【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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106.記憶は色あせずそこにあり

 ジョゼフは夢の中で漂っていた。

 いや、夢ではない。これはルイズが『虚無』の魔法で作り出した、仮初めの記憶の世界だ。

 それを自覚したジョゼフは、周囲を見回した。すると、見覚えのある景色が、そこにはあった。

 

 そこは、ガリア王の執務室。

 ガリア王国の首都リュティスの郊外、ヴェルサルテイル宮殿の本丸。美しい青い壁が特徴のグラン・トロワの一室である。

 それも、調度品の並びからして、今は亡き父王時代のものだった。

 

 そこで、ジョゼフは信じられないものを見た。

 かつて、自身が毒矢で以て殺した弟シャルルが……父王の執務机の中身をぶちまけ、床に転がった書類の上に突っ伏して泣いているのだ。

 

 ジョゼフは、弟がこのように泣く姿を一度も見たことがなかった。しかも、伏せたその顔を見て、ジョゼフは驚愕した。

 いつも冷静で、穏やかな笑みを浮かべていた、完璧な弟シャルル。それが、何かを(なげ)くように表情を歪めている。

 何があった、そう問いかけようとしたところで、シャルルはうめくように叫んだ。

 

「……どうして? どうしてぼくじゃないんだ」

 

 腹の奥から絞りだしたような声で、シャルルは言葉を続ける。

 

「父さん。どうしてぼくを王さまにしてくれなかったんだ。おかしいじゃないか。ぼくは兄さんより何倍も魔法ができるんだぞ。家臣だって、ぼくを支持するやつばかりだ。それなのに……、どうして? どうしてなんだ! わけがわからないよ!」

 

 その心からの慟哭(どうこく)に、ジョゼフは衝撃を受けた。

 あのシャルルが。父王が今際の際で告げた、「次王はジョゼフと為す」という遺言。それを聞いても笑みを浮かべて、ジョゼフを祝福したシャルルが。本当は、このようなことを思っていたなんて!

 ジョゼフはこの光景が、嘘ではないかと疑った。だが、彼が精神を研ぎ澄ますと、この魔法の光景は確かに過去に起きた出来事だと、直感が知らせてきた。

 

「兄さんに勝つために、ぼくがどれだけ努力をしてきたと思ってるんだ。ぼくのほうが優秀だと証明するために、ぼくが見えない場所でどれだけ頑張ってきたと思ってるんだ。すべて今日のため、今日という日のためじゃないか!」

 

 その言葉で、ジョゼフはこの光景がいつ起きたことなのか理解した。

 父王が遺言を告げた、まさにその直後のことなのだ。自分を祝福した笑顔の裏では、弟はこのような煮えたぎった思いを抱いていた。弟は……自分が思っていたよりもはるかに生々しい人間であったのだ! ジョゼフは、その事実に胸を締め付けられるような思いになった。

 

 ジョゼフは、弟を憎んでいた。その高潔なありかたに、その心の清らかさに、己では勝てぬという劣等感を刺激されて、弟への愛が憎しみへと反転してしまっていたのである。

 しかし。弟の本性は、ただのありふれた人間のそれであった。

 その事実を知って、ジョゼフは涙を流した。それは、どのような理由から来るものか。とにかくジョゼフは、心の中の何かを刺激され、滝のような涙を流した。

 

 そして、気付けばジョゼフは確かな肉体を持って、シャルルの前に立っていた。

 ルイズの使った新たな『虚無』の魔法は、どうやら過去の虚像へと干渉が可能らしい。それを理解したジョゼフは、弟シャルルに駆け寄った。

 その物音に気付き、顔を上げたシャルルは兄の姿に慌てる。

 

「ち、違うんだ、兄さん! これは、これは……!」

 

「いいのだ。いいのだシャルル。お前は何も間違っていやしない……!」

 

 その言葉に、とうとう耐えきれなかったのか、シャルルが顔を歪めて涙を流し始めた。

 

「兄さん……ぼくは悔しい」

 

「そうか、そのように思っていたのか。そうだ、悔しいよな」

 

 涙を流し、言葉を交わす兄弟二人。

 

「わからない、わからないんだ、兄さん。どうしてぼくが王さまになれないんだ?」

 

「おれもわからぬ。父の真意はおれにはわからぬ! おまえは王に相応しい男だ!」

 

「そうだ。ぼくは頑張ってきたんだ。頑張ってきたんだよ。父さんはそれを知らなかったのか? 兄さんだって知らないだろうさ、ぼくがどれだけ努力してきたか!」

 

「知っている、お前はすごい。努力なしでいたとは思わぬ。だから、もう泣くな、シャルル……!」

 

「うう、兄さん……悔しい、悔しいよ、兄さん……」

 

「いいんだ。それでいいんだ。おれなんてろくでなしではなく、お前が王になるべきだったのだ。おれはそう思っているぞ」

 

 ジョゼフはシャルルの肩を抱き、そう言って共に泣いた。

 そして、シャルルはしゃくり上げながら、ジョゼフに向けて己の欲深さを告白し始める。

 

「ごめんよ、兄さん。王さまになるために、家臣たちをたきつけたのは、ぼくなんだ。ぼくが根回しをして、家臣たちを味方につけたんだ。裏金もつかった。兄さんはそんなことはしなかったのに……、ぼくは……」

 

「それ以上言わなくてもいい。シャルル。おれとお前は同じだった。おれとお前は、本当の意味で兄弟だったのだ。それだけで、おれは十分なんだ。だからいいんだ」

 

 やがて、ジョゼフとシャルルは共に沈黙し、ただひたすら二人で涙を流した。

 そして、霧が晴れるかのように青い壁のグラン・トロワの風景は消えてなくなり、トリステインの王宮へと視界が戻る。

 円卓に座るジョゼフ以外の三人と、使い魔三人の計六人がジョゼフを見ていた。

 

 その視線を受けながら、ジョゼフは己の顔に手で触れた。未だ流れ続ける涙に、ジョゼフの指先が濡れる。その感覚に、ジョゼフの心はさらなる衝撃を受けた。

 ずっと心の底に沈殿していた(おり)のようなものが、取り払われていくのをジョゼフは感じた。

 そして、腹のそこから彼は叫ぶ。

 

「おれは……人間だ!」

 

 それは、歓喜であり、慟哭であり、後悔の叫びであった。

 

「おれは、おれは! 弟を想って涙を流せる、ごく普通の人間だったのだ!」

 

 喜びの涙は、ルイズの言葉で流すことができた。そして、悲しみの涙も、ルイズの魔法で流すことができた。

 彼は、おとぎ話の『魔女』により、人間としての心をようやく取り戻すことができたのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 停戦協定がなされ、ジョゼフはトリステインからガリアに凱旋した。

 圧倒的な戦勝報告に、首都リュティスの国民は沸き、貴族はガリアの栄光を誇った。

 

 そしてジョゼフは論功行賞を手早く行ない、功のあった貴族のアルビオンへの転属と、『風石』採掘の優先順位を適切に割り振っていった。

 まずはロマリアから奪い取った火竜山脈の南半分から早急に『風石』を採掘するべし。期限は約一ヶ月。そう指示を出したジョゼフは、次に貴族の重鎮を集めた。重大な発表があると告げて、宮廷で大会議を開いたのだ。

 

 そこでジョゼフは、思わぬ発表をした。

 

「ロマリアへの攻撃は、始祖ブリミルに逆らう愚かしい行為であった。そして、『ラグドリアン・テクスト』の公開は、いたずらに世を混乱させることとなった。よって、その責任を取り、余は退位する」

 

 そう言って、ジョゼフは頭に載せていた王冠を外し、会議場のテーブルの上へ放り出すようにして置いた。

 突然の行為に、会議の場はざわめきに包まれた。

 ジョゼフは戦争を勝利へと導き、今や『名君』としての名声は高まり続けている状態である。

 それが、責任を取って王を辞めるなどと言い出したのだ。混乱は必至であった。

 

 だが、ここで好機と見たものがいた。今となっては少数派閥となった、シャルルを支持していたオルレアン派の貴族達だ。

 

「では、次の王はどなたに? シャルロットさまですか? イザベラさまですか?」

 

 シャルロットは、トリステイン魔法学院に留学しているタバサのことだ。

 イザベラは、アルビオン大陸にてガリア領の総督を立派に務めているジョゼフの一人娘である。

 オルレアン派は、この機会にタバサを王の座に収めることができるのではないかと、目を光らせた。

 だが、ジョゼフの答えは彼らも思っていなかった意外な言葉であった。

 

「そんなもの、お前達で勝手に決めろ。おれはもう王を降りたのだ。国政には金輪際関わらぬから、安心するといい」

 

 その言葉に、会議の場は大混乱に陥った。

 

「陛下!」

 

「お考え直しくだされ!」

 

「王の座を巡って、内乱が起きますぞ!」

 

 内乱との言葉を聞いて、ジョゼフはおかしくなって笑い始めた。

 

「内乱? 先の戦争で疲弊したところに、そんなものを起こしてみろ。『風石』を掘る国力など消し飛び、皆で仲良く空の上に散ることとなるぞ。いくらなんでも、お前達もそこまで愚かしくはないだろう」

 

 その言葉を聞いて、貴族の重鎮達は押し黙った。

 そうだ。『大隆起』があったのだ。ジョゼフ王の意思が変わらぬならば、今は争っている暇などない。彼らは皆、それを自覚した。

 そうなると、やはりガリアの未来のためには、この『名君』が必要だ。オルレアン派ですら、そのようなことを思った。

 しかし。

 

「さて、もう行くとする」

 

 王冠を目の前のテーブルに置いたまま、ジョゼフは立ち上がる。

 それを見て、貴族の一人が慌てて尋ねる。

 

「陛下、どちらへ?」

 

「どこへだと? 外の世界に決まっているだろう。もう、おれを縛るものは何もないのだ!」

 

 そう言い、ジョゼフは皆が止めるのを振り切って、会議の場を後にした。

 

 そして、その日の翌日。

 ジョゼフは、ガリア王室所有の最新のフリゲート艦の上にいた。隣には、使い魔のシェフィールドが(はべ)るようにして立っている。

 

 艦には『風石』がたっぷりと詰め込まれ、今にも飛び立とうと乗組員達が準備を終わらせていた。

 

「ハハハ、すがすがしい気持ちだ。こんな気持ちになれるのならば、ルイズの言葉に従ってさっさと王などやめておくのであった」

 

 そう笑うジョゼフの隣で、シェフィールドは微笑んだ。ジョゼフを侮蔑する感情は、一切乗っていない。純粋な敬愛のみがそこにはあった。

 そのシェフィールドに向けて、ジョゼフは言う。

 

「さあ、旅立とうか。未知の世界がおれ達を待っているぞ!」

 

「はい。では、ジョゼフ様、行き先はどちらへ?」

 

「そうだな……東方だ。砂漠を越えた先、東方ロバ・アル・カリイエへ行く。ミューズ、お前の故郷を見にいこうではないか!」

 

 その言葉を聞いて、シェフィールドは心からの笑みを浮かべた。

 




第九章は以上で終了です。次章は『世界扉の手鏡』とノートパソコンを用いた、現代知識チートの章となります。
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