【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま 作:Leni
1.魔女はストロベリーブロンド
その日、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、変質した。
始まりはいつものこと。魔法の失敗で母から叱られ、屋敷の庭に逃げ出したことだ。
いつもと少しだけ違ったことがあるといえば、その日は大雨が降っていたということだろう。風も強く、もはや嵐というべき空模様であった。
そんな中、ルイズは庭で一番の大樹の下に逃げ込んだ。涙か雨かすでに判別が付かなくなった、ずぶ濡れの顔を彼女は両の手でぬぐう。
――なんで、わたしだけが、こんな目にあわなければならないんだろう。
彼女は魔法が使えなかった。いや、正確には、彼女の魔法は全て失敗し、小さな爆発を起こすだけであった。
ルイズは貴族家の三女だ。この国では、貴族は全ての者がメイジであり、魔法を行使することができる。
この国において、貴族は魔法を使い平民を導く尊い存在だ。貴族は魔法が使えるからこそ、平民の上に立っているのだ。
では、魔法が使えぬ貴族は、貴族たり得るのか。まだ十にも満たぬ歳であるルイズだが、自身がいかに貴族として不出来なのか、その事実がいかに貴族社会で愛する親に負担を掛けるのか……
しかし、聡いとは言っても、ルイズは幼い子供だ。彼女は自身が置かれた状況に、多大な精神的負荷を感じていた。
そしてその精神的負荷は、自身の内側からかかるものだけでなく、周囲からもかかっていた。
どれだけ努力してもできない魔法を成功してみせろと言われる、理不尽。
魔法を使えぬという事実によって、平民の使用人からも向けられる、あわれみの目。
そして今日、母からの
だが、彼女がしたのはその場で泣き叫ぶことでも、
彼女にできたのは、こうして誰もいない場所へ逃げ出すことだけ。
叩きつけるような雨でしめった草の上に、ルイズは寝転がる。
しめった土の臭い。目に入るのは空へ精一杯に枝を伸ばした大樹。そして聞こえてきたのは――耳をつんざくような轟音だった。
目の前で光が炸裂した。
落雷。
ルイズがそれを認識したのは、寝転がる身体のすぐ横に、焼けた枝が落ちてきてからだった。
彼女は身を起こし、燃える大樹から雨の中へと逃げ出す。しかしその最中、ルイズは大樹から視線を外さなかった。
ルイズは奇跡的に無傷だった。
だが、心の中までは無事では済まなかった。
精神的負荷によるものではない。
彼女の心の中からは、魔法を使えぬ事実も、使用人からのあわれみの目も、母からの厳しい言葉も、全部吹き飛んでいた。
――その日、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、破壊の力に魅入られた。
◆◇◆◇◆
部屋の中にノックの音が響く。
「開いてるわ」
「はあーい、ルイズ。晩酌のお誘いに来たわよ」
齢十五となり、貴族の子女が集まるトリステイン魔法学院に入学し、一年を過ごしたルイズ。
今日も彼女はいつもの通り学院で授業を受け、夕食を終えて風呂に入り、寮の自室へ戻った。そんな彼女の自室に顔を出してきたのは、赤毛の髪に褐色の肌の女性。
隣の部屋の同級生。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーだった。
右手には赤ワインの瓶、左手にはパンの入ったバスケットを携えている。
「あら、キュルケ。今日は隣で盛ってないのね」
「何言ってるのよ。入学当初、汚らわしいとか言って、散々な目に遭わせてきたのは貴女でしょうに」
キュルケはルイズの座る机に瓶とバスケットを置くと、慣れた手つきで部屋の隅から折りたたみの椅子を用意した。さらに棚からグラスを二つ用意する。彼女がルイズの部屋に普段から入り浸っていることを感じさせる、慣れた手つきであった。
急に机の上を占有されたルイズは、ため息を一つつき、インク壺の蓋を閉めた。そして、インクがついたままの羽ペンをペン立てに置く。
それから机の上に広げられた紙を集め始めた。
そんなルイズの仕草をグラス両手に眺めていたキュルケが言う。
「こんな時間まで勉強なんて、相変わらず筆記だけは優等生なんだから。あら、良い紙使ってるじゃないの」
「勉強じゃないわ。論文を書いていたのよ。あ、ワインは待って。染みなんてついたら大変だから」
グラスを机に置き、バスケットからコルクスクリューを取りだしてワインの栓を抜こうとするキュルケに、紙をまとめていたルイズは待ったをかけた。
「論文? なんでそんなものを……」
キュルケは不思議そうな顔で、ルイズの手元を覗きこむ。
「明日は使い魔の召喚の日でしょう?」
「ええ、そうね。だからこうして留年するんじゃないかと、気が気じゃない貴女のために、わざわざ来てあげたんじゃない」
大きなお世話よ、とルイズは返し、さらに言葉を続ける。
「まあ、でもそうね。留年。このままだと、わたしはほぼ確実に儀式に失敗して留年する。だから論文を書いているの」
「論文で、留年は勘弁してくださいとか頼み込むわけ? 神聖な儀式相手に、それは通用しないと思うけど……」
「違うわ。この論文はアカデミーに持っていくの」
アカデミー。この国、トリステイン王国の王立魔法研究施設のことだ。
留年とアカデミーに何の関連があるのかキュルケは理解できず、首をかしげる。
「丸一年も学院で学んで使い魔も呼び出せないんじゃ、何年かかっても留年続きよ。だから、もし呼び出せなかったら、アカデミーに入れないか打診してあるの。当然、内定はもらっているわ。で、この論文でどの地位が相応しいか、審査してもらうの」
「それって、学院を辞めるってこと!?」
突然の告白に、キュルケは手に持ったワインの瓶を落としそうになる。
キュルケにとって、ルイズは唯一無二の悪友。そして、永遠のライバル。
そんな彼女が、自分のもとからいなくなってしまう。
辞めないで――とは言えなかった。
ルイズの言っていることは何も間違ってはいなかったからだ。
この失敗魔法という名の破壊の魔法を心から愛す爆発娘が、急に他の魔法を使えるようになるはずがない。キュルケはそう思うしかなかった。
「これは、学院に入ったときから考えていたことよ。だから、論文の準備はずっと前からしていたの。辞めることは家族とアカデミーにしか言っていなかったけどね」
「じゃあときどき授業を抜け出していたのは、怪しい悪巧みじゃなくて……」
「何が悪巧みよ! 論文を書くためのフィールドワークのために、学院を出ていたからよ。……まあ授業に出ていないのは、それだけが理由じゃないけど」
「はあ、明日は使い魔の召喚の日だというのに、何の用意もしていないとは思っていたけれど。なるほど、そういうわけ。気の早い貴女なら、使い魔のために藁の寝床でも部屋に用意しているのかと思ったのに」
キュルケは軽い悪態をついて、混乱しそうになる頭をいつも通りに落ち着けようとする。
そんなキュルケの内心を知らぬルイズは、何でもないことのように話を続けた。
「ありえない明日よりも、目の前の現実よ。とりあえず、今書いている本命の論文以外に、二本は書き終わってるわ」
ルイズは集めた紙束を持って席を立つと、部屋に据え付けられた棚をあさって新しく二つの紙束を取り出し、キュルケに手渡した。
「ええと、『装飾型魔法杖に関する研究』に『平民がメイジとして生誕する確率の考察』……ね。これ、もう研究されていて、価値のない論文とかいう落ちはないの?」
渡された論文をぺらぺらとめくりながら、キュルケは言う。
キュルケは卓越した魔法の使い手の証である『トライアングル』の階位にあるメイジだが、魔法研究についてはさほど詳しくない。
しかし、学院の内外に名をとどろかせる有名なメイジである『魔女』のルイズといえど、学生の書く論文がそう簡単に認められるとは思えない。トリステインは近隣国で魔法文化が特に盛んな国で、アカデミーはその国における最高峰とも言える研究所なのだ。
いや、それを可能にしてしまえそうな気分になるのが、この小さな魔女の持つオーラなのだが。
「大丈夫よ。わたしの姉はアカデミーの研究員で、概要を送ってみたけど十分行けるって言われたわ」
「身内の評価なんて当てにはならないとは思うけどねぇ……あら、『錬金』の魔法を使った加工なんて書いてあるけど、これはどうやって研究したの?」
「わたしと同じように、政略結婚の駒になるよりは自分で人生を歩みたいなんて野心を抱えてる上級生を捕まえて、ちょいっとね。ほら、表紙が共著になっているでしょう」
自分の知らないところで何をやっているか分かったものではないな、とキュルケは目の前の悪友について思った。
論文を斜め読みしたキュルケは、紙束をルイズに突き返し、ワインの瓶に再び手を伸ばす。
今日は一晩ルイズを励ますつもりで訪れたが、そんな無益な努力より酒の肴に論文についての話を聞き出そう。
野心あふれるゲルマニア出身のキュルケは、論文の中にあった『平民からメイジを抽出する実験教育』の項目を見てそう思いついた。
◆◇◆◇◆
二日酔いと共に迎えた、春の使い魔召喚儀式。
結論からいうと、ルイズの召喚魔法は成功した。
「あはっ」
欠片すら思いもしていなかった結果。ルイズは心の奥底から湧き上がる歓喜に、笑いを隠せなかった。
「あはははははははははは、やった、やったわ! 最高の使い魔を喚び出したのよ、わたしは!」
これほどまでルイズが喜んでいる理由。それは、人生で初めて正しく魔法を成功させたことではない。
喚び出した生物を見て、彼女は喜んだのだ。
魔女のルイズが喚び出した使い魔。それは……人間だった。
「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で、平民を呼び出してどうするの?」
誰かがつぶやいたその言葉。
使い魔を召喚し終わり、学院の外にある草原で、使い魔とたわむれながら儀式の終了を待っていた他の生徒達の耳へと、それが届く。
ルイズが呼び出した人物は、草原の草地にへたり込むようにして座っている。状況がつかめていないのか、呆然とした表情だ。
その彼は、貴族の証であるマントを身にまとわぬ、異国風の少年だ。明らかに、平民であった。
そんな事実を目にした生徒たちの間に、小さな笑い、そして大きな動揺が広がった。
「『魔女のルイズ』だからって、平民をさらってくることはないだろう!」
「確かにおとぎ話の魔女には下僕がつきものだけど、平民はないだろう」
貴族たるメイジが平民を呼び出した侮蔑とも、魔女と呼ばれる少女が人を呼び出した畏怖ともとれる、彼らの言葉。だがそれは、歓喜が満ちあふれたルイズの心には、まったくもって響かない。
「何を言ってるの!? 人間よ!? この大地の支配者たる、人間を召喚したのよ!」
喜びで笑うルイズと、平民を下に見る生徒達の乾いた笑い声が場を満たす。
だが、そこに教師の喝の声が割り込んだ。
「これ! ミス・ヴァリエール! それに皆さん! 喚びだした使い魔の種族を過度に誇ったり、相手を馬鹿にしたりすることは、卑しい行為ですぞ!」
その言葉に、ルイズはわずかにカチンときた。
メイジの本質を見たければまず使い魔を、だとか、儀式ではその人物に相応しい使い魔が喚び出される、なんて散々言っておいて……。と、ルイズは注意をしてきた教師に食ってかかりそうになる。が、彼女は寸前で踏みとどまって、言葉を飲み込んだ。
教師と口論する前に、彼女には他にやるべきことがあった。
――契約を、『コントラクト・サーヴァント』をしなければ。
そこまで考えたところで、ルイズの顔から血の気が引いた。
これから『コントラクト・サーヴァント』、すなわち、使い魔との契約を結ぶ魔法をこの目の前の少年にかけなければならない。
ルイズの使える魔法は、失敗魔法のみ。破壊魔法とも他者から呼ばれる、爆発現象を起こす魔法のみである。
その破壊魔法で何かを対象にした場合、その対象物が爆発する。
それは物に限った話ではなく、生き物も同じだ。
彼女は、実験と称して、今まで数多くの小動物を爆殺してきた。
さらにルイズはその性格と性分が災いしてか、荒事に巻き込まれがちであり、その爆発で人に怪我をさせたこともある。
だが、人を殺したことは平民相手ですら一度もなかった。
契約の『コントラクト・サーヴァント』の魔法は、使い魔と口づけを交わして契約を行う。失敗し爆発した場合は、顔、ないし刻まれるはずのルーンの場所が爆発するだろう。ルイズ自身も、無事ではすまないはずだ。
成功すれば良いというだけの話だが、爆発以外の魔法を使えたのはつい先ほど、この少年を召喚したたったの一回のみだ。
「『錬金』」
ルイズは試しに人のいない場所の草に『錬金』の魔法をかけるが、地面が爆発でえぐれただけだった。
ルイズの身に奇跡が起き、今日になって急に魔法を使えるようになった、というわけではないようだ。
――使い魔は自分の分身。自分にかける魔法を使ってもわたし自身は爆発しない。だから『コントラクト・サーヴァント』では爆発しない。
そのような考えがルイズの頭によぎるが、あまりにも楽観的すぎると、自ら考えを切って捨てた。
そして、ルイズは気持ちを切り替えた。そうだ、爆発することを前提として、魔法を使おう。
彼女は右腕を、呼び出した人間――異国風の青い服を着た少年――へと伸ばす。
少年は、状況を未だ理解できないのかぽかんとした顔で座り込んだままだ。
そしてルイズは右腕へと精神力を通す。
ルイズの両腕には、水のメイジの外科手術により魔法の杖が埋め込まれていた。自分を実験台にした魔法研究の成果。これこそ、彼女が昨夜キュルケに見せた論文の『本命』であった。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」
彼女が唱える呪文は、通常の魔法のような、ルーンの言葉ではない。神聖な儀式と言われるだけはある、特別な呪文。
しかし、右腕に通す精神力は何度も使ったことのある『爆発』と同じもの。
あの落雷の日から十年以上にも及ぶ修練……意図的に爆発を起こし続ける修練の果てに身につけた、『人が傷つかない失敗魔法』の行使。
「五つの力を
右手の指先は、少年の額の上に。
「この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
呪文の詠唱を終えたルイズは、目を見開いたままの少年へと顔を近づけていく。そして、その最中、あることに彼女は気付く。
――もしかして人間の召喚って、人
少年に契約の口づけをしながら、そんなことを考えたルイズは、また顔を青くした。
Arcadiaにて2008年から2011年の間に連載し、原作の進行による新設定でプロットが迷子になり未完となった作品の改稿作品となります。
完結まで何年かかるかも分かりませんが、どうかお付き合いください。