【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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10.誰が小壜を拾ったか?

 ルイズ・フランソワーズは『魔女』である。もはや学院内では、揺るぎない二つ名となっている。

 その『魔女』としてルイズが恐れられる一エピソードとして、デザートのケーキをわずか三十秒でペロリと平らげた彼女が、これから巻き起こす小さな事件に触れてみよう。

 

 談笑をしながら食事を終えたルイズ。彼女は級友達との会話をそこで打ち切り、席を立ち別の場所へと移動し始めた。

 食事中には座った席の周囲の者としか会話ができないため、デザートを即座に攻略したルイズは、別の友人達のもとへと赴いて食後の談話をしようとしているのだ。

 

 長テーブルに沿うようにして、ルイズは歩いていく。そのとき、すぐ近くから、男子の会話が聞こえてきた。

 

「なあ、ギーシュ! お前、今は誰と付き合っているんだよ!」

 

「誰が恋人なんだ? ギーシュ!」

 

「付き合う? 僕にそのような特定の女性は、いないのだ。薔薇は、多くの人を楽しませるために咲くのだからね」

 

 色恋沙汰は、この年の貴族の少年が一番、気にする話題だ。それは少女側も同じではあるのだが。だがルイズは彼らの話を聞いて、ただ「何を言い出すのか、こやつは」と心の中で思った。

 

 ――何が「特定の女性はいないのだ」よ。昔のキュルケの同類ね!

 

 男を取っ替え引っ替えしていた入学当初のキュルケを思い出し、少し気分を悪くして、彼らの側から歩き去ろうとするルイズ。

 が、彼らの中の一人がポケットから落とした、小さなガラスの小壜(こびん)を見て、ルイズの足が止まる。

 これを落としたのは、先ほど薔薇が云々とキザな台詞を吐いていた優男、ギーシュだ。

 

 あんな男でも、落とし物は落とし物だ。返してあげよう。

 

 と、床に落ちた小壜を拾ったルイズ。だが、その小壜が何であるかに気付いた彼女は、ふと(ひらめ)いて、ニヤリと笑った。

 

「ギーシュ! ギーシュ・ド・グラモン! これ落としたわよ」

 

 ささやくようであるが、大きく良く通る声。街の劇団に所属する役者から教えてもらった特殊な発声法を使い、ルイズは目の前の男達に話しかけた。

 後ろから話しかけられたギーシュと彼の取り巻きは、振り向いてぎょっとした。

 

『魔女』だ。

 

 彼女が急に話しかけてくるなんて、また何かたくらんでいるのか。

 いや、食事中の彼女はいつも上機嫌だ。素直に、ただ落とし物を拾って話しかけてきただけだろう。

 

 そう考えた金髪の貴族令息ギーシュだが、ルイズが手に持っている小壜を見て目を見開いた。

 あれは、あの小壜は!

 

「それは僕のものではないよ、ルイズ」

 

 背中からわずかに汗を流しながらギーシュは、そうとぼけた。今、この場で、あの小壜を自分の物だと主張するのは、状況的にあまりよろしくない。そうギーシュは思い、『魔女』の魔の手から逃れるために必死で頭の中身を回転させ始めた。

 

「あら、そうなの」

 

 ルイズは、そう笑って素直に引き下がってくれた。思わずホッとするギーシュ。

 だが、周りがルイズの持っている小壜を見て、騒ぎ始めた。

 

「おお? その香水は、もしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」

 

「そうだ! その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だぞ!」

 

「それをギーシュが落としたというのかい、ルイズ? つまりギーシュは、モンモランシーと付き合っているということだな?」

 

「違う、違うよ皆。これは僕が落とした物じゃない」

 

 ギーシュは頭を左右に大きく振って否定する。

 だが、周囲の少年達の冷やかしの声は止まらない。

 

 そんなギーシュに、ルイズは擁護の声を向けた。

 

「そうね、違うと言うのなら、違うのでしょう」

 

 おお、麗しのミス・ヴァリエール。なんと機転の利くことか。今日ばかりは『魔女』と呼んだことを詫びよう!

 ギーシュがそう考えた次の瞬間、ルイズはまくしたてるように言った。

 

「でも、落とし主が分からないと言うことは、これはわたしがもらってしまってかまわないのかしら?」

 

「い、いいんじゃないかな」

 

 何が狙いだ!? と、ギーシュは眉をひそめた。

 拾った物を自分の物にしようだなんて、貴族として意地汚くはありはしないか。そう思うところだが、ルイズは公爵令嬢であり、あの小壜に入った香水の製作者と友人である。今さら自分から奪っていく必要などないはずだ。ギーシュは、ルイズの狙いがてんで読めなかった。

 だが、この場をこじらせないためには余計なことを言わない方が良いだろうと、ギーシュは口をつぐむことにした。

 

「ねえ、いいかしら? これ、もらってしまって……ねえ、モンモランシー?」

 

 不意にルイズが横を向いた。

 

「……ええ、構わないわよ、ルイズ」

 

 そこには、怒りで震えるモンモランシーが、両手を握りしめながら立っていた。

 その彼女が、底冷えするような声でギーシュに向けて言う。

 

「ねえ、ギーシュ、わたしはあなたに香水を贈ったつもりなのだけれど、あれはわたしの記憶違いだったのかしら?」

 

「ご、誤解だよモンモランシー」

 

 突然の事態に、ギーシュはさらに全身から冷や汗を流す。

 

 ――モンモランシーは遠くに座っていたはずなのに、何故ここに! くそ、誤魔化さなければ良かった!

 

 ギーシュは、今度こそ、この状況を無事に抜け出すため、必死で思考を回した。

 

「何が誤解なのかしら。ああそう、あなたがあの日わたしに語った言葉が、誤解だったのね。香水なんてもらっても迷惑、そういうことだったわけ」

 

 何のことはない。ルイズはモンモランシーに聞こえるように、わざと彼女の方を向いて大きな声で話していたのだ。

 そんなルイズは、目の前で起きている痴情のもつれなどわたしには関係ない、とばかりに小壜から香水を手の甲に垂らし首筋にすりつけていた。

 

「いや、違う。君のことは今も愛しているよ、モンモランシー」

 

 その言葉に、不意にギーシュ達の近くで誰かが椅子を蹴倒して立ち上がる音が上がった。

 食堂の真ん中にある二年生の席の、その隣。一年生のテーブルの方からだ。

 

「ギーシュさま! これは一体どういうことですか!?」

 

 ルイズやモンモランシーよりわずかに幼い令嬢が、ギーシュに詰め寄った。

 

「誰?」

 

 モンモランシーは、不意に割り込んできた少女に険しい顔を向けた。

 

「ケ、ケティ……」

 

 ギーシュはさらに顔を青くした。ケティ・ド・ラ・ロッタ。学院に入学したばかりの一年生だ。

 そう、ここは食堂。学院全ての生徒が今、この場にいるのだ。

 

「ギーシュさまはあの日、わたしだけを見てくださると言ってくださいました。ですが、ですが……やはりミス・モンモランシと……」

 

「ケティ、違うんだ!」

 

「何が違うのか、詳しく説明してほしいわね、ギーシュ」

 

 ケティとモンモランシーから左右同時に責め立てられて、ギーシュの顔はどんどんと青くなっていく。

 

 いつの間にやら食堂に修羅場が出来上がっていた。

 ギーシュを冷やかしていた男子生徒達は、少女二人の鬼気に押されすっかり黙り込み、その修羅場をじっと見守っていた。

 

 そんな中、この状況を作り出したルイズは一人「ふふふ」と声を上げて笑い、彼らに背を向けてキュルケやタバサ達がいる方へと歩いていった。

 なんのことはない。ルイズは友人であるモンモランシーから、恋人であるギーシュの浮気癖をなんとかしたいと以前、相談を受けていたのだ。

 だから、今回、上手く場を動かして、二股をしていたギーシュを懲らしめて、反省するよう促した。ただ、それだけのことだった。

 

 ルイズの日常は、だいたいこのような小さな事件の連続であった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 食後の談話を終えたルイズが、厨房へと入っていく。

 

「おじさま、サイトを返しにもらいに来たわ」

 

「おう、嬢ちゃんか、すまねえなぁ……」

 

 やってきたルイズに、シェフやメイドと一緒に賄いを食べていたマルトーが気まずそうに頭をかく。

 

「あら、サイトいないわね」

 

「坊主は今、裏口にいるんだ」

 

「?」

 

 用でも足しに行っているのかと、ルイズは首をかしげる。

 まさか裏口で、誰かにいびられているとかいう、貴族の学院生活を扱う平民向け小説みたいなことが起きていることはないだろうか。

 

「いや、それがな、飯をやったら『美味い美味い』って、見てるこっちが嬉しくなるような食べっぷりを見せてくれたと思ったら、今度は『美味いもんを食わせてくれたお礼をさせてくれ』なんて言いだしてな」

 

「あら、それは……」

 

 ――今日半日、彼と一緒に行動していても特に気にならなかったが、もしかするとそれなりに義理堅い人柄なのだろうか。

 

 知識の吸収ばかりに気を取られ、才人本人の人となりを全く見ていなかったことに、ルイズは恥じた。

 

「気持ちの良い若者を喚びだしたな、嬢ちゃん」

 

「ええ、そのようね」

 

 マルトーの言葉を聞き、ルイズは花が咲くように笑った。

 

「裏口に行けばいいのね。そのまま教室に連れて行くわよ」

 

「ああ、ごくろうさんって言ってやってくれや」

 

 食事中失礼、とルイズは言って厨房の奥にある勝手口へと歩いていく。

 マルトーとルイズが会話を続ける最中も、賄いを食べる使用人達は特にかしこまった姿勢を見せなかった。

 

 この厨房の使用人達は皆、知っていたのだ。ルイズは他の貴族達と違い平民を下に見ない。さらには、対等な立場で接してくるのを最も好むことを。

 ルイズは別に、貴族としての特権意識が薄いわけではない。ただ、昔から、知識を集めるために平民と交流する機会が多く、いちいちかしこまられるやり取りに、時間がもったいないと思うようになっただけだ。

 

 そんなルイズは、勝手口の扉を開け本塔から外に出る。

 軽く周囲を見渡すと、すぐに才人の姿は見つかった。

 

 才人は青空の下、大きな鉈を片手に薪割りをしていた。

 彼の横には、山のように割られた薪が積まれている。

 

「サイト、お疲れ様。途中で悪いけれど、午後の授業に行くわよ」

 

「あっ、ルイズ! 見てくれ、これこれ!」

 

 ルイズが才人に話しかけると、彼は妙にテンションの高い声で、ルイズに詰め寄ってきた。

 

「何?」

 

「これこれ!」

 

 才人は鉈を握っていない方の手、左手をルイズに向けて突き出した。

 

「使い魔のルーン……が光ってるわね」

 

 才人の左手の甲に刻まれた、見覚えのない形をした使い魔のルーン。

 そういえば、とルイズは思い出した。人間を召喚したことに気を取られすぎて、自分の使い魔のルーンを確認するという、基本的な作業を忘れてしまっていた。

『サモン・サーヴァント』で召喚された使い魔は、『コントラクト・サーヴァント』で契約することで、体のどこかに使い魔のルーンが刻まれるのだ。

 

「それでな、ちょっと見ててくれ」

 

 ルイズに向けていた左手を引くと、才人は脇に置かれた薪用の小さな丸太を掴み、ルイズから距離を取って鉈を構えた。

 そのまま才人は、左手の丸太を自分の頭の上に放り投げる。

 そして丸太が落下する一瞬の間に、才人はルイズが目で追いきれない勢いで、その右手を何度も振るった。

 すると、裏口の草地の上に、八分割された丸太がバラバラに落ちてくる。

 

「サイト、あなた武芸のたしなみがあったの!?」

 

 ルイズは目を見開いた。空中で薪を八等分など、なんと見事な剣技だろうか。

 魔法の刃を生み出す『ブレイド』の呪文を得意とする、魔法騎士隊のメイジでも、こうはいかないだろう。

 

「いや違うんだ。俺、今まで薪割りも剣道もしたことはない。でも、鉈を握ったら左手の文字が光って、体がすごい軽くなった。それでなんて言うのかな、どうやればこの鉈を上手く使えるか、なんとなく理解できるんだ」

 

「何それ!?」

 

 聞き覚えのない使い魔の能力に、ルイズは目を輝かせ興奮した。

 




本作の新規プロットを練るために電子書籍で買い直した原作を一から読み直し中ですが、一気読みするとレモンちゃんとサイトの情緒の乱高下があまりにも激しくて、めまいを起こしそうです。一週間に一巻くらいのペースで読むのが正解かもしれない。
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