【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第10話

 んあっ。

 

 ……ここは、宿……?

 記憶には薄いが見覚えのある天井。

 着ている服は知らないものだが、部屋の構造は知っている。

 ベッドも……なぜ寝ているのか。

 

 

 ―― よー。起きたかー。

 

 

 内から聞こえる声はいつも通り。

 

 

「お、おはようございます……」

 

 ―― もう夜だけどなー。

 

「全然寝た時のことを覚えてないんですけど、何時間ぐらい寝てました?」

 

 ―― 一日。

 

「ん?」

 

 

 思わず聞き返したが、返事はなかった。

 ホントに……?

 

 昼過ぎまでヤビクニの処理をして、マルス様の家まで行ったのは覚えている。

 そのあとギルドに行こうとして……あれ?

 ここから覚えてない。

 頭に何か乗っている……タオル。

 続き部屋の扉が光ってる。

 カエ様とロタエさんは隣、かな。

 服のことと、寝てしまっていたことと聞きたい。

 体のだるさは残っているが、頭はすっきりしている。

 この世界にも重力ってあるのだろうか。

 あるとしたら重力が増えたように感じる。

 なんとか二本の足で歩きながら、扉を開ける。

 

 

「お」

「こ、んばんは」

 

 

 二人で向き合って書類に目を通している。

 二人は部屋着に着替えていて、仕事しているようだがリラックスもしているみたい。

 殿下が立ち上がり、寄ってくる。

 仕事しているところに入っていいものか悩む私は立ちっぱなしだが。

 目の前まで来た殿下が手を伸ばした。

 

 

「っ」

「うん、熱は下がったようだな」

「熱……?」

 

 

 熱、出してたっけ。

 

 

「覚えてないか?」

「はい……すみません、ご迷惑をおかけしました」

「気にするな。むしろ気付くのが遅くなってすまなかった」

「そんなことないです。知らないうちになにかやらかしてませんか?」

「なにか……」

 

 

 なにかやらかしてしまったらと思って聞いてみた。

 ら、固まってしまった。

 え、何。

 やっぱりなんかやった? え、怖い。

 うわあああどうしよう何やらかしたの全っ然覚えてない。

 怖い怖い怖いやだやだやだ。

 え、何か言って何か言ってくれないと嫌な考えばっかり浮かぶってホントはやくうごいて

 

 

「失礼、カエ様」

「はっ」

「座りましょう。ヒスイさんは病み上がりですし」

「そっうだなっ! ヒスイ! なんもなかったから安心しろ!」

「あ、そうなんですか……、よかった」

 

 

 後ろから現れたロタエさんの声に硬直が溶けたようで、今度は忙しない動きをしながら否定してくれた。

 なんもやらかしてないならよかった。

 なんで固まっちゃったんだろう。

 二人が座っていた場所に案内される。

 扉を開けた瞬間にあった書類は、ロタエさんの近くにまとめられていた。

 

 

「今、明日どうするかについて話してたんだ」

「あ、すみません、丸一日寝てしまってたんですよね」

「ああ、わかったのか。俺たちもゆっくりできたし、回復したのならいいんだ」

 

 

 それでだ、と。

 カエ様と目で合図を交わしたロタエさんから書類の中から一枚受け取る。

 見ていいということなのだろう。

 文字を読むと、お祭りがあるらしい。

 今日から三日間。

 ギルドの近くの海沿いを屋台が出たり、催し物があったり。

 夏祭りのようだ。

 

 

「これは……?」

「明日まで休んで、回復したら行ってみないか?」

「え」

 

 

 行きたい、けど、一日寝てしまったし、良いのだろうか。

 自己管理が出ていなかっただけに、誘われてもすぐ頷けない。

 自分のせいで進捗が遅れているのだから……。

 でも、せっかく言ってくれたのに……。

 

 

「よし、行こう」

「えっ」

「行きたいんだろ? 見ればわかる」

 

 

 してやったり。って言っているような、悪戯っぽい笑顔。

 思っていることを当てられて、悔しいやら嬉しいやら。

 表情は変わりにくいと思っていたけど、読み取られるまでになったのか。

 カエ様とロタエさんが話を進める。

 

 

「あの」

「ん?」

「予定は大丈夫なんですか? 一日寝てしまっていたのに」

 

 

 一番気になること。

 二人とも忙しいのに、わざわざ私のために時間を作ってくれた。

 それなのに私は丸一日潰してしまったのだ。

 お祭りに行けるのは嬉しいけど、予定が押してしまうのなら行かずに次の任務に行きたい。

 

 

「ヒスイさんは本当に「気にしすぎる性格」なんですね」

「カミルさんにも言われました」

「その人から聞いていました。大丈夫ですよ。むしろ空き時間ができてしまうほどでしたので」

 

 

 そう言ってもらえると、ようやく安心できた。

 ロタエさんが言ってくれるからこその安心感というのもあるだろう。

 計画的にこなしていそうな人だから。

 いつの間にか力の入っていた肩と胸を撫でおろす。

 気張って伸びていた背筋も弛んで、椅子の背もたれに寄りかかってしまった。

 重い息が吐きだされる。

 

 

「もっと力を抜いていいんだ。そんな気にする相手でもないだろ、俺たちは」

「いや、殿下はそうでもないですね」

「なんだと」

「だって殿下ですし」

 

 

 もっと子どもっぽかったりならまだ気にしなさそう。

 

 

「殿下が同級生なら、たぶん大丈夫でした」

「じゃあシオンは気にしていないということか?」

「そうですね。シオンはむしろ、敬語しか許してくれません」

「ほう……?」

 

 

 たしか敬語と交換条件で、名前呼びになったんだ。

 「同級生なのに仰々しい」と。

 まあ一理あるなと思ったし。

 そのあとも雑談をして、早二日。

 調子はほぼほぼ回復し、お祭りの準備をしていた。

 なんと、行くのは私と殿下と、二人だけらしい。

 ロタエさんはお城に戻って仕事をすると。

 突然ロタエさんが帰ってきて、アオイさんは驚くだろうな。

 カエ様はいわゆるお忍び状態。

 町の中に限るし、学生としては休暇中なので黒よりのグレーゾーンだが許された。

 本人曰く、「たまには息抜きしないとな」と。

 ロタエさんはため息をついていた。

 

 

「お土産買ってきますね」

「楽しみにしてます」

 

 

 時は昼前。

 ギルドから転移をするというので、ロタエさんのお見送りに来た。

 夜には帰ってくるそうなので、夕飯も用意しておこうと思う。

 お祭りの本番は夜なのだが、それではさすがに人が多い。

 カエ様は王子様だし。私は外見は死んだ人だし。

 明るいが、昼にお祭りを回って、夜はゆっくり過ごそうということになった。

 ロタエさんの転移を見送り、ギルドを出る。

 

 

「さて、じゃあ行こうか」

「はい」

 

 

 お互いマフラーをして、腰までと膝までのマントを羽織りフードを被る。

 無地だから見た目はお揃いで色は黒と白。

 

 ギルドからスタートし、浜辺を一直線に歩く。

 道の左右に出店が展開され、行く人と来る人が行き交っている。

 人々は食べ歩いていたり、ゲームをやったりしている。

 大人はお酒を飲んでいるようで陽気に歌ったり踊ったりしている。

 本当にそのまま夏祭りだ。

 

 

「何か気になるものがあれば寄ろう。気軽に言ってくれ」

「あ、じゃあ、あれに」

「お、行こう」

 

 

 美味しい匂いがしていて気になっていた。

 見たところ、串焼き肉のよう。

 肉を焼く匂いってなんでこんなにいい匂いなんだろう。

 たれが焦げて香ばしく、艶々に輝いている。

 

 

「旦那。二本ほしい」

「あいよ」

「カエ様、お金……」

「あ、それは大丈夫だ」

 

 

 店主さんから串焼きを貰い、お金を渡す。

 いたるところに備え付けられているベンチの空きを見つけ、さっそくいただきます。

 

 

「あー……美味しい」

「うん。タレが濃いめでいいな」

「お肉も柔らかい。何の肉だろう」

 

 

 前歯で嚙み切れるほどの柔らかさ。

 噛んだら中から肉汁が溢れてきて口の端から垂れそうになる。

 タレはニンニクや玉ねぎのようなものを使っているのか、シャキシャキな歯ごたえも感じる。

 甘みもある。果物も使ってるのかな。

 お昼前からガッツリ食べてる。

 私も元気になったな。

 

 

「さっきの話だが、金は任務の報酬から払ってる。俺たちで稼いだんだから気にせず使おう」

 

 

 ああ、なるほど。ラースとヤビクニの分。

 上級任務だからそれなりの額になっていることだろう。

 手続きはお願いしていたし、金額は最後に山分けにするという話だったから、すっかり忘れていた。

 

 

「たくさん遊べますね」

「そうだな。あれ行かないか?」

 

 

 食べながら指さすのは的あて。

 合計点で景品の豪華さが変わるよう。

 腹ごしらえもしたし、今度は遊ぶ番ということか。

 

 

「いいですね。カエ様はああいうのは得意なんですか?」

「結構得意だ。……それと、今はその名はやめよう」

「……では何と?」

「コウでいいだろう」

 

 

 本名じゃないですか。

 

 

「いいんですか? 身分、バレますよ?」

「コウなんて珍しくないしな」

「じゃあコウ様で」

「様を付けたらそれなりの身分だってバレるだろ」

「でも付けないわけには」

「シオンには付けてないんだろ?」

「シオンはまあ、同級生ですし、成り行きで……」

「成り行きなら今もそう言える」

 

 

 さて。自分で言うのもあれだが、どちらも引かないぞ。

 呼び捨て……呼び捨てかあ。

 王子様をー、なんて言い訳は通用しないこともわかっている。

 ただ呼ぶ場所は学校ではないのだから、なんだったら「不敬」って言わる。

 でもこの人、引きそうにないものなあ。

 変なところで頑固だ。

 うんうん唸って、唸って唸って唸っても、目の前にいる強気な顔をした人は一切引く気はなさそうだ。

 

 

「……んーーー、わかりました」

「よし、なら今か」

「あれで勝負しましょう」

「ん?」

 

 

 こういう時はゲームに限る。

 勝敗を付けて、勝った方の言うことを聞く。

 至極シンプルで分かりやすい。

 今はお祭りで、こういうゲームはいろいろある。

 口の端を上げて、楽しそうにニヤリと笑う。

 こういう勝負事は好きだと思った。

 

 

「ヒスイからそんな提案をされるとは思わなかった」

「一本取ったということで私の勝ちですか?」

「それは認められないな。なぜなら開始の合図をしていないから」

 

 

 食べ終わった串を簡易ごみ箱に捨て、意気揚々と的あての出店に足を進める。

 病み上がりのわりに体が軽く、結構楽しんでいることを自覚する。

 カエ様も楽しんでくれているのは言動ですぐにわかる。

 私より歩くの早いし。

 

 

「得点が多いほうの勝ちな」

「わかりました」

「ちなみにヒスイは得意なのか?」

「どうでしょう。試験では的あてはなかなかいい成績でしたけど」

「そうだったな。心して挑もう」

 

 

 玉を構える。

 店主の開始の合図まで、あと何秒。

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