【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
寝たみたい。
緊張からかあまり寝付けず、夢を見たような見ていないような。
寝ていたはずなのに疲れている。
寝ない方がよかったかもしれない。
時間は……うん。大丈夫。
開会式自体はこの後さらに一時間後。
宿から会場までは十五分あれば到着する。
十分間に合う。
起きる。
ストレッチ。
準備体操。
目が覚める。
けれど何も考えない。
考えたら、気が滅入る。
前髪を編み直して、ローブを羽織ってフードをかぶる。
久々の格好。
部屋を出た。
宿の受付は店員さん。
受付の目の前には先生たちがいる。
「ヒイラギ先生」
「お、行くか」
「はい」
「おし」
引率のヒイラギ先生と、宿を出た。
どんよりと暗い空。
せめて晴れていたら、まだ足取りは軽かったかもしれない。
夏の蒸し暑さと、湿気。
重怠いのはきっと、気持ちの問題だけではない。
周りを見る余裕もなく、けれど知っている道から逸れる勇気はなく、足先は武術大会の会場に向かって行く。
今回は魔法ありの大会。
つまり優位ではあるだろう。
人に攻撃するということ以外は、私に分があるはず。
それでも。
それなのに。
『人に攻撃する』ということがひどく重しになっている。
それが頭の中でぐるぐる回っている。
「……はあ……」
ため息が出る。
お祭りのような喧騒に搔き消えたけど。
ふと、腕から軽やかな音が鳴った。
見ればそれは、カト殿下からの
きっと今この瞬間も、私がのろのろと移動していることもバレているだろう。
さらに気が重くなった。
試合は昼過ぎなのに、食欲もわかない。
いや、動くのだから、むしろ食べていない方が良いのかもしれない。
そういうことにしよう。
「やけに嫌そうだな」
「魔物もそうですが、対人はより気が乗りません」
「経験も浅いもんな。まあ、無理すんなよ」
なら断ってください。と言いたかった。
毎年恒例だし、ご使命だし、『スグサ・ロッド』という噂が広まってしまい、この世界では相当有名な人なので、隠すということもできず、ということらしい。
というか、断る理由自体が思い浮かばなかったのかも。
国同士のやり取りだし、よほどのこと以外は断らないという面もあり。
早く時間が過ぎないでほしい時ほど。
早く到着しないでほしい時ほど。
あっという間に目的地に着いてしまうもの。
会場付近には筋骨隆々な人から、細身で杖を持った人。
全身をローブとフードで包んで男女もわからない人。
やたら小さい人。
やたら大きい人。
様々。
それらの人が、一か所に並んでいる。
何かを見せて、私たちが国に入ってきた時のように。
順番に会場に入っている。
とりあえず、並ぶ。
「……参加者ですか?」
「フォリウム学院の代表できました。私は教師のヒイラギです。こっちが代表生徒です」
「ああ! お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
「あ、はい」
ビップ待遇のように列から外れて別室へ案内される。
一言で言えば控室。
ど真ん中に両手を広げたぐらいの大きさの水晶玉がある。
案内してくれた人が魔力を込めると、会場の様子が映し出された。
受付を済ませたのであろう、参加者と思わしき人たちが広場全体に散らばっている。
「私はここでいいんですか?」
「はい。エキシビジョンで呼ばれるまで、こちらでお待ちください」
「じゃあ俺は行くわ」
「えっ」
「ここにいれるのは選手だけだからな」
ひらひらと手を振り、案内の人と部屋を出て行ってしまった。
取り残された私は部屋に一人。
水晶の様子を眺めるだけ。
―― 戦い方はどうすんの?
「全く考えてません」
―― じゃあとりあえずイメトレしとけ。
「イメトレ、ですか」
―― そう。魔法を使ってる様子だけでいい。例えば風の魔法で移動してる時。
特にやることもないので、言われたとおりにしてみる。
風の魔法でただ飛んでいる時。
素早く移動するときは重宝する。
ロタエさんとの鬼ごっこを思い出すけど、風を切って進むのはとても楽しい。
ジェットコースターみたい。
ああ、それだけで少し、気分は安らぐ。
ただそれだけを目を閉じて思い浮かべていると、水晶から声がする。
「参加者の皆様、お待たせいたしました!」
「ただいまより、これからの流れを説明させていただきます!」
体にぴっちり張り付いたボディースーツを着た男女が、マイクを片手に声を張り上げる。
少し控えめの歓声と拍手を受けて、二人は距離を開ける。
間にのみ霧が立ち込め、影が射す。
影がくっきりしてくると、男女が受けた歓声と拍手よりも大きなそれらが、会場を包んだ。
「ビー・フォォォォオオオオっ!!!!!」
「うおおぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!」
反射的に目を閉じて、手で耳を押さえても、叫び声が耳を
顔がぐしゃりと歪む。
音に耐えながら薄目を開けると、真っ赤というよりは紅色の髪を刈り上げ、同じ色の口ひげを生やした男性。
獲物を狩るような獰猛な金色の目が、私の注意を引き付ける。
だ、誰……?
「貴様らァ!!! 鍛えてるかアアア!!?」
うおおおおおお、と。
雄たけびが上がる。
水晶からだけではなく扉の向こうからも声が聞こえる、気がする。
正直声が大きすぎて、どこから聞こえてきているのか判別しにくい。
「鍛錬を行え! 手を抜くな! 筋肉はすべてにつながる! 金も! 土地も! 権力も! 男も! 女も! すべてを手に入れられる!」
また雄たけびが上がる。
すぐに離れないこの大音量は何度続くのか。
ビー・フォーと呼ばれたきりに浮かぶ男は、全身の筋肉を使っているかのように声を上げ続ける。
それに答えるように参加者が声を重ねる。
それでも、声量はビー・フォー……さんの方が大きいような気がする。
拡声器でも使っているのか。
「この後は開会式だ! 客も大勢呼んで! 盛大に盛り上げる! お前らもその力を見せつけろ!! コロシアムだ!!!」
何度目かの大音量……もういいか。
要約すると、この後予選があるらしい。
参加者は総勢約五百人。
三十人程度のグループになって、二人勝ち抜いてからのトーナメント戦の様。
……まあ、それは私には関係ないのだが。
「儂は去年、ここで話しているだけだった! だがしかし! 今回は儂も出るぞ!!! 楽しみに待っておれ!!!」
大声、以下略。
よほど嬉しいのか、ビー・フォーさんの姿が見えなくなっても叫びは続いていた。
「ビー・フォー!! ありがとうございましたー!!」
「我らが強者! ビー・フォーのお言葉でした!! ビー・フォーの登場はお楽しみにー!!」
「それではそれではー!? お次は開会式についてご説明しまーーーす!!」
今の赤い人がこの国の王様……代表だったのか。
呼ばれていた『ビー・フォー』というのは、この世界で『強者』という意味。
大会での優勝者がこの国の代表となる制度。
その名の通りこの国で一番の『強者』なのだろう。
力にすべてを注ぎ込んでいる様な人だった。
全身は見えていなかったけど、たぶん、すごい。
水晶から聞こえる声が、すごく小さく聞こえる。
耳がバグってしまった。
参加者ではない私にとってはバックグラウンドミュージックだ。
さっきスグサさんに言われた通り、魔法のイメトレでもしておこう……。
―――――……
参加者は会場内でアップしているという光景を、推奨越しに見ているというこの状況。
一緒に見ている人が自分の中にしかいないので、分かち合うというのもやや不可解。
最初の説明会が終わってから時間を持て余した人たちは、控室に行くという案もあったのに、まるでボディーコンテストですかというように肉体美を見せつけている。
見せつけようとしない人たちは控室に行ったようで、若干人数は減っている、かな。
会場の観客席には人が所狭しと入ってきている。
この中に学校の同級生もいるのだろう。
同級生に限らず、他国の人にも、私が『スグサ・ロッド』だと紹介されたうえで、戦う姿を見せることになる。
勝ったら、噂が広まる。
「スグサ・ロッドが蘇ったのは本当だった」と。
負けたら、違う形で広まる。「本当にスグサ・ロッドか? その正体はいかに」みたいな。
……ああ、いやだなあ。
せめてローブを被ったままでやりきれないかなあ。
宙を見つめること数秒。
何度目になるかの大音量が、水晶から部屋全体に響く。
「レディーーース!!! アーンド!!」
「ジェントルメーーーーーン!!!」
男女交互に声が張り上がる。
参加者だけでなく観客からも声が重なり合い、さっきよりも耳がキンキンする。
私が宙を見つめている間に、ボディコン参加者以外の人たちも出てきていた。
……始まるんだ。
「皆さま大変長らくお待たせいたしました!!」
「ただいまより! 魔法ありの武術大会を開催いたしまーーーーーす!!!」
待ってましたと言わんばかりの大熱狂。熱気が高まっていくのが見てわかる。この部屋に来て初めて、この部屋に一人で良かったと思った。
「それではさっそく、この方に開会の挨拶をお願いしたいと思います!!!」
「皆さんご唱和ください!!」
「儂だああああああああああああ!!!!!」
ご唱和とは。
「待ちに待ったこの日だ! 鍛え上げられた肉体も! 魔法という力でさらに強固なものとなる! しかぁし!! 最後は筋肉が物を言うのだ! 魔法なんてものは魔力がなければ何もないも同じ!! 筋肉は自身の意志があればどれだけでも伸ばすことができるのだ!!!」
この演説によると、魔法を嫌っているわけではなさそうだ。
少し安心。魔法主体の私、というかスグサさんを完全否定されることはなさそう。
「自身を伸ばすことが出来ぬものに!! 何かを成すことは出来ぬ!!! それ
脳筋だった。
この国はもしかしたら脳筋しかいないのかもしれない。
「そして今回!!! 儂は!!! 蘇ったと噂の魔術師!!! スグサ・ロッドを!!! 儂の筋肉で!!! 打ちのめして見せよう!!!」
ちょっと待てちょっと待てちょっと待て。