【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第9話

 道中、二人の後ろをついて歩く。

 二人は何か話しているようだが、ちょっと歩くのに精一杯で理解までは難しい。

 なんか懐かしいな、聞こえてるのにわからないなんて。

 足が止まる。

 前が止まったから。

 

 

「じゃあ、後は頼んだ」

「はい。必要なものがあればご連絡ください」

「わかった。じゃあヒスイ、行くぞ」

「? はい」

 

 

 なぜか、ロタエさんは海の方に。

 カエ様と私は別方向に進む。

 二人が何お話をしたのかわからず、とりあえず、カエ様について行く。

 後ろを歩いていたつもりが、カエ様は自然と隣に並ぶ。

 そして何を思ったか、腕をとられた。

 

 

「……あの?」

「なんだ?」

「……なんでしょう?」

 

 

 まぎれもなくがっしりと左腕の二の腕を捕まれています。

 少し見上げた先にある美麗なお顔は至って真剣で、ふざけているわけではないのが一目でわかる。

 だからこそ、聞き返されて困った。

 私、何かしたかな。

 考えて、歩いて、考えて、歩いて、考えるが、わからない。

 あゆみは止めない物の、わからな過ぎて言葉が出てこない。

 それを察したのか、ぽつりと呟いた。

 

 

「離しはしないぞ」

「……なぜ?」

「倒れないようにだ」

 

 

 え……?

 

 

「……まさか、気付いてないのか?」

 

 

 えぇ?

 双方びっくりして、ついに足が止まった。

 いつの間にか賑わう町中に入ってきて、邪魔そうに見られながらも足は棒。

 捕まれた腕はそのままに、反対の手で頭を抱えた。

 下向いて、上向いて、首を捻って。一人逡巡している。

 私以外の目は怪しいものを見る目になっている。

 手が離れて、その顔は呆れ顔。

 

 

「……いや、いい。一先ず行こう」

 

 

 何があったのか。

 聞く暇もなく、足をっすめるカエ様に連れられる私。

 この道のりに心覚えがあったため、とりあえず何も言わずについて行く。

 寄り道もなくついたそこは、前日から泊っている宿だった。

 受付を通し、カギを受け取って部屋に入る。

 カエ様は躊躇いもせず私とロタエさんが使っている部屋に入った。

 

 

「どっち使ってた?」

「えと、手前を」

「よし」

 

 

 連れられるまま、手前のベッドの足の方に座らされる。

 カエ様が目の前に片膝を立てて座り、いつもは見上げる顔が、見下げる形でより近くにある。

 跪かれ、金髪の隙間から見える黄緑色の上目遣いの瞳に、自分が写っているのがわかる。

 手を伸ばされる。

 伸ばされた手は、私の頬に触れた。

 剣を使っているからか、掌はマメができているようで少し硬い。

 努力の証。男の人らしい掌が頬を包み、長い指が耳まで届いている。

 全体的にひんやりしていて、気持ちよくて、目を閉じた。

 あ、なんか目頭が熱い。

 

 

「……っ」

 

 

 ぴくり、と手が震えた。

 それでも一度閉じた瞼同士は離れがたいようで、私の頬と一緒だった。

 ぼーっとする。

 眠い。寝てしまいそう。

 体が傾くようだ。

 鼻がツンと痛い。

 

 

「……すまんな」

 

 

 思ったよりも近くから、いつもより低い声が聞こえた。

 何に謝ったのかわからず、聞く暇もないまま、確かな浮遊感を感じた。

 

 

「……え」

 

 

 背中と膝の下と体の側面に温かさを感じる。

 視線の先はカエ様の胸元。

 温かさに身を預けたい気持ちと、どういう状況なのかという疑問が入り混じる。

 振動を何回か感じ、止まってから浮遊感。

 背中に柔らかさを感じ、天井が見える。

 ベッドに寝かされたのはわかった。

 無地の天井が歪む。気持ち悪い。

 逃げるように目を閉じると、瞼の裏も歪んでいた。

 瞼同士は離れたくないようで動いてくれない。

 

 

「触るぞ」

 

 

 額がひんやりとする。一転して気持ちよく、いつの間にか力の入っていた眉間が緩む。

 数秒、そのままでいてくれて、落ち着いた。

 

 

「かえさま……?」

「そのまま寝てていい」

「はい……」

 

 

 声にも力が入らず、わずかに掠れていた。

 布のこすれる音。

 歩く音。

 水の流れる音が聞こえ、止まった。

 また歩く音。

 近くにいる。

 すぐ隣。

 前髪を避けられ、ひんやりとした手が額に掠る。

 すぐにまた別の触感をしたひんやりとする何かが肌に触れた。

 たぶん、タオル。

 

 

「ふあーーー」

 

 

 クスっと笑った声がした。

 

 

「寒くないか?」

「少し、寒いです」

 

 

 また布が擦れる音がして、私の体全体に何かが乗せられた。

 触れた布はひんやりしていたけど、自分が温かいのか、すぐに気にならなくなった。

 

 

「ここにいる。眠ければ寝ていいからな」

 

 

 返事をしたつもりが、声が出なかった。

 口は空いたかな。

 それが見えていれば、無視したつもりはないことは伝わるかな。

 すぐ隣に人の気配を感じる。

 一向に離れようとしない上瞼と下瞼に呆れる。

 全身が脱力して、受け止めてくれるベッドに安心感を抱き、頭の中では浮かんでいる感覚を持つ。

 中からか、外からか。

 優しい声で「おやすみ」と聞こえた。

 

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

 

 ……。

 寝息が聞こえる。

 眠ったようだ。

 

 表情に感情を出さないヒスイの顔が、いつになく顔を変えていた。

 嬉しく思いつつも、その顔は明るいものではなかったから、素直には喜べなかった。

 今も決して穏やかではなく、汗を滲ませている。

 相当に熱が高いようだ。

 

 無理をさせたと今では反省している。

 表情が見えないことに気を抜いていたわけではないが、ただ張り切っているように見えた。

 だからこそ任せ、協力できるところはやろうとしていた。

 配分を間違った。

 

 タオルが乾いてきた。

 取り換えよう。

 こうして人の世話をするのは久しぶりだ。

 小さいころにメイドに交じって弟の世話をしたことを思い出すな。

 あいつも大きくなってからは伏せることも少なくなったし。

 当時の記憶を思い出しながら必要なものを言わなければ。

 

 

「ロタエ」

「はい」

「飲み物と食べ物、あと氷……タオルと、一応着替えはあるのか?」

「一応手配します」

 

 

 念話が終われば沈黙が訪れる。

 否、寝息が規則正しく聞こえている。

 外出用の服だから寝心地は悪そうだが、さすがに着替えさせるわけにはいかない。

 すまん。

 定期的にタオルを変え、室温を整え、ロタエの帰りを待つことどれくらいか。

 ドアをノックされた音で、意識が飛んでいたことに気付く。

 

 

「ハッ」

「失礼しています」

「おおおお帰り!」

「……戻りました」

 

 

 聞こえる、聞こえるぞ。

 「寝てたんですか」という言葉が。

 その冷たい目をやめてくれ。

 俺も熱を出しそうだ。

 

 

「買ってきました。ヒスイさんは……よく寝ていますね」

「ああ。自然と起きるのを待とうと思う」

「それがいいと思います。スグサ様は……出てきていないのですね」

「そういえば、そうだな」

 

 

 スグサ殿が活動して、治りが遅くなったらヒスイが辛いだけだし、それを考慮してのことかもしれない。

 そもそもスグサ殿はあまり俺たちとは関わろうとしていないから、ただ必要がないだけ、ということも考えられるが。

 どちらにしろ、今はゆっくり休ませてやるのが吉だろう。

 飲み物と食べ物を一食ずつ、椅子の上に乗せて手が届く位置に置いておこう。

 俺たちは話があるから、続き部屋に行っているからな。

 

 

「……何か報告は?」

「団長から、スパデューダの巣にあったご遺体について、身元が分かった者がいるそうです」

「そうか。隣で詳しく聞こう」

 

 

 時は日暮れ。

 不穏な話はヒスイが起きるまでに済ませたい。

 

 

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

 

「おーい、大丈夫かー?」

 

 

 うん。大丈夫じゃなさそう。

 めっちゃだるそうだ。

 

 

「……だるいです」

「だよなー。お大事にー」

 

 

 目に力がない。

 だが恨めしそうに見ているのはわかるぞ。

 段々表情を読むことにも慣れてきたと実感する。

 いつも通り胡坐でいるのに対し、いつも正座で姿勢良くしていた目の前の奴は、両膝を立てた状態で横になっている。

 起きていられない程辛いとは、かわいそーに。

 

 

「……スグサさんは、大丈夫なんですか?」

「んあ? なんで?」

「だって、同じ体じゃないですか」

 

 

 おお、今度は変なものを見る目だな。

 興味を示すことはいいことだ。

 私様は怒らないぞ。褒めてやろう。

 だが同時に、訂正が必要だな。

 

 

「お前は勘違いしているな」

「勘違い?」

「私様は『記憶』であって『人格』ではない。体調不良の記憶はあっても、実際の影響は受けない存在だ」

 

 

 まあ、体を動かしてたり魔法を使ったりして居れば、勘違いするのも無理はないか。

 だがそんなこんなで、私様は痛くも痒くも辛くもない。

 へっちゃら。

 だから体を使って活動してやってもいいんだが、体が疲れれば回復にも時間がかかる。

 そうなってしまえば辛いのは弟子だ。

 熱に侵される時間が長引いて、ギルドの任務を行う時間が無くなって、王子サマと女魔術師を足止めさせてしまう。

 だから大人しくして居ようと決めた。

 

 

「これに懲りたら水シャワーはやめておくんだな」

「……」

「お前、意外と表情豊かだな?」

「え」

「いや、いい。いいからもう水シャワーはやめろ。大丈夫だから」

 

 

 何が、とは聞かせない。

 目を伏せ、視線を外す。

 意識の中とは言え、あまり長々と付き合わせてはよくない。

 言いたいことは言ったからもう引っ込んでもいいのだが。

 

 

「何か言いたげ気だな?」

「いえ……」

 

 

 口では何とでも。

 目は口程に物を言う。

 

 

「言えよ。言ってからさっさと寝ろ。言わないと眠れなさそうだ」

 

 

 ちょっと意地を悪くしてみた。

 こういう時はついつい口元が上がってしまうのは悪い癖だな。

 煽ったような言い方に弟子は表情を変えず、口籠りながら意を決したように発した。

 

 

「スグサさんは、この体をどう思っているんですか?」

「どう、とは」

「えっと、なんと言えばいいんでしょうか。何か知っているのですか?」

 

 

 知っている。

 うん。知っている。

 そりゃあ私様の体だし、いろいろ知っているが、弟子が知りたいのはそういうことではないのだろう。

 『この体には何が起こっているのか』

 とでも聞きたいのだろう。

 言わないけど。

 

 

「今は言えることはない。ただ、悪いことではない」

「悪くない……」

「ああ。大丈夫。悪くない。ただ魔法を使いすぎただけだ」

 

 

 焦らすこと自体はあまり好きではない。

 だから申し訳ないとは思っているが、本当に今は言えない。

 今は。

 

 

「わかりました」

「わかったんだ?」

「スグサさんが、後々話してくれるのだろうということが。それなら、それを待ちます」

 

 

 ……。

 寝息が聞こえる。眠ったようだ。

 聞きたいことを聞いて、一人満足したか。

 まあ、いいけど。

 

 おやすみ。

 

 

 

 

 

 ―――――……

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