【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
―――――……
窓が開くと、夜風が勢いよく吹き込んでくる。
結ばれた髪が撫でられ、服や装飾品が煽られる。
夜といえど蒸し暑い。
「ヒスイ?」
「少し頭を冷やすんだな。王子サマ」
「……スグサ、殿?」
にやり、と口角を上げる。
眉根を寄せて焦りと怒りを隠せていない王子サマは、どうにもいつもの王子サマじゃない。
もうすこし冷静に考えろと言いたいが、まあ言うよりもこっちの方が楽だ。
驚きは思考を止め、感情を止める。
……ほら、御覧の通りだ。
「ここから逃げたとして、どこに行かせる気ですか?」
「それはっ……城から、離れたところへ」
「それはどこですか? ヒスイは旅慣れているわけではないですし、むしろようやく慣れてきたここを捨てろと仰る?」
「そういうわけでは、ない」
「でしょうね」
大人びているようでもまだ十代。
若い。
何かが原因で焦ってしまっていたとしても不思議ではない。
……もしかしたら、あの第一王子のことだ。
それを狙ってのことかもしれないが。
ここから逃げて、不審者として捕らえる。
この警戒態勢と『ヒスイ』。
解放される場所は、学校ではなく研究所かもしれないな。
夜空に浮かぶ『それ』を見る。
ひらひらと舞い、輝く粉をまき散らすそれは、開かれた窓から吸い込まれるようにして室内に。
そして私様の肩に止まる。
殿下の髪色と私様の着ている服のせいで、晴れた日の花畑に吸い寄せられたかの如く。
「ようやく出てきやがったな」
「それは、バラファイ、ですか」
「そうだ。昔馴染みのな」
勝手に私様の肩に止まって休憩するのはこいつぐらいだ。
他のバラファイと一緒にいても見分けはつかないが、こいつらの特徴から、ただ止まっているなんてことはない。
こいつらは『死者を食らう』。
この体に止まるということは、食らおうとしているということ。
だがそれをしないということは、そういうことだ。
「出せ」
バラファイに向けて手を広げる。
ゆっくりと羽を広げて、閉じる。
そいつから放たれた光が、私様の掌に移った。
光は形を成し、透けた鍵となる。
「よし」
「それは?」
「鍵」
「それはわかります」
まあ、どこかの何かを開けるための鍵だ。
近々行くことになるだろう。
ずっとこれが欲しかったのに、こいつがふらふらしているせいで時間がかかった。
用が済んだとでもいうように、バラファイは宙に漂う。
私様の周りを一周回って、窓から外へ。
こいつともそのうちまた会うことになるだろう。
コンコン、コン
「これはこれは、懐かしい音ですね」
「誰だ」
せっかく抜けた気が引き締まったように、低い声を上げた。
第二王子に問われた扉の外の人物は待たせることなく名乗る。
「カミルです」
「ロタエです」
「入れ」
ノブが回される。
夜なのに騎士団と魔術師団の正装を着ている二人。
警戒態勢なのはこの二人ものよう。
表情は、固いが。
入室し、一礼。
本来の王族への対応はこの通りなのだろう。
今までこいつらがこういう動作をしているのは見たことがなかった。
「どうした」
「カト殿下より、これを預かってきました」
「それは……?」
両手ほどの大きさの箱が、私様に向かって差し出される。
開けられたそこには、真っ赤な布地の中に沈められた手枷。
……失敬、ブレスレット。
魔力のおまけつき。
手には取らず、まじまじと見続ける。
「……兄上は、なんと?」
「「付けている間は自由だ」と」
「訳は「逃げれると思うな」、ということですね。あーこわ」
「そんなものっ! 何を!?」
ガチャリ。
うん。いい音。
デザインは趣味じゃないが、良しとするか。
羽が貫通しているのはなかなかないものだが、作らせたか?
「居場所を探る魔法がかかっているようですね。随分と念のこもったものだ。面白い」
「なぜそんなものをつける!」
「落ち着いてくださいって。こんなもの、私様からしたらオモチャですよ」
それでもつけるのは、従順だと思わせるということ。
少なくとも逃げる意思はないと。
こいつらはともかく、こいつら以外の連中は私様という『記憶』がいることは気付かれていないはず。
ならば力づくで壊されるとは思っていないだろう。
居場所がバレるぐらいの魔法、どうってことはない。
魔力封じの手枷さえあっけなく壊れてしまったんだから。
見た目は華奢な金属のそれを、しゃらりと垂らす。
「これで満足してくれて、ヒスイの生活が変わらないならいいんじゃないですか?」
「頷きたくはない、が、致し方ないか」
そうそう。
変に指摘してもね。
「じゃ、帰ります」
「送る」
「いや、別にいらな」
「送る」
「……そうですか」
じゃあ、ヒスイに変わるかね。
―――――……
数日後の、学校にて。
「あなたスグサ・ロッド様だったの!?」
「どうして言わなかったんだよ!」
「髪色と目はどうされたんですか?」
「生き返ったってどうんな感じ?」
すでに同級生として接していたからか、クラスメイトは結構フランクだった。
それよりも、『私』が『生き還ったスグサ・ロッド』だということが広まっているというのが問題だろう。
招待客の誰かが言ってしまったのか。
マリーさんやロアさんが言ったのか。
カト殿下が敢えて広めたのか。
同級生にもみくちゃにされながら、何も答えることはできない。
できなかった。したくなかった。
ヒイラギ先生が来て、「修学旅行について決めるぞ」と声をあげてくれるまでは、ずっと耐えるしかなかった。