【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
さて。
さっきの部屋の前にはいくつか気配があった。
あの部屋から離れるにはそれまでの状況を説明する必要があるだろうから、まあしばらくは時間がかかるだろう。
余計な手間は御免だね。
ということで早々に退散したわけだが。
今いるのはヒスイが与えられた部屋。
ど真ん中にローテーブルと囲うようにソファーが五人分。
少し離れた位置に椅子と机のセット。
これから来る四人もあわせると……一人分の部屋としては少し広いだろうが、計七人はさすがに狭く感じるか?
……ウーとロロは話し合いには参加しないだろう。
「ウー、ロロ」
「ん」
「ほれ。寝てな」
ソファーに置いてあったクッションを人型になった二人それぞれに渡す。
子どもだし、もう暴れる様子のないし、むしろ暴れたせいか眠そうだし。
けど。
二人ともクッションをじっと見つめて動こうとしない。
「……すー」
「ん?」
「いる?」
二人して、眠そうで不安そうな目を見上げてくる。
「寝て起きても、ここにいるか」という問いだとはすぐ理解した。
そもそもこいつらが寝てたのは私様が死んだからだ。
二人の首に下げられてる石には私様の魔法が込められている。
普通のウロロスは、一定の温度以下になると凍ってしまう特性がある。
こいつらの場合はさらに、暑い時期になると溶けてしまう。
生前、常時行動できるよう私様の魔法を込めた石を渡した。
私様が死んで、石への魔力の配給が途絶えてしまった。
保管庫は冷えていて、凍る特性に反応するほどの温度ではなかったものの、眠りについていた。
私様が死んだ時は、二人はどうしてたっけな。
寝て起きたら私様が死んだって聞いたんだよな。
「……ああ、いる。むしろ私様が起こしてやるよ」
「ほんと?」
「本当だ。ただし起こされ方に文句は言うなよ?」
満足げに笑って、二人はクッションを持って机の下に潜り込む。
寝るときは死角に入って、というのは動物的本能か。
さてさて。
部屋に一人となった私様は、ソファーに深く腰掛ける。
足を組んで腕も組んで、目を閉じる。
寝るわけじゃない。
意識下に入る。
―――――……
「よう」
「あっ、こ、こんにちは……?」
私様と同じ顔、同じ背、同じ髪と目。
私様の姿をしたヒスイと、顔を合わせて話すのはこれが初めてだ。
何もない、灰色の世界。
地平線も水平線も見えない、ひたすらに灰色が見渡す限りに広がっている。
床、という感覚はなく、浮いているようだ。
現実の物理法則はここでは意味をなさない。
「あ、あの……」
「ん? なんだ」
「……スグサ・ロッドさん、なんですよね?」
え。
そこか。
「そうだが?」
「……でしたら」
「うん」
「すみませんでした」
は?
「なぜ謝る」
謝られるようなことされた覚えはないがなあ。
体を共有しているし、感覚もほぼほぼ共有している。
だからこそ、謝られる覚えはない。
むしろ体の自由を勝手に奪ったのは私様なんだから、一言ぐらい文句を言われても可笑しくはないとは思っているが。
「あなたの、体を……無断で使わせてもらってて」
……ああ。そういう。
「お前が謝ることではないだろう。それとも、使うなと言ったら止められるのか?」
「……いえ……」
「だろう。自分に非がないことを謝るな。どちらかというと、謝るのは私様のほうだ」
「スグサさんが、謝る? 私にですか?」
「自分に非があるならば私様でも謝るさ」
「なぜ……私に?」
「私様は、この実験を知っていたからな」
『英雄の力の再現』
この研究を初めて知ったのは、生前の、私様も自分の研究の真っ最中だ。
―――――……
「『英雄の力の再現』ねえ……」
「ああそうだ。かの英雄たちを生き返らせて、この国をより豊かにする。協力してくれないか?」
突然私様の家に訪ねてきた、みすぼらしい白衣を着た研究員。
研究という仕事柄、風呂や食事に関しては適当になるものも多い。
時間との戦いという理由もるが、それらは別に一回抜いたぐらいじゃ死なないし。
他人と会うことも少ないし、他人を気にすることはない。
同じ狢のなんとやら、私様も他人と会うことは少ない。
だから相手の格好なんて気にしない。
だが私は風呂は好きだし、食事は私だけじゃないので摂らないことはない。
珍しく家のベルが鳴って、あれ、この音なんだっけ、って思ったぐらい。
外は雨で、研究の話がしたいというのでとりあえず家に入れた。
研究の結果が出るまでの時間もあったし、次の段階に進む前だったので、暇潰しに話を聞こうと思ったのだが。
中身を聞いて後悔。大後悔。
「貴方がいれば、この研究は何年分も早く進むことだろう」
「断る」
「なっ!? なぜだ!」
こいつは本当に研究員か。
自分の研究以外に時間を割くつもりなんてない。
「この研究が進めば、人間も魔法も、さらに進化することができる! それだけではない。一度死んだ人間を蘇らせるということは、世界中の人間さえも救うんだぞ! 辛い人生を送った、治らないケガや病気を抱えた、愛する人を事故で亡くして打ちひしがれている人間を救える! 治癒魔法が存在せず絶望している人たちを『救う』ことができる! そのことに気づかない貴方ではないだろう!」
「うるせーなあ」
興奮して話し声がでかくなって耳障りだ。
なぜ研究の時間を削ってまでこいつの話を聞いているんだと再度後悔した。
「その研究に魅力を感じない。それだけだ」
「みりょくを、かんじない……? 本当に貴方はスグサ・ロッドか?」
「は? 何が言いたい」
「スグサ・ロッドともあろう方が! 人間や魔法の進化に関心がないと!?」
「いや、そうじゃねえ。『進化』や『不死』や『蘇生』に興味がない。それよりも私様は私様が知りたいと思ったことについて思索に耽るだけだ」
「そんな……」
「つーか、私様が研究に関わって、あんたたちがいる意味あると思ってんの?」
有象無象の研究員が何人だけ集まったところで私の足枷にしかならない。
そんなこと言わずともわかっているだろう。
その証拠に、研究員は顔を真っ赤にして、歯を食いしばっている。
「人類の進化に興味がないなんて……私の知るスグサ・ロッドではない!」
「あーあーもういいよそれで。人違いでしたねご愁傷サマー」
何をどう解釈したらそうなるんだ。
私様の興味は『未知』だっての。
研究者がみんな、『進化』や『不死』や『蘇生』だのを目指しているとは思わないでほしいな。
「っ……この話はなかったことにしてもらおう!」
「あーそうしてくれ。お気を付けてお帰りくださーい」
荒々しい所作で座っていたソファーから立ち上がり。
粗暴な所作で帰っていった。
「……研究員のくせに、思い込みは激しいし感情の起伏が激しすぎる。あいつじゃそんな研究はダメだな」
しかし、研究内容としてはただの研究員ができる規模じゃなさそうだ。
本当にその研究が行われているとしたら。
「……やだねえ」
考えて、想像して、嫌気がさした。
引っ越すかなあ。
検討しよう。
ああでも、研究が行われても行われなくても、やっておくことがあるな。
―――――……
というのを、ヒスイに語った。
ほおーと言ったような顔。驚嘆と納得。
「ま、ということで。研究についても知っている。と言っても、何年も前の話だろうし、研究や計画の内容も変更があるかもしれないが」
「そうだったんですね」
「だから、研究の概要を知っていた私様なら、その研究を止めるまでいかずとも、邪魔立てやもっと別の方法を提案することもできた可能性がある」
止めることもできただろうが、それは武力行使になっていただろう。
今考えればそれでも構わないが、それは今の『ヒスイ』という研究結果を知ったから、止めるという選択肢が出てきただけで。
当時の私様からしたら本当に他人事だった。
「……それは、スグサさんに非はありません」
「そうか? 概要には召喚も人間の魂を使うことも書いてあったとしてもか?」
「そうですね。だって、スグサさんは参加してないですし」
……参加してなきゃ、いいのか?
「参加してない人を恨むほど、私は見境なしではないですよ」
表情は、超真顔。
しいて言えば、やや悲愴。
私様が言って良いことではないと思うが、表情がない様はまさに『人形』のようだ。
まあでも、言葉の裏を返せば、参加した奴への恨みはある、と。
感情がないわけではないし、被害者なんだから当然だが。
恨みでも感情があれば幾分人間らしい。
「私も、聞いていいですか?」
「ん、おお」
もういいのかと、少々拍子抜け。
この世界に連れてこられたことはもう受け止めているのか。
そういえば記憶もないんだったか。
記憶があれば、また違ったんだろうか。