【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
扉を開けるとそこは…………森でした。
森から森へ、移動していないようで移動した。
その魔法の扉は、一度使用すると消える。
透けた扉は透けた鍵に変わった。
周囲の森の中に、高い塀に囲まれた古い建物がそびえ立つ。
三階建ての私様の家兼研究所。
壁は蔓科の植物が巻き付いているが、建物としては大丈夫……だと思う。
―― スグサさんのお家、ですか。
「ああ。ここに客人を運ぶのは初めてだな」
―― え、一度もないんですか?
「ない。そもそも入れたくない。私様の研究のすべてが詰まってるし」
私様にとっては家と言うよりも研究所だし、なんだったら金庫だ。
私様のすべてが詰まっている。
外門を触る。
手入れもされなさ過ぎて錆だらけ。
魔法を放てば簡単に壊れてしまうだろう。
外門の鍵は私様の魔力。
流せば、ギギギギギと耳障りな音を立て、自然と開く。
と、その時。
森の奥から草を擦る音が、猛スピードで迫ってくる。
「来たか」
アアアアアアアアッ!!!!
人間の叫びではない、甲高い声というか音を喚き散らしながら、太くて長い二つ頭と、計六つの目の魔獣が涎を振りまきながら体を大きく持ち上げる。
大きく見せるという典型的な威嚇行為。
よし、ちゃんと仕事してるな。
偉い偉い。
「警戒ご苦労」
一声かけてやれば、威嚇の声はぴたりと止まる。
涎も止めてほしい所だが、口は大きく開いたまま。
だらだらと垂れ続けている。
その魔獣。
ウロロスは、私様の家をずっと守っている。
―― ウロロス……え、なんで……。
「ここ、お前も来たことあるぞ」
―― ウロロスがいるところって、吹雪の中で来た所ですか?
「そうそう。お前が相手したうちの一匹かもな」
あれは、弟子がこの世界に来て、かつ学校に入る前だったか。
ベローズに面倒ごとを押し付けられて、転移させられた奴。
弟子の初実戦。
懐かしいなあ。
警備に駆け付けたウロロスを見上げる。
なめるように見つめてくるそれぞれの目としっかり目を合わせれば、表情というのか、警戒心が薄れていくのがわかる。
そして、目を細め、顔をすり寄せてきた。
「元気してたか? 少し中にいるから、他の奴らにもよろしく」
両手で二つの頭を撫でてやれば、眼を閉じて笛のような音を出す。
そしてゆったりとした動きで身を
そして私様も向きを変え、館の方へ進む。
上から輝く鱗粉が落ちてきた。
「あれ、お前どこ行ってたんだよ」
にやっと笑いながら聞く。
怒ったようにバタバタと羽を忙しなく動かし、鱗粉を顔周りに巻き散らす。
涎といい粉といい、お前らは何なんだ。
バラファイはウロロスが苦手だ。
なぜなら食われるから。
駆け付けた奴に反応して、上空へ避難していたのだろう。
まあもしくは勢いで飛ばされたのかもしれないが。
もはや定位置になってきた肩に留まり、羽を休める。
重く感じるのは気のせいか?
なんとなく息を吐いて、ようやく扉の前までこれた。
ここも開け方は一緒。
魔力を流して開錠する。
同じやり方なので不用心かもしれないが、そもそも流す魔力量が違う。
鍵を開けるだけで
まず魔法慣れしたやつでできて三発だ。
魔術師団長の赤髪だとしても五・六発ぐらいかな。
まあつまりは『桁違い』なんだ。
「ただいまー」
ちなみに誰もいない。
つーか埃っぽい。
まあそうか。
単純に七十年は帰ってないからな。
とりあえず、しばらくはここを拠点としよう。
正面にでかい階段。
二階や三階は左右に広がっていくつかの部屋がある。
一階は基本、私様の研究のための環境だ。
必要なものは大体残してある、と思う。
部屋もあるから生活にも困らない。
いや、食事やそれらは用意しなきゃか。
ふわっ、と。
肩から鱗粉を振りまき、高く高く、高く上がって、発光。
変形する。
「スグサっ!」
人の形になったそいつは、吹き抜けで三階の高さから諸手を広げて落ちてきた。
私のほっそい腕だけで支えられるはずもないので、風の魔法も使って受け止める。
「おまっ、ばかやろ!!」
「えへっ、嬉しくてーっ」
重。
苦しい。
首に抱き着いてくるもんだから、横抱きの状態から腕を抜けない。
―― え、と……?
「んあー、こいつ、さっきまでのバラファイ」
「あらスグサ。
「お前が空気読まずに抱き着いてきたんだろーが。いい加減立て。重い」
「あぁぁあんっ! その冷たさ! 変わってないわぁ! 嬉しいいぃぃぃい!!」
「だあぁああから!! 苦しい!! 離れろ!!」
離れろって言ってるのにくっついてくる奴があるか!!
強引に引き離すもこいつは諦めない。
纏わりついてうっとうしい。
いつまで
何度かやりあった結果。
最終手段をとった。
「ウー! ロロ!」
首元の石が光って、床に目掛けて光が伸びる。
「はーい!」
「わーい!」
「ひゃぁああ!?」
「んー? あれー?」
「しーだー!」
あー、ようやく解放された。
「しー」と呼ばれたこの女。バラファイの姿を持つ、シクという昔馴染みだ。
「スグサのばかぁ!」
「うるせー。お前が離れないからだ」
「感動の再会よ!? もっと優しくしてくれてもいいじゃない!
天井付近でギャーギャー言ってる。
何で家ん中でこんなに叫ばなきゃならんのだ。
ほっとこ。
ため息を吐いて、子ども二人と手をつないで一先ずは座れるところに行こう。
食堂でいいか。
「あっ、待ってよ!」
一階の食堂の扉を開ければまあ埃っぽい。
椅子はボロボロ。
テーブルもカビかみたいなものが生えている。
使えはするかもしれないが使いたくはない。
家の耐久性がどれほどのもんかしらんが、住める状態になっているだけで良いほうなのか?
とりあえず掃除が必要か。
ここで一つ、指を鳴らす。
≪在りし日に戻りて≫
私様を中心にして波状に効果が表れる。
それは私様が住んでいた記憶をもとに、ものの状態を戻す魔法。
いなかったうちに溜まった埃やゴミが全て取り払われる。
物品を新しく用意することもなく、快適に住める空間へと様変わり。
館全体を魔法の範囲にしたから、外の塀までは一新されていることだろう。
しばらくはここに住める。
「……ああ、アイツをどうにかしなきゃな」
すっかり忘れていたが、怪我人がいたんだった。
食堂に来たばっかだが、二階の一室へ移動。
ウーとロロも、シクも着いてきた。
待ってればいいのに。
この館はとある貴族の館を参考に再現したもの。
そこは使用人が本館に住み込みだったため、二階には個室がいくつかある。
そのうちの一つのベッドの前で、≪虚空≫から麻袋に入れられていた奴を取り出して寝かす。
「だれー?」
「知らん」
本当に知らん。
弟子はこいつを「ルタ」と呼んだが、本当にそうかの確認は済んでいない。
浅い呼吸を繰り返し、苦痛に顔を歪ませる。
見た目は怪我らしきものはなく、流血すらない。
ではなぜこんなに苦しそうなのか。
「あら。それ、混ざりモノね」
「だな」
混ざりモノ。
文字通り、何かと何かが混ざった者で、物で、モノ。
こいつは見た目が人間のくせにこの獣の耳だ。
混ざっているのはすぐにわかる。
ここで問題なのが、弟子が知っている人間の顔で、混ざりモノだということ。
「ルタ」という人物がもともと混ざりモノ、という線もあるが、まあまさかそんなことはない。
耳を隠していたわけでもなし。
そもそも、透けていなかったし。
見た目は見紛うことなく人間だったのだ。
魔法を使っていたとしても、私様を騙せるほどの魔法の使い手でもあるまい。
そもそも混ざりモノが存在すること自体、有り得ないはずなのだ。
この世界に魔獣と人間が混ざった生き物は居ないとされているのだから。
「見れば見るほど、異様な体だ。混ぜられたのは……おそらくはキャスト」
「ひっ」
耳の形と透けた体から考えるとキャストだ。
獣型なので、昆虫型のシクは苦手な相手。
さっきと同じように部屋の天井まで飛び上ったし。
「弟子はキャストって知ってるか?」
―― 見たことはあります。猫と幽霊を掛け合わせたような。
「ねこ、というのは知らんが、まあ幽霊だな」
キャストは幽霊のように体を透かしている生き物。
実際、物理攻撃はほとんど効かず、討伐対象としては厄介者扱いされている。
コイツの特徴は魂を複数持っていること。
だから魔法主体で攻撃しても一撃死とはならず、何度か復活する。
そういう意味でも厄介者ではある。
といっても、そこまで悪さをする奴ではないけどな。
ただ廃墟に住み着いたり、ただただ怖いとかそういうだけなんだが。
「毒を持った奴でもない。傷があるわけでもない。病か?」
見た目の変化が透けている以外は特にないならば、外見ではわからないことが起こっているのだろう。
≪透視≫で見てみるか。
「……体の内部も特に問題はない。が、魔力の流れが乱れてるな」
「なんでー?」
「知らん」
魔力が乱れるということは、体に何か不調が起こっているということ。
しかし怪我でも病気でもない。
もしこれが混ぜられたことによる代償だと言うならば、もう手の施しようはないのだが。
「シク」
「へっ」
「お前から見てどうだ?」
「な、なんで
「お前なら見えるだろ、魂」
バラファイは死者を食らう。
体を食らい、残った魂をあの世へ導くとされる魔獣だ。
魂を見ることができないと務まらない特性。
「そこからでいいから。教えてくれ」
「っ! っとに、卑怯よっ……」
顔を赤らめながら睨まれた。
以前言われたな。「スグサはほとんど頼みごとをしてこないから、いざ頼まれると全身全霊で応えたくなる」って。
まあ、大体のことはできるしな。
別に意図したわけではないし、今回はシクが適任だったから頼んだだけなんだが。
睨みつける目は、私様の後ろで横たわる混ざりモノに移る。
「……そうね。たしかに、魂の数は異様に多いわ」
「少ない、じゃなく多いのか」
「ぱっと見でも三十はあるわ。キャストって一体につき九つの魂だったでしょ。多すぎよ」
確かに三十は多い。
多すぎて調子悪いのか?
なら、減らせばいいのか。
「シク、試しに一つ抜いてくれ」
「一つでいいの?」
「ああ」
「じゃあ手を握ってて」
「なんで」
「いいから!」
意味わからん。
天井に向けて手を伸ばす。
手を取ったシクが、重さを感じさせないまま体を寄せてきた。
握るどころかもう抱えてしまった方が楽なほどに近づいてきて、結果、抱きかかえることに。
満足げに笑い、開いている手を翳した。
「……アッ、ッグ」