【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
人の声も影もない静かな場所に導かれる。
研究に必要な部屋なのだろうが、どうにも人気がなさすぎる。
物がぞんざいに置かれ整理がなっていない。
まるで使わなくなったものを適当に置いているような。
「……ん」
あ、喋っちった。
≪目移らせ≫の効果が切れた。
辺りを見回しながら歩いていると、魔力を感じた。
人間……にしてはなにやら異質だ。
何とも言い表せないが、普通ではない。
何かを混ぜたような、歪な感じ。
普通の人間の魔力ならば対応できたが、そうではなかったので気になってしまった。
バラファイを見れば壁に留まっている。
待ちの姿勢。
なんて物わかりの良い奴だ。
一人爪先の向きを変える。
魔力のする方へ。
整っていないからこそわかりやすい。
人気がないからこそ、少しの魔力でも明確に察する。
ゴミ山の間をすり抜けて、たどり着いた先は一つの麻袋。
決して小さくはないそれは魔力を発している。
そして、微かに動いている。
周囲に何も気配がなことを確認して、開ける。
空け口から見えたのは、この建物に来てから何度も見る白。の、毛。
そして耳。
中を覗き込めば顔がある。
たぶん男。
頬がコケてる。
意識はない。
そして何より、透けてる。
なんか……見覚えが……。
―― ……え?
「ん? どうした」
―― ちょ、ちょっと、顔を見せてください。
珍しく慌てたような弟子の声。
≪嘘つきな鏡≫を使っていたら表情が変わっていたかもしれないと思うほど、声に感情が乗っている。
何か思い当たることがあるのだろうか。
その答えを得たいがために、袋に詰められた奴の顔を見る。
―― うそ……。
「知り合いか?」
―― ……お城、の。機能訓練に来ていた、負傷兵の、ルタさんです……。
ルタ。
と言えば。
家から姿を消して、王子サマが探していると言った奴か。
見た目にけがはないものの『心の怪我』だとかを患っているという。
それが、こいつか。
―― なんで、こんなところに……。
「さあてな。まあ、碌な理由ではないだろうさ。こんな姿だし」
ルタという奴はただの人間だった。
いや、人間でしかない。
死んだ奴が生き還って普通に生活しているなんてことは、現状はまだ行われていない。
それは王子サマたちを見ればわかる。
出なければどんな可能性があるのか。
この獣の耳が物語っている。
頭から生えている耳。
これは人間ではありえない三角形。
それも頭。
目の上方に生えたもの。
人間ならばあるはずの所には……ない。
耳の形が違うだけで人間と呼ぶかそうでないかは、判断する奴次第だろうか。
別に耳の形が違ったところで人間を定義するわけでもない。
耳があっても聞こえない、それでも人間だ。
では、耳という機能が備わっているが形が違う。
それは人間か?
……こいつがどう思うか。それに合わせるか。
≪虚空≫
麻袋から出して収納する。
普通に運ぶには重いし、怠いし、面倒だし。
この中は息できるからいいだろう。
―― 連れて行ってくれるんですか?
「んぁ? ああ、そうだな。一応息はあるし、ここがやっている研究についても何か知れるかもしれん」
瀕死なようだが、死んだらそこまで。
一応生きているなら連れて行ってやる。
コイツを調べれば、ここで何が行われていたのかおおよその察しが付く。
研究結果が一番の研究資料だ。
≪虚空≫の中に入れて行けば重くないし、怠くないし、面倒くさくない。
うん。
一応周囲を見ると、同じような麻袋が何十個もあるのがすぐにわかる。
大小あるが、魔力を感じるものはない。
中身は見ないでおく。
同じ袋がこうもまとまっておいてあると、同じようなモノが入っているだろうと考えてしまう。
それなのに魔力を感じないということは……そういうことだ。
空になった麻袋の中身に魔法で作った人形を詰め込む。
魔法の名前は≪一人遊びの優れた相手≫。
人形を作り出すだけの魔法だが、今みたいに木偶を詰めるだけなら有用。
髪の毛を媒体にしたから私の手を離れても魔力がある限りは残る。
「いいな。行くぞ」
―― はい。ありがとうございます。
なんの礼だか。
≪目移らせ≫を使って、手ぶらで元の場所に戻る。
暇なのかふわふわと自由飛行をしていたバラファイは、私様を見つけると一直線に跳んできて、顔に纏わり付いてきた。
本気で止めろ。
鱗粉でくしゃみが出そうだ。
それを言うこともくしゃみをすることもできないことを分かっての仕打ちだろう。
待ちくたびれたことによる抗議だろう。
しょーがねーじゃん、と顔を思いっきり顰めてやった。
あいつ、あとで覚えてろよ。
怒り任せに羽を動かし、先へ進んでいく。
入り組んだ先にあるのは、『業者用出入口』と書かれた大小の扉。
例の如く、扉の横のスイッチに魔力を流すことで、開閉される仕組みの様。
幸い、今は誰もいない。
バラファイが魔力を流し、小さいほうの扉が開かれる。
素早く外に出た。
見渡す限りの緑色の草原。
後ろを向けばどっかの城ばりにでかく、入り組んだ建物。
土地の中央、かつ一番高い塔には立派な鐘がついている。
ご丁寧に時計もある。この明るさと時計の時間は……ふむ。昼か。
……ん? 昼?
―― ……どれくらい、寝てしまってたんでしょうか……。
……さあてなあ。一日以上は経ってるかもしれんな。
試合開始が昼だったのだからなあ。まさか当日ということはないだろう。
さすがに国境を越えたからと言って「明るい時が夜です」ということはないだろう。
ここは確かに外なのだろうし、となれば日付が変わったとしか考えられない。
一応、私様が幻を見せられていることを考慮するか。
首元の灰色の石を握る。
ぐにゃりと形を変え、細い針に。
生前使っていた頃にはなかった鈴の音を聞きながら、空に向けて針を突き出す。
…………。
うん。何もなし。
幻ならば全体に魔力が漂っているはずなのだが、針で吸収しようにも使われただけの魔力は吸い上げられない。
今吸えたのは自然に流れてきたものだろう。
幻ではないことが裏付けされたところで、もう移動しよう。
いつまでも得体のしれない場所にいるのはよろしくない。
……とは思うものの。
こんな見晴らしの良い所では≪目移らせ≫を切れたものじゃない。
いや、隠したままを維持するのは良いのだが、移動のための手段を見せたくない。
つーか。
ここどこよ。
風の魔法で宙に浮いてみる。
このでっかい城みたいな建造物を中心に、辺りは一面草原が広がっている。
というより、高原に囲まれた窪みに建物がある、みたいなもんか。
つまりなんだ、この建物だけで『レルギオ』という国を名乗っているのか。
いろんな考えがあるもんだなあ。
それは置いといて、では高い所の向こうはどうなのかと。
高原のてっぺんまでは緩やかな坂になっていて、飛んで行くのは苦ではないが時間がかかりそう。
そしてそのあたりにも身を隠せそうな場所はなく、果たして飛んだところで時間の無駄にならないか。
無駄は嫌いだ。
―― あの、スグサさん。
なんだ。
―― ここがレルギオなら、フローレンタムの方に行けば、遠足で行ったリーオンという場所が近くにあると思うんです。
んー、あー……あ、あれか。鳥と蜘蛛退治したとこ。
―― はい。そこなら森がありましたし、もっと言えば落とし穴もありましたし。
あれはスパデューダの巣だけどな。
まあいい。
そこがいいだろう。
となるとどっちだ。
せめて日が沈んでいれば方向が分かったんだがなあ。
少し面倒だ。
と考えながら、一直線に空高く飛ぶ。
風圧を受けて髪は抜けそうだわ、顔の皮膚は伸びるわ、目が乾くわ。
国全体が見下ろせる場所まで登ってきた。
この世界の三国を見下ろす。
なんとなくの雰囲気で、どれがどの国かを決める。
一先ず、足元にある一番規模のしょぼいのがレルギオ。
高い建物が少なく、むしろ広い建物が複数ある国がアーマタス。
城一つが特別大きく、他が細々した国がフローレンタム。
フローレンタムの方に歩いて行けば、リーオンにつくだろう。
よしっ!
あたりを付けて急降下。
一応向きだけ間違わないようにそっちを向いて、自然に任せて降りる。
いや、落ちる。
変な場所に監禁されて、脱出して、自由になったからだろうか。
とても気持ちがいい。
髪がバサバサと音を立てる。
服もバタバタする。
頭ん中で弟子が何か叫んでる。
―― おおお落ちてるっ、危ないですよっ、ねぇっ。
わーってるって。大丈夫だから。
私様がそんなミスすると思ってんのかよ。
あ、そうだ。
ついでにこれも破壊してしまおう。
これから行く場所は秘密の場所だ。
信用できない奴は絶対に立ち入らせない。
腕輪を跡形もなく粉々に。
上空から霧散したらどうなるかな。
憎き建物が視界に入ったところで、風の魔法を再度使用。
体全体を受け止め、速度を落としながら地面にふわりと降り立った。
まるで何事もなかったかのように、髪や服は乱れを知らない。
よし。あっちだな。
行くべき方を向いて、せっかくだから歩いて行こう。
どれくらいかかるか知らんが、ひとまず高い部分を超えるまでは、派手な動きはせずにいる。
その間に後ろの建物が騒がしくなったら急ぐが。
―――――……
「よし。もういいだろ」
国境がどこかはわからなかったが、登って降りてしばらく経った。
ここはアーマタスのように明確に区切られていないようなので、妨害は受けなかった。
ちなみに建物からの追手もいなかった。
高い位置から見下ろして、なんとなくの雰囲気でリーオンらしき地域の森を見つけた。
終始
魔力の消費もどうってことない。
丸一日かけて無事森の中に着いて、日陰で一休み。
スパデューダの住処の跡があるかと思ったが消されていた。
不自然な個所がいくつかあったので、それがそうだろう。
ピーチの声がいたる所から聞こえる。
また増えたのか。
日の位置が高い。
昼頃かな。
腹減った。
「じゃ、行くか」
今まで歩いてた奴の言うセリフではない。
肩に留まって楽してた虫は意気揚々と飛び、跳ね上がる。
こいつも行きたくても行けなかった場所だから、念願の、と言った心持だろうか。
ウーとロロも久々だろうし、起こすか。
あいつら寝てたし、久々という感覚もそこまでないかもしれないな。
―― あの。
「なんだ?」
―― どこに行くんですか?
「イイトコ。大人しくついてきな」
私様が行く時点で弟子は強制的だがな。
まさか、弟子と得体のしれない奴と、幻の生き物が来ることになるとは……。
客なんていつぶりだ?
初か?
≪虚空≫に手を伸ばし、透けた鍵を探る。
肘を曲げて取り出し、肘を伸ばして突き刺す。
ぐるっと回せばがちゃりと開錠。
透けた鍵は形を変え、透けた扉が姿を現し、境界線をなぞるようにして開かれた。
「ようこそ、我が館へ」