【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第8話

 ピィーーーーーーーーーー。

 

 甲高い音が、どこまで届いているのかわからないくらい遠く、遠くまで響き渡る。

 それこそ深海まで響いていきそうで、水面を覗き込む。

 ……見える魚は釣れないと聞いたことがあるが、驚くほど反応がない。

 本当にこれで大丈夫なのか。

 疑うのはまだ早いと自分に言い聞かせて、息を吹き続ける。

 

 

 ピィーーーーーーーーーー。

 

 ピィーーーーーーーーーー。

 

 ピィーーーーーーーーーー。

 

 

 ピィーーーーーーーーーー。

 

 

 ピッピィーーーーーーーーーー。

 

 ピィーーーーーーーーピピッ。

 

 ピィーーーーーピィーーーーー。

 

 

 

 休憩を挟みながら。

 音の鳴らし方を変えながら。

 幾度となく試す。

 反応のない魚たちを見て、もう驚かなくなった。

 逆に面白さも感じる。

 海はより、波が強くなってきた。

 水面に空の光が反射していたが、いつの間にかなくなり、見上げれば雲が厚くなっている。

 周辺も薄暗くなり、より風が吹いて蒸し暑さの代わりに寒さを感じてきた。

 そろそろ終わりかな。

 そう思って、必要最低限しかない薄いの腹筋に鞭を入れ、思いっきり強く、音を出す。

 

 ピィーーーーーーーーーーーー。

 

 ……、揺れた。

 波と一緒に、水の中で黒いものが揺れた気がする。

 気付いてからはすぐにまた鳴らし、焦りながら息を吸う。

 後ろで様子を見ていたカエ様とロタエさんは、私の様子で気が付いたのか、体を乗り出して水面を覗き込む。

 私は笛を鳴らし続ける。

 鳴らし続けながら、水面を見つめ続ける。

 ゆらゆら揺れるそれを見続けたことによる酔いを感じながら、気のせいだと思い込んでやることをやめない。

 

 

「……いました」

「どこだ!?」

「ヒスイさんの左側。上がってきます」

 

 

 体を左に向けると、確かに黒くて大きいものがそこから上がってくる。

 水面が揺れる中、色のあるヒレがゆらゆらと揺れているのが見える。

 上がってくる胴体は……え、あ、うわぁ……。

 

 

「青いんだあ……」

 

 

 青いクワガタって、レアだなあ……。

 ギリギリ空気に触れない位置まで浮いてきて、姿がよく見える。

 青いクワガタの頭に、ハゼのようなどちらかというと平べったい体を持ち、全体が青い鱗で覆われてキラキラと輝いている。

 ヒレは透けているようだが、端の方は赤やオレンジがついている。

 

 

「クワガタが泳いでる……」

「くわがた?」

 

 

 こっちの世界にはクワガタはいないのか。

 虫としては存在せず、海中生物なんだ。

 

 

「ここからどうするのですか?」

 

 

 あ。物珍しさに水族館のように眺めてしまっていた。

 ロタエさんの指摘に、鱗笛(りんてき)を手渡す。

 貴重なものだから壊してはいけない。

 荒れてきた海に体が傾く。

 船の甲板、先端に行き、海中を揺蕩うクワガタグッピー、ヤビクニを見据える。

 笛の音に寄せられてきて、こちらを攻撃してくる様子はない。

 もともと凶暴な生物ではないそうで、こちらから攻撃してこなければ仕掛けてこないらしい。

 内心、謝りながら、魔力を練る。

 

 

 ―― 作戦通りいくぞ。まずは、浮かせ。

 

「はい」

 

 

 スグサさんの声を聞いて、手を伸ばし、魔法の範囲を決定する。

 ヤビクニの大きさがあるのと、優雅に泳いでいるせいで狙いが固定できない。

 

 

 ―― 焦んなよ。あいつらは攻撃されたと気付けばすぐに潜る。またやり直しだ。

 

「はい……!」

 

 

 呼び寄せるまでに何分かかったろう。

 今みたいに人がいない状況でやれるかわからない。

 できれば、今、捕えてしまいたい。

 魔力を練り上げ、放つ。

 

 

  ≪夜空に浮かぶ泡沫≫

 

 

 水中のヤビクニを、水で包み込む。

 海が続いているはずなのに、一定以上進めず、壁を伝うようにくるくると一つの所を回って泳いでいる。

 ≪夜空に浮かぶ泡沫≫は、≪隔絶された水槽≫と違って内に空気を含む。

 今回は水中にいる相手に対して使ったので、空気があるはずの所には水が入っているのだが。

 なぜ今回は≪泡沫≫を使ったか。ラースの時に≪水槽≫を使ったのもあるが。

 

 

「船の上に移動します。二人は上の方に移動していただけますか」

 

 

 この水玉、動かせる。

 二人が船の上に移動したのを確認してから、ゆっくりと腕を上に動かす。

 ヤビクニを中心に水の球体が海面から離れ、球体の水槽を持ち上げている様。

 ヤビクニは暴れず、落ち着いて泳いだまま、船の上に移動できた。

 甲板の一段下にヤビクニを下ろし、魔法を解除した。

 

 

「いいのか!?」

「大丈夫です」

 

 

 開放するって言ってなかった。

 驚かせてしまった。

 ≪泡沫≫の中にあった海水が流れ出し、船が一瞬にして水浸しになる。

 水がなくなったことでヤビクニも暴れるが、形はハゼなので、船の床に沿って体を捻るだけだ。

 ビチビチはねないでくれて助かる。

 

 

 ―― さあ。難しいのはここからだ。へまするなよ。

 

「はい……」

 

 

 幸い、雲が多い。

 多少威力が上がってしまっても、まあ誤魔化しは効くかな。

 周囲は水だし火災になっても一応大丈夫……かな。

 カエ様とロタエさんは危険そうならすぐ立ち退いてもらわないといけない。

 船の上の方にいる二人に対して、声を上げる。

 

 

「カエ様、ロタエさん」

「どうしたっ」

「一応、転移の準備をしておいてくださいっ」

 

 

 返答は効かず、私は私の魔法のための魔力を練る。

 両の手を上下に出し、ヤビクニを挟むように構える。

 

 上の右手は、風。下の左手は、火。

 

 電話をしながらメモを取るように。

 鍋を混ぜながらテレビを見ているように。

 歩きながらスマホをいじるように。

 マルチタスクをやっている時なんて、実は結構な頻度であった。

 それと同じ。

 同じ。

 おなじ。

 同時に何かを行う、って言うのは体の反応としても、あった。

 例えば細かい作業をしている時。

 指先の動きを行っているはずなのに、肩に力が入ったり、歯を食いしばってしまったり。

 そういうのは『連合反応』という体の反応。

 大まかに言ってしまえばそれらと同じだ。

 風の魔法で髪がはためく。火の魔法で汗がにじむ。

 

 

「うわっ」

 

 ―― 風強すぎ。弱めて。

 

「はい……っ」

 

 ―― 火も弱くしちゃ意味ねーだろ。

 

 

 そんなこと言われても難しいんですよ。

 天才的な指導者はたまに煽っているように言ってくる。

 本人はもちろんそのつもりはないのだろうなあ。

 練習自体は何度もやっているし、失敗も成功もやっているけれど。

 頭ではわかっていても実際にやってみると難しくて。

 目の前にいるヤビクニが、待ちかねている様にグネグネと体を捻る。

 その奥の二人は、いつでも助けてくれるかのようにこちらを見張っている。

 

 じんわり。

 

 じんわり。

 

 風が収束する。

 熱が(こも)る。光が走る。

 

 

 ―― ……小さいが、まあいいんじゃないか? じゃあ、それを投げろ。

 

 

 鬼教官から許可が出た。

 右手の風属性をそのままに、左手の火属性をなくす。

 風で包まれているのは、熱せられた空気と、光。

 片手サイズの球状のそれを右手で持ちながら、下段のヤビクニの前に立つ。

 

 

「……ごめんね」

 

 

 言って。

 放った。

 

 念のため、高めに上げて、落ちるまでの時間を稼ぐ。

 宙を漂っている間に、私自身、船から足を離して浮く。

 動かず、泣き声をあげず。

 ただただ球が落ちるのを見つめている様に見えるヤビクニは、落ちてきたそれを体で受け止め、音もなく、一際大きく体を震わせた。

 そしてそのまま、二度と動かなかった。

 

 放った魔法は、オリジナル合成魔法≪伝雷≫。

 スグサさんが作った、複数の属性を同時に使った、不可能と思われていた魔法。

 やってみろと提案されたときは気は進まなかったけど、電撃は一瞬で意識を奪えるので、討伐するときとかは苦しませることが少ない。

 そう考えると、習得したくなった。

 それと、私がどこまでできるのかも知りたくなった。

 スグサさんの身体とは言え、人格は別。

 本人が指導してくれているとはいえ、私は魔法については初心者。

 まさか、できるとは。

 

 

「……ごめん」

 

 

 もう一度謝る。

 黒く、まだ生きていそうな目。

 動きはしないけど、もしかしたら死んではいないかもしれない。

 地に足を付けた私は二連のネックレスの片方を持ち、銀色の石が形を変える。

 針となったそれを、ヤビクニの首に一回刺す。

 長いようで短い、短いようで長い数秒を、祈るようにそのまま過ごした。

 

 

「お疲れ」

「お疲れ様です」

 

 

 ふわりと降りてきたカエ様とロタエさんの声に、夢の中から覚めたような感覚を覚える。

 針を抜いて、一振り。

 今回針で吸い取ったのは、血。

 鮮度を保つためと、動きを鈍らせるため。

 吸った血がどこに行ったのかはわからないけど、針はそのまま石へと戻す。

 

 

「お怪我はないですか?」

「俺たちは大丈夫だ。むしろヒスイが言われるべき言葉だろう、それは」

「そう、ですね」

 

 

 後始末は二人が買って出てくれたので、私は船室で休むこととした。

 船特有の香りがして、若干の気持ち悪さを感じる。

 窓を開けて喚起して、潮風を通す。

 天気は暗い。雨が今にも降りそうだ。

 蒸し暑い。湿気が強い。

 うずくまると余計に気持ちが悪かったので、ベンチ上の椅子に横たわって、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

 

 

「いヤー! こンな立派なヤビクニ! 素晴らしいでス!」

 

 

 目を開けたら陸地についていた。

 転移か操縦したのかわからないけど、船着き場についてから声をかけられ、今はマルス邸。

 焦げない程度の弱い電気ショックのようなもので一撃。

 暴れたりもなかったので、提示したヤビクニに目立った傷はなく、満足いただけたようだ。

 

 

「報酬分はギルドからオ受け取りくダさい! さラに是非この後、宴を開クのでご同席いただけマせんか!」

「いや、今回は遠慮させてもらう。慣れない場所だったので、思ったよりも疲労が溜まってしまって。それにこの後も別の場所に移動しなければならないんだ」

 

 

 諸手を挙げて喜んでくれて嬉しいことは嬉しい。

 が、船に酔ったのか疲れからか、マルス様のテンションは見ているだけで辛いものがある。

 気になる話し方も、聞いているだけなのに疲れを感じる。

 正直言えば、すぐにここから離れたい。

 

 

「そうですカ……残念です。デはまたの機会に。こチらにお寄りスることがありましタらお声掛けくださイ。全力でお力にナりましょう!」

「よろしく頼む」

 

 

 疲れた体を無理やり動かして、振り返ることなくマルス邸を出た。

 後ろからは歓喜の声がしばらく聞こえていた。

 

 

「アの方ニ報告しなくテは!」

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