【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
第1話
「では、行きましょうか」
「はい。よろしくお願いします」
クザ先生の後を追って歩き出した。
長期休暇の半ば過ぎである四週目。
私たちは街の療養院に向かっている。
医術師であるクザ先生は、普段から週に何回か往診している。
城の医術師だったり、教師だったり、往診医だったり。
実はクザ先生って何人かいるんじゃないかっていうぐらいの仕事量だが。
今回は泊まり込み。
この世界では療養院と言われているが、私の知る情報からすると病院に当たる。
それも、終末期医療の病院。
死を待つ人が多い所。
「コウ君とは話せた?」
「いえ……あれからお城で、忙しいみたいで」
ギルドの任務から戻って以来、殿下とは会えていない。
国王陛下がなくなったということが伝えられ、原因や、状況、後継者について色々と必要なことが多いのだろう。
私には知れる手段はない。
長期休暇期間ということもあって、殿下は城にこもりきりなのだろう。
シオンも寮にはいないみたいだし。
そして、街には国王陛下が亡くなったというお触れは出ていない。
混乱を避けるため、というのもあるが、実は他にも理由があるのかもしれない。
例えば、争いとか。
「カミル君もね。帰ってきてないのよ」
「騎士団も忙しいんですか?」
「そうみたい。なぜかはわからないのだけど。……おかしいの。わたくしが国王陛下の状態を診たのだけど、気になる点はなかったの。なさ過ぎて逆に気になって……。そう言ったのに、あまり詳しくは調べさせてくれなかったわ。一体何をしているのかしら」
しょんぼりとして、悲し気に眉を下げる。
医術師としては、国王陛下が突然亡くなるというのは、もしかしたらプライド的にも悔しい所があったのかもしれない。
何かを見落としていたのではないかとか、自分を責めてしまうかもしれない。
それを、調べさせてはくれなかったという。
不完全燃焼。
やりきれない思いは強いだろう。
調べさせてはくれないのに、騎士団としては警戒中だ。
納得のいく答え出す役目のクザ先生を差し置いて、何かしらの根拠を持って活動している。
国王陛下が亡くなったという情報を漏らさないためにも警戒は必要かもしれない。
けれどこれが他殺だった場合、どうして殺されてしまったのかを調べなければならない。
それをさせてくれないということは、クザ先生からしたら、信用されていないと言われているようなもの。
目線を落としながら、クザ先生は話し続けた。
「国王陛下のことも気になるのだけど、最近、カミル君の様子が変なの。何か知らない?」
「カミルさん、ですか。長期休暇前に会った時は痩せたかなって思ったぐらいです」
「そうよね。痩せたの。ちゃんと食べてるのかしら」
はあ、と息を吐く。
これから仕事に向かうというのに、足も気持ちも重そうだ。
旦那さんのことが気になるのだからしょうがないとも思うが。
カミルさんにも最近は会っていない。
お城は今は立ち入り禁止だから、機能訓練もお休みだ。
国王陛下が亡くなって、城の雰囲気がピリついている。
そんな中で、無理に通してもらうようなことはさすがにできない。
というか、私の場合は入ったらそのまま出してくれないかも。
そういう対応をされたわけではないが、それだけ、異様な雰囲気を放っている。
だから、近寄れない。
だから、皆の様子がわからない。
「くよくよしてても仕方ないわね。頑張りましょう! よろしくね、ヒスイさん」
「はい。よろしくお願いします」
もとはとてつもない仕事量をこなすパワフルな人だ。
気分の入れ替えもお手の物の様。
足元を見ていた視線は、今はもう前を見据えて光を宿している。
これから向かう療養院は、おそらく、そうじゃないとやっていけない。
―――――……
敷地内に森がある、お城に似た雰囲気の建物。
規模はもちろんお城の方が大きいが、こちらも負けじと劣らず大きい。
壁は綺麗に塗装されているし、門も綺麗に磨かれている。
門越しに見える庭には噴水があり、周辺には色とりどりの花が手入れされている。
なんとなく裕福そう。
ベルを鳴らし、名乗る。
すると中から聞こえた声と同時に、門が自動で開放された。
歩みを進めれば、目的の扉から出てくる、それぞれ濃淡の紫色の髪をした小柄な二人。
「お待ちしてましたー!」
「ご、ご足労頂き、ありがとうございます」
「あれ、なんでここに」
いつでも元気いっぱいのライラさんはこの地でもいつも通り。
ナオさんもいつもと様子変わらず、少しオドオドしている。
なぜ二人はここに?
「こんにちは、二人とも。皆さんの様子はどうですか?」
「今はみんなでお食事してます! 体調の悪い人はお部屋で先生のこと待ってますよ!」
「そうですか。では早速、回って行きますね。ヒスイさんはまず、中を案内してもらってください」
「あ、わかりました」
私の疑問は置いてかれたようだ。
ライラさんとクザ先生がずんずん中に進んでいき、私は取り残され、どっちに着こうか迷っているナオさん。
「ナオさんたちは、なぜここに?」
「え!?」
聞いてみた。
驚かれた。
クラスメイトなのに……ちょっと傷ついた。
「こ、ここここは、ク・フロロ家が運営しているんです」
「おや、お二人の家でしたか。すみません、勉強不足でした」
「いえ! 気にしないで……ください!」
そうか。
だからお二人がいるのか。
長期休暇の前に家の手伝いがあると言っていたのはこれのことだったのかな?
流れでナオさんが案内をしてくれるということになり、二人して玄関から移動した。
食堂は皆が食事中ということで、後回しに。
まずは泊まり込みということで、荷物を置かせてもらう部屋に案内してもらう。
歩きながら、中を見渡す。
掃除が行き届いていて、誇り一つなさそう。
ステンドグラスも日の光で輝いているし、飾られている生花もとても豪華だ。
「立派な建物ですね」
「あ、ありがとうございます」
貴族を示す間名は「ク」。
階級的には一番低いものだが、これだけ立派な建物があれば、少なくとも最低位ではないんじゃないか、と素人ながらに思う。
他に何か条件でもあるのだろうか。
荷物を置いて、少し準備をする。
各居室、広場、診療部屋、最後に食堂を見て回る。
療養院にいる人たちは皆元気なようで、でも体には病を抱えている。
見た目にはわからずとも、いつ死んでしまってもおかしくない人もいると。
食事中である人たちへの挨拶はほどほどに、クザ先生を探す。
先生は居室を回り、診察をしているとのこと。
来てすぐに。
仕事人間かな。
何部屋かの前を通り、段々人の声が聞こえてきた。
前を歩くナオさんは、一直線に一つの部屋に向かい、合図してから扉を開ける。
「し、失礼します」
「あら、丁度いい所に」
「この子が今話した子かい?」
「そうですよ。ヒスイさんと言います」
すでに話してあったらしい。
ベッドに座るその男性はひどく痩せている。
食事の時間なのに、食堂に行かず、また部屋にも食事は見当たらない。
部屋に足を踏み入れ、ベッド横の椅子に座るクザ先生の隣に立った。
「ヒスイです」
「よろしくね。目は見えないのかい?」
「傷がありまして。でも全部見えてますよ。お顔のほくろ十二個」
「こりゃたまげた」
握手を交わした。
カラカラと笑うから、涼しそうな頭が揺れて窓からの光を反射させる。
光属性魔法を使われているようだ。
目は布で守られているけどね。
その目は。今は両目に布を巻いている。
『目は口程に物を言う』という言葉から、療養院にいるうちは付けることに決めていた。
マフラーの代わり。
というのも、私は表情が変わらない。変わりにくい。
なので人によっては恐怖心や猜疑心を抱かせると思った。
だから、隠した。
隠したけど、スグサさんにお願いして≪透視≫を教えてもらったので、私からはしっかり見えている。
「ヒスイさんにはわたくしのお手伝いと、動くことで困ったことがあれば方法を一緒に考えてもらおうと思っています」
「そうなのか。よろしく。儂のことはじじと呼んでくれ。ここではみんなそう呼んでくれているんだ」
「わかりました。じじ……さん」
「はっはっは。よいよい」
よく笑う人だ。
入る日の光ととても合っている。
まさかここが終末期医療の場とは思わせないように。
扉の方にいるナオさんはじじさんとは逆に、浮かない顔をしている。
この部屋に入ってからずっとだ。
「どうしたナオ。こっちゃ来い」
「う、うん」
言われて、硬い表情まま、差し出された手に吸い寄せられていく。
まるで大型犬のようにわしゃわしゃと撫でられ、「やめてよ」と言う割には嬉しそうに口角を上げている。
その姿は本当の祖父と孫のようで、微笑ましい。
診察はまだ回る場所があるからと、部屋を出る。
ナオさんは食堂に行き、私はクザ先生について行く。
食堂には行けなくても部屋で食べてる人もいれば、食事ができるような状態じゃない人もいる。
寝たきり。
意識がない。
意識はあるが、意思疎通はとれない人。
本当に終末期に来ているのだと実感する。懐かしい。
全ての部屋を回ったころには食堂にいた人たちも各部屋に戻ったり、広場で時間をつぶしたり、庭に出て日光浴をしたり、思い思いに過ごしている。
そんな私は、ナオさんと寝たきりの人の部屋に回っていた。
「ナオさん、枕もう一つください」
「はいっ」
「よっ、と。この状態と反対向き、上向きの状態を、大体二時間おきに交換してください。向きを変えた時の枕の入れ方はまた二時間後にやります」
「は、はい!」
「大分変形が進んでいますね。痛みますか?」
「今はそんなに。朝が特に痛いわ」
「そうですか。温かいタオルで関節を温めてみましょう。あと腕や足の使い方でも変わると思うので、お伝えしていきますね」
「ありがとう……。良くなるといいのだけど」
「あー」
「目ですか? 見えてますよ」
「ん」
「親指と小指で二本」
「お」
「グー」
親指を突き立てあい、握らずに親指相撲。
言葉を発しにくいが、理解はしっかりできているようだ。
ちょっとおちゃめな性格かもしれない。
私が知っている病気と似た症状も多くて、淡々とこなす風にしながらも、不謹慎だとは思うが懐かしさも感じている。
やはりというか、年齢は成人以上の人たちが多い。
男女比はたぶん同じぐらい。
違和感を感じるのは、活動出来ている人より、寝たきりの人が多い。
一人の部屋に大体二十分ほどかけながら、生活指導や、寝るときのクッションの置き方についての指導をしていた。
「もうすぐお昼ですね。この後はどうするんですか?」
「えっと、朝と同じように、食堂でみんなでご飯を食べたり、配膳したりします」
「わかりました。もう行きますか?」
「あ、はい! 行きます!」
案内する側とされる側が入れ替わってしまったようだ。
ナオさんに予定を確認しながら、予定を組み上げる。
この後は食事の様子を見て、環境調整をしようか。
必要なら自助具も作るか。
黙々と考えながら、布越しの景色を頭に叩き込む。
外から見ても思ったが、この建物はだいぶ広い。
そして綺麗で、設備も比較的良いほうだろう。
階を移動する転移魔法が常設されているし、一部屋ごとの清掃も行き届いているから人手もある。
収容人数は七十人はいるか。
「……すみません、聞いていいですか?」
「はいっ、な、なんでしょう!」
「この建物は立て直しか何かしたんですか? みなさん、この場に慣れている様なのに、建物はとても綺麗なのが少し違和感があるのですが」
隣に並んで、顔を見る。
ナオさんの顔はいつも自信そうにしているのだが、今も自信はなさそう。
というか、後ろめたそうに、表情を曇らせる。
「はい……最近、建て直しをしました」
「そうなんですか。快適な環境になるのは良いことですね。皆さん、気持ちよさそうに過ごしてますし」
「そう、見えましたか?」