【3/27 電子書籍一巻発売】魔術師は死んでいた。   作:彩白 莱灯

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第6話

 完全に姿が見えなくなるまで、目線は逸らさず、油断せず、警戒し続けた。

 ウロロスの目の計六つ、シクの目、私様の目で合わせて十の瞳。

 それらすべてが、敵は去ったと判断した。

 

 

「……行くぞ」

 

 

 声をかけ、ウロロスもゆっくりと向きを変える。

 この場がバレたのは予想外だが、だからといって移動する理由にはならない。

 ここは私様の家で、よく知った場所。

 結界も容易に張れる。

 むしろ他に移動する候補がないし。

 とりあえずは、怪我をした方のウロロスの治療。

 そして……身体検査でもするか。

 玄関を開ければ、険しい顔をした全員。

 聞こえてたとしてもそうでなくても、窓越しに見れれば事態は察するだろう。

 仲の良かった同級生二人が敵陣側。

 そして女魔術師も、敵。

 

 

「後でもう一回話し合いだ。今後の予定を立てる。その前にウロロスの治療をしてくるから、食堂で待ってろ。ウーとロロは来い」

 

 

 反論は許さない。

 そんなものを聞いている暇はない。

 一階奥にある研究室。

 シーツをひいて≪虚空≫からウロロスを取り出す。

 そうしていると、後ろに気配を感じる。

 

 

「……勝手に入ってくんじゃねえよ。医術師」

「すみません。ですが、お話したいことがあります」

 

 

 形だけの謝罪。

 威圧に物怖じせず、何か確固たる意志を持ってここにきているというのか。

 一体何だろうな。

 

 

「聞くだけ聞いてやるよ」

 

 

 手は止めず、耳だけ向ける。

 それでも構わないというように、医術師は口を動かす。

 

 

「ヒスイさんのことです」

「あぁ」

「コウくんから聞きました。あの子は魂をこちらに召喚され、あなたの体に定着させられていると」

「そうだが?」

「であれば。ヒスイさんは召喚魔法がかけられています」

「それが?」

「ヒスイさんかけられた魔法。それを辿れば、召喚元であるヒスイさんの体に辿り着くのではないですか」

「……なるほど?」

 

 

 召喚術師ならではの発想とするか。

 私様は召喚術はそんなに使わない。

 使えないわけではないが、必要ないからだ。

 だから、言われた内容を理解はしても、発想することはなかった。

 目から何かが落ちたようだ。

 

 

「つまり、弟子の魂の移動の痕跡が残っている可能性があると?」

「はい」

「……面白い」

「世界を超えるなんてこと、普通は無理でしょう。研究者たちがやってのけたとはいえ、わたくしにはどんな魔法の構造か、想像もつきません。ですが、あなたなら、あるいは……」

 

 

 よし、今できる治療はここまでだ。

 だが、十分ではない。

 

 

「どっちか、髪の毛」

「はい!」

「はい!」

「一本でいい……」

 

 

 早い者勝ちというわけでもないのだが、ほぼほぼ同じ動きで差し出された。

 抜かれたものはしょうがない。

 両方使おう。

 一本は傷口に。

 もう一本は口に押し込む。

 すると。

 どうだろう。

 

 

「……え」

 

 

 医術師が驚くのも当然。

 怪我がみるみる治っていく。

 細胞の再生が目に見えてわかる。

 それだけでもすごいことだが、それよりも、だ。

 

 

「治癒……した……」

「絶対に言うんじゃねーぞ」

 

 

 見せたくなかったんだが、成り行き上しょうがない。

 医術師もいい話を聞かせてくれたことだし、見返りだ。

 といっても、やれるものではないが。

 

 

「……その子たちが、鍵なのですね」

「ああ。だが、こいつらの体はものじゃねえ。私様たちに関わったことで不条理な怪我をした場合のみだ。見張りをしてたら巻き込まれた、とかな」

「……その子たちも、ただものではないのですね」

「まあな。だが、この話はここまでだ。弟子の件に戻る」

「はい。構いません」

「その話、弟子にはまだするな」

「わかっています。実際はどうなのかはわかりません。どう判断するにしても、期待だけさせるのはむしろ酷なことであると思います」

「同意」

 

 

 よくわかってやがる。

 過去に二回ほど聞いたときは「帰らない」と言っていたが、それは帰る方法がなかった時の話だ。

 だが今の話は違う。

 本当に魂の移動の痕跡がわかるとすれば、戻れる可能性は大いにある。

 いわば逆・召喚。

 送還だ。

 もちろん、向こうでの弟子の身体がどうなっているかは行ってみないとわからない。

 それでも向こうで死にたい。

 帰りたいというのなら、それもありだろう。

 ま。一先ずは痕跡を確認するところからだ。

 

 

「私様はまだやることがある。先に戻ってろ」

「わかりました」

 

 

 静かに部屋を出て行ったことを確認し、私様は自身の体を見やった。

 

 

 

 

 

 ―――――……

 

 

 

 

 

「さて。事態がまた変わったわけだが」

 

 

 ウロロスの治療をしていたスグサさんが戻ってきて、食堂は重い空気が流れる。

 というよりも、スグサさんが戻ってくる前から空気は重かった。

 マリーさん。

 センさん。ロタエさん……。

 カミルさんやナオさんだけでなかった。

 でも、なぜ……。

 

 

「暗くなるのは構わないが時間もない。話を進める。私様と弟子はレルギオに行くぞ」

「ちょ、ちょっと待って!」

「あ?」

「っ!」

 

 

 思わず椅子を倒しながら立ち上がったのは、ライラさん。

 鋭く睨むスグサさんに怯んだのは火を見るよりも明らか。

 それでも、なお。意を決して、言葉を発する。

 

 

「わ、罠かもしれないじゃないですか……。行って、何かされるかもしれませんよ」

「ま、話し合いだけでは済まないかもなあ。だが、それがどうした」

「ひ、ヒスイが、危ない目に、会うなんて……っ」

「ライラさん……」

 

 

 目の表面に集まっていた水分が、涙となって頬を伝う。

 テーブルに落ちたそれは、じわりと色を変え、存在を主張する。

 自分のことをこんなにも思ってくれている。

 私のことなんて、隠し事ばかりなのに。

 得体のしれない相手だろうに。

 一年も一緒に過ごしていないのに……。

 

 大丈夫です。

 声にならない声。

 息しか漏れない、役立たずの口。

 役に立たないのは、内心「なにが大丈夫なのか」と自分で思っているからだ。

 責任感のない言葉を口にする勇気も度胸も持っていない。

 安心してもらいたいだけなのに。

 ただ、怖い。

 膝に乗せられた手を硬く握り。

 釣られるように両目も固く瞑る。

 口も、開かない。

 

 

「私様がいるんだぞ?」

 

 

 俯いた頭の上から、私とよく似た声が、この場に落ちた。

 小さい頃に遊んだスーパーボールのように。

 空気を引き裂いて落ちた声は、落ち始めたところよりも高く跳ね上がる。

 それを追うように、自然と顔が上がる。

 

 

「私様と言う最高位魔術師が弟子についているのに、何が心配なんだ?」

 

 

 こんな状況でも、今まで何度も見てきた、ニヤッと悪戯でもしそうな顔。

 カーテンの隙間から日がさして、スポットライトが当たっているみたい。

 何度も、見てきた。

 何度も、頼ってきた。

 何度も何度も、助けられた。

 この人以上に頼りになる人、この世界にいるのだろうか。

 

 

「……ライラさん」

 

 

 ああ、ようやく声が出た。

 よかった。

 安心して、顔の強張りが解ける。

 ライラさんを見れば、目を見開いて固まっている。

 大きな瞳が私を捕らえる。

 瞳を覆う水面からは、雫はもう流れてはいない。

 

 

「スグサさんがついていてくれますし、大丈夫です。今までも色々と教えてもらいましたから」

「私様が二人いるようなもんだ。過剰戦力だな」

「間違っていないような表現してますけど明らかに買い被り過ぎです」

 

 

 見た目はほぼ一緒だからね。

 でも戦力差は全く違いますから。

 否定したけど、これはもしかしたら、スグサさんなりの心配させない物言いなのだろうか。

 研究ばかりで人を避け、学校にもほとんど通わなかった、人付き合いの不得意そうなこの人なりの。

 偉そうな態度も、変に謙遜するより扱いやすい。

 それだけの功績を残してるんだから正当な自己評価だ。

 気に入った人とそうでない人の対応の変化も、明らかな態度をとれば向こうも相応の態度で示す。

 敵味方がわかりやすい。

 ぶきっちょなスグサさんとのやりとり。

 人前でするのも初めてだ。

 私たちをみたライラさんはまた、ぐしゃりと顔を歪ませ、涙を流す。

 

 

「戻ってこないといやだよ……?」

「戻ります」

「……その後でもいいから、ナオを戻すの、手伝ってくれる?」

「約束します」

「絶対?」

「絶対」

 

 

 ぐしぐしと乱雑に、腕で涙を拭った。

 赤く腫れた目からはまだ涙が溢れそうだったが、泣くまいと強い意志を感じる顔だった。

 笑わないし、謝らない。

 行動で示すだけ。

 求められているのは、それだけ。

 

 

「話を続けるぞ」

 

 

 その一言で、私とライラさんも気を取り直し、他の人たちも含めてスグサさんの言葉に耳を傾ける。

 

 

「確認したいことがある。第二王子サマと赤髪」

「……名前で構いませんから」

「僕も普通に呼んでください」

「そうか。ならコウとアオイ。お前らに聞きたいことがある」

 

 

 珍しい。本当に珍しい。

 スグサさんがちゃんと名前で呼んでる。

 ずっと一緒にいた私ですらあまり呼ばれないのに。

 同じことを思ったのか、二人も目を丸くしている。

 そんな私たちを知ってか知らずか、テーブルに両肘をついて前のめりになったスグサさんはさっさと話を進めていく。

 

 

「城や国で思考が変わったやつはどれくらいいる?」

「そう、ですね。明確に調べたわけでありませんが、少なくとも魔術師団はほぼ

 全滅です」

「城の関係者もだ。役人もメイドもアオイ以外の従者も。普段の話し方は変わらないのに死生観だけは違う」

「……ならもう一つ。この場にいる奴で、光の属性を持ってない奴、手を挙げろ」

 

 

 …………手が上がらない。全員、持ってる。

 

 

「何かわかったことがあるのですか」

 

 

 全員が思ったことを、アオイさんが代表して声を上げる。

 スグサさんは椅子の背もたれにもたれ掛かり重い空気を吐き出す。

 目を閉じて、黙り込んでしまった。

 まるで考え事をしているように。

 そして数秒の無音の中、一つ、風が通る。

 風に撫でられた瞼が離れる。

 

 

「ぶりっ子と話してる時に感じたんだが」

「ぶりっ子? あたし!?」

「ちげーよ。さっき来たお前らの同級生の女」

「……あ、マリーのこと!」

「そ」

 

 

 ライラさんが聞いてくれなかったら私が聞いてた。

 いきなり『ぶりっ子』って言われても誰のことかわからないよ……。

 

 

「そいつから感じた魔力が、女魔術師にまとわりついてた」

「纏わりつく……」

「弟子が思い当たらないのは単純に素体のせいだな。闇も持っているが、光を持ってる奴は性質上、洗脳は受けにくい」

「性質……?」

「話したことなかったか? 光の属性は跳ね返す。≪女神の抱擁≫がいい例だ。逆に、闇の属性の性質は吸収。影響を受けやすい」

 

 

 へえ。そうなんだ。

 私は闇属性も光属性も持ってるけど、もともとは『スグサさんの』だ。

 並大抵の攻撃は受けにくい、と。

 防御力高そう。

 

 

「女魔術師は闇属性持ってるからな。コウたちよりも影響を受けやすかったんだろう。あとは、身近な奴が死んだ奴。闇を持っていないが、光も持っていない奴。それと……単純に弱い奴」

「……俺やライラがかからなかったのは?」

「お。適正な自己評価ができるな。第三王子サマ。確かに強いとは言えない。だが、洗脳にかからない程、しっかり意志を持ってたんじゃないか? 例えば……天然だったら片割れのこと。第三王子サマなら?」

「俺は……母様の、こと」

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