【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第3話

 その言葉を皮切りに、誰も何も発することはなく、時間だけが過ぎる。

 目を赤く腫らすも雫は零さない先生は、陰る顔ながらも何かを宿した顔をしている。

 一通り泣いて、話して、心の中で整理して。

 もしかしたら何か考えついたのかもしれない。

 それを感じたのは、私だけではなかったようで。

 

 

「医術師」

 

 

 腕を組み、足を組み。

 椅子にもたれ掛かる、見るからに偉そうなスグサさんは、まっすぐに先生を見据える。

 先生と話すことは初めてなはずなのに、何の遠慮もなく、いつも通りに話しかけた。

 

 

「……はい。何でしょう。スグサ・ロッド様」

「顔から察するから聞くが、どうしたい?」

「どうしたい、とは?」

「旦那のことを、どうしたい?」

 

 

 問われた先生は、伏せるでも、逸らすでもなく、見つめるだけ。

 二人の間には何かが伝わっているのかもしれない。

 それぐらい、熱く見つめあい、また、逸らさない。

 何かを確かめ合ったかのように。

 一つ、頷いた。

 

 

「『蘇らせる』という行為は、倫理と道理と摂理に反しています。いくら願ったとしても、叶えてはいけない。それが(ことわり)です。ですので、わたくしは『クザ』という人間として、カミルくんの『妻』として、息子の『母』として、そして『医術師』として、カミルくんを止めたいです」

 

 

 力強い言葉は泣いていた時の先生の声とは全く違う。

 その声に応えた、スグサさんのニヤリという顔。

 目が弧を描き、口角が上がる。

 「ふん」と鼻で笑った。あの人なりの励ましというか、認めているというか。

 たぶんそんな感じ。

 

 

「よし。いいだろう。私様が協力してやる」

「あら、まあ」

「その前に、医術師の力量が知りたいところだな」

 

 

 反動をつけて椅子から立ち上がり、ぐっと上に伸びる。

 しばらく座って話をしたり作業をしたりで、随分体が張ってしまっていたらしい。

 そんなスグサさんを見ると、私も伸びたくなってきた。

 ……スグサさんの言い分的に、たぶん、移動するし。

 ゆっくり立ち上がって、上に伸びる。

 腰を回して、捻る。

 太腿を上げて、屈伸して。

 準備体操ともとれるその動きを見たコウ殿下とアオイさんは、何かを察したようにはっと表情を変えた。

 

 

「まさか……」

「いやまさか、こんな時にはないですよね……?」

「何を言ってるのか全く聞こえないなあ。だから私様の勝手な想像になりますが、「そろそろ体を動かしたいと思っていまして」」

 

 

 ぱちん、と。

 何時か聞いたような気もする言葉を紡ぎながら、問答無用で魔法を発動した。

 それは、さっきまで幾度となく石に込めていた魔法。

 とてもとても便利な≪玩具箱≫。

 立っている私も座っている人たちも気にすることなく、辺りは白い空間に包まれた。

 ちなみにテーブルと椅子と、お茶付き。

 先生とシオンとライラさんは突然変わった景色に戸惑っている。

 コウ殿下とアオイさんは経験者なので、「またか……」と顔に書いてある。

 シクさんは気にも留めていないし、私は……まあ似たようなものかな。

 スグサさんの言動から予想は出来た。

 そして問題のその人は……。

 

 

「よーっし、やるぞー!」

 

 

 やる気満々で準備体操していた。

 やる気満々が絶妙に似合わない。

 

 

「まずは医術師だ」

「……その前に、一つお伺いしても?」

「なんだ? 言ってみろ」

「カミルくんたちを救うのに、戦いが必要になるのでしょうか」

 

 

 確かに、クザ先生の言う通り。

 スグサさんは何か確信があるようだが、カミルさんやナオさんを救うのに戦いが必要という理由がはっきりしない。

 出来る可能性は低いだろうが、説得じゃダメなのだろうか。

 体を横に倒してストレッチしながら、スグサさんは答える。

 

 

「ずっと引っかかってたんだよ。この国の奴らの反応」

「反応、ですか?」

「『死んだ人間を生き返らせたのに、妙に好意的だな』って。それも、フローレンタムだけではなく、アーマタスも、もちろんレルギオも」

 

 

 ああ、私が疑問に思ったことだ。

 スグサさんも疑問に感じてたんだ。

 ということは。

 つまり。

 つまりだ。

 

 

「さっきの医術師の発言を聞いて確信した。この世界の人間の倫理観にズレが生じている。それも大勢。ズレていないのはどんな共通点か、ごく一部。その他大勢を除いて、はてさて何があったのだと思う?」

 

 

 両手を広げ、クザ先生にだけでなく全員に問いかける。

 漠然と、一つの単語が思い浮かぶ。

 

 

「……洗脳……」

 

 

 質問者は両手を腰に当てる。

 

 

「正解。弟子の学校行きをかけた事件ですでに始まっていたんだろう」

 

 

 そんなに前から。

 と声を上げたのは関係していた私とコウ殿下と、アオイさん。

 

 

「冬の時期にウロロスの生息地域にちょっかい出すなんて、普通あり得ない。ましてやギルドに所属する人間だ。危険性はわかっているはず。最悪人知れず食われていただろう。だが、ギルドは関わっていないと主張した。そして当の本人も記憶が曖昧だった。すべて操られていたんでしょう」

「スグサさん。お金で雇われたとかの可能性はありませんか?」

「なくはないが、それなら国に帰させないだろ。情報が漏れる。殺して、探されても面倒だろうしな」

 

 

 何ということだ。

 そんなときから、今の現状までつながっていたなんて。

 

 

「相当洗脳に自信のある奴がいるんだろう。だから生きて戻された」

「その洗脳に、カミルくんもかかっていると」

「推測だがそうだろう。そしてその場合、口頭での説得なんてどれほどの効果があるものか。戦争賛成派ということなら戦いになってもおかしくはない。殺す気がないなら拘束」

 

 

 『殺すより捕まえる方が難しい』という状況が、今後あると。

 そのためには確かにそれ相応の力量が必要。

 それも、相手はカミルさんだ。

 騎士団長という肩書を持つその人を、殺さず、治せる程度の傷を与え、戦闘不能にする。

 

 

「例え捕まえられたとしても、どうやって洗脳を解くんですか?」

 

 

 アオイさんが手を控えめに上げて、質問する。

 それに対してスグサさんは、いつものニヤッとした顔で答える。

 

 

「考えがある。だが拘束したとしてすぐに対処できるかはわからん。そのための考えもあるがな。……そろそろやるぞ。時間もそうないだろう」

 

 

 雰囲気が一変する。

 体が離れてから肌で実感する、スグサさんの魔力の量。

 敢えて周囲の魔力をコントロールして、私たちを威圧している。

 空気ではないそれに圧されて、敵ではないとわかっていても警戒心を抱いてしまう。

 敵でなくてよかった、って、こういうことか。

 この空間のほとんどの人が怯みつつも、名指しされていたクザ先生は目を据わらせ、一歩前に出る。

 動いたのを見て、他の人たちは壁沿いによった。

 シクさんは私たちとは反対の、スグサさん側の壁に行った。

 

 

「そういえば、スグサ・ロッド様と手合わせできるなんて、大変光栄ですわね」

「はっ。誰に言うこともないのに光栄たぁ」

「あら、そういえばそうですね。そんなおばあちゃんに思われたら嫌ですわ。残念」

 

 

 「おばあちゃん」発言に一瞬豆鉄砲を食らった顔になったのが見えた。

 しかしすぐ、また、にやりと笑った。

 

 

「そうだ。私様はとうに死んでいる。「手合わせしたことがある」なんて言ってみろ。医術師こそ「不死」とか言われて研究対象だろうよ」

「うふふ。そうなったら一生懸命逃げなくちゃいけませんね」

 

 

 ここまで、対面で棒立ち状態で話している二人。

 手合わせの準備、というものがどれくらい必要なのか。

 もしくは準備は済んでいるのか。いらないのか。

 審判がいない状況で、どう始めるのか。

 黙った二人が見合って、数秒が経ったとき。

 

 先生が、消えた。

 

 

「お?」

 

 

 誰もが周囲を見回す。

 しかしどこをみても先生の姿がなく、けれども気配を感じる。

 いるのか、いないのか。

 なんとも不思議な感覚。

 

 

「そういえば、クザ先生ってどんな魔法を使うんでしょうか」

 

 

 何となく呟いただけだった。のだが。

 周囲を見回していた四人は、私に一斉に目線を向ける。

 その息の合った行動に、私は一拍遅れて目線、だけでなく体が揺れた。

 

 

「っえ?」

「ヒスイ、知らないのー?」

「え、あ、はい。授業もなかったし、聞く機会もなかったので……」

「そかそか。じゃあ騎士団にいたことも知らないんだねー」

「……クザ先生が、騎士団にいたんですか?」

「そうだよ! 私たちも小さいころだけど、女性の憧れの的だったんだよ!」

「そうなんですね……」

 

 

 今でもクザ先生は生徒たちには人気だ。

 優しくて、穏やかで、物腰柔らかくて。

 生徒の言葉に耳を傾けて、アドバイスも叱責も、仲介もしてくれる。

 先生らしく大人としての意見もくれたり、生徒の目線になってくれたり。

 元は騎士と言われて、一般市民より上に立っていたというのは納得。

 戦っていたという面については違和感。

 一体どうやって戦うんだろう。

 その疑問に答えるように、空間のどこかから声がした。

 

 

「≪おいでませ おいでませ 風を纏いし 気高き獣 壮大高貴な牙と爪 風の吹くまま 奮いたまへ≫」

 

 

 瞬間。

 本当に、瞬きの一瞬。

 魔力とも風とも言えるそれが一つの流れに沿って収束し、流れの先のスグサさんに襲い掛かった。

 その力は色はなく、実態と呼ぶのか、質量というのか、ともかく形というようなものは見えない。

 

 

「面白い!」

 

 

 スグサさんはぱちん、と、いつもと同じく指を鳴らし、風の魔法で向かい風を向かいうつ。

 風同士がぶつかり合い、衝撃波が第三の風となって、空間を煽る。

 端っこにいる私たちは体が浮きそうになるのを堪えながら、目線を外さないようにするのが精いっぱいだった。

 『見えない』けれど、力はそこに『いる』というのだけわかった。

 

 

「おいおい! また珍しいなあ医術師よお!!」

「うふふ。お楽しみいただけているなら光栄です」

 

 

 さっきまで姿も声もどこにあるのかわからなかったその人が、風の上に不自然に座っている。

 その手には見慣れない、形は扇子を持っている。

 扇ぐには隙間だらけ。

 この場、この状況で出しているのだから、おそらくは扇子として使う物ではないのだろう。

 衝撃波を受けながら、目が風のぶつかり合っているところに釘付けになる。

 すると次第に、クザ先生が腰を下ろしているそれがはっきり目視できるようになってきた。

 

 

「あれは……獣ですか……?」

「クザ先生は世界でも何人いるかという召喚師なんだよ」

「召喚師……」

「魔獣を従えて、魔力を提供するんだ。召喚の際は魔獣は魔力をもとに体を構成して、今みたいに戦闘を助けてくれるんだよ」

 

 

 アオイさんが短く解説してくれて、いつかの講義の時を思い出す。

 そして今見える獣……私からしたら虎やチーターのような形をしたそれは、つまりは魔獣であり、クザ先生はそれを従えている。

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