【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第4話

 次の日。

 朝は昨日の食事風景を見たうえで、できる限りの改善をしていく。

 足代を用意したり。

 タオルを丸めてクッション代わりにしたり。

 席順の調整をしたり。

 こうしてみると、終末期の病院というよりは老人ホームって印象だな。有料の。

 

 準備が整い次第、食堂で食べる人を順番に誘導していく。

 車椅子のような動く椅子に乗ってくる人や、歩いてくる人。

 職員と手をつないでくる人など。

 朝は調子が悪かったり、体調が悪い人は部屋で食事をとる。

 ベッド上でご飯を食べる場合もセッティングしたいのだが、今日は昨日提案した内容がどう反映されるかを知りたい。

 それだけ確認してから回ろうか。

 

 

「おはようございます」

「あら、おはよう」

「手の方はやっぱり痛みますか?」

「そうねえ。関節がね」

「じゃあお席でお待ちください。温かいタオルを持っていきます」

 

 

 そんな感じに何人かを見て、朝食が始める。

 テーブルの高さの微調整や、体の向き、首の角度や、道具の工夫。

 前の世界で知った知識が活きている。

 

 

「ナオさん。私は部屋を回ってきます」

「あ、うん……」

 

 

 食堂を出て、建物の構造と名前が書かれた紙を参考にして歩き出す。

 じじさんは、食堂にはいなかった。

 というか、昨日の寝たきり状態だった人は殆ど着ていない。

 二・三人は起きてきたみたいだが、それでも自立歩行は出来ず、椅子に乗ってきていた。

 

 そして最初に向かおうとしていたじじさんは、私たちが来る数日前までは歩いていた。

 日に日に歩けなくなり、食事をとらなくなり、痩せていき、寝ることが多くなっていく。

 衰弱していっていた。

 それでも十日以内のことらしい。

 個人差があるとはいえ、急な気もする。

 世界が違うのだから、知らない病気もあってもしょうがないのだが、クザ先生からしてもこの進行は異様だと思ったらしい。

 私のこともある程度知ってくれているクザ先生は、私に『診て』欲しいと言った。

 

 

 ―― 診れば診断つくのか?

 

「いいえ、私にはできません。体の中がどうなっているかをお伝えするだけです」

 

 

 体の中を『透視』するだけ。

 それで体の中がどうなっているのかを『診る』。

 そのためにじじさんの病気について調べたのだが、私の世界で言うところの、末期だった。

 回復の見込みは極めて難しい。

 この療養院には、緩和の意味を込めて入ってきたのだろうと察した。

 

 

「失礼します」

 

 

 部屋について、ノックをして、入る。

 窓が少し開けられていて、カーテンを揺らしながら外の風が入ってきている。

 布団を肩までかけて上向きで寝ているじじさんに日の光が降り注いでいる。

 顔は、とても安らかだ。

 

 

「おはようございます。少し、お体に触れますね」

 

 

 布団の中の手首を触る。

 指を三本添えて、脈拍を……確認した。

 一秒に一回はあるか。

 そこまで脈は弱っていない。

 安らかな寝顔だったからまさかとは思ったけど、よかった。

 本当に「眠ってるみたいだろ」ってなってしまったかと思ったよ。うん。

 しかし指先は冷たい。

 筋肉が少なくなって、熱の生産ができていないのか。

 触れてみれば足先も。

 

 

「ごめんなさい。寒いかもしれないけど、お布団を足元の方に下げますね」

 

 

 掛け布団を何枚かに折って、足元だけかかるようにする。

 布越しの目で、『透視』する。

 服と皮膚とほとんどない筋肉と脂肪を突き抜けて、内臓や血管、神経が浮き出てくる。

 ここまでリアルなものを見たのは初めてだな。

 内臓は臓器ごとに色が違うっていうけど、本当なんだな。

 だけど、臓器の中でも違う色が混じっている。

 そしてその臓器は、一つに限らない。

 

 

 うーん、黒いですねえ。

 

 ―― 黒、というのはつまり、侵されているということか?

 

 そうですね。もう全身的に

 

 

 これならば確かに衰弱はしてしまうだろう。

 それだけ、体の中は黒くなっていった。

 病院にあるような検査器具を使ったら一目瞭然なんだろうなと思う。

 全身を見て、終わり。

 お礼を告げて、布団をかけた。

 手を握る。

 

 

「じじさん、ありがとうございました。お食事はとれそうですか? とれそうでしたら、手を握ってください」

 

 

 ……。反応なし。

 規則正しく呼吸を繰り返すだけで、身動き一つしなかった。

 手を下ろして、布団の中に入れた。

 室内に置かれた食事は流動食。

 もう噛む力もなかったのだろうか。

 噛まないと食事をしている気がしないという声もよく上がっていたから、そういうこともあるだろうか。

 嚥下を確認しようにも、本人が寝ている様じゃできない。

 今度起きているときに聞いてみようか。

 少し冷めてしまった朝ご飯に、保温の魔法をかけた。

 風に当たってしまうが、匂いが本人に届くように窓と本人の間に置く。

 私は、静かに部屋を出た。

 

 

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

 

 

 その日の夜も、次の日も、その次の日も。

 じじさんは目を覚まさず、反応せず、食事も摂らないままだった。

 しかし脈拍は変わらず。

 一定以上は衰弱したものの、今の状態は横ばいと言っていいだろう。

 むしろ、じじさんと同じような人は、クザ先生と話してからまた五人は増えていた。

 

 四日目の夜。

 またクザ先生とその日に会った話をする。

 何かあるのではないかと不安に思う人が増えてきて、この状態は無視できなくなってきた。

 クザ先生が療養院の人に話を聞きに行き、療養院側の考えを教えてくれた。

 

 寝たきり状態になる人は私たちが来る前から数人はいたようで、多くて三人程度だった。

 その方たちの中で亡くなったのは二人。

 どちらも苦しまず、穏やかな最後だったという。

 療養院ならば数人寝たきりがいるのは何ら不思議なことではない。

 なので職員が疑問に思っているのは、寝たきりよりもむしろ、垢の多さだった。

 寝たきりの人の共通点はやはり、排出される皮膚の多さ。

 何皮膚(かわ)剥けているんだと真剣に問うぐらい剥けている。

 

 現在の総人数をまとめると。

 状態が悪い人が二十五人。

 そのうち、寝たきり状態が二十人。

 かつ垢が多い人が十三人。

 総人数が七十人。

 約三分の一がそんな状態だった。

 

 

「クザ先生はどのように考えていますか?」

「そうですね……考えたくはありませんが、何かの病気、でしょうか」

 

 

 私も同意見だ。

 こんなに一斉に寝たきり状態になるだなんて、偶然にしては出来すぎている。

 なにか原因があると思うのだが……。

 という時に、思い出したのが、白衣の人たち。

 

 

「私たちがここに来た日、お城の研究員さんたちがいたのですが……」

「ああ、それはこの土地の地質調査に来たようです。研究の一環のようですね」

 

 

 と、職員たちが言っていたと。

 なるほど。秘密裏に動いていたわけではないのか。

 秘密裏ならもっとコソコソするか。

 この数日、毎日のように白衣の人たちを見かけていた。

 終えるときは追っていたのだが、やはりあの魔法陣に一直線に向かっていた。

 地質調査という名目であれば、やはり、地下に何かがあるのだろうか。

 

 

「ヒスイさんは、研究員が何か関わっていると考えていますか?」

「……確証はありません」

 

 

 そう、確証はないのだ。

 明らかにこれをやっていたと言えるわけではない。

 本当に地質調査に来ているだけかもしれない。

 ただ私が、『お城の研究員だから』というだけで疑っていると言われても、否定はできない。

 

 

「正直なところ、わたくしも研究員には信用がありません」

「そうなのですか?」

「ええ。ヒスイさんの話を聞いてから。陛下のこともありましたしね」

 

 

 陛下の死因を調べさせてくれないことが大分尾を引いているようだ。

 普段は菩薩のように優しい目と顔をしているのに、研究員の話をしたとたんに訝し気で不快そうなお顔をした。

 普段怒らない人が起こると怖いというのは本当らしい。

 クザ先生にもこんな顔をさせる研究員。

 

 

「ヒスイさんに一つお願いがあります」

「なんでしょう」

「明日一日、研究員の行動について調べてくれませんか? こちらのことはわたくしが受け持ちますので」

 

 

 スグサさんの『記憶』が存在し、体の操作を切り替えることができるということはクザ先生は知らないはず。

 なのに私に頼んでくるというのは、何かを意図してのことなのか。

 ……ともあれ。

 何かを意図していたとしても、クザ先生ならいいかな。

 

 

「わかりました。あ、でも、地下に行く魔法陣が二種類以上の魔力が必要みたいです」

「そうですか。でしたら誰かに同行をお願いしましょうか」

 

 

 お供、か。

 この場合は隠密行動ができることが条件。

 かつ信用に足る人。

 絶対条件ではないが、ある程度緊急時にの逃げの対応ができる人というのが条件か。

 となると職員は向かない。

 知った人ということならばライラさんとナオさんとセンさんだが。

 

 

「ナオ君が適正でしょうね」

「私もそう思います。明日声をかけてみます」

「そうしてください。ヒスイさんなら大丈夫と思いますか、もし嫌がったら、無理強いはしないように。今日はこれで休みましょう」

 

 

 いつもと同じように、残った紅茶を飲み干す。

 

 

「この紅茶はクザ先生のお気に入りなんですか」

「そうなの。やっぱり泊まり込みってなると肩の力を抜くのも大変だと思って持ってきたのだけど……」

「? どうしたんですか?」

「湿気っちゃってたのかしら、少し味が違うのよね」

 

 

 はて。

 と口元に手を当てて小首を傾げる。

 目には見えない何かが宙を舞った。

 

 

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

 

 一日休んで、次の日。

 療養院に着て五日目になった。

 朝食が終わり、いつもなら回診をしている時間帯。

 研究員たちが来るのは決まって昼食の時間帯なので、午前中に調べに行こうと考え行動中。

 行先はもちろん、魔法陣。

 

 

「なんで僕なの……」

「さっき説明した通りです」

 

 

 ライラさんじゃバレる可能性が高いし、センさんはこの場に詳しくない。

 地下だからナオさんも詳しいわけではないかもしれないけれど、どちらかと言えばナオさんという結果。

 先生も言っていたし。

 

 

「療養院にいる皆さんのためです。協力してください」

「うう……」

 

 

 卑怯な言い方で申し訳ないとは思いつつ、今回ばかりは一人ではどうしようもない。

 スグサさんがいるとはいえ、魔力二種必要という条件に対応できるかわからないし、クザ先生に説明のしようがない。

 とはいえ、ナオさんに協力してもらった後、出口に続く魔法陣を見つけないことには解放してあげられない。

 言ってしまえば道連れだ。

 魔法陣がある場所が見えてきたところで、ナオさんに体を向ける。

 そして、頭を下げる。

 

 

「巻き込んでしまってすみません。必ず守りますので」

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