【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
「今から話すことは、他言無用でお願いします」
「ヒスイっちがこんな時間にこんなトコロに呼ぶぐらいだから、結構深刻な内容?」
「そうですね。話が広まってしまうと大事になると思います」
念押しして、二人の顔が引き締まる。
普通の学校生活をしていたならば見られなかったかもしれない。
未だに伏せたままのナオさんの顔を見ないままだけど、話をしよう。
「この場にはホローテという魔物がいたのですが――」
話し始めて何分、何十分と経っただろうか。
日の光どころか月明かりもないこの空間では、時間感覚など狂うしかない。
一体どれぐらい経過して、何文字話したかわからないが、話し終えたことだけは確かだった。
一人どころか三人とも黙ってしまい、目線は皆、手元を通り越して足元を向いている。
何か質問は、問おうとして、やめる。
たぶん、おそらく。自分たちの中で話をかみ砕いて咀嚼している最中だろうから。
それを嚥下できるかはさておき。
「……じじは」
誰が最初に話し出すか。
一番可能性はないと思っていた、ナオさんだった。
「どうなるの?」
そしてその言葉は、私が一番答えたくなかった内容だった。
「私の考えです。が、クザ先生や識者も同意しています」
「うん」
「おそらくは、数日以内に」
「っ」
途端に立ち上がり、胸元を掴んで、立たされる。
突然のことに体は動かず、布越しの目が、髪の隙間から覗く激情の目を捉えた。
「せっかく! 原因が分かったのに、結局それじゃあ意味ないじゃないか!」
「ナオっ、やめて!」
「ナオっち!」
二人がナオさんの腕を掴むけれど、私の胸元を掴む腕の方が強く、全く離れてくれない。
やや息苦しいけど、喋れないほどではない。
「すみません」
「……っ」
今まで、私の表情が変わらないことはわかっていた。
だけど別段、困ると思っていたことはない。
しかしこういう時。
本気で謝っているつもりでも表情が全く変わっていないとしたら、なんて不誠実なのだろう。
締めあげる力が一瞬強まり、ゆっくり抜けた。
再度頭を下げ、その姿はまさに意気消沈。
後ろの二人も困惑の表情を浮かべる。
「こんなことなら、このままの方がよかったんじゃないの……?」
ああ、それは。
「ダメかな」
「……え?」
あ……まあ、いいか。
「ナオさんには言いましたよね。「人の人生に茶々を入れている」と」
「……うん」
「本来は今もあったかわからない命を、勝手に長引かせているのです。それはご本人の望みでない限り、ご本人には辛いものです。食べたいのに食べれない、歩きたいのに歩けない、寝たいのに寝れない。その状況で、生きていてほしいですか? 生きていると言えますか?」
延命治療。
この世界にはないかもしれない。
もしそうなら、そういうものを考えたこともないかもしれない。
人工呼吸。
人工透析。
私の居た世界にはそういう延命治療があった。
それらの使用には必ずご本人や家族の許可がいるし、長い目で見なければならない。
ご本人の自由を失いながら、命をつないでいるという状況を作っている。
もちろんそれが悪いとは言っていない。
ご本人も辛いが、家族も辛い面はもちろんある。
経済的にも、
精神的にも。
そして見過ごせないのが、尊厳。
『人間ならば』という考えがどうしても脳裏にちらつく。
そうなれば、口から食べない
強制的な呼吸を強いる人工呼吸器。
排尿が無く水分も制限される透析は、その『人間ならば』という考えを持っているかぎり苦痛しか与えないだろう。
じじさんの状況は、つまりそういうことだ。
「生きていてほしいという気持ちを向けるのは、相手にとっては嬉しいことでしょう。それだけの人望を与えられるのはすごいことです」
「じじ……」
「ナオさんの知っているじじさんは、何を望むでしょうか」
持論だが、家族や周囲の人が望んだとしても、最後はご本人の気持ちを考えなければならない。
私がスグサさんの体に召喚されてから、より強くそう思う。
幸いにして、この体になっても食事も呼吸も排泄もできる。
だからこそ、生きていると思い続けられるのかもしれない。
棒立ちで何も喋らなくなってしまったナオさんに、掛ける言葉が見つからない。
私もセンさんも、ライラさんも、ナオさんを見つめて動けず、ただただ時間だけが過ぎていく。
流れる水の音が響く。
この水はもうホローテの性質は持たずに療養院に使われているだろう。
この場にホローテがいなければ、この場の水を使っていなければ、じじさんや他の寝たきりの人たちは、本来の寿命を全うしていただろう。
そしてナオさんたちも、今のような悩みを抱えることはなかっただろう。
「ナオ」
少し高めの声が、水の音に重なる。
同時に、体が強張る。
「怒ってる。魔力、すごいよ」
ライラさんが、ナオさんの肩を掴む。
鳥肌が立った。
目の前に佇むナオさんの体から魔力が溢れ、流れる水がぱちゃぱちゃと音を立てる。
ナオさんは水属性の魔法が使える。
ナオさんの魔力と親和性の高い水が反応している。
跳ねた水が宙に浮き、集まっていく。
形を成す。
それはもう、見上げるほどに高い位置に、視界に収まりきらないほどに大きく。
「ナオ!」
ライラさんの呼びかけに、ナオさんは答えない。
声をかけられても、揺さぶられても反応がない。
それなのに魔力はどんどん高まっていき、水はどんどん形を大きく作っていく。
その形はこの世界で言うところのウロロス。
私の知識で言うところの蛇とか龍といった長細く鱗を持つ生き物。
水でできたその巨体は、私を容易に飲み込んで、体内で溺れさせてしまうことが出来そうなほど。
プール程の水が何倍あるのかと言った量を持っていそうだ。
それが、まだまだ増えている。
「ナオっち! しっかりしろ!」
「ナオー……お願い、こっち見てぇ……」
二人が懸命に呼びかける。
けれど当の本人は魔力の放出をやめない。
やめられない。
目は見開かれて、口は開け放たれて、意識もどこかに飛んでしまっている様に無反応。
そもそもの魔力が少ないと聞いているナオさんが、ここまでに魔力を使っていて大丈夫なのか……って、久しぶりに他人事のように考えてしまっているな。
このままじゃあ、みんな危ないかな。
「お二人は通路の方に行ってください」
「この状態のナオから離れたくない!!」
美しきかな、姉弟愛。
だけど今は悲しいことになりかねない。
「私がどうにかします。なので二人は下がってください」
魔力によって起こる普通の風が、空洞の中を満たす。
行き場のない強風が吹き荒れて、髪が乱れる。
目元に巻いた布が靡く。
水が混じって全身が濡れる。
話し始めてからずっと神妙な顔をしているセンさんが、一層目を鋭くして、まるで睨んでいるように私を見る。
「……どうにかできんの?」
「どうにかします」
「どうすんの?」
「……とりあえず、受け止めますかね」
ますます大きくなって、表情すら描かれていく水のウロロスを見上げる。
体調すらも長くなって、受け止めきれなくとも水量でどうにかなってしまいそうだな。
どうにかなってしまわないように、せめて二人だけは避難させたい。
「それなら俺も残るよ」
「私もっ」
「ダメです」
「なんで!?」
「危険です」
「なんでアンタが残ることは許される?」
いつもの間延びした口調はどこに行った。
目付きだけでなく言葉尻も鋭くしたセンさんに、少し怯んだ。
でも。
それでも。
譲れない。
「適任ですからね。私が」
「はっきり言えよ」
「詳細は知りませんが、センさんは土。属性的には有利ですが、あの大きさに対抗できますか? ライラさんは火。属性的に不利ですし、もしかしたら二人とも共倒れになります」
「できるよ。だから俺も残る」
「それと。もしここが埋まってしまった時は、センさんの魔法でここから出してください」
まあ、考えたくないパターンだけど。
生き埋めだって正直ありえる。
どこまでの水を吸い上げているのか、地響きがしている。
可能性はゼロじゃない。
だからこそ早く言ってほしい。
目は見せていないので、なるべく語気を強めて言った。
生き埋めパターンを話すと、センさんは納得していない目を見せながらも、状況を察したようだ。
言い返す様子はなく、ただ体が動かないと言ったところか。
ライラさんは自覚があるのだろう。
ナオさんの手をそっと離した。
「無事じゃないと、許さない」
「私も、中途半端にする気はありませんよ」
「遊びの約束、守ってね」
「善処します」
死亡フラグじゃん。
ライラさんがセンさんの腕を引き、通路の魔法陣があるところまで振り返らずに走った。
何拍か空いて、光が漏れる。
魔法陣は無事使えたようだ。
これで魔法陣がある部分が崩れていたら、流石に隠し通せない。
水属性は使わない。
不利だけど、学校で申請した火属性で対抗するために魔力を練る。
―― ……変わってやろうか?
生優しい言葉が脳裏に響く。
「いいえ。私がやります」
―― 意地か?
「いいえ。いや、うん。そうですね。意地です」
―― 素直でよろしい。なら、見届けよう。お前がダメなったら私様も終わる。つまらない幕切れはやめてくれよ?
善処します、と呟いて。
再度魔力を練る。
火属性の魔法は何となく怖くて、あまり進んで練習もしていなかった。
誰もいないのだから、有利な土属性や問答無用に取り込める闇属性で対抗すればいいのに。
もしくは同種の水属性で対抗してもいいのに。
それでも火属性を使うのは、やはり意地だ。
同級生として。
巻き込んだものとして。
助けられない、不甲斐ない医療関係者として。
……友人として。
まあ、こんなものはただの自己犠牲なのだが。
そこまで理解していても、どうしても真っ向から受け止めたいと思ってしまった。
じじさんを大切に思っての、葛藤を。
「さあ、ナオさん。どうぞ?」
聞こえているかわからないが、そう囁く。
微かに身を震わし、焦点のあっていない目が私を視認する。
魔力と水で作られたウロロスが、二つの頭から隠す気もない牙を剥き出しに、食い散らかしやろうと向かってくる。
私は両手を広げ、唱えた。
「
―――――……