【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
引っかかる言い方をする。
隣に並ぶナオさんの顔を、もう一度見る。
自信なさそうなのは変わらず、憂いているようでもある。
悲しみ、やるせなさ……あとなんだろう。
とりあえず、あまり良い表情ではなさそう。
どうして、と聞きたいが、聞いていいのだろうか。
少し待ってみる。
が、あまり喋ってくれる気配はなく、ただ黙々と、食堂までの距離が詰まるだけ。
そしてゼロ距離になり、食堂の扉が目の前に迫る。
「……あの」
「はい」
「怒ってますか?」
「え?」
やっと喋ってくれたと思ったら、まさかのというか、想像していなかった言葉だった。
「えーっと、怒っているように見えますか?」
半信半疑で聞き返す。
ようやく正面から見合った顔。
ナオさんの表情は、さっきまでの暗い顔よりもどこか確信めいたものがあるように見える。
そして、そう思うのは間違いではないのだろう。
小さいながらも確かに頷いた。
「はい。だから、ごめんなさい」
「え、いや、謝らないでください。怒ってないです……というより、不思議に思ってたんです」
「不思議に……?」
「はい。みなさんは、あまり快適ではないのですか?」
起きている人たちはみな、思い思いに過ごしている。
萎縮している様でもなく、恐怖や不安を抱えている様でもなく。
ただただ、職員と良い人間関係を作って、それこそ、最期の時を理想の通りに過ごせているのではないかと思うのだが。
見えていない部分があるのだろうか。
「……この建物は、最近建て直しました」
「はい」
「それは、貴族から要望があったからです」
その貴族は、別にこの土地の持ち主というわけでも、ここに住んでいるわけでも、親族というわけでもない。
ただ位が高いだけの貴族らしい。
ある日、その貴族が多額の寄付金をク・フロロ家に持ち込み、「この金で建物を綺麗に、かつ部屋を増やすんだ!」と命令口調で言ってきた。
フロロ家としては、「なぜこんな言われ方をされなければならないのか」とか。
「なぜこんなに寄付金を」とか。
「裏があるのではないか」とか。
色々思ったらしいが、実際建物の老朽化は進んでおり、お化け屋敷の状態だったらしい。
療養院の入居者も、もっと快適な環境を望んでいる声が多く、入居者に対して人手も足りない。
正直な気持ちとしては渡りに船だった。
しかし容易く言われたようにすることはできなかったフロロ家は、念書を交わしたうえで、有難く改築と増築、人件費として使わせてもらったよう。
「……いい話ではあるようですが、ナオさんとしては納得はされていないんですか?」
「納得は、してます。改築してからも何も言ってきてない。けど、あの顔は……」
そのまま、顔色悪く、口も体も止まってしまった。
呟いた言葉的には信用ならないところがあったのだろう。
それこそ、顔とか。
ナオさんはもしかしたら、人の顔色を窺うのがとても上手いのかもしれない。
私の半分しかない表情から感情を読み取ろうとしたのも、その貴族の顔が引っ掛かっているところも。
「ナオさんは」
「っ、はい」
「人の気配を察するのに長けているのでしょうか」
長い前髪の隙間から、目が大きくなったのが分かった。
見るからに動揺している。
唐突なことを言ったからだろう。
そう思った理由を言ったら少しは落ち着いてくれるだろうか。
「じじさんの部屋に行った時も、浮かない顔をしていましたね」
「あ……それは、ちょっと」
「何部屋も通り過ぎてクザ先生が最初の方に向かったということと、クザ先生がいる部屋に一直線だったこと。そしてご飯時なのに、じじさんは食事をしている様子はありませんでした。食欲がなくて食べていないのか、もともと食べないのか、敢えて食べなかったのかわかりませんが、どれにしても食べる状況ではなかったのでしょう。それがわかったからあまり浮かない顔をしていたのかな、と思いましたが……」
総評して。
まあ憶測だが。
「じじさんの状態は良いものではない。なのに私には笑顔を向けていた。それはもしかしたら無理をしていたものかもしれない。それを知っているナオさんは普通の表情でいられなかった。じじさんの状態、もしくはクザ先生の心情を察した。同じようにして、その支援した貴族にもいい感情や気配を感じ得なかった」
怯えるというのは警戒。
警戒していたら人の一挙手一投足に注意を配る。
手足だけでなく、視線や表情にも気を配るだろう。
何をされるかわからないから。
何をしてくるかわからないから。
何があるかわからないから。
自分が考える以上のことが起こるかもしれないから。
そういう性格であって、そういう生活を十何年もしていたのなら。
得意どころか『通常』となっている可能性も無きにしも非ず。
目をまん丸くしたまま、口もぽっかりと開けている。
当たったのか、的外れすぎて呆気に取られているのかわからないが。
どちらにしろどちらなのか教えてほしい。
違ったら恥ずかしいけど。
「違ったらすみません。妄想です」
「……違います」
「そうでしたか。すみません」
「いえ」
違ったようだ。
背けられた顔と目には、影が射していた。
幸いにして今まで食堂の扉を開ける人は一人もおらず、私たちはようやく食堂に足を踏み入れた。
今までで一番早足で私から離れていくナオさんの背中は、焦りのようなものが滲んでいるように見える。
感情が読み取れたら、ここではとてもありがたいのになあ。
何事もなかったかのように、とはいかず。
不穏な雰囲気のままそれぞれに仕事を割り振られ、お互い何事もなく仕事をしている風で、なんとなく避けている。
ような気がする。
……思春期かっ。
ナオさんの言うことを疑っているわけではない。
だから、本人がそういうのならそうなのだろう。
今は仕事中だから、集中しなければ。
「腕が垂れて、体が傾いているので食べにくいのだと思います。タオルを巻いた状態で固定して、腕置きにしてみましょう」
職員さんに声をかけ、食事姿勢の改善を試みる。
一人ひとりを見る時間は少ないが、少ない割に改善点が出てくる。
病気の治療はできないが、生活の改善ができる。
リハビリの活動はここでも役に立ちそうだ。
「……」
目に当てている布は、透視の魔法を使っている。
副産物として、意識次第では壁なんかも透視して、外の様子を知ることができてしまう。
今は食事の時間のため、外には人がいないはず。
なのだが。
白い丈の長い服を着た人が何人か、外にいる。
来客かと思ったがその考えは消える。
ベルを鳴らしていない。
その時点でおかしいことは明らかだ。
さて、どうするか。
目元が見えていないことを良いことに、職員さんが対応してくれているところを見守っている風で、白い服の人たちの様子を探る。
建物内に入ってくる様子はなく、地下を探っている……?
一人、白い服の中が見えた人物がいた。
まあなんとも豪華絢爛でド派手な服だ。金持ちか。
さっきの今で金持ちだとすると、寄付したっていう貴族の可能性があるか?
何もしないっていう約束はしているようだが……。
―― あの服は研究所の奴らだな。
……お城の?
―― ああ。お前をこの世界に呼んだ奴らだ。
まさか。
なんで。
こんなところで。
軽いフラッシュバックというか、トラウマのようなものが蘇る。
胸元がムズ痒くて気持ち悪い。
握って抑えたい。
……だめだ。
今は人目がある。
こんなところでいきなり変な行動はできない。
「すみません、お手洗いをお借りしていいですか?」
「あ、はい。部屋を出て左の方にあります」
「ありがとうございます」
気持ち足早に部屋の外に出た。
なんと思われようと、一先ず早く人目から逃げたかった。
念のため、部屋から離れてしばらくしてから立ち止まり、しゃがみ込み、胸元を欲求のままに握りつぶす。
「……っ、は、はぁ……はっ」
頭の中が冷えつく。
目の前が白だか黒だかチカチカする。
血圧が下がったか。
真正面で向き合っていないから、そこまでパニックにはなっていない。
多少の息切れ、多少の頻拍、多少の悪寒、多少の冷や汗。
どちらの声かの判断はつかないが、脳内で必死に「落ち着け」と声をかける。
「はっ……は、は、ふ……」
窓から入る日の光の、合間の陰。
自分の息遣いしか聞こえない通路で、ひんやりとした空気が肌を撫でる。
頭の中の居心地の悪い冷えが、次第に気にならなくなっていった。
縮めた身から、床にへたり込む。
意識がしっかりしてきたと思ったら、力が抜けてしまった。
「はあぁーーー」
大丈夫。大丈夫。
落ち着け。落ち着く。落ち着ける。
……よし。大丈夫。
「よいしょ」
二本の足で立ち上がった。
気を取り直して。
どうするか。
「スグサさん」
―― んあ?
「追っていいですか?」
肯定でも否定でもない、「ほう」と呟いた。
最近の、というか、今日の私は積極的だ。
以前の仕事に近いことをしているからかな。
以前までと同様、言われたことをやる、無難なことだけをやる、というだけでもいいのに。
なぜだろう。
研究員の人の活動。
私が知ってもいいことなんてないだろうに。
知ったところで何ができるというものでもないだろうに。
……行った方が良い気がする。
だけど、もしもの時のために、保険が欲しい。
スグサさんという強い後ろ盾の確約が欲しい。
スグサさんは私の下心にも気付いているかもしれないが。
―― 良いだろう。他でもない弟子の頼みだ。何かあれば対処してやる。ただし、様子を窺うだけだ。
「ありがとうございます」
≪隠れ鬼≫
光の属性魔法。
この魔法は、光の角度で自分の姿を隠す。
日の光が出ている今ならばとても有効。
ただし光があるところだけなので、今のような建物内や、森や洞窟などではあまり効果がない。
研究所の人たちは外にいるから、追えるだけ追おう。
もし追えない場所まで行ってしまったら……その時は諦めよう。
姿を見失わないように、急いで外に出る。
食堂近くの玄関から駆け出し、食堂の前の窓付近に戻ってきた。
左右に見渡せば、小さく動く白い何かが見える。
あれだと思ったら、すぐに駆け出した。
姿が見えないように魔法をかけているから、全速力で走る。
音を立てすぎると魔法が解けてしまうので、近くまで来てから足音を減らす。
近すぎず、でも遠すぎず。
しっかりと確認できる位置で一定に距離をとる。
―― 話し声は聞こえないか。
距離を開けている分、数人の話している内容はわからない。
しかし動作を見るに、手元を見て方角を確認してという、何かを探しているように見える。
進んで、止まって。
進んで、止まって。
何度か繰り返した先で、全員が足元を見ていた。
そして、光る。
―― 魔法陣か。
研究員たちは、光とともに姿を消してしまった。