【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
道中、二人の後ろをついて歩く。
二人は何か話しているようだが、ちょっと歩くのに精一杯で理解までは難しい。
なんか懐かしいな、聞こえてるのにわからないなんて。
足が止まる。
前が止まったから。
「じゃあ、後は頼んだ」
「はい。必要なものがあればご連絡ください」
「わかった。じゃあヒスイ、行くぞ」
「? はい」
なぜか、ロタエさんは海の方に。
カエ様と私は別方向に進む。
二人が何お話をしたのかわからず、とりあえず、カエ様について行く。
後ろを歩いていたつもりが、カエ様は自然と隣に並ぶ。
そして何を思ったか、腕をとられた。
「……あの?」
「なんだ?」
「……なんでしょう?」
まぎれもなくがっしりと左腕の二の腕を捕まれています。
少し見上げた先にある美麗なお顔は至って真剣で、ふざけているわけではないのが一目でわかる。
だからこそ、聞き返されて困った。
私、何かしたかな。
考えて、歩いて、考えて、歩いて、考えるが、わからない。
あゆみは止めない物の、わからな過ぎて言葉が出てこない。
それを察したのか、ぽつりと呟いた。
「離しはしないぞ」
「……なぜ?」
「倒れないようにだ」
え……?
「……まさか、気付いてないのか?」
えぇ?
双方びっくりして、ついに足が止まった。
いつの間にか賑わう町中に入ってきて、邪魔そうに見られながらも足は棒。
捕まれた腕はそのままに、反対の手で頭を抱えた。
下向いて、上向いて、首を捻って。一人逡巡している。
私以外の目は怪しいものを見る目になっている。
手が離れて、その顔は呆れ顔。
「……いや、いい。一先ず行こう」
何があったのか。
聞く暇もなく、足をっすめるカエ様に連れられる私。
この道のりに心覚えがあったため、とりあえず何も言わずについて行く。
寄り道もなくついたそこは、前日から泊っている宿だった。
受付を通し、カギを受け取って部屋に入る。
カエ様は躊躇いもせず私とロタエさんが使っている部屋に入った。
「どっち使ってた?」
「えと、手前を」
「よし」
連れられるまま、手前のベッドの足の方に座らされる。
カエ様が目の前に片膝を立てて座り、いつもは見上げる顔が、見下げる形でより近くにある。
跪かれ、金髪の隙間から見える黄緑色の上目遣いの瞳に、自分が写っているのがわかる。
手を伸ばされる。
伸ばされた手は、私の頬に触れた。
剣を使っているからか、掌はマメができているようで少し硬い。
努力の証。男の人らしい掌が頬を包み、長い指が耳まで届いている。
全体的にひんやりしていて、気持ちよくて、目を閉じた。
あ、なんか目頭が熱い。
「……っ」
ぴくり、と手が震えた。
それでも一度閉じた瞼同士は離れがたいようで、私の頬と一緒だった。
ぼーっとする。
眠い。寝てしまいそう。
体が傾くようだ。
鼻がツンと痛い。
「……すまんな」
思ったよりも近くから、いつもより低い声が聞こえた。
何に謝ったのかわからず、聞く暇もないまま、確かな浮遊感を感じた。
「……え」
背中と膝の下と体の側面に温かさを感じる。
視線の先はカエ様の胸元。
温かさに身を預けたい気持ちと、どういう状況なのかという疑問が入り混じる。
振動を何回か感じ、止まってから浮遊感。
背中に柔らかさを感じ、天井が見える。
ベッドに寝かされたのはわかった。
無地の天井が歪む。気持ち悪い。
逃げるように目を閉じると、瞼の裏も歪んでいた。
瞼同士は離れたくないようで動いてくれない。
「触るぞ」
額がひんやりとする。一転して気持ちよく、いつの間にか力の入っていた眉間が緩む。
数秒、そのままでいてくれて、落ち着いた。
「かえさま……?」
「そのまま寝てていい」
「はい……」
声にも力が入らず、わずかに掠れていた。
布のこすれる音。
歩く音。
水の流れる音が聞こえ、止まった。
また歩く音。
近くにいる。
すぐ隣。
前髪を避けられ、ひんやりとした手が額に掠る。
すぐにまた別の触感をしたひんやりとする何かが肌に触れた。
たぶん、タオル。
「ふあーーー」
クスっと笑った声がした。
「寒くないか?」
「少し、寒いです」
また布が擦れる音がして、私の体全体に何かが乗せられた。
触れた布はひんやりしていたけど、自分が温かいのか、すぐに気にならなくなった。
「ここにいる。眠ければ寝ていいからな」
返事をしたつもりが、声が出なかった。
口は空いたかな。
それが見えていれば、無視したつもりはないことは伝わるかな。
すぐ隣に人の気配を感じる。
一向に離れようとしない上瞼と下瞼に呆れる。
全身が脱力して、受け止めてくれるベッドに安心感を抱き、頭の中では浮かんでいる感覚を持つ。
中からか、外からか。
優しい声で「おやすみ」と聞こえた。
―――――……
……。
寝息が聞こえる。
眠ったようだ。
表情に感情を出さないヒスイの顔が、いつになく顔を変えていた。
嬉しく思いつつも、その顔は明るいものではなかったから、素直には喜べなかった。
今も決して穏やかではなく、汗を滲ませている。
相当に熱が高いようだ。
無理をさせたと今では反省している。
表情が見えないことに気を抜いていたわけではないが、ただ張り切っているように見えた。
だからこそ任せ、協力できるところはやろうとしていた。
配分を間違った。
タオルが乾いてきた。
取り換えよう。
こうして人の世話をするのは久しぶりだ。
小さいころにメイドに交じって弟の世話をしたことを思い出すな。
あいつも大きくなってからは伏せることも少なくなったし。
当時の記憶を思い出しながら必要なものを言わなければ。
「ロタエ」
「はい」
「飲み物と食べ物、あと氷……タオルと、一応着替えはあるのか?」
「一応手配します」
念話が終われば沈黙が訪れる。
否、寝息が規則正しく聞こえている。
外出用の服だから寝心地は悪そうだが、さすがに着替えさせるわけにはいかない。
すまん。
定期的にタオルを変え、室温を整え、ロタエの帰りを待つことどれくらいか。
ドアをノックされた音で、意識が飛んでいたことに気付く。
「ハッ」
「失礼しています」
「おおおお帰り!」
「……戻りました」
聞こえる、聞こえるぞ。
「寝てたんですか」という言葉が。
その冷たい目をやめてくれ。
俺も熱を出しそうだ。
「買ってきました。ヒスイさんは……よく寝ていますね」
「ああ。自然と起きるのを待とうと思う」
「それがいいと思います。スグサ様は……出てきていないのですね」
「そういえば、そうだな」
スグサ殿が活動して、治りが遅くなったらヒスイが辛いだけだし、それを考慮してのことかもしれない。
そもそもスグサ殿はあまり俺たちとは関わろうとしていないから、ただ必要がないだけ、ということも考えられるが。
どちらにしろ、今はゆっくり休ませてやるのが吉だろう。
飲み物と食べ物を一食ずつ、椅子の上に乗せて手が届く位置に置いておこう。
俺たちは話があるから、続き部屋に行っているからな。
「……何か報告は?」
「団長から、スパデューダの巣にあったご遺体について、身元が分かった者がいるそうです」
「そうか。隣で詳しく聞こう」
時は日暮れ。
不穏な話はヒスイが起きるまでに済ませたい。
―――――……
「おーい、大丈夫かー?」
うん。大丈夫じゃなさそう。
めっちゃだるそうだ。
「……だるいです」
「だよなー。お大事にー」
目に力がない。
だが恨めしそうに見ているのはわかるぞ。
段々表情を読むことにも慣れてきたと実感する。
いつも通り胡坐でいるのに対し、いつも正座で姿勢良くしていた目の前の奴は、両膝を立てた状態で横になっている。
起きていられない程辛いとは、かわいそーに。
「……スグサさんは、大丈夫なんですか?」
「んあ? なんで?」
「だって、同じ体じゃないですか」
おお、今度は変なものを見る目だな。
興味を示すことはいいことだ。
私様は怒らないぞ。褒めてやろう。
だが同時に、訂正が必要だな。
「お前は勘違いしているな」
「勘違い?」
「私様は『記憶』であって『人格』ではない。体調不良の記憶はあっても、実際の影響は受けない存在だ」
まあ、体を動かしてたり魔法を使ったりして居れば、勘違いするのも無理はないか。
だがそんなこんなで、私様は痛くも痒くも辛くもない。
へっちゃら。
だから体を使って活動してやってもいいんだが、体が疲れれば回復にも時間がかかる。
そうなってしまえば辛いのは弟子だ。
熱に侵される時間が長引いて、ギルドの任務を行う時間が無くなって、王子サマと女魔術師を足止めさせてしまう。
だから大人しくして居ようと決めた。
「これに懲りたら水シャワーはやめておくんだな」
「……」
「お前、意外と表情豊かだな?」
「え」
「いや、いい。いいからもう水シャワーはやめろ。大丈夫だから」
何が、とは聞かせない。
目を伏せ、視線を外す。
意識の中とは言え、あまり長々と付き合わせてはよくない。
言いたいことは言ったからもう引っ込んでもいいのだが。
「何か言いたげ気だな?」
「いえ……」
口では何とでも。
目は口程に物を言う。
「言えよ。言ってからさっさと寝ろ。言わないと眠れなさそうだ」
ちょっと意地を悪くしてみた。
こういう時はついつい口元が上がってしまうのは悪い癖だな。
煽ったような言い方に弟子は表情を変えず、口籠りながら意を決したように発した。
「スグサさんは、この体をどう思っているんですか?」
「どう、とは」
「えっと、なんと言えばいいんでしょうか。何か知っているのですか?」
知っている。
うん。知っている。
そりゃあ私様の体だし、いろいろ知っているが、弟子が知りたいのはそういうことではないのだろう。
『この体には何が起こっているのか』
とでも聞きたいのだろう。
言わないけど。
「今は言えることはない。ただ、悪いことではない」
「悪くない……」
「ああ。大丈夫。悪くない。ただ魔法を使いすぎただけだ」
焦らすこと自体はあまり好きではない。
だから申し訳ないとは思っているが、本当に今は言えない。
今は。
「わかりました」
「わかったんだ?」
「スグサさんが、後々話してくれるのだろうということが。それなら、それを待ちます」
……。
寝息が聞こえる。眠ったようだ。
聞きたいことを聞いて、一人満足したか。
まあ、いいけど。
おやすみ。
―――――……