【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。 作:彩白 莱灯
「騎士団に所属していた時からの相棒くんの、メレオン。相当希少な魔獣だよ」
「メレオン……たしか、光の魔法を使うんですよね」
「そう。攻撃を反射させるんだよ。厄介なんだよねー。今もその状況なんだろうけど、スグサ殿の威力が強すぎて弾ききれてないみたいだね」
今もこの身に受けている衝撃波。
スグサさんの魔法が、クザ先生が召喚したメレオンという魔獣によって反射され、しかし弾ききれずに飛び散っている状態。
スグサさんがどれほどの力を使っているのかは定かではないが、体が浮きそうなほどの力という仮定として。
メレオンの弾く力はそれに匹敵するものなのだろう。
「どうするつもりだ? このまま膠着するか?」
「いいえ。恐れながら申し上げれば、貴方と持久戦はやりたくありません」
ですよね。
とおもったのは満場一致だろう。
もはや今更だが。
クザ先生は優雅に座ったまま、扇子を高く上げる。
「≪おいでませ おいでませ 炎熱 火の粉を散らせし極楽鳥
扇子の一端が光、飛び出る。
空中で光が増し、そして赤く、熱く。
まるで太陽のように光り輝いた。
音も声もなくその存在を主張し、眩しいはずなのに目が釘付けになる。
「ほう。二体同時か。お前もなかなか優秀なようだ」
「ふふ。ありがとうございます」
メレオンの攻撃を受け止めながら、高い位置で輝く鳥の姿を見ながら、スグサさんはクザさんの持ち物について軽口をたたく。
クザ先生の持っている扇子は、おそらくは武器。
魔力を通わせ、呪文を唱えて召喚するもの。
口振りから『同時召喚』というのはなかなかできるものではないのだろう。
それを補っているのがあの武器だろうか。
扇子にはあと、三枚の札のようなものがある。
「フェー。お願いします」
音もなく一声鳴き真似、嘴を高らかに持ち上げる。
フェーと呼ばれた鳥の魔獣は、口から熱波を吐き出し、スグサさんに浴びせる。
メレオンの反射の力に相乗した風が、スグサさんに襲い掛かる。
「あーっくそ! 力圧しかよ!」
「一度やってみたかったんです」
悪態ついているのに、スグサさんの顔はすごく、すごく笑顔だ。
クザ先生も普段と変わらない微笑みで言っていて、それはそれで少し怖いのだけど……。
汗の一つすら滲ませず、むしろ笑みをより深くした。
「はっはは! いいねえ! 後悔させてやる!」
利き手を後ろに引き、魔力を込める。
「≪帰られませ≫」
「おらぁ!!!」
「わぁー」
「わぁー」って。「わぁー」って。
スグサさんの渾身の魔力パンチを、クザ先生はその一身に受けた。
メレオンは先生の一言で姿を消し、宙に浮いた先生はスグサさんの一撃で体を浮遊させる。残ったフェーが先生を背に乗せた。
「わぁー」って……先生、戦っている時でものほほんとした感じは変わらないのか。
「先生って以前からあんな感じですか?」
「不思議だよねえ。あれで魔術師団の元団長候補だったんだよ」
「えっ」
「つまりは僕の元上司だったんだ。けど、息子さんのことがあってね」
思わぬ経歴をお持ちだった。
でも、スグサさんの攻撃を受け流す力量だ。
現役時代はどれほどだったのか気になる。
もしかしたら今よりももっと強かったかも知れない。
今でさえいい勝負してそうだし、これ以上ってなったらどうなのか。
想像できない。
「いい鳥に乗ってんなあ」
「優秀な子ですよ」
地から眺めるスグサさんと、天から見下ろすクザ先生。
指示がなければなにもしない、賢いフェー。
戦力的には一対二。
スグサさんはここからどう出るだろう。
「降りて来ねぇのか」
「そうですねえ。折角有利な位置にいるのにもったいないですが、時間もあまり余裕はありませんしねぇ」
クザ先生やコウ殿下たちは、言ってしまえばお忍びだ。
お城から突然、しかも直でスグサ邸に招かれている。
王子様や魔術師団長を含めた五人もの姿が見えなくなってしまっては、一騒ぎになりそうだ。
慌てる様子はなく、ゆっくりとした動作で、口元に扇子をあてがう。
「≪おいでませ おいでませ≫」
「またかっ!」
召喚の呪文を唱える。
それを聞いて、スグサさんは先生と距離をとった。
「≪水に潜みし 生なる雫 清く澄んだ御魂なれ いかなる苦痛も その身に宿せ≫」
「!? だぁぁああくっそ!!! キモい!!」
「なになに!? スグサ・ロッドさんどうしたの!?」
「揺するなバカライラ! 足元見ろよ!」
「え! あれ!? 何!?」
「……知らねえ!」
「……ライーバだ」
同級生二人はまだライーバを知らなかったらしい。
かくいう私も、お城の図書館にあった図鑑でしか知らなかった。
殿下が言ってくれたおかげで思い出せた。
初めて見たどろどろの魔獣。
スライムっぽいが、それよりももっと流動的みたいで、スグサさんの両足に纏わりついている。
コップの水が表面張力していて、上澄みだけ見ているみたいな形をしている。
うねうねと波を打つライーバは、スグサさんの足を地面から離れないように固定している。
なんとか抜け出そうとスグサさんは藻掻くけれど、粘着性のあるライーバの身体が食いついたように離れない。
「くっそ……! ヤるぞこんくそ!」
「あっ、スグサさん!」
真後ろに、畳んだ扇子を振りかざしたクザ先生が……!
「失礼」
先生の体と先生の腕が、上から下へ落ちる。
目掛けた先はスグサさんの胴体付近。
スグサさんの真後ろ、私からしたら隙だらけ。
思わず声を上げてしまった。
目線の先は、悪戯っ子のような憎たらしい笑顔。
「≪食事の仕込み≫」
「っ、あら……」
足元を覗き込む、背中を丸めたような姿勢。
その背中から襲い掛かる、クザ先生文字通り一網打尽にしたのは、珍しく魔法名を唱えたスグサさんの魔法。
背中から羽が生えるように放射状に広がった蜘蛛の糸。
クザ先生はそこに飛び込むような状況になった。
蜘蛛の巣に蝶が飛び込んでしまったかのように。
身動きが取れないまま地面に座り込む先生の正面には、身動きが取れないと言っても足元だけのスグサさん。
見上げ見下ろす。
その立場は一変した。
「甘かったな」
にやり。と笑った。
二人。
「もちろん、想定していましたよ。英雄、スグサ・ロッド様ですもの」
クザ先生の正面。スグサさんの背中側から。
音も声もないフェーが、高速で突進してきている。
手加減も遠慮もしていない。
あれが当たってしまえば、さすがのスグサさんもただじゃすまない。
「すっ」
「ヒスイちゃん」
声を上げようとして、目の前に掌が広げられる。
主のアオイさんは、慌てもせず、いつも通りの人懐っこそうな顔で、私に話しかけた。
「大丈夫だよ」
視界を遮る手の向こう側で、何が起きてしまうのか。
見なければならない。
アオイさんの一言が届くか届かないか。
その刹那のうちに、スグサさんのすぐ後ろまでフェーが迫っていた。
スグサさんは体を捻り、フェーの方を向こうとする。
顔がちらりと見えた。
笑ってた。
「おいでませ、ってな」
ぱちん、と。
いつもと同じように指を鳴らす。
瞬間。
床から突き上げる噴水。
一直線にスグサさんにも買っていたフェーの軌道は読みやすく、タイミングをとりやすい。
まんまと合わせられた噴水に、燃えているかのようなフェーは一身に水を浴びた。
ここまでは、水の上級魔法≪地下からの怒号は天をも貫く≫。
ここからは、水の中級魔法≪隔絶された水槽≫。
勢いのある水を浴びせられ、さらにその水は不思議と体に張り付いて、離れない。
フェーは身を捩りながらも水に包まれていき、頭や羽の一部を除いて水の球体に取り込まれてしまった。
一つの合図で二つの魔法を同時使用。
スグサさんらしい魔法の力技。
「まだやれんだろ? どうする?」
完全に拘束された先生とフェーを交互に見やり、意地の悪い笑みを浮かべている。
「……やめておきましょうか」
「なんでぇ。まだ手はあるだろ。その拘束も抜け出せるんだろ?」
「ええ、この通り」
すくっ、はらっ。
網の中で座り込んでいたクザ先生は何事もなかったかのように立ち上がった。
その拍子に落ちる、拘束用の糸だったもの。
フェーの方に気が向いてしまっている間に、どうやってか解いていたらしい。
つまり、また後ろから狙うこともできた、ということ。
「そもそもこれは手合わせではないでしょう? わたくしの力量が知りたいと仰ったではありませんか」
「……チッ」
「決着をつける必要はありませんし、もう十分ではありませんか?」
「そういうことにしておいてやるよ」
拗ねた?
くるっと向きを変え、反発した子どものような仕草をするスグサさん。
すごいことをしている人だけど、なんとなくそういう仕草は子どもっぽい。
≪隔絶された水槽≫が解かれ、解放されたフェーはライーバとともに召喚魔法も解除された。
スグサさんはシクさんの方に、クザ先生は私たちの方に戻ってくる。
先生のもとにいち早く駆け付けたのは、生徒二人と元部下。
「先生ー! すごい! すごかった! すごいすごかったー!」
「先生かっこよかった! お、俺もあんな風に魔獣と協力し合って強くなりたい!」
「クザ先生、いや、クザ先輩、お見事でした! 変わらず容赦ないようで安心しましたよー」
「アオイくん、ちょっとそこに座っててください」
一睨みの後、中途半端な位置にぽつんと座らせられたアオイさんを他所に、生徒の羨望を嬉しそうに受け止める。
さっきまで積極的に攻めていた人だから、少しギャップを感じる。
しかしその佇まいや身の振り方は、今まで知っていた先生と何ら変わりない。
新たな一面を知っても、中身は変わっていない。
「驚いたか?」
三……四人を離れた位置から眺めていると、影が隣に並んだ。
少し見上げた位置にある、コウ殿下の目を見て、心臓が小さく跳ねる。
「……驚きました。クザ先生が戦っているところ、初めて見ました」
「前線からは完全に撤退していたし、医術師や学校の教師としての活動が多いからな。しかし、まだまだ腕は衰えていないらしい」
まるで自分のことのように誇らしげだ。
そんな微笑ましい様子に、小さく笑みがこぼれる。
「カミルさん、助けられますかね」
「助けるさ。洗脳なんて人の意志を捻じ曲げるもの、むしろ捻り潰してやる」
拳を握る。
珍しく物騒な物言いに違和感を覚える。
顔を覗き見れば、怒りと、悔しさが混ざり合ったような、言いようのない顔。
確かに信頼している人たちを洗脳し、操るのは許せない。
しかし、何か……。
見つめていたコウ殿下の口が、小さく動く。
「カミルだけじゃない。ロタエも、兄上も、父上も、母上も……!」
「え……」
アアアアアァァァァァァァァッッ!!!!!!