【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
耳に寄せられた低い声が、私の脳を刺激する。
聴覚は、意識の覚醒を司る延髄に近い場所に核を持つ。
聴覚が刺激されれば、意識も鮮明になって行く。
この人が言った言葉も、しっかりと私の脳に届いた。
間違った情報のようで、実は一番正しい言葉。
私は。
……私は。
「さあ、スグサ・ロッド。正解ならば仮面を外してくれ。ルールだからね。そうでないのならば外さなくてもよいが」
室内に響き渡る声で、高らかと言う。
再度耳元に口を寄せて、今度は私にのみに響く声で言った。
「まあ、違うというのなら、君は一体何なんだ? 『五番』」
……鳥肌。
この人の言葉には魔力でも宿っているのか、聞き流すことができない。
変な力で言われたとおりに、言われるがままに体を動かされる。
私はいったい誰なんだ。
そんな疑問は今更だったはずなのに。
私はいったい誰かなんて。
今更気にしていないはずだったのに。
私はいったい、誰なんだろう。
今更そんなことを考えても、この世界に私の根源はないのに。
操られているように、手は目元の仮面に向かう。
まさかスグサさんが体を操作しているのかと思うほど、頭では別のことを考えている。
殿下、どこだろう。
どうしたらいいですか。
私は。
仮面が外れる。
視界の隙間がずれ、目の前が真っ暗になる。
一瞬、殿下が見えた。
私の方を見て、必死の顔で何かを叫んでいた。
でも執事さんたちだろうか、黒服の人たちに抑えられていた。
周囲は……招待客は、そんな殿下には目もくれず、私の方を見ている様だった。
腕が、降りる。
司会者の声が、震える。
「こ、これは……まさしく英雄、最高位魔術師、スグサ・ロッドだー!!!」
わああ、と今日一の歓声が沸き起こる。
部屋がひっくり返るのかと思うぐらいの大歓声を、一身に浴びる。
この感覚は久しぶりだ。
他人事、テレビの中の出来事。
耳の奥が籠って、歓声が何かに包まれたように聞こえずらい。
大いに盛り上がっているのがわかる。
拍手、感涙、歓声。
みんな笑顔だ。
……なぜ?
「みなさまもご存じの通り、スグサ・ロッド様は歴代の魔術師の中でも唯一の称号を与えられたお人! 魔物の大量発生も、大飢饉でも、流行り病でも! 天才的な頭脳と鬼才な魔法技術で人類を救ってくれた魔術師様です!」
興奮気味な司会者が声を大に張り上げる。
……なぜ?
カト殿下が、私の横に立つ。
両肩に手を置いて、私を前に突き出した。
「ここからは私が話をしよう」
司会者に変わり、カト殿下が低い声を放つ。
「皆も知っての通り、スグサ・ロッド殿は七十年ほど前に死んでいる」
しん。
さっきまでの熱量が、一気に冷え固まる。
そうだよ。
私のこの体は、もうすでに死んだ存在なんだよ。
なのに、なんでみんなそんなに喜んでるの?
死んでるんだよ?
疑問に思わないの?
「なぜこの場にこの人がいるのか。その答えはただ一つ。生き返ったんだ」
一見、倫理観を捨てたような言葉。
その言葉に対する慣習の反応は、「おお」と関心の感嘆だった。
なんでだよ。
「城の研究員がやってくれたんだ。死んだものを蘇らせる。死にたくない者に新たな体を与える。死にたいものには安楽な死を与える。我々は『生死の自由』を手に入れた!」
わあ。
何度目かの大歓声が起こっている。
目の前で。
けれど。
これはなんだ。
この国はなんなんだ。
この世界はどうなっているんだ。
「髪や目の色は全く違うものとなったが、そこはご容赦いただきたい。ただし、今後死んでも死んでも生き返れる。既に死んだ者を生き返らせることが出来る。もう二度と、死を恐れることはない!」
「うおおおおおおお!!」
「すごいわ! 本当にそんなことが!」
「奇跡だ! 素晴らしい!」
「実は我が父、国王陛下も病に侵され一度は命を落としてしまわれたのだ。けれど研究の成果で先程の様に違和感なく生きている。だが陛下の地位は私、カトが引き継ぐことになったのでよろしく頼む」
「国王陛下まで……! 王族が生き還っているのならより安心だ!」
「そうね! ぜひ私たちも死んだ時には生き還りたいわぁ」
どさくさに紛れて王位継承を告げるカト殿下に脱帽。
それどころか意識が遠のきそうになった。
死んだ人が蘇ったのに、蘇らせる実験を行っていたのに。
そんなにすぐ受け止められるようなものなのか。
世界が違えば、こんなにも価値観も倫理観も違う物なのか。
確かに学校で学ぶ授業は、私の世界ではない内容もあった。
生き物を退治する授業なんてなかった。
そもそも魔法だってなかった。
そうしたら体の構造も違うかもしれない。
魔力を持つ動物すらなかった。
魔法が使えると言うだけで、こんなにも違うのか。
そんな違う世界に、私はこれから生きて行けるのか。
目の前の景色は見えているのに、目の前が真っ暗になった。
折角仲良くなれた人たちとも、結局は違う人間なのだと突き付けられた。
「そしてここで、もう一つ」
両肩に添えられた手が、体の向きを強引に変える。
目下の招待客から、目上のカト殿下に視界が切り替わる。
派手な仮面が外され、その姿は誰が見ても、この国の第一王子のものとなる。
「っ」
思いの外近くにある顔に、体が強張った。
殿下と似た顔。
紺色の目の奥にある深い色。
薄ら笑い、愛想笑い、作り笑い。
この人そのものなのか、それすらも作っているのか。
鼻と鼻が触れ合うほど近くで、はあ、と口が開いた。
「私は君に」
「……」
「求婚を申し込む」
顔が離れる。
手を取られ、手首に唇が触れる。
一瞬だけ生暖かくなったそこは、すぐに熱を奪われたかのように冷たく、ひんやりとする。何かを抜き取られたみたい。
女性陣の甲高い声が木霊する。
今日のお城は騒がしいなと、国中の人は思っているかもしれない。
そんな渦中にいる私は、一人、一番冷静だったと思う。
ああ、夢ならばどうか、早く醒めて。
―――――……
「どういうことか説明してください!」
突然の求婚に会場の興奮が収まらず、私とカト殿下はコウ殿下に強引に退場させられた。
向かった先は王城の客間。
二人席に両足を乗せて、寝そべるようにゆったりと座るカト殿下。
その姿を目の前に、私とコウ殿下は二人掛けのソファーに緊張気味に座る。
殿下は怒りを隠そうともせず、大声で叫ぶ。
前傾姿勢で詰め寄る姿に、少し嬉しさがこみ上げる。
けれど『少し』以外は、虚無のような、疑問のような、言いようのないモノ。
カト殿下はコウ殿下の怒りを意に介さない。
足首をくねくねと動かしながら、大きな欠伸をしている。
「説明も何も、見てわからないのか? 求婚しただけだ」
「そういうことではありません! ヒスイをスグサ・ロッド殿と紹介したり、そ、の……きゅ、う、こんしたり! 一体どういうつもりなのかと聞いているんです!」
叫びは止まらない。
なぜなら受け止める相手が受け止めようとしないから。
今こそ『暖簾に腕押し』という言葉を使う機会だろう。
「別に。スグサ・ロッドであることに違いはないだろう。それと俺は人間を好きになる気がない。それだけだ」
確かにこの体はスグサ・ロッドであり、なんなら記憶もある。
違うのは魂だけだが、そんなものは言われなければわからないし、言われたところで見えるものではない。
この場合は言った人間の信頼性によって、信用されるかどうかだろう。
そうだとしても。
カト殿下がいかに信頼されていたとしても、信用しすぎだと思う。
死人を生き返らせる実験をしてました、なんて。
それが世界と価値観による違いならばそれまでだが。
この人ならば、という条件は付くものの、納得はしてしまう回答。
カト殿下の『人間嫌い』は『人形』に求婚するほどだったのか、ということだけ。
「では……国王陛下については」
「それこそ説明がいるのか? そこに『五番』がいるのに?」
「っ兄上!」
今更もう気にしない。
この人はそういう扱いをしてくるんだ。
もう、ね。
「というか、その『五番』はいいのか? 動きもしない人形になったのか?」
「っ、ヒスイ!?」
「え、あ、はい。大丈夫です」
少し心抜けていた。
大衆の前でのなりすまし。
記憶の限り初めてされたプロポーズ。
それも苦手な人から。
いきなりいろんなことが起こりすぎて、頭がショートしていた。
「なぜ、私なんですか?」
「……それはもう答えただろう。人間と結婚する気はない。しかし立場上、結婚しないという選択肢はない。ならば人間でないものと結婚する。お前ならば、身籠れない理由も容易だろう?」
まあ、『死体』『人形』ですからね。
そこまで考えて、私を選んだのか。
本当に都合よく使う人だな、この人は。
そしてあの大衆の前で求婚され手、かつ『スグサ・ロッド』として有名すぎるこの顔を広められたら、もう逃げ場はない。
壇上に上がるとき同様。
逃げられない。
「ヒスイを都合よく使おうとしないでください!」
「何をそこまで憤る。……ああ、お前、そういうことか」
にやり、と笑う。
コウ殿下と似ても似つかないその笑みは、何度目かの鳥肌と寒気を覚える。
面白いおもちゃを見つけた、というより、弱みを握ったいじめっ子の顔。
「それもですが、国王陛下のことはどうするんですか! もう亡くなっているのに」
「亡くなっていない。それでいいではないか。それともなんだ、お前はこれから群衆を混乱に貶めようとするのか?」
「そ、れは……!」
「生き返ったということは言えるがな。それならば民衆は喜ぶだろう。言うか?」
ここでコウ殿下が押し黙る。
研究を看過していないコウ殿下は、そうしよう、とは言えないだろう。
勢いを無くした殿下は浮いた背中をソファーに埋める。
膝頭を見つめ、苦悶の表情。
真剣に悩んでいる。
殿下がこうして悩んでくれているからこそ、この世界の異様さが気になってしまう。
この世界では、『死んだ人間を生き返らせる』実験は、容認できる。のか。
二人掛けソファーに寝そべっていたカト殿下が、長い脚を下ろしてスラリと立ち上がる。
「もういいか? もう行くからな」
「あっ、待ってください! まだ話は」
静止の声も空しく。
カト殿下は振り向かず、手を振って去って行った。
「……っ」
ドア付近まで寄ったコウ殿下は、悔しさを滲ませ、拳を握る。
ちなみにこの二人が話しているのは私のことも含まれている。
なのに私は一番……いや、二番目ぐらいには冷静で、事の成り行きを見守っているだけだった。
大袈裟だとは思うが、世界に取り残されている感覚というのか。
「……結婚、しなきゃいけないんですかね」
「そんなことはない!!」
「っ……なら、ありがたいですけど……」
「あ、いや、すまん……」
勢いよく振り向いて強く否定されて、びっくりした。
でも内容には安心した。結婚しなくていいのなら、よかった。
「だが、早く逃げた方が良い」
「にげ……?」
「入口、いる」
目線は扉の方に鋭く向け、睨む。
この部屋の入り口。
カト殿下が出て行った扉の外に、誰かがいるのだという。
「え、でも逃げなくても帰してくれるんじゃ」
「ならば見張りなどたてる必要がない。ここは四階。外から出るのも一苦労だが、ヒスイならば可能だろう」
魔法を使ってでも逃げろと、コウ殿下は促してくる。
そんなになのか。
カーテンを開けたコウ殿下が、外を見て、表情を曇らした。
「くそ、もういるか」
「え……?」
「見張りだ。外も張られてる」
「そんな……」
行動が早い。
すでにそういう手はずだったのだろうか。
まさかとは思っていたが、まさか本当に、私を帰さないつもりなのか。
だとしたら、結婚しなくていいというコウ殿下の話も、もしかしたら……。
―― 弟子。窓を開けろ。