【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
「あいつらの言う『英雄の力の再現』というのが今どの段階なのかは知らんが、私様は一年でほとんど完成させた」
―― それは……すごいですね。
そう。私様はすごいんだ。
すごいからこそ、ベローズは私様に助力を乞うたのだろう。
それを一蹴したのは私様だ。
一蹴したうえで、完成させた。
一蹴せずに参加していれば、弟子がこの世界に召喚されることを内部から阻止できたかもしれない。
「結局、この魔法の構想が練れたとしても、特に何とも思わなかったな。生き続けたいとか、死にたくないとか」
―― それは、人によるんでしょうね。やりたいことが多い人はまだ死にたくないと思うでしょうし、逆に、辛い人生を送っていた人は、早く死にたいとも思うでしょうし。
そうなんだよなあ。
別に全員が全員、生き続けたいわけではない。
場合によっては早く死にたいってやつもいるだろう。
研究の趣旨は『英雄』となっていたが、ではその『英雄』の定義は?
『英雄』に生き返りたいか聞いたか?
少なくとも、生き返らせられた『
……つまり、アイツらの都合のいいように使いたいだけなんだろう。
―― スグサさんは、なぜ亡くなったんですか?
……ついに聞かれたな。
「病気。だと思う」
―― 医術師には見せなかったんですか?
「そうだな。自分を見失って当たり散らして、たまに正気に戻るを繰り返したと思う。病気だと確信する頃には、もう生きようと思わなかった。弟子にはわかるか?」
―― ……憶測では何とも言えません。ですが、それに近い病気は私の世界にありました。ご本人にその病気だという認識はなく、たまにしっかりとした自我や意識を持って行動できる。そしてそれなら、進行する。
「進行、ね。なら私様の選択は正しかったな」
≪絵日記≫を、再び起動した。
―――――……
ガシャン、パリン、ドカッ。
物が壊れたりぶつかったりする音が、家のいたるところから聞こえた。
私様は移動するたびに物を投げ、物を壊し、叫び散らす。
「てめぇらは誰だ!!! ここで何してんだ!!」
「
「触んじゃねえ!!」
「きゃあっ」
「しー!」
「すー! やめてぇっ」
「あんたたち! 部屋に入ってなさい!」
今のシクやウーとロロと大差ない姿のあいつらが、怪我を負いながら私様を制止する。
制御や手加減こそしているものの、アイツらに手を上げている様は、私様とは思いたくない程にひどい扱いと顔をしていた。
ひとしきり、といっても、被害者たちにとっては長い時間だと感じただろう。
やり切ったと言えば聞こえのいい時間を過ごし、私様は目つきを戻し、そして、狼狽えた。
「……わた、し、さま、が……?」
「スグサ……よかった……」
「っ、シク! すまんっ……その、怪我……」
「大丈夫。大丈夫よ」
血を流す姿で大丈夫と言われても、そんなことあるわけないだろう。
だけどそれは口にせず、ただただ必死に、薬草で怪我を塞いでいた。
シクは優しい奴だ。心配をかけさせないためにそう言ったんだろうが、その姿が逆に痛々しくて、被害者意識を持ちそうになった。
怯えていたウーとロロも、私様がシクの治療をしていると泣いて寄ってきた。
怖い思いをさせてしまったと、本気で謝った。
『本気』で。
自我を無くしていた奴が言う『本気』なんて、どれほどのもんなんだろうな。
そう思ったから、治療を終えたアイツらに伝えたんだ。
「私様の死ぬ時だ」
人形を作った時と同じ姿で、そう言った。
目を丸くしたシクは、痛々しい姿で詰め寄ってきた。
「な、にを言ってるのよ!! どういうつもりなの!?」
「自分が自分じゃなくなっている。おそらく病だ。お前たちを傷つけることになってまで、生きたいとは思わない」
「っ、治せ、ないかもしれないけれど……!」
この世界に病気の治療法はない。
もう死にゆくだけだ。
また、こいつらを傷つけてしまうかもしれない。
それは私様が嫌だから、それなら、もう死んでしまおう。
シクは伏せた顔を勢いよく上げた。
その目は、場違いなほどに輝いていた。
「そうだ! あのスグサの体! あれに魂を移せば……!」
魂を操作できるバラファイならではの発想だ。
魂という物を認知・知覚できるのならば魔法は必要ない。
ただポイポイっとすればいいだけだ。
今すぐにでもできてしまう。
この時の姿は量産した人形と同じ。
見た目は年を取っていなかった。
もともと幼い体つきというのもあったが、ほとんどは人形を作るうえで見つけた魔法のおかげで、五十年近くの年月を十代の姿で過ごしていた。
ほとんど誰とも会っていなかったが、ギルドの任務をするとたまに姿を見られていた。
だから姿形が変わらないのは利点だったが。
「いや、しない。これは決めてたことだ」
「!? なんで!?」
子どものウーとロロには、わかりにくい話だろう。
それでも雰囲気で察したか、今にも泣きそうにしているのが目に入った。
そして目の前で今にも胸ぐらを掴んできそうなシク。
「『英雄の力の再現』」
そう呟けば、シクはびくりと体を震わせた。
嫌な記憶を思い出したかのように、両手で自身を抱きしめる。
こいつらは……実験で生み出された被検体。
「あいつらがあの研究を続けているとすれば、私様もその『英雄』に該当するだろう。そうしたら、私様として蘇らせるとは思えない」
「……反抗するでしょうね、スグサなら」
「そうだ。手に余るだろうよ。ただ操るだけならまだいいが、私様本人を蘇らせず、他の人間の意識や魂を使うかもしれない。あいつらの勝手で、また被害者が出る。誰かが止めなければならない」
「それが、スグサだって言うの……?」
涙を流し、私様を睨む。
元は人間であったシクは、唯一私様に執着している。
素直な気持ちだろうが、それと同時に、他の人間はどうでもいいのだと言っていた。
どうでもいい相手のために、大事な人間がいなくなることなど、受け入れたくないのだろう。
「可能性の話でしかないが、それは十分にある。私様が蘇らせられた時を想定して、今ある記憶を『体』に残しておく。そうしたら、私様はお前らのことも忘れない」
「……うっ、うぅ」
「魂はシクに任せた。あいつらに使われないように……食ってくれ。体のほうに自由がなさそうなら、私様の魔法を込めた魔石で解いてくれ」
「勝手、なんだからっ……」
「すまんな。だが、これが私様だ」
「わかってるわよ……ばか」
―――――……
映像が止まる。
私様は解説もせず、ただただ流れる映像を見つめていた。
私様視点だから自分がどんな顔をしていたかは映っていない。
だけど、『記憶』である私様はその時のことをしっかり覚えていて、何を考えていたなんて、考えたくなくとも思い浮かんでしまう。
それをわざわざ言うことはしないけど。
―― ……この後、スグサさんは……?
「……生命活動を止めた。その後シクが魂をどうしたかは聞いてない。食ったか、どこかに保管しているかもな」
ははっ、と乾いた笑い声が漏れる。
あいつが食ったとして特に何も思わない。
むしろありがたいと思えるぐらいだ。
ただ保管しているだけなら……早急に対処したいと思うが。
―― 生き返りたいとは、思いませんか。
少し、震えたような声。
泣いているのか、恐れているのか。
今体の主導権は私様で、意識下に潜って顔を向き合わせているわけではないので、どういう表情をしているかはわからない。
わかったとしても、この質問に答える返答は決まっている。
「ない」
―― ……なぜですか? まだやりたいこととか、ないんですか?
「なくはないが、それも含めて私様の人生だ。これでも普通の人間よりは長生きしたんだし、優先的にやりたいことはやった。それに、いつまでも一つの所に留まるのは研究者として探求心の行き止まりだと思うからな」
―― 一年が六百日で、それを五十年以上。単純計算で、私の世界で八十代か……。平均寿命的には確かに死を迎えてもおかしくないぐらい……。
「そっちだとそうなのか。こっちでは五・六十年生きれば長命に当たるからな。年数は違うが、生きた日数は同じぐらいなんだな」
思わぬところで別の世界の話を聞く。
これはいい話だ。年数は違えど、日数として考えればどちらの世界もそう変わらない。
違和感はあっても、要は考え方だ。
これからこの世界で生きていくことが変わらないならば、弟子は人生の生きた日数に変化は少ない。
「さて、話はそんなもんだ。そろそろやるぞ」
―― ……はい。
どんな顔をしての「はい」なのか。
まあ、これからはその顔を拝めるんだ。
今は目を瞑ってやろう。
部屋の開けた場所に、魔法陣を描く。
水中で眠っている『私様』を見据えながら、呪文を唱えた。
―――――……
「……ん……」
寝ていたみたいだ。
瞼を開けると、変な既視感を覚える。
水が抜かれて濡れているだけの入れ物。
科学の実験で使いそうな備品。
埃一つない、逆に違和感を覚える部屋。
ああ、そうだ。
スグサさんの家だ。
「……スグサさん……?」
一緒にいたはずのスグサさんの気配がない。
部屋の中にも、体の中にも。
そういえば、私と分離すると言っていた。
私は今、この体に一人なのか。
それが普通なのに、変な感じ。
髪の色は見慣れた緑。
ということは、これは元々の体だろうか。
水の中で眠っていた体に『記憶』であるスグサさんは移されたということか。
寒気を感じる。
一人になったからか、部屋が冷えているからか。
いつの間にかかけられていたタオルケットを纏いながら、部屋を出た。
広いエントランス。
大きい階段。
スグサさんたちはどこだろうか。
魔力でも探ってみようか。
……。
あった。
本当に、あった。これがスグサさんの魔力。
二階の、『ルタ』さんの部屋だ。
気持ち、足が速く進む。
見た目はすでに知っているのに。
人柄も知っているのに、なぜか、早く早くと気持ちが急いて足が呼応する。
リズムが早くなる。
体が前のめりになる。
足幅が広くなる。
息が上がってくる。
……ああ、ここだ。
コンコン、コン。
「弟子か」
「はい」
聞き覚えのある声。
なのに、新鮮さがある。
そういえば、鼓膜を通して声を聞くのは初めてだ。
だからかな。
「……どうした。入らないのか?」
「あ、はい」
無意識に噛みしめてしまっていた。
さっきの足の進みとは反対の反応で、手はゆっくりとドアノブに添えられる。
ひんやりとした金属が、覚悟を問うてくる。
「準備はいいか?」と、言われているみたい。
どく
鼓動が早くなる。
この先にいるのが、あの人なんだ。
「……しつれい、します」
自分の力で開けた扉の先。
朝日か夕日か、何かの日が射していた。
風が優しく頬を撫で、窓が開いているのだと察する。
逆光で青い髪が透けて、空のような、海のような淡くも深い色がキラキラと流れている。
扉が開くのを待っていた金色の目が、私を鋭く射貫く。
一本に結ばれた口元だったが、にやりと口角を上げる。
同時に目の形が弧を描き、悪戯な笑みを浮かべる。
この人はこういう顔をする人だったんだな。
初めて、見れた。
「遅ぇぞ」
「すみません」
「まあいい。気分は?」
「とても」
「とても?」
「最高に、いい気分です」
「……奇遇だな。私様もだ」
ちょいちょいと、指を曲げ伸ばしして誘われる。
扉を閉じて行けば、手を伸ばしあって届きそうなところで止められた。
目の前の人は姿勢を正し、挑発的な笑みを浮かべる。
なんとなくやることを察した私は、同じように背筋を伸ばす。
「初めまして。魔術師のスグサ・ロッドと申します。以後、お見知りおきを」
「初めまして。医術師見習いのヒスイと申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
一礼し、顔を見合わせ。
私たちは違う笑顔を交わした。