【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第9話

「かぜ 、こ で か?」

 

 

「はじ  み 。まりょ  て んな  じなん 」

 

 

「う……」

「あ。おはようございます」

 

 

 水分という水分を燃やし尽くし、また新たな水分が流れてきたこの空間は相も変わらず涼しい。

 カラッとしたわけでも、じとじとしたわけでもない空間で、横になるのは私ともう一人だけ。

 

 

「ぼく……」

「魔力を使い切って眠っていました。そろそろ夜が明ける頃でしょうかね」

「……ライラっ、うっ」

「大丈夫です。建物の中で寝てもらってますよ」

 

 

 起き上がろうとするも、体に力が入らないのか、安心したのか。

 少し体を浮かしただけでまた地に伏せた。

 その隣で同じく横になりながら、何も煌めかない土の空を見上げる。

 ナオさんの水を、私の火の魔法で受けた。

 一般的に、不利な属性の場合、消費魔力は約三倍は必要と言われている。

 つまり私は、ナオさんの三倍の魔力を使ったと想定される。

 それも、おそらくは初級の魔法に対し特級を使った。

 いくらナオさんの魔力が少ないとはいえ、一人の全ての魔力に対して即時対応するための魔力を使うのは、普通の人ならば倒れるレベルの無理をしたということ。

 さらには特級はベテランの魔術師が使う魔法。

 それを学生になって数カ月の私が使ったことについての説明は些か無理がある。

 なので私もここに伏している。

 無理をしたということにするために。

 

 

「ライラさんたちもは一度様子を見に来ていたんですよ」

「え……」

「ほら、あっち」

「あ、れ」

 

 

 転移のある通路。

 脱出の魔法陣がある辺りに、センさんが土魔法を使って、地上から穴をあけてきた。

 それが私が魔法を使ってから一時間程度経った時だったか。

 地響きがなくなったので見に来たらしい。

 ちなみに療養院の人たちは大体みんな寝ていた。

 建物の中だったのと、土属性を持っている人間がわかっていたぐらいだったとセンさんが言っていた。

 空いた穴から風を感じる。

 うっすらと明るい。

 月の光か、日の光か。

 そろそろ戻っておかないと、療養院の人たちに気付かれてしまう。

 じじさんたちの状態も気になるし。

 でも、ここに残ったのはわけがある。

 

 

「ナオさん。話せますか?」

「うん」

「じじさんとの思い出を聞いてもいいですか?」

「……なんで?」

 

 

 首だけ回して私を見る。

 私は上を見上げたまま。

 布から解放された視界はとてもすっきりしている。

 

 

「なんとなく。引っ込み思案なナオさんが、特に仲良くしていたので、気になって」

「……そ、う」

 

 

 話してくれたら嬉しいな、ってぐらいで聞いたけど。

 ぽつりぽつりと話し始めた。

 ナオさんたちは小さいころから、親と一緒に療養院に来ていた。

 小さい子どもというのはお爺ちゃんお婆ちゃんには結構可愛がられるので、療養院では文字通りちやほやされていた。

 でも朗らかに人懐っこいライラさんと違って、ナオさんは人見知りの引っ込み思案。

 その場がストレスでしかなかった。

 ナオさんが小さいころから療養院に入っていたじじさんは、そんなナオさんにつかず離れずで接した。

 外で。

 中で。

 昼に。

 夜に。

 食べながら。

 話しながら。

 色々な場面で、その時の状況を話すことから、少しずつ距離を縮めていった。

 居心地の悪かった療養院の中で、一番無理なく過ごせる場所を作ったのがじじさんだったという。

 

 

「僕たちはおじいちゃんたちってもういなかったから、こんな感じなのかなって思って」

「そうなんですね」

 

 

 ひとしきり話したのか、言葉が止まる。

 ちらりと横を見ると、新しい水分が発生していた。

 流れて、地面に吸い取られ、また流れて。

 静かな動きに、嗚咽が混じる。

 

 

「じじ……死んじゃうの……?」

 

 

 ……。

 一呼吸。

 

 

「もう、時間はそう長くありません」

 

 

 ……。重い、重い一言だ。人の一生の終わりを告げる。

 まだ終わってはいないとしても、すぐそこに迫っている。

 いつかくる。

 いつかくる。

 そんな程度にしか思っていなかったものが、もうすぐ目の前に。

 

 

「いつ、どのような風にというのはわかりません。なので、ナオさんにはじじさんのすぐ近くにいてください」

 

 

 水が流れる。

 さらさら。

 ちょろちょろ。

 ぽつぽつ。

 流れを持つものは流れ、ないものは地に吸われる。

 人の命も、また同じ。

 流れ、離れ、消える。

 

 

「ひっ……う……、っ」

 

 

 しっかり泣いたら、戻ろう。

 泣いて、朝日を浴びて、じじさんに会いに行こう。

 話せないかもしれないけど、息はしている。

 目は開けないかもしれないけど、耳は聞こえているかもしれない。

 出来ないことがない、なんてない。

 何をしてほしいかわからないからこそ、できることをやってあげる。

 

 何分。

 何十分と泣き声が響き、何粒もの水滴が地面に吸われていった。

 明らかな日の光が照らし、その穴から風の魔法を使って地上に出る。

 すっかり朝日が昇り、薄い雲がいくつか見える。

 私たちはシャワーを浴びてから、活動を始めた。

 

 数日後。

 じじさんが、目を開けた。

 震える声が聞こえたけど、一時は気のせいかと思って反応が遅れる。

 

 

「な……お」

「っ、じじ!」

「じじさんっ」

 

 

 気のせいではなかった。

 じじさんは目を開いて、口を開けて、声を出した。

 身動きこそないものの、表情は安らかな寝顔から明らかな皺を作っている。

 扉で渡そうとした昼ごはんを持ったまま、ナオさんの後を追ってベッドに横たわるじじさんに近づく。

 焦点こそあっていないものの、顔はしっかりとナオさんの方を向いていた。

 

 

「じじ、じ、じ……よかった」

「な、だ。な、いて、の、かぁ……?」

 

 

 数日話していないせいか、舌が回りにくいようだ。

 それでもナオさんに声をかける。

 聞き取るのもやっとな声量で、以前までのナオさんのようだ。

 一声かけて、手首に触れる。

 脈は、触れない。

 太腿の内側に触れる。

 脈は、触れない。

 首に触れる。

 ……脈、触れた。

 上の血圧は六十ほど。

 低い。

 この数日食べておらず、口が乾燥しないように口を湿らせていた程度。

 この世界には延命治療などなく、点滴などもできていない。

 じじさんが目を覚ますまでのこの数日で、何名か亡くなっている。

 

 

「……ナオさん」

「ひすっ、ひすいさんっ、じじ、目を覚ました……っ」

「ええ。そうですね。じじさんも体力が落ちていると思いますので、伝えたいことがあれば早めに。私はクザ先生を呼んできます」

 

 

 髪の間から涙を流しながら、ゆっくりと私に振り向く。

 ナオさんから見てじじさんと反対側にいる私を、唖然とした表情で見上げてくる。

 お互いに目を隠した者同士。

 それでも、相手の表情はたやすく理解できる。

 

 『最期』

 『目を覚ましたのに』

 『だからこそ』

 『嘘だ』

 『嘘になったらそれでいい。伝えたいことは、伝えられるうちに』

 

 声もなくそんなやりとりをする。

 

 

「じじさん。少し失礼しますね」

 

 

 手を握ると、握り返してくれた。

 弱弱しく、細い腕と指で。

 視線は私を見るナオさんに向いたまま。

 何か言いたいのか。

 

 

「ナオさん、じじさんが」

「じじっ!?」

 

 

 慌てて振り向いた様子に、ふっと笑う。

 その姿はまさに、孫を見るようで。

 それ以降は何も言わず、何も聞かず、静かに部屋を出た。

 クザ先生を見つけて話をし、一緒に部屋に戻る。

 ナオさんは、嗚咽混じりの声で喋り続けていた。

 

 

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 この世界では火葬、土葬、水葬と選択肢がある。

 あらかじめ故人に聞いていた場合はそれを。

 希望がなかった場合はその国の推奨されている方法で見送ることになる。

 十年以上療養院で過ごしていたじじさんが望んでいたのは、水葬だった。

 指定された場所から出ないとその行為は行えないため、明日には出発して見送ることになった。

 同行者は、施設職員と、今まさにじじさんの隣でうずくまっているナオさん。

 もう何時間もあの姿勢のままだ。

 ライラさんとセンさんと変わるがわるに様子を見に来て、様子を聞いて、差異がほとんどなかった。

 

 

「ナオ……」

 

 

 ライラさんでもかける声が見当たらないのか、もう部屋に入ることも憚られる。

 センさん、苦悶というか、悔しそうな顔をしている。

 私は、というと……、どうなんだろうか。

 とりあえず部屋に踏み入った。

 

 

「こんばんは」

 

 

 応答なし。

 

 

「隣に座りますね」

 

 

 反応なし。

 人が横たわっているベッドを背に、うずくまっている人の隣に腰を下ろす。

 来たものの、何を話すかは決めていない。

 話すつもりもなかったというか、まあ別にいいか、ぐらい。

 強いて言えば、相手が反応してくれることを期待している。

 扉付近に立つ二人は悩んで、部屋に入って少し離れた位置に座った。

 部屋には、呼吸音が四つ。

 何もしないまま、少しずつ月が傾いていった。

 

 

「…………なんなの」

 

 

 静かに虫の鳴くような声が、近くから聞こえた。

 その声の主は、うずくまったままだけど。

 たしかに、聞こえた。

 聞こえたが、意味は理解できなかった。

 

 

「何が?」

 

 

 聞き返し、また静寂。

 答えではなく、くぐもった声で疑問が投げられる。

 

 

「地下に行った時、布どころか土の向こう側も見えてた。……『透視』の魔法。犯罪だよ。そんなの平気で使ってるなんて、ヒスイさんは、何者なの」

 

 

 ああ、使ったね。

 気づかれたか。

 あの場では急拵えだったし、研究員が絡んでいるならと焦っていたし、何より後悔はしていない。

 気づかれても仕方がない。

 二種類の視線を感じながら、問いに答えよう。

 

 

「内緒です」

 

 

 言えないからしょうがない。

 私の存在は国ぐるみだ。

 貴族とは言え一般の子どもに言えるわけがない。

 雰囲気的には納得していないと思うが、そこから追及されることはなく、また静寂が訪れる。

 前の壁を見つめ、口を開く。

 

 

「人の死とは、突然訪れるものです。じじさんの最期のあのタイミングは、正直なぜ話せたのか疑問があります。それでも、話せたのは事実」

 

 

 立ち上がる。

 ここにいても、変わらない。

 

 

「何を話したのでしょうか。何を伝えたのでしょうか。いつか、教えてください」

 

 

 気持ちの整理がついたら。

 言い残して、部屋を出た。

 後から二人もついてくる。

 

 部屋には、呼吸音が一つだけ残った。

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