【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第6話

 抜き足で近づいてきた生物にナオさんも驚いたのか、私の背後に回った。

 まあ守ると言ったからいいけど。

 その癒し系の頭は私の腰下まであり、四足歩行をする。

 背中に突起やヒレではなく……火がヒレのように揺らめいている。

 顔はやはりウーパールーパーそのものだ。

 だが、エラであるはずの部分は、猫の顔の模様のように火が線を描いている。

 体は透けており、艶めいていて、まるで水のように見える。

 というかこれ、たぶん水だ。

 粘度の高い水のようなものが意志を持ち、形を保っているかのような。

 火を宿す水の生き物とは、また不思議な。

 目線を下に下げればすぐそこにいるそれは、私に言われるのは癪かもしれないが何とも言い難い間抜けな顔をしている。

 表情も体も微動だにせず、ただ見上げるばかり。

 敵意はないというか、興味本位で近づいてきたのか。

 

 

「ナオさん、この生き物は何か知っていますか?」

「え、っと、……あ、図鑑で見たことある」

「本当ですか? どんな生き物なんですか?」

「確か名前は、『不老のホローテ』」

 

 ―― ホローテじゃないか!!

 

「ひえっ」

 

 

 ナオさんが小さい声で話していたから耳を澄ませていたら、声量なんて関係ない人が頭の中を占めた。

 そしてその言葉は奇しくも同じものを差していた。

 声に体が反応して、全身がびくついた。

 その急な動きにナオさんを驚かしてしまった。

 

 

「えっ、なになに、何かあったのっ?」

「いえ、すみません。寒気がしただけです」

 

 

 苦しい言い訳だが、仕方がない。

 

 

「それで、そのホローテというのはこれで間違いなさそうですか?」

「うん。間違いないよ。水の体に火を灯しているなんて、間違いようがない」

 

 

 やっぱり、この口ぶりからすると、火と水という対になるものを持つ生き物は珍しいのか。

 もう一度まじまじと関節すると、表情は一切変わっていない。

 微かに笑っているようにも見える顔は確かに癒し系ではある。

 そして火は火であり、ゆらゆらと燃えている。

 水の体の中では気泡がゆっくり下から上へ浮いて行くのがわかる。

 何をするでもなく、ただただ私たちの周りに集まってくる。

 興味なのか、警戒なのか、威嚇なのか。

 顔からは都合よく判断してしまいそうだ。

 

 

「生態についてはご存じですか?」

「ごめん、そこまではよく知らない……。ただものすごく珍しくて、絶滅したとか書いてあったと思う」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 

 となると、良く知っていそうな中の人に聞くしかない。

 

 

 スグサさん、手短に教えていただけませんか?

 

 ―― ああ、いいぞ! こいつらはそこの目隠しが言ったように『不老のホローテ』と言って、私様が生きていた時でさえ珍しいと言われていた。まさかこんなところでお目にかかれるとはなあ。こいつらは綺麗な水辺にしか住めず、何だったらこいつらの体の水でさえ飲めるということがわかっていた。つまり、こいつらの体は清流そのものなんだ。ちなみにこいつらにかかわる病気というものはないし、こいつらが怪我をしても清流に浸かればあっという間に元通りするという特徴がある! こいつらの体の中にある気泡は言ってしまえば寿命みたいなもので、体の情報に溜まっていくと弱ってくる。しかしそれも、清流に浸ればリセットされる。つまりこいつらは『不老』という考えもあったんだ!

 

 

「……ヒスイ、さん?」

「あ、すみません、少し考え事をしてました」

 

 

 え、長。

 手短にって言ったけどめっちゃ長いじゃん。

 早口だったからまだよかったけど、黙ってしまったから不思議に思われた。

 しかしスグサさんにとっては手短だったのか言い切ったのか、丁度よくまとまられたらしい。

 

 

「名前を思い出しました。ホローテとは、不老の魔物ですね」

 

 

 ということにしておこう。

 

 

「不老……?」

「はい。私も本で読んだことがあります。綺麗な水の付近に住み、水に浸かることで怪我が回復する生き物だと」

 

 

 確かにここには水が流れており、今まさに水に浸かっている奴もいる。

 『不老』。

 確かにその言葉は、研究員が気にしそうな言葉だ。

 老いなければ死とは離れられるとかの仮説とか立ててたりするのかな。

 『死者蘇生』を考えるんだから、そもそも『死なない方法』という方面でも調べてそうだし。

 しゃがんで、目線の高さを揃えてみる。

 見上げてきていた顔は私の動きとともに下がり、じっと見つめ返してくる。

 

 

 ―― そいつらは温厚で、攻撃なんてほとんどしてこない。というかそういう手段を持たないとも言われている。

 

 へえ。じゃあ『不老』の噂が広まって狩られていったんですか?

 

 ―― よくわかったな。そういうことだ。

 

 

 昔のことは置いておいてだ。

 研究員の人たちがホローテたちを目標に地下を掘り進んでいたとして、『不老』だという生物がいるから、というだけが目的なのだろうか。

 そうならそれで納得して、この場から離れるだけなのだが……。

 

 という有難いお告げを聞いて、ならばどうするかと考えを巡らせる。

 それはどうして?

 何を知っているの?

 移動させるってどこに?

 どうやって?

 この後研究員たち来るかもしれないよ?

 いませんでしたで通るか?

 

 

「ヒスイさんっ」

 

 

 はっ。

 息を飲んだ。

 服を引っ張られながら、切羽詰まった小声が私の名を呼んだ。

 振動がなければその声は届かなかったかもしれないというほどに小さい。

 なぜそんなに声を潜めるのか。

 というのは、冷静になればすぐわかった。

 

 

「……話し声ですね」

「ど、どうしよう……誰か来る……っ」

 

 

 たぶん、十中八九は研究員たちだろう。

 ということは、読み通り昼頃になってきたのか。

 もうそんな頃合いだったのかとようやく時間を知った。

 まずい。

 早く移動ないと。

 数秒で鉢合わせることはないにしろ、魔法で掘り進んでいって、かつ声が聞こえるほどにまで近いのならば猶予はない。

 集まってきている何匹かと、私たちが抜けてきた通路の方に反応する何匹か。

 あと半身浴をする何匹か。

 計十匹ほど。

 この子たちを担いでいくのは無理。

 ナオさんに協力してもらっても精々半分。

 そうすれば研究員たちは疑問には思わないかもしれない。

 けれど療養院の人たちは助かるのか?

 研究員たちはホローテをつかってまた新たな研究をし始めるのか?

 ならば疑問に思われたとしても全員移動させたい。

 

 抵抗されず、

 移動の妨げにならず、

 存在を主張しすぎず、

 静かに、

 確実に、

 安全に。

 

 

 ―― ……。

 

「……ナオさん」

「え、あ」

「向こうに浸かってるホローテたちを、この場に移動させてください」

「え」

「急いで」

「あ、はいっ」

 

 

 足元にランタンを置き、目印とした。

 私はナオさんとは別方向。

 抜け道の方に寄っていくホローテたちの方に向かう。

 そして一つ、指を弾いた。

 

 

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

 

 

 魔力の流れが、魔法が発動されていることを示す。

 私たちが通ってきた道を塞ぐ土が、少しずつぽろぽろと落ちていく。

 息を潜めて、こちらに向かってきている研究員たちの姿を、布越しの目が捕らえた。

 

 

「来ました」

「ほ、ほんとにここでいいの?」

「もう移動する方が危険です。腹を決めてください。もしもの時は何とかします」

 

 

 コソコソと、ほぼ耳打ちの距離感で、周囲に気付かれない程度の声で会話をした。

 強気の言葉を発してすぐ、通り道の土が崩れ、達成感を得た声が聞こえる。

 計五人。全員男。

 白衣だろうか、全員丈の長い服を着ている。

 実際の姿を目にして、全身から汗が噴き出る。

 意図せず呼吸が浅く、回数が少なくなる。

 全身が緊張しているのがわかる。

 焦燥感から、動いてはいけないのに指を動かしてしまう。

 ナオさんはどうしているだろうか。

 気になるが、目は途中参加してきた人たちから離せない。

 

 

「ん? どういうことだ、いないじゃないか」

「そんなバカな! 確かにここだと報告で……」

「まあまあ、落ち着きましょう」

 

 

 ……あれ。

 

 

「所長」

「疑っている暇があるなら探せ。確かにここは文献の通りに適した環境だ。可能性は大いにある」

「わかりました」

「わ、儂も探してくるぞ」

 

 

 ああ、喉が渇く。

 冷や汗。悪寒。震え。拒絶反応かな。

 

 

「それじゃあ、私は水と土でも採取しておこうか」

 

 

 バタバタと駆けていく音に遅れ、ゆっくりと土を踏みしめる音に、神経が集中する。

 まさか、ここでこの声を聞くとは思わなかった。

 ただやり過せればと思っていたけれど、緊張感が上がってしまった。

 見ているはずの風景が、まるで録画された映像を見ているような感覚になる。

 久しぶりに他人事館。

 真実味のない、現実味のない視界。

 いや、これは。

 現実逃避だ。

 

 

「ベローズさん」

 

 

 小さすぎたその声で呟く。

 すぐ近くにいたナオさんにも聞こえなかったのか、それとも緊張からそれどころじゃなかったのか、幸いにして聞き流してもらえた。

 その人の姿は見えないのに、声だけで意識が変わる。

 ああ、なんて迷惑。

 

 

「ふむ。無色透明。しかしこの水には不老の可能性を秘めている。なんて夢のある話だ」

 

 

 私たちに背を向け、流れる水について感想を述べているようだ。

 採取、しているのだろうか。

 つまりあの水も研究対象。

 水を含んだ土も、土に根を張る草木も、もしかしたら。

 

 

「本体がいなかったらどうするか。この水だけでは成分調査は出来ても関係性を結びつけるには弱い。陛下の望みのためには絶対条件なのだがな」

 

 

 陛下……?

 亡くなった陛下の望み?

 陛下もこの研究に関わっているの?

 いや。

 そもそも研究の許可を出したのは陛下なんだ。

 関係ないわけがない。

 じゃあ、亡くなったはずの陛下の望みというのは何?

 『不老』に関係があること?

 死んでしまっているのに?

 

 

「所長!」

 

 

 遠くからバタバタと忙しない足音が近づいてくる。

 探しに行った研究員だろうか。

 

 

「どうした」

「足です! 形からおそらくはホローテのものと思われます!」

「な!? 儂の言ったことは嘘ではないとわかっただろう! これで儂の頼みを聞いてくれるな!?」

「それについてはまた後日。足だけ残っていたとなると、他に先を越された可能性がある。急ぎ戻り、探せ」

「はっ!」

「クソッ!」

 

 

 複数人のうるさい足音が、通ってきた道を行く。

 そしてやはり、ベローズさんは最後に優雅に歩き、最後に振り返った。

 

 

「叶えるぞ。我が野望」

 

 

 詳細のわからない決意を口にし、強い意志で空気を重くされ、私は呼吸の仕方を忘れた。

 次に息を吐いたのは、一層強い光が放たれ、消えてからだった。

 

 

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