波や風が強いのは危険度がより高い。
「このあとも風は強いのですか?」
「そのようだよ。アタシとしてはあまりお勧めはしないがね。一応説明しておくか」
前日同様、ソファーに座るよう促される。
お婆さんが持ってきたのは、魔石。
すでに魔法が込められているもののようだ。
それが三つ、首から下げられるようになっている。
「マルス様からのものだよ。身に危険があった時に、ギルド行の転移魔法が自動発動する」
「身の危険の判断はどうやって?」
「闇の魔法で精神状況を確認してるんだと」
確かに闇属性はそういう魔法が多いと以前聞いたことがある。
それの応用かあ。
元の世界で言う、嘘発見器みたいなものかな。
まあ、ただ。
状況を『見透かされている』ようで良い気はしないが。
「では、お借りしよう」
「あいよ。ほれ、アンタたちも」
「お借りします」
「ありがとう、ございます」
「あと
珊瑚だろうか、ほんのり赤みのあるか手のひらサイズの縦笛を預かって、首から石を下げ、海へ出る。
深海がある沖までは、船に乗る。
ただし海には出ない。
船に乗った状態で転移する。
そして海の上に出て笛を鳴らし、得物を待つ。
荒天時には水属性と風属性を持っている人がいるのが絶対条件だ。
幸いにして、私もロタエさんは両方あるし、カエ様も風属性を持っている。
何だったら全属性ある。
「じゃあ船はこれね。この後も天気が荒れるから、アタシが連絡したらすぐに戻るんだよ」
海が荒れても一瞬で戻れるのは魔法のいい所だなあ。
船着き場で小型だが三人なら十分な大きさの船を借り、さっそく乗り込む。
そういえば船酔い、大丈夫かな。
大丈夫か。
お婆さんに見送られ、船に設置されていた石に魔力を流す。
ギルド同士を行き来するように、光に包まれて、景色が変わる。
今までいた陸地は手乗りサイズとでも言えそうな感じに離れているが、想像していたより近いかな。
見渡す限りの水平線、って感じを想像してた。
「よし、じゃあやる前に、一度周囲を確認するか。ロタエ、頼む」
「はい」
ロタエさんが船の中心に立ち、風の魔力を練る。
使うのは、森の中の
指定した対象、もしくは何かしらの障害物を探す、探索系の魔法。
≪風の便り≫
海のような遮蔽物がない場所なら、これと言った指定はせず、周辺の何かしらを調べるだけでいい。
なのでラースの時な参考物品は必要ない。
どんな感覚なのか聞いてみたところ、自分を中心に風を波紋状に放ち、跳ね返りを確認する。
たぶんソナーのようなもの。
森の中でラースを探し当て指示するように具体的に探るには、おそらくは相当に間隔を研ぎ澄ませないといけないと思う。
「……大丈夫です。問題ありません」
「よし、じゃあヒスイ」
「はい」
「頼んだぞ」
波で揺れる船に、バランスを取られないようにしっかり足を踏ん張らせ、左手で手すりに掴まる。
右手で笛を構え、大きく息を吸って、澄み渡る音を響かせた。