【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
「「すーをいじめるなー!!」」
二人、いや、二頭一匹が同時に出てきてくれて、蛇のような頭を私の顔の横から突き出す。
叫び声と共に超特大の水鉄砲を吐く。
見下す状況だったビー・フォーさんは、突然の水の勢いに腕の力を緩めた。
その隙を見逃さず、片方は緩んだ腕を、片方は私の胴体を咥える。
もちろん、力加減はそれぞれに合わせて。
「ぐぅっ!?」
「ありがとう、二人とも」
ウロロスの頭に乗ると、会場の外まで見渡せた。
近くだと巨体だと思っていたビー・フォーさんも、この高さから見るとやけに小さく見える。
噛まれた腕から……腕を伝う血が見える。
だが動かせてはいる。
「二人は毒とか持ってるの?」
「ないよー」
「わかった。よかった」
なら、あれは出血だけ。
「魔獣に頼るか。己の力だけで来んか!!」
「そういう決まりはないはずです。それに、お分かり頂いてると思いますが、私は弱いので」
助けてもらう。
私が弱くてごめんね。
不思議なもので、言いたいことは伝わっているみたい。
頭を撫でる。
目を細めて、しかし視界はずらさない。
爬虫類のような目に映る、ビー・フォーさん。
私がふわりと浮くと二頭同時に獰猛な口を開いた。
こんなこと、幼い二人にさせたくなかった。
早く終わらせたい。どうしよう。
「熱はダメ。水もダメだった。土もダメ。風は火を強められちゃう。眠らせるのもダメ」
……少しずるいかもしれないけど、もう、あの手で行こう。
片や首を伸ばし、襲い掛かる。
片や水の魔法を使い、放つ。
一方の人間は飛び跳ね、躱し、殴り、弾く。
大型魔獣を相手にしても体一つで挑むのか。
本当、脳筋だな。
「ウー! ロロ! おいで!」
声をかければ、ぴたりと動きを止めてさっと引いてくるかわいい子たち。
浮いた私を支えるように頭を寄せてくる。
その頭に静かに降り立ち、感謝を込めて撫でる。
まだ警戒態勢のこの子たちは、視線を強者からずらさない。
この場の人間ではただ一人、地に立っている強者。
汗なのか汚れなのかを太い腕で拭う。
眉根を寄せた顔は楽しさか、疲労か、私が相手をしなかったからか、歪んでいるようにも見える。
「ペットに頼るのは終いか? 今度はどうするか決めたか?」
「はい。オシマイです。この試合も」
「ほう。やってみろ」
強者なりの自信なのだろう。
腕を組み、仁王立ちで私のやることを待っている。
ではお言葉に甘えよう。
髪の毛を一本……二本かな。
一生の魔力を二本分、拝借。
「後から文句は言わないでくださいね」
「無論だ。強者はすべてを受け入れる」
「では確認を。この勝負の勝敗は?」
「どちらかが戦闘不能になるまでだ!!」
「つまり、攻撃が通らなければいいんですよね?」
返答を待たず、魔法を発動する。
闇属性魔法 ≪亡者の
無属性魔法 ≪放り込まれた
結界系の魔法。
拘束とは違うけど、行動制限できる。
≪亡者の懐抱≫は物理攻撃の衝撃を吸収する。
逆のものに当たるのが、以前アオイさんが使ってくれた光属性魔法≪女神の抱擁≫は物理攻撃を弾くがの。
ただし魔法攻撃には弱いので、そこは≪玩具箱≫で対応。二重構造。
スグサさんの髪は魔力が込められているし、それぞれ一人分の一生分の魔力が込められている。
強度は込められるだけ込めた。
そう簡単には破られない。
といっても魔力の消費は強度の分早くなるから、持って一週間かな。
この二つの魔法は外側からの攻撃からは弱い。
だから会場の人たちが目を覚まして、一斉に攻撃すれば何回かやってれば解放されるだろう。
つまりは私がいなくてもビー・フォーさんは解放される。
人を殺さない魔法なら、どうとでもなる。
外にいる私からは中の音は聞こえず、また衝撃も伝わってこない。
真っ白の中にマーブルというか、靄のような黒い模様ができており、同時発動が成功している。
これは『戦闘不能』にあたるのではないだろうか。
―― ぱっとしない戦い方だなあ。
「何とでもどうぞ。できることとできないことありますので」
―― なんだ? キャラ変わったか?
「……そうですね。少し、吹っ切れたのかな」
―― はっ。何が吹っ切れたんだかな。
今まで周りの人に色々気を遣っていたけど、なんかもう、どうでもよくなったなあ。
あと疲れた。
「ふぅー」
「……すー?」
「だいじょうぶ?」
「うん。大丈夫。ありがとう」
空中から降り立って、人化したウーとロロに足にしがみつかれる。
さっきまであの人とやりあっていたんだよね、この子たち。
「ごめんね。助かったよ」
「んーん」
「いーよ」
人間のような頭を撫でる。
頭を擦りつけてくる様子は猫のよう。
かわいい。
「もうこの人はこのままでいいから、行こうか」
「いーの?」
「うん。攻撃はしてこれないし、私からもしない。勝敗はもうどっちでもいい。黙らせられたからね。みんなが起きたら形式上は決めてもらおうか」
私から起こすもないし、魔法を解除して戦いを続ける気もない。
ウーとロロを石の中に戻し、一人、控室に戻る。
控室の中は誰もおらず、一人きりの空間。
最初は心細かった気もしたけど、今は、むしろ安心する。
「……つかれた」
角に座り込んで、眼を閉じた。
ねむ……。
―――――……
「お疲れさん」
今にも寝てしまいそうな……いや、ほぼほぼ寝ているもう一人の自分に声をかける。
しかし、意識下だとしても私様がこうして活動出来ているということは、弟子はまだかすかに意識がある。
起きている。
夢現、といったところか。
魔力消費はそこまででもないだろう。
最後は髪に貯めた魔力を使ったし。
だが対人戦闘というのは初めてやる奴は特に気を遣う。
それも大衆の面前だ。
自分じゃない人間だと期待され、魔法の種類や威力も期待され、見ず知らずの人間に過剰な欲を当てられる。
そりゃ、疲れるだろう。
私様もそれが嫌で、ひっそりと暮らしていたんだから。
一人で生活し、必要なものはまとめて購入。
金が必要なら単独行動できてなおかつ挑戦者がほとんどいない高レベル任務。
そしてなんかついた『最高位魔術師』の称号。
もらえるもんはもらう主義だったが、今はこいつの足枷になってるなあ。
弟子がこの世界で暮らすということはもうずっと前から決めていた。
戻っても自分の体がどうなっているのか、元の世界で自分がどういう扱いになっているか、わからないから。
それならこの世界で暮らそうと決めたのはあいつ自身だ。
だが、この他人と間違われて期待しかされない世界というのも、こいつにとっては生きにくいだろう。
それなら、正体を隠したままの方がよかったはずだ。
『ヒスイ』として生きられたら、よかったのに。
「……よく頑張った」
外の世界と同じように座り込んで眠る、小さな頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
小さく唸り声を出すも、抵抗はしない。
ああ、もうほとんど寝ているな。
そうなると、『記憶』である私様も、もう動けなくなる。
小さな弟子の横に、ごろんと寝っ転がる。
天井も壁も床もない、灰色の世界。
見渡す限りぱっとしないその色合いは、これから訪れるであろう暗雲を表しているようで。
薄気味悪い。
「この時のために、私様が残ったんだろう」
一人、呟く。
もう一人の自分からは規則正しい呼吸音が聞こえる。
言い聞かせ、覚悟を決め、眼を閉じた。
―――――……
会場では多数の観客が寝息を立て、中央広場には白と黒が混ざった箱が一つ。
穏やかなようで異様な光景を目の当たりにした二つの影が、内部に入ってくる。
向かう先は控室。
ただ一人、その部屋で身を小さくして蹲る、緑色の髪。
「間違いないですかな?」
「ええ。確かにこの方ですわ。と言っても、お顔が見えませんので、姿形は、という程度ですが」
小太りの男性と、髪を束ねた女性が、寝息を立てる『ヒスイ』の様子を窺う。
両足を折りたたんで両腕を組み、額を付けて髪がカーテンのように垂れ下がっている。
顔は見えず、確証はないはずだが、女は確信を持つ。
「半年程度でしたが、この方のお姿はずっと見てきましたのよ。ずっと、ずーっとです。それこそ目に焼き付けましたわ。貴方のことは、絶対に逃さないと」
「それはそれは、『愛』ですね」
「ええ。『愛』ですわ。これはわたくしからの『愛』。たとえ受け入れてくださらなくても、わたくしの『愛』で包み込んで差し上げますわ。そしてこの『愛』と相応の返しをしていただくんですの」
頬を染め、うっとりと片手を頬に当てる。
何かに酔ったような表情、瞳には黒い何かが渦巻いている。
「さて。お喋りはこれぐらいにしましょう。この方が皆を眠らせてくれて都合がいいとはいえ、時間の問題ですぞ」
「そうですわね。わたくしも、席に戻らなければなりませんもの」
「では、失敬」
男は『ヒスイ』に手を翳す。
「≪回想の香≫」
呟かれた言葉はもう何度も聞いた、眠りの魔法。
すでに眠っている『ヒスイ』に変化はないが、眠りに眠りを重ねたことで、より深い眠りへと落ちていく。
見た目はからはわからないものの、ほぼ確実にかかっただろうというぐらい長く、魔法を浴びせ続けた。
「ではみなさん、優しくお願いします」
女が声をかければ、虚ろな目をした数人が控室に入ってくる。
ふらふらとした足取りだが、着実に『ヒスイ』に向かう。
それらに囲まれた『ヒスイ』は、無抵抗のまま、担ぎ上げられる。
「あちらへ」
女が、手に持つベルを鳴らす。
高く澄み渡った音が、虚ろな目の人間たちの鼓膜を刺激する。
具体的に何を言われたわけではないのに、みな揃って同じ方向へ進んでいく。
「本当に便利なものですな」
「ええ。これがあったからこそ、わたくしはわたくしの願いのため、奔走することができるのです」
それはもう、大事そうに。
ベルを撫でる手はどこまでも優しげだった。
「では、行きましょう」
「はい」
二人は部屋を後にする。
客が入っている闘技場とは思えない程静かなその場所は、誰にも知られないまま、注目の人物を連れ去って行った。