【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

11 / 142
11.地球は丸かった

 ルイズは才人に詰め寄り、彼の左の手首を両手でつかんで顔をまじまじと近づけた。

 

 不意に近づいてきたルイズの顔、ふわりと舞った長い髪と共に漂ってきた嗅ぎ慣れない香水の香りに、才人の心臓は鼓動を速めた。

 

「えと……、あ、これもいいけど授業は行かなくていいのか」

 

「それよりも、もっとそのルーンを見せて。何かを思い出しそうなのよ」

 

 才人の左手を上下に振り、様々な角度からルーンを眺めるルイズ。

 そして才人の右手から鉈を奪い取り、今度は左手に持たせる。

 その一連の動作で左手のルーンが点滅した。

 

「ああー、もうー! なんなのよ一体ー!」

 

 才人の左手を解放したルイズは、突然頭を掻きむしり始めた。

 

「お、おい?」

 

「なんで調べたいことが、一度にこんなにやってくるのよもーっ!」

 

 晴天の空に向かってルイズは絶叫する。

 それはルイズの「嬉しい悲鳴」であった。

 

 それから結局、ルイズはサボらず授業に出席した。

 サボる気満々ではあったのだが、鉈片手に才人を寮の方向へと引っ張っているところをキュルケとタバサに見つかり、教室へと連行されたのだ。

 

 授業の最中も、ずっとそわそわとし続けるルイズ。

 それを見た周りの生徒達は、ルイズが何かをしでかすのではないかと、気が気でなかった。

 

 授業が終わると、ルイズは才人の手を引き寮の自室へと走っていく。

 

 何事もなく授業を終えられた生徒達は、胸をなで下ろし、そして始祖ブリミルに祈った。

 あのヴァリエール家の客人が、無事に明日を迎えられますように。

 彼をおとぎ話の魔女の魔の手から救い出そうとする勇者は、当然のことながら誰もいなかった。

 

 寮の部屋に戻ったルイズは、才人を椅子に座らせると、クローゼットの中をあさり始める。

 そして、中から使い古された革の鞘に収められた短剣を取り出した。

 

 魔法の杖を誇りとする貴族のメイジが、杖としての機能を持たないただの刃物を使用することは、美しくないと言われる。

 

 だがルイズは、たとえメイジでも刃物は野外で必要な道具だと考える。

 彼女は見聞を広めるため、ハルケギニア中を練り歩く。紆余曲折の果てに未開の地で杖を失い、野営をするなんてことも起きうる。

 そのような状況では、この短剣は非常に役に立つのだ。『武器』としてではない。『道具』としてだ。

 

 そんな様々な『道具』がクローゼットの中に詰め込まれている。ルイズは、他にも小振りのナイフも取り出した。

 さらに、勉強道具が入った部屋の棚の中から豪華な彫刻が彫られたペーパーナイフを取り出し、机の上に並べていった。

 

 ルイズはそれらを順に才人に持たせると、「ふむ」と一人納得して部屋の壁に置かれた大きな本棚の前に向かう。

 そして、ものすごい勢いで本棚をあさり始めた。速読を覚えているルイズがさらに本を『流し読み』し、本棚の本を消化していく。だらしのないことに、読み終わった本は床の上に投げ出されていた。

 

 ひとしきり本を読むと、今度は紙の束が積まれた棚の前へ行き、先ほどと同じように紙の束を高速で読み始める。

 

 ときどきルイズの手が止まり、何かをぶつぶつつぶやいたり、本棚と棚の間をうろうろ歩いたりする。

 

 その間、才人はずっと放置され続けていた。

 

 やがて陽が傾き始め、夕食をしらせる鐘の音が部屋まで届いた。

 

「お腹がすいたんだけど……」

 

 そういう才人に「勝手に行ってきなさい、もう席に座って食べてもいいから」と目の前のノートから視線すら外さずに、ルイズは返した。

 才人は、なんなんだ一体とあきれながら部屋を後にし、部屋の中が静寂に包まれた。

 やがて陽は落ち、薄暗い部屋の中で紙をめくる音だけが響いていった。

 

 ルイズがそろそろ灯りを点けるかと本を閉じ、マジックアイテムのランプに手を伸ばす。すると、不意にノックの音が響き、部屋の扉が開く音が聞こえた。

 才人が帰ってきたか、そう思い扉へと振り向く。

 

「うわ、暗っ。はあーい、ルイズ、また晩ご飯食べてないだろうから、食事持ってきてあげたわよ」

 

「……話、聞きに来た」

 

 才人をお供に引き連れたキュルケとタバサが、まるで我が家に帰ってきたかのように、部屋の中へ踏み込んできた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 才人が机の上の紙に、ペンを走らせる。

 才人が持つのはルイズがいつもつかっているような羽ペンではなく、彼の世界では『四色ボールペン』と呼ばれるハルケギニアには存在しない貴重なペンだ。才人がハルケギニアに持ち込んだ荷物の中には、このような小物がいくつか交じっていた。

 

 紙の上に書かれていくのは、一筆書きの絵。

 才人は地球の世界地図を描いていた。

 

「俺、あんま地理得意じゃないから、そんなに正確じゃないけど……」

 

 そう言いながらも、それなりに形になった大雑把な世界地図が紙の上で完成した。

 日本を中心とし、その左に巨大なユーラシア大陸、右には太平洋をまたいでアメリカ大陸。ハルケギニアに相当するヨーロッパの下にはアフリカ大陸、そして日本の下の適当な位置にオーストラリア大陸が描かれていた。

 

「うーん、やっぱり微妙だな。形とかかなり適当だ」

 

「いえ、十分よ。もし『チキュウ』が本当にハルケギニアの並行世界だとして、この地図がハルケギニアの地理と一致するなら……この紙一枚が無数の宝石に彩られた国宝に匹敵するわ」

 

 聖地を越えた東方の領域は、ルイズにとって未踏の地。

『世界地図』などというものは、ハルケギニアには存在しない。

 

「……これ、ハルケギニア?」

 

 先ほどルイズから才人は異世界から来たと説明されていたタバサは、才人の描いた世界地図の小さな一角を指していった。

 

「ああ、ヨーロッパって言われてる」

 

「小さい……」

 

「『チキュウ』では、世界にどんな陸があるか全て分かっているのかしら。この地図で全部?」

 

 タバサに続いてキュルケが才人に疑問を投げかける。

 

「ああ、空のずっとずっと高いところから世界を見下ろせるから、全て解ってるよ」

 

「世界の果てには、何があるの?」

 

 今度はルイズだ。相変わらずメモの手は止まらない。しかも、いつの間にか羽ペンではなくボールペンを使っていた。

 世界の果て、と聞いて才人は軽く笑った。

 そうか、そうだよな。世界が丸いなんて想像できるはずがないよな。

 

「実は地球の正しい姿はこうじゃないんだ。地球はもっとこう……」

 

 そう言いながら紙を持ち上げる才人。

 彼は紙の端を掴むと、国宝級の紙を丸めて四つの角を一箇所に合わせた。

 

「球体。それが俺の世界、地球の正しい姿だ」

 

「待って、待ってサイト!」

 

 そんな才人に制止の声を上げるルイズ。

 

 説明が唐突すぎたか? そう反省する才人を尻目に、少女三人は何かを話し始めた。

 

「ねえ、今……」

 

「……急に変わった」

 

「やっぱりそうよね……」

 

「……わたしもそう聞こえたわ」

 

 二人と会話し、何かの確認を取るルイズ。

 そして、ルイズは才人の方へ向き直った。

 

「ねえサイト、あなたの世界の名前、もう一度言ってみて」

 

「え、地球だろ?」

 

「『チキュウ』じゃないの?」

 

「いや、だから地球だって」

 

 ルイズは再びキュルケとタバサの方を見る。

 二人はルイズに小さく頷きを返した。

 

「あのね、サイト。わたし、いえ、わたし達には、あなたの世界の名前が二通りの響きで聞こえたの」

 

「は? どういうことだ?」

 

「最初は『チキュウ』、今は地球。そう聞こえたのよ」

 

「いや、だから地球だろ?」

 

「そうじゃないのよ。えーと……そうだわ」

 

 ルイズは新しい紙を一枚机の上に載せると、手に持ったボールペンを紙の上で走らせる。

 

「こっちが『チキュウ』」

 

 ルイズはトリステイン公用語で文字を書いた。それは、もし地球のアルファベットで表すならば、次のような内容だった。

 

 C H I K Y U(チキュウ).

 

「そしてこっちが地球」

 

 Earth(大地の) Sphere().

 

「……全然違う文字だな」

 

「ええ、わたし達の耳には、全く違う発音に聞こえているの」

 

 ルイズは生き生きとした顔で、サイトに言う。

 

「ねえ、サイト。昨日、わたしが契約のキスをするまでに、わたし達が喋っていた言葉、理解できていたかしら」

 

「召喚されたばっかりのときのことか? えーと……うん、なんて言ってるか分かっていたな。教室の時みたいに『魔女』がどうこうって言われていただろ」

 

「ということは、やっぱり『サモン・サーヴァント』には、動物の使い魔が高い知能を持つようになる秘密が隠れていそうね。うふふふふ……」

 

 ルイズは思わぬ発見に、笑いを止められなくなった。

 

「あはっ、サイト。あなたの喋っている言葉、あなたがどうその単語を認識しているかによって、おそらくわたし達に伝わる意味は変わる。わたしとあなたはきっと、ただの言語で会話をしているのではないわ。頭の中身、つまり意思で言葉を交わしているのよ」

 

 ルイズは、右手の指先で、才人の額を軽くつついた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「話がそれたわね」

 

 ルイズはひとしきり喜んだ後、椅子に深く座り直して咳払いを一つした。

 

「で、サイト。世界がなんで地球(だいちのたま)なんて呼ばれているか、説明の続きをお願いできるかしら」

 

「え、ああ、そうだったな……」

 

 ルイズにうながされ、才人は再び世界地図を手に取った。

 

「世界はこうなっている。つまり、平らじゃなくて、丸い。地球だ」

 

 才人は地図を丸めながらそう言った。

 紙で作った粗末な地球儀。だが、地球について説明するにはこれが一番だと才人は自信を持っていた。

 そんな才人に、ルイズ達が言葉を口にし始める。

 

「地球はボールなのね?」

 

「ああ、そうだ」

 

「ハルケギニアも、そうだと思うかしら?」

 

「ああ、ちゃんと丸い月もあるし、地球の並行世界という説が正しいならまず丸いだろうな」

 

「……球の下部分にいる人は落ちない?」

 

「ああ、大地に足をつけてしっかり生活してる」

 

 ルイズ、キュルケ、タバサによる一人一つずつの質問。

 あれ、意外と反応が薄いな、と才人が思った瞬間だった。

 

「あは、あはは! やっぱりわたしの研究は正しかった!」

 

 唐突なルイズの笑い声が、広い室内に響きわたった。

 




・だいちのたま
原作における翻訳機能さんはかなりファジーなので、これくらいの神対応はしてくれるはず!

・頭の中身
原作の外伝小説では、異種族に脳移植したメイジが登場します。人の思考が脳で行なわれていることは、突き止められているのでしょうね。外科の分野に関しては地球をはるかに凌駕するハルケギニア脅威の魔法技術。

・ルイズの研究
Arcadiaの旧版からの明確な変更点。改稿した本作において、ルイズは測量や地学に詳しくなっています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。