【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第7話

「……」

 

 

 光が消えて、人の気配も消えた。

 足音も他の生き物もいなくなり、ただただ小川のように小さい水の音が流れる。

 それは安心を与えるという効果は得られず、なぜか集中して周囲を探る。

 いないとわかっている。

 いないはずなのに、「もしかして」と思ってしまう。

 通路の全域。

 水のある空間の全域。

 明らかに土の中も探って、探って、探って、ようやく大きく息を吐けた。

 

 

「……はあぁぁぁあー」

「ふー……」

 

 

 私よりも緊張しているように見えたけど、私の方が緊張していたかのようなリアクションの差だ。

 二人して呼吸が浅くなってしまっていて、安堵から心臓が思い出したかのように活動を再開する。

 ばくばくする。

 

 

「行きましたよね」

「た、たぶん」

 

 

 何度も確認したけれど、もう一度確認。

 魔力を探る。

 そして確かに誰もいないだろうということを確信にして、隠れていた場所からこっそりと顔を出す。

 私たちが隠れていたのは、実は通路の出入り口の下。

 研究員たちがいた通路と平行に穴を掘っていた。

 まさに灯台下暗し。先を見るために灯を照らすから、足元はより暗く見える。

 探しに行って足が見つかったのが良かった。

 ホローテは気の毒だけど、それが早々に見つかったおかげで、通路の下は探られなかったのだとも思うし。

 魔力を探られていたら完全にばれていたと思うし。

 念には念を入れて、目視でも誰もいないことを確認。

 土でできた壁を風でえぐり、狭い空間から解放された。

 最小限のスペースだったから、二人とも体育座り状態だった。

 二人して立ち上がっては、両手を大きく上げて伸びる。

 

 

「戻ってくるとしても通路の奥からでしょうが、今出ると鉢合わせの可能性もありますかね」

「た、確かに」

「じゃあそれまで、ここで静かに過ごしていましょう。時間をおいてから脱出します」

 

 

 土を背に座り込む。

 活動時間より緊張のせいで疲労が溜まっている。

 まさかベローズさんがいるとは思わなかった。

 あの人の声はまだトラウマだな。

 声すらも聴きたくない。

 私に倣ったのか、二人分ぐらいの間隔をあけて、ナオさんも同じように座り込んだ。膝を抱え、その膝を見つめ、縮こまる。

 静かにと言った手前、話しかけるのはいかがなものだろうかと思うのだけど。

 まあ黙っているだけというのも間が持たない。

 と思っていたのだが。

 

 

「じじ、治るかな」

 

 

 ぽつり、と呟いた。

 聞いてきているのかはわからない。

 答えるべきだろうか。

 答えるべきだろうな。

 ここまで来てもらったんだし。

 

 

「わかりません」

「え……」

 

 

 膝を見ていたであろう目と顔が、私の方を向いた。

 私はその視線を避けるように、顔は前に向けたまま、見えていないはずの目だけを向けた。

 

 

「じじさんが寝込んでしまった理由が、現状わかっていません。今回のホローテの件がヒントではないかとは思いますが、具体的な追及はこれからです。むしろホローテが関わっていないとしたら、初めからに戻ります」

「そんな……」

 

 

 酷なことだと思う。

 少なからずの期待を持たせてしまうのはわかっていたから。

 嘘をつくのも違うので正直に答えた。

 結局、傷つけてしまっているのだが。

 

 

「……今日、戻ったら、早々に調べます。そして早く報告に上がります」

「……う、ん」

 

 

 心ここにあらず。

 上の空。

 膝の頭に視線を移し、声は今までで一番小さくてほとんど聞こえない。

 この状態では話なんてできる状態でもない。

 そうさせたのは私だけど、反省をしても改善ができない。

 ので、余計なことはこれ以上言わないことに努めた。

 

 

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

 

 

「じゃあ、始めるか」

 

 

 あのあと、弟子は地上の様子を探ってから、脱出用の魔法陣を使用して地下から移動した。

 日暮れとは言わない程度に日が傾いており、午前中から随分な時間が経過していた。

 地下にいたらやはり時間間隔が狂うようだ。

 地上に出て急いで療養院に戻り、何食わぬ顔で医術師(クザ)と合図を交わす。

 詳細はの後ほどということで接触は少なく、夜までは医術師の見習いとして過ごしていた。

 ちなみに目隠し君は、話しかけず、遠い位置で仕事に励んでいる様だった。

 そして現在。

 部屋の真ん中の魔法陣の中に、一体のホローテ。

 

 

 ―― この魔法陣は?

 

「ま、私様専用のものだな。調査のためによく使ってたんだ」

 

 

 主に生態調査の。

 今回はうってつけだろう。

 私様もホローテについては調べたことはほとんどない。

 こうして元気な個体は初めてだ。

 今までは剝製や四肢だけだったりだったな。

 床に描かれた魔法陣に足の裏を向ける。

 次第に薄く光り、ぼーっとしているホローテを下から照らす。

 相も変わらず逃げる様子もない中のそいつの周りに、文字が浮き出ては消える。

 

 

「……ほうほう。ふむ。……へー。ああ、なるほど」

 

 

 この個体の情報、種族の情報が文字となって提示される。

 そこで分かったことは、このホローテという種族。

 『不老』というのは本当らしい。

 正しくは『脱皮をすることで怪我を治癒し、老いを悟らせない』というもの。

 見た目が老いないだけで、ダメージの蓄積や寿命はあるらしい。

 なので『死』という概念はある。

 

 その脱皮というものだが。

 怪我をした時に中の水を取り替えるのと同時に、体表面の皮膚に当たる膜も新しいものに新調するらしい。

 新調すると言っても、一番表面のものは水に溶けていくというだけ。

 怪我をした部分は損傷部分が再建されるか、生え変わるかのどちらか。

 そこで取り出したるは、あの場にあった水。

 ホローテの足元と同じ魔法陣を別の場所に展開し、中央には水を置く。

 同様に魔力を流し、詳細を確認する。

 

 

「……はあ、なるほどなあ」

 

 ―― なんて書いてあるんですか?

 

「この水にはホローテの脱皮した膜が溶け込んでる」

 

 

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

 

「確かに、味が違うわ」

「この違和感のある部分が、ホローテの脱皮した膜の味ということになりますね」

 

 

 昨夜、スグサさんに教えてもらった話を、クザ先生にそのまま伝えに来た。

 早朝にもかかわらずすでに起きていて、部屋に招いてくれた。

 そういう予感がしたのだという。

 

 二つのティーカップに注いだ紅茶。

 クザ先生が持ってきた紅茶の本来の味を取り戻したのは、あらかじめ保管しておいた水の方だった。

 療養院で使っていた地下水で注いだ紅茶は、泊まり込みをしてから飲んでいた味と同じもの。

 紅茶は湿気っていたわけではなく、水に要因があったあったということの裏付けだ。

 

 

「ホローテの脱皮した膜にはホローテの性質が残っていて、それを飲んだり、体を洗ったりすることで私たちも取り込んでいたということですね」

「わたくしたち泊まり込み組はまだ日が浅いから、症状としてはあまりでていなかったのですね」

「はい。しかし療養院の人たちは長いこと摂取しています。体に害はないと思いますが、一応見ておいた方が安心かと思います」

 

 

 病気を治す性質は持っていないというホローテ。

 だから、この療養院の人たちの病気はほとんど治っていない。

 治った人は本人の治癒力や薬の効果だろう。

 寝たきりになった人たちは、考えられるのは病気の進行。

 それと、あの反応が薄いホローテの特徴からなのかもしれない。

 どちらにしても、摂取した『脱皮』という性質のせいで垢が大量に出て、反応がほぼない寝たきり、かつ絶食状態になっても老いを悟らせず生き永らえてきた。

 言うなれば、半・ホローテ化というべきか。

 

 

「では、今寝たきりになっている人たちについて、ヒスイさんはどう考えていますか?」

 

 

 どきり、と心臓が跳ねる。

 考えはある。

 スグサさんも同意した。

 だが正直、聞かれたくなかった。

 

 

「……わかりました」

 

 

 黙ったままでいると、クザ先生は常備水で入れた紅茶を一口飲んだ。

 声を出さずにいる私を置いたまま、ティーカップも音を立てずに置く。

 

 

「わたくしも同意見です。ヒスイさんが言いたくないことと」

 

 

 ああ、やっぱり。

 そうなんだな。

 この場には二人しかいないが、三人とも同意見。

 形的に二人寄っても文殊の知恵は出てこなかった。

 もう一人連れてくれば、何か浮かぶだろうか。

 頭の中で悪あがきをしても、仮の三人目が「諦めろ」と冷たく言い放つ。

 考えまで筒抜けではなかったはずなんだけど。

 

 

「今日を入れて、あと半分です。職員には私から話しましょう」

「……ナオさんたちには私から話してもいいですか?」

 

 

 朝焼けの光が、窓から差し込んでくる。

 照らされた先生の顔はいつもの柔らかい表情ではなく、硬く真剣な顔だった。

 

 

「ナオさんはじじさんのことを本当の祖父のように慕っていました。だからこそ、そのことを知ればナオさんは……」

「大丈夫です」

 

 

 危険を冒してまでついてきてくれたナオさんに、全ての説明も含めて私の役目だと勝手に思っている。

 巻き込んでし合った責任は果たさないと。

 渋々たが了承してくれたクザ先生と、少し早い朝ご飯を食べた。

 ナオさんたちに話すのは早い方が良い。

 ホローテたちは私が全て回収した。

 ならば地下水は今日には通常の水に戻る。

 今まで毎日摂取していた水が通常のものになれば、今寝たきりの人たちは遠からず、ということ。

 その時はいつ来るかわからないけど、心構えは、なるべく早くに。

 ……と言っても、少なくとも仕事が終わってからにしようということになったので、平静に仕事をするのが大変だった。

 

 

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

 

 

 仕事終わり。

 療養院の人たちを部屋に送り、職員も帰宅やゆっくり過ごしている時間帯。

 どこか近くに静かに話せる場所がないかと思って、でも近隣の状況は詳しくなくて。

 何とか思いついた場所が、ホローテの居た場所だった。

 入り口となる魔法陣は消されていたけど、出口となる魔法陣を念のため記録しておいた。

 それを辿って、スグサさんが魔法陣を教えてくれた。

 転移先は道中ど真ん中だったので、少し歩いて移動する必要がある。

 同級生三人と、ランタンを一人一つ持って、土のトンネルを進む。

 

 

「すごいねー」

「肝試しというか、探検というか。ていうかそもそも夜にこうやってると休みだなって感じー!」

「確かにー!」

 

 

 わきゃわきゃとはしゃぐライラさんとセンさんに対し、ひたすら黙ったままの私とナオさん。

 二人がいなかったらひたすら沈黙しかなかったな。

 重い空気のままでは話し出すのも大変だったと、まだマシと感じる雰囲気で考えていたところ。

 ホローテたちがいた開けた場所に出た。

 周辺の生物を探るが、生体反応はない。

 ホローテはすべて回収できたかな。

 水辺の近くに石を並べて、丸くなって座る。

 終始うつむいたままのナオさんに、はしゃいでいた二人も黙り込んでしまっていた。

 意を決して、口を開いた。

 

 

 

 

 

 ―――――……

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