【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
今あるこの体と全く同じ個体。
コポコポと水の中で空気が発生する音がする中に眠るそれは、生きているのかどうなのかはわからない。
ただ目に見えるそれは、レルギオで私様が≪身削がれ≫で作ったそれと全く同じ。
青い髪。
閉じられた瞼の中の瞳は金色だ。
つまり、生前の私様。
違和感を感じるだろうが、私様はそっちが正しい。
今の緑の髪と赤い目の方が本当ならおかしいんだ。
まあ、これはいいように実験に使われた結果なのだろうけど。
「今から私様と弟子を二人に分ける。本当の双子のようなものになる。髪色とかは違うままでいこう。見分けがつくようにな」
―― ……あの。目の前のスグサさんの体は、本物、なんですか?
「……そうだなあ。人間という定義による」
少し面倒くさい話になるが、不信なまま実行するよりかは説明すべきだろう。
となると、私様の研究や
……え、面倒だな。
「長い話になるが、説明してやろう。シク」
「はぁい」
「お前、この鍵を王子サマに届けてくれ」
「えぇ!? なんで
「説明している間、お前暇だろ。お前にしか頼めねぇし」
「あ……いや……う、ううぅぅぅぅ……!!」
家に来る時に使った鍵の複製を差し出す。
私様の頼みは断れない。
それがシクの性。
思い出してからは有効に使って行こうと思う。
といっても、こういう時ぐらいしか頼まないだろうが。
「私様は弟子に話をするし、『ルタ』が目覚め次第様子を見たい。ウーとロロに任せるわけにもいかない。お前ならこっそり王子サマに近づけるだろ」
文句というか、何か言いたいのだろう。
口をパクパクと動かし、しかし音はない。
言っていることは理解できるが、という葛藤が伝わってくる。
おずおずと鍵の下に手が差し出された。
微かに震える手に乗せ、少しの間だけ、重ねる。
「っ!」
「ありがとな」
「……っぅ」
私様を射抜く目は、涙で濡れていた。
いっぱいに貯めた水分を零さないように、見せないように勢いよく背中を向ける。
そして黙ったまま、鱗粉を巻き散らすバラファイとなって、飛んで行った。
―― ……なんで、泣いてたんでしょうか。
「……生きてる頃、私様はほとんどこういう頼みをしてこなかったからなあ。あいつは「なんでも言って」と言っていたが」
―― 何でもできてしまうスグサさんらしいとは思いますが……。
こちらも納得は言っていないようだが、言葉を詰まらせる。
まあ、アイツにも思うところはあるんだろう。
すべてを言わなくても、長年一緒にいた相手だし、私様の考えは察しが付くところがあるのだろう、と思う。
私様はもうすでに死んでいる。
ただそれだけの事。
しかし、それが全て。
「あいつが返ってくる頃には話し終えたいな」
目の前の自分の体を肴に、というのは経験がないが、今回ばかりはしょうがない。
あった方が話をしやすいということでもないが、移動したところで何があるわけでもないので。
そこら辺にある、手頃な高さの台に腰掛ける。
さて、どう話だそうか。
「まずはそうだな。私様がしていた研究についてか」
―― そういえば、聞いてもはぐらかされていましたね。
「そうだな。結果の出ていない研究については口外しない主義なんだ」
それはつまり、なしえなかった研究ということ。
天才と自称し豪語する私様でもできなかった研究だ。
今までの私様は、魔法に関わることなら何でもできていた。
しかし、治癒魔法についてだけは、できなかった。
「あんまり公言していなかったんだが、私様は晩年まで治癒魔法について研究していてな。結果は……残っていないことから察してもらいたいが、確立には至らなかった」
相槌はない。
聞いていないわけではないだろう。
弟子はきっと、私様の切りのいいところまで黙って聞いているつもりだろう。
それならそれでいい。
「この世界では魔法に頼りすぎている。だから魔法でできないこと、それは諦めるべき、なんだったら神が定めた運命だとか抜かしている奴がいた」
魔法に頼ることは悪ではないだろう。
私様だって思う存分魔法を使っているし。
それでも、魔法でダメならほかの手段を考えるべきだと思っての研究。
治癒魔法について研究していたのは、それ自体がないならなぜダメなのかを知りたかったからだ。
「治癒魔法を確立するといっても、どういう構成で、実際に治癒しているかを確かめなければならない。そもそも何をどう治癒させるのかも知らなければならない。そうなると、研究する私様の他に、実験体となる人間が必要だった」
―― 実験体……。
「そこで目を付けたのが、鏡だ」
鏡に映る、私様。
「実験体なんてもの、喜んでなる奴はほとんどいないだろう。というか、喜んでなる奴を信用しないし、信用するつもりのない奴に、私の研究に関わってほしくはなかった。となったら、私様自身の身体というのは本当に都合がよかったわけだ」
この世界では、死者は火葬、水葬、土葬とされている。
墓荒らしなんてマネをするつもりもなければ、灰から再現するつもりもない。
流される場所とタイミング、流されたおおよその先を計算して体を拾うなんてこと、良識というものを持っていればしようとも思わないだろう。
私様も、一応は良識を持っていたということだな。
指先で、宙に円を描く。
魔力でなぞったから縁が残り、その内側に掌を向ける。
「≪絵日記上映会≫」
魔力を追加することで、掌サイズだった円はひと一人以上の大きさを持つ。
そして映し出される映像。それは、『
体のことを含め、伝えることがある。
ここから先は、私様視点の映像を見ながらとしよう。
―――――……
「まずは魔法を作るところからか」
私様自身を複製するとはいえ、私様の知らない部分を作るのは難しい。
そういう設定を含んだ魔法を作らなければならない。
犯罪的な内容ではあるから世には出せない。
というか出すつもりはないからいいのだが、同時にばれないようにもしなければ。
今の家からはさようならをするか。
人目に付きすぎる。
そもそも街中の家は外が騒がしくて集中できない。
もっと広くて、人がいなくて静かなところがいいな。
適当に場所を探すか。
「≪透視≫」
自分の体を見る。
透けた体は血液や神経、筋肉、リンパ、内臓、骨など。
色々と見える。意識を向ければより細かく。
ただ知識が浅いから、成分までは作ることはできない。
だから入れ物を作って、
となればまずは入れ物……人形を作るとしよう。
姿見の目の前に立つ。
表面しか映っていない私様。
私様を作るためには、背面も側面も必要。
つまり、足りない。
「≪贋物だと知るのは贋物のみ≫」
鏡に向けた魔法で、一つだったものを八つに増やした。
私様を中心に鏡を置き、服を脱いだ。
正面も斜めも横も後ろも、全てを映す。
そして、一つの魔法。
今回は丁寧に。
「オリジナル ≪創造神の見様見真似≫」
鏡の情報を集め、私様の目の前に私様の外見をしたモノを作り出す。
多量の光の粒子が、外見を作り、色を付け、見た目は私様そっくりの、私様の人形。
もちろんのことだが、動きはしない。
目を開けていたから目が開いたままの姿だが、瞬きもなければ呼吸もしていない。
「ふむ。≪透視≫」
中身は……空洞。
表面のみの上方ではそうなるか。
では次。
オリジナル ≪創造神の見様見真似≫
鏡に合わせて私様にも魔法をかける。
≪透視≫で見ている私様の視覚情報も併せて、私様を複製。
そうしてできたものは私様が見ていた中身を宿していた。
しかし私様が見えていたのは体の一部分。
すべては把握できていない。
「これは時間がかかるな……」
―――――……
「てな感じで作っていったんだが、だいたい一年はかかったか」
―― いや、一年でできるんですね。
「よくある、『目に映るものすべてが真実ではない』ってやつだな。私様が見えていないものも多くあった。それに気づくのに時間がかかったし、私様本体から移植する必要があるものって言うのも、全部を映すのには時間がかかったからな」
―― それなんですけど、ただ少し移しただけでは意味がないと思うのですが、それはどうしたんですか? 複製したスグサさんの体は、人間としての機能は持っていないんですよね?
「いい着眼点だ。続きを見るぞ」
―――――……
「……ぃよし。できた!」
丸一年はかかったなぁ。
人間という複雑なものの複製を作るのはなかなかにしんどいな。
サンプルが多ければまた違うのかもしれないが、何分私様のみ。
比較や情報が少ないのをいいとするか悪いとするか。
血液なんかは心臓のポンプがないと流れなかった。
それは心筋に
ホルモンや分泌物は、各臓器に光属性と闇属性の魔法をかけ、
魔法名は……≪外気で作る砂時計≫とかか。
他に使う奴いないだろうけど。
とにもかくにも。
一つでも私様の完璧な複製ができたのだ。
これを≪創造神≫で複製し続ければ、人間の体のサンプルに事欠くことはない。
人形を作っている作業の合間にいい土地も見つけた。
森の奥の開けた土地。貴族の家を見て参考に、≪創造神≫で家を作る。
家具なんかは適当に見繕った。
広い土地に、研究所も兼ねた広い家。
周囲は森。
生物も穏やかな奴しかいないようだ。
大分深い所だから、人はここまで入ってくることはないだろう。
家も研究も一区切りついたところだし、茶でも飲むか。
「……あいつらの研究はどうなったんだかな」
前の家に住んでいた時、ベローズだとかいう研究者が訪ねてきた。
そいつは『英雄の力の再現』と称し、『治癒魔法』ではなく『不老不死』や『転生魔法』を研究をしたいそうだった。
そうすることで、人類と魔法はより進化し、繁栄する。と。
まあその考えは一理あるとは思う。
思うが、それだけだ。
あいつの研究資料には、『不老』と言われるホローテや、『魂を知覚し、操作する』というバラファイ、『魂を複数宿し、補充する』というキャスト、そして『再生』の力を持つウロロスやライーバを実験に使用し、将来的には人間で試すという。
同じ研究者としては、可能性のある手段を模索、そのために実験するということに拒否感はない。
「利己的過ぎるんだよなあ」
これは果たして、何のための研究なのか。
強い人種を残して何がしたいのか。目的は何なのかが正直わからなかった。
書類には『人間の進化のため』と書いてあったが、抽象的過ぎるし、裏があるとしか思わない。
「私様のこの結果は、こいつらの野望を叶えたも同然だろうなあ」
器は私様そのもの。
魂さえ移動させられれば、私様は私様として生き続けるだろう。
それも、あの研究のように。
―――――……