【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
「どーぞ、人間様方。あとはお好きに」
シクさんが奥からティーセットを持ってきた。
あとは自分たちでやれとでもいうようにテーブル横につけて、またスグサさんのところに戻る。
またも呆気に取られてしまったが、耐性があったのか、私はお茶を入れるために立ち上がった。
少し遅れてクザ先生も気を持ち直し、一緒に入れることに。
「あ。お茶と言えば。カミルさんはお元気ですか?」
あの人ともあまり会えていない。
どうしているだろう。
そう思って、ただただ聞いただけだった。
深い糸はなかった。
ご夫婦であるクザ先生なら、知っているだろうと思ったから。
ガシャンっ。
ティーセットが落ちた。
クザ先生の手から滑り落ちた。
この場の空気も、頭の中も。
温度が急激に落ちて行く。
先生は。
奥さんは。
膝から崩れ落ち。
涙を、落とした。
「え……えっ、先生っ?」
食器を置き直し、駆け寄る。
口元を押さえながらも嗚咽を漏らす。
一体何があったのか。
聞きたくても聞ける状況じゃなくて、どうしたらいいのかわからない。
ふと、手元が陰る。
「クザ先生。こちらを」
アオイさんがスマートにハンカチを差し出す。
嗚咽で喋れない先生は震える手で受け取り、アオイさんに肩を支えられながら席に戻った。
どういうことか、状況にも、その場にも取り残されてしまっている。
けれど、視界に入る人たちは、スグサさんを除いて悲しげに顔を俯かせるのみ。
「……そちらにも、何かあったようで」
「……そうですね。お話しする前にお茶を入れましょう」
コウ殿下がお茶を入れようと立ち上がる。
その動きを見て、私も動きを再開した。
第二王子が動いたから、第三王子も寄ってきた。
王子二人でお茶を入れているのに、緊張なんてどこかへ行ってしまっている。
ちらりと先生の様子を盗み見れば、やはり涙は流しており、隣にいるライラさんも涙を流している。
アオイさんは、辛そうに顔を歪めている。
お茶を入れている間、誰も一言も交わすことなく、ただただ食器の音と、泣き声と、お茶をすする音が響いていた。
そして全員の分のお茶が入れ終わり、席に着いた頃。
まだ喋れそうにないクザ先生の代わりに、殿下が口を開いた。
「クザ先生の夫、騎士団長のカミルは、今、兄上の所で活動しています」
お茶を飲み干したスグサさんは、シクさんにお代わりを要求してから返答する。
「騎士団長という役職と、戦争が起きそうである、って考えると納得ですね」
「そうですね。そして、カミルは戦争賛成派です」
「おや。あの堅物そうなお人がですか。意外」
私も意外だと思う。
戦う職業ではあるけど……そんな、戦いをのぼぞ無用な人ではない、と、思うのだけど……。
「兄上は公言しているのです。「戦争に勝てば、死んだ人を蘇らせることができる」と」
スグサさんは感心したように「ほう」と呟く。
目は据わっていて、いい気はしていなさそう。
そしてそれは私も同じ気持ちだった。
『人を蘇らせる研究』をしていた二国は、この状況から察するに仲違いした、ということだろう。
きっかけは、
けれど、戦争の報酬を『人を蘇らせる』と公言してしまっているあたり、もしかしたら『誘拐』という理由は、都合がいいから言われているだけなのではないかと考えてしまう。
「……も、なの」
「ライラさん?」
「ナオも、なの」
『戦争賛成派』なのかと一瞬思ったのだが、はっとした。
『人を蘇らせる』という報酬。
人を亡くしたことがある人ならば、もしかしたら願うこともあるかもしれない。
親しい相手ならばより、強く。
ナオさんの場合は……。
「じじさんを、ですか」
涙をぐっとこらえ、顔を伏せた。
返事はそれで十分伝わった。
長期休みに水葬から帰ってきてから様子がおかしかったけど、まさか、ナオさんもじじさんを……人を蘇らせたいと思っていたとは……。
「ナオは、三日前にヒスイが誘拐されて、戦争と報酬の宣言がされたとき。その報酬のためにお城に行ったっきり帰ってこないの。お父様もお母様も、お城で役に立って来いって言っちゃって……弱弱しかったナオが、ようやくやる気になったって喜んじゃって……。ナオの様子が気になって、学校でクザ先生に相談したの」
「相談を受けたクザ先生が、城で戦争準備をしていた俺に話を持ってきてくれたんだ。あいつ、修学旅行前の学校でも様子おかしかったし。でも城では姿を見かけなかった。今日は二人に城に来てもらって、どうするか話そうと思ってたんだ」
まだ話せる様子ではないクザ先生を挟み、ライラさんとシオンが状況を説明してくれる。
「ナオさんがじじさんを蘇らせたいがために、城で戦争に参加しようと準備を進めている可能性があるんですね」
「そうだ。戦争の準備に関しては兄上の方が知っているかと思って、兄上にも部屋に来てもらえないかと思って声をかけたんだ。俺の部屋なら、あんまり人通りはないし」
シオンはコウ殿下に目を向ける。
「そうだ。シオンからの話を聞いて、思い当たる節があったからアオイを連れてシオンの部屋にいた時、そちらのバラファイが突如として現れたんだ」
ああ、だから、このメンバーだったんだ。
タイミングとしてはいいのか悪いのか。
当の本人は素知らぬ顔をしているし、人間の事情などどうでもいいのかもしれない。
気にする様子もないし。
「では、カミルさんが『戦争賛成派』というのは、誰かを蘇らせたいからなんですか?」
私が召喚されたとき、ベローズさんに対して声を荒らげてくれたのは、カミルさんだった。
そんな人が、進んで『蘇らせたい』と願うなんて。
それほどの人がいる、ということか。
そこでようやく、涙をぬぐって呼吸も落ち着いたクザ先生が、赤くなった目を私に向けた。
「あの人が蘇らせたいのは、私たちの息子です」
「え……」
今まで、何度かカミルさんと息子さんについての話をした。
アーマタスにいる、私の見た目と同じぐらいの年齢だと。
そう話していた。
表情は大きくは変わらなかったけど、話しにくそうな様子はほとんどなかった気もする。
その息子さんが、亡くなっている……?
「私、何度かカミルさんから息子さんの話を聞いていたのですけど……」
「そう、なのですか……?」
今度はクザ先生が驚いて私を見る。
「はい。アーマタスにいると。私と同じぐらいの年齢なのですよね?」
そういうと、先生は一度目を大きく見開いて、そして伏せた。
涙が一筋流れる。
さっきまでよりも幾分落ち着いていて、ぽつりと話し始めた。
「私たちの息子が亡くなったのは、もう何年も前です。その頃の年齢は、確かにヒスイさんや、ライラさんやシオンくんと同じぐらいでした。アーマタスには、行ってしまえば武者修行のようなものです」
「確か、当時は騎士団副団長だったカミルに少しでも近づきたいから、ということだったな」
「コウくんにはお話ししていましたね。そうです。親子ながらにライバルのようで、私から見てもとても仲の良い親子でした」
コウ殿下と話を思い出しながら、当時を語る。
先生は、悲しげには見えるが、どこか懐かしんでいるようにも見える。
仲の良かった親子。
妻であり母である先生からしたら、幸せを感じていたのだろう。
だが、結末は、幸せとは言えないのだろう。
「アーマタスに旅立って、二年ほど経った頃。一通の手紙が届きました。今まで手紙なんて殆ど寄こさなくて、年に一度帰ってくる程度だったのに。今年は帰れないのかな、って二人して不思議に思って読んだんです」
ハンカチをぎゅっと握って、怯えている様に顔を青くする。
それだけでもどんな内容かは察するのに。
それ以上言わなくてもいいと、心では思っているのに。
口を挟むことはできず、また、クザ先生も、無理をして震える唇を動かす。
そこに書かれていたのは。
「『直接謝れなくて、ごめん』と。それだけでした」
……。
……。
重い空気が、食堂を埋め尽くす。
いつの間にかお茶は冷え、食器の音もなく、息遣いが聞こえるような聞こえないような、そんな微かな物音しか響いていなかった。
手紙に書かれていた言葉。
それは、「もう会えない」という状況を表している。
その手紙を出した時、どんな心境だったのか。
それだけでも出そうと思ったのは、強さか、弱さか。
最期の時を知れるのは良いことなのか、悪いことなのか。
人によって答えは違うのは当たり前。
もうこの世にはいない人は、残された人に対してどう思っていたのだろうか。
私だったら。
なんて思うだろうか。
「カミルくんは騎士団の仕事があったから、私一人でアーマタスへ訪ねました。ですが詳細は教えてくださらず、ただ「弱かっただけだ」と語られました」
「ひどい……」
隣のライラさんが声を漏らす。
私もそう思う。
その時点で人ひとりの生死が曖昧だったというのに。
いや、「弱かった」と断定しているのであれば、もう亡くなっていたことも国として把握していたのかもしれない。
だとしたら、十分な説明をしないのは、とても不誠実な対応だ。
「私が何度言ってもそんな対応だったので、時間が空いてしまったけどカミルくんから聞いてもらったの。そしたら……っ」
「そこからは僕が」
息を飲んで言葉を詰まらせるクザ先生の代わりを、アオイさんが名乗り出た。
小さく頷いた先生は、再び涙と嗚咽を漏らし、ハンカチを濡らす。
その隣に立つアオイさんは、先生とは打って変わって、怒りを滲ませている。
「カミルが酔いながら話していましたよ。訓練中、体への強い衝撃を繰り返し受けたことによってダメージが蓄積され、だんだん弱っていったのだと。休みなんてほとんどない。休もうとすれば、「それは甘えだ」と。「休む分、前後でより多くの訓練をしなければならない」と。そうでなくとも体は悲鳴を上げていたのに、体へは鞭どころか拷問を受けていたようだ……と」
一息置いて、続ける。
「その時の代表の導師が、雑な見解を無駄に長文にして寄こしたそうです。こちらはわざわざ行ったのに、滞在期間中には曖昧な回答しかせず。また、息子さんに会うことも叶わなかった」
「は? 確認もなしでか?」
「向こうの国の風習に則って、すぐに火葬されたそうです。遺品だけ、報告書と同時に送られてきたと。スグサ殿は御覧になりませんでしたか? あのお祭りしかやっていない街の様子を」
「馬鹿みたいに騒いでたな」
なんて、ひどい話だろう。
人が亡くなって。親がいて。
間も開けずに尋ねたのに。
なんで、こんなにひどい扱いをされるんだろう。
強くなろうと前向きに旅立って、親は応援していたはずだ。
なのに、なんで、会うこともできずに最期になってしまったんだろう。
あの賑やかな雰囲気の裏には、そうやって亡くなった人が何人もいるのだろうか。そういうのを気にする様子もなく、楽しく過ごせる人だけが国のアピールをする。
「ここはとても素晴らしい国です」と。
全身全霊で。
それに魅了された他国の人間が、我も我もと移住する。
そして、崩れる。
「せめて遺品があったから、長いこと落ち込んでいたわたくしもカミルくんも、すがることができた。アーマタスではなくとも強くなれる。親御さんの下ででも、しっかり育っていける。そう思いながら、教育に力を入れてきました。もちろん、わたくしもカミルくんも、息子のことを忘れたことはないわ。戻ってきてくれるのなら戻ってきてほしい。でも、それはだめだと……わかっているのよ……」