【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
アオイさんだけでなくその部屋にいる人すべてに対し、私は決意を言葉にする。
正直怖い。
こんなに大きな蛇を目の当たりにして、過去に経験があったとしても早々慣れるものではないだろう。
しかも蛇は肉食だったはず。
これだけの大きさならば、どちらかと言えば小柄な私なんて一飲みにできそうだ。
いや、頭が二つあるからもしかしたら半分こにされてしまうかもしれない。
…………鳥肌立ってきた。
思わず体を震わせてしまい、真剣な表情で私を見つめて、いや、見定めていたアオイさんはクスっと笑う。
「もしもの時に備えて僕たちがいるから、安心して、話してきてほしい」
「話す、ですか?」
「そうそう。話すの。聞こえていただろう? この子たちの声が」
私を呼んでいた声。
それはこの蛇、ウロロスの声。ウーと、ロロだ。
どっちがウーでどっちがロロかはわからないけど、頭というか心というか、どちらかもしくは両方で浮かんだ言葉はおそらく名前。
スグサさんの体がそう教えてくれたのだと直感する。
魔法を解くよ、というアオイさんの一声で、ウロロスの周りに巻き付いていた黒い靄が消える。
そして、一呼吸。
蛇たちと目線を合わせ。
静かに。
ゆっくり。
一歩、また一歩と。
距離を詰める。
私はこの場の誰よりもウロロスに近くにいる。
フードを外して、言葉に悩む。
「こ。っ、こん、にちはっ……?」
…………蛇に「こんにちは」も可笑しいだろうかと、言ってから気付いた。
ウーとロロはそれぞれ三つの目を一つも逸らさず、こちらを見つめ返す。
「……すー?」
ウロロスのどちらの頭からかはわからないが、はっきりと聞こえた。
私に向けて響いていた声。
意外に思うほど、透き通ったような微かな高音。
両の頭がゆっくりと位置を下げ、私の目線に近くなる。
恐怖を感じるほどの大きな瞳は、鱗よりも明るめな、深海を思わせる藍。
「あなたは、すー?」
もう一度問われて、やることを思い出す。
不思議なところから聞こえる声に戸惑うが、会話をしよう。
「私は、ヒスイ。すー、というのは、スグサさんのこと、ですよね?」
「すーじゃ、ないの? あわせるって、いった、のに?」
「あ、あのね。スグサさんは亡くなってて……この体はスグサさんのものでね。でもこの体はあなたたちのことを覚えてて」
「すーじゃ、ない」
頭の上に、何かが、ある。
「すーじゃない!!!」
ヒュッ
二匹分の大きさを持った尻尾が、落ちてきた。
「ヒスイ!!!」
「よいしょぉー!」
殿下が叫ぶ前に、私の体は一瞬、重力を感じなくなった。
なぜなら、アオイさんに横抱きにされていたからだった。
尻尾が振り下ろされると思った瞬間に目を閉じてしまったから、どうやって一瞬でそうなったのかわからない。
いや、目を開けていたとしても、早すぎてわからなかったと思う。
「あ、アオイさん、ごめんなさい! 私うまく話せてないっ」
「いやいや、話す内容は特に指示していないし、しょうがないよ。僕から先に話はしてあったんだけど、全然聞いてくれなくてね。ヒスイちゃんの外見で話してくれれば聞く耳を持ってくれるだろうと考えていたんだけどなー……」
話す内容を間違ったかと思ったが、どうやら正解はなかったらしい。
間違いではないが正解でもなかったということだが。
どちらにしろ、ウロロスが興奮して保管庫の棚に当たり散らしてしまっているから失敗なのかもしれない。
物品や棚が心配だが、保護の魔法がかけられているから壊れることはそうそうないらしい。
棚に戻すことが一番大変のようだ。
一瞬一瞬、アオイさんは背景を変えながらいつもの口調で解説してくれた。
殿下とカミルさんは一か所に集まり、おそらくロタエさんが魔法を使って衝撃から身を守っている。
横抱きのまま私は、この事態になってしまったことに焦りを感じ始める。
―― よーしよしよし。
体の中で、声がする。
―― ちゃーんと飼い主が誰か、判断できてるな、ちびども。
「……ヒスイちゃん?」
まさか、という気持ちとともに、全身から汗が噴き出てくる。
―― しかし。私様の物をこうも雑に扱われるのは、いくらちびどもでもお仕置きが必要だな。
これは、心の声か。
それとも、体の声か。
―― 交代だ。ヒスイ。
―― このスグサ・ロッドが、ウーとロロの相手をしてやろう。
えっ。
と、思った時には時すでに遅く。
と、思ったのは私だけだろう。
不思議な感覚で、視界と私の距離が引き離された。
―――――……
「ふむ」
何年ぶりだろうか。
自分の手を見つめ、にぎにぎと自分の体だという感触を確かめる。
最期の私様の記憶は何年、何十年、もしかしたら何百年前なのか、そういえば確認していない。それなのにこんなにも違和感がないとは。
ベ、べ……べり……べる…………研究員の奴め、たまにはいい仕事をするじゃないか。
話を聞いたときは本気で頭の心配をしたものだが、いやはや懐かしい。
「よし。おい」
「ぅん!?」
「下ろせ」
「え? うぐっ!?」
体を支えていた赤髪の男に一声はかけてから、脇腹に一発。
体が宙に浮き、風の魔法でゆっくり着地する。
あーあ。
部屋ぐちゃぐちゃ。どれが誰ので何がどこにあったのかわかったもんじゃないな。
そこまでは私様の知ることじゃないが。
…………いや、保護者としては責任があるか。
「……チッ」
めんどくせー仕事作りやがって。
ついつい、今まさに暴れているウーとロロを睨みつけてしまう。
その瞬間に一体の二匹は動きを止めた。
ウロロスは空気や周囲の気配に敏感な生き物だ。
睨んだと同時に発した憤懣な雰囲気で、剣呑を喰わす。
止まった瞬間はちょうど私が視界に入っていなかったが。
雰囲気を感じて二匹仲良く、ゆーーーっくり、こちらに振り返る。
「す」
「お前ら、何やってんの?」
あえて被せながら、一歩、足を踏み出す。
闇属性魔法 ≪影取鬼≫
自身の影を伸ばし、同化した影を作る生物以外の物を、影に沈める。
この部屋にいる奴らと、この阿呆どもはもちろん除いて。
床一面に散らばっていた小物も大物も棚もすべて、自分の影に沈めてスペースを作る。
ちょっとした競技場ぐらいに広々とした。
ついでになんかバキッて音がした。
景色の急変と敢えて被さった声の色に、ウーとロロは畏縮したのか私様が進んだ分よりも多く下がって距離をとる。
「何下がってんだよ。私様に会いたかったんだろ? 暴れるほどに、会いたかったんだろぉ?」
「す、すー……ご、ごめんなさ」
「えー? なんて言ったー?」
聞こえてるけど。
風の魔法で目線の高さまで浮いて、片方の頭の上に乗る。
「いやー私様のことを忘れずにいてくれて嬉しいぞー。お前らも元気そうで何よりだー」
「あ、あああの」
「ここまで部屋で暴れるなんて元気があったんだなー。お前らも永いこと寝てただろ? やっぱガキは体力あるわー」
「すー……」
「んで? 私様の物を雑に扱ってまで、お前ら何がしたいの?」
終始笑顔で、かるーくあかるーく喋ってたつもりなんだけどなー。
こいつらの瞳からは恐怖がひしひしと伝わってくる。
昔から私様の物を雑に扱ったらこうして怒ってただろ。
寝すぎて忘れたか?
昔を思い出して笑みが深まる。
至って優しく、至って穏やかに、至って愉快に。
「お仕置きは、何がいい?」
提案しただけなのに。
それを見てこいつらにはどう見えたのか、何を思ったか知らないが、大きく体をびくつかせた。
「ごごごごめんさいいぃぃぃ!!!」
「ちゃんと片付けますうぅぅぅぅ!!!」
三つずつの目からぶわっと、滝のような涙が噴出した。
わーんと人間の子どものような喚き声もする。
いつもこうなんだよなぁ、こいつら。
「……全く。ちゃんとやれよ」
「「はいいぃぃぃぃ!」」
乗ってる頭と、近くにある頭をよしよしと撫でる。
すぐには泣き止まないだろうから適当に撫でて降りよう。
少し離れたところにいる四人。
服装からして騎士団と魔法師団二人。
あと……王子サマか?何代目だろう。
話をしたそうにこちらを見ている、ように見える。
まあ想像つくな。
ウーとロロのこと。
この体……ヒスイのこと。
あとは私様のことだろう。
「……ふっ」
未知への好奇心。それが私様の原動力だ。
何を知っているのか。
何を聞いてきてくるか。
どこまで理解しているか。
有意義な会話の時間を作ってやろうじゃないか。