【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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115.ビバノン

 八月(ニイドの月)初旬。アルビオン大陸を外遊していたティファニアが、マチルダと共に学院へと帰還した。

 アルビオン土産を持って、ティファニアは学院に滞在している生徒や教師に帰還の挨拶をしていく。

 やんごとないお姫さまにそんなことをされて、恐縮する生徒や教師達。だが、謙虚な態度を崩さないティファニアを見て、彼女への印象をよりよいものにした。

 

 もはや、彼女をエルフとの混ざりものと蔑む者はいない。

 それは、いち早く国もとから学院に帰還していた、クルデンホルフ大公家のベアトリスもそうだった。

 むしろ、彼女はティファニアによく懐いていた。

 

 以前、ティファニアを異端審問で殺そうとしたときに、ルイズとマチルダの手で釜茹でにされそうになった彼女。そこから助けてくれて、さらにあっさりと自分を許してくれたティファニアを憧れの目で見るようになっていたのだ。

 

「テファ、アルビオン旅行はどうだったかしら?」

 

「ええっ、旅行じゃないよ……? お仕事で忙しかったんだから」

 

「お姫さまの仕事なんて、笑顔で挨拶して手を振るくらいじゃないの? 他は外交官の仕事でしょう?」

 

「それが、わたしの『虚無』を使ってほしいって人が多くて……」

 

「テファの『虚無』って、確か『忘却』とかいう魔法よね……?」

 

「うん、過去のトラウマだとか、強迫観念を消してほしいって貴族の依頼が結構あったの」

 

「わあ、意外な使い道ね!」

 

「でも、おかげでアルビオンでも、わたしを受け入れてくれる人が増えたわ」

 

 夏の学院、その広場に置かれたテーブル席にて、パラソルを掲げて日光を避けながらくつろぐ二人。東方から輸入された『お茶』を冷やして飲みながら、二人は仲むつまじげにそんな会話を交わしていた。

 

 以前はベアトリスの取り巻きとして彼女の周囲に侍っていた一年生女子は、そんな二人の様子を少し離れたところで見守っている。そんな取り巻き達の表情は、まるで尊いものを見るようなものとなっていた。

 高貴な二人に、特殊な関係を見いだしているのだ。もちろん、本人達はお互いをただの親友同士としか見ていないのだが。

 

「ところでテファ、最近、学院である噂が立っているの」

 

「噂?」

 

「ええ。なんでも、近くに温泉が湧いたらしいわ」

 

「おん……せん……? トリクシー、温泉って何かしら?」

 

 ベアトリスの振った話題に、ティファニアは不思議そうに首をかしげてそんなことを言った。ちなみに、トリクシーとはベアトリスの愛称である。ベアトリスは、ティファニアをテファと愛称で呼ぶ代わりに、自分のことをトリクシーという愛称で呼ばせていた。

 

「テファ、もしかして温泉を知らないの?」

 

「うん、聞いたことがないわ」

 

「温泉は、地面から湧き出るお湯のことで……ああ、なるほど。アルビオンには温泉がなかったわね。簡単に言うと、地面のすごく深いところでマグマや地熱で熱された地下水が、地上に吹き出てきたお湯のことよ」

 

「そんなものがあるのね! 不思議!」

 

「不思議よね。で、そのお湯は地中のいろいろな成分を含んでいて、中には健康や美容に良いとされる成分もあるの。だから、良い成分のお湯の場合、お風呂にしてそこに浸かれるよう設備を整えてあげるわけね。それが温泉」

 

「お風呂かぁ……」

 

 ベアトリスの説明を聞いて、ティファニアはわずかに渋い顔をする。

 すると、ベアトリスは「フフフ」と笑ってティファニアに向けて言った。

 

「テファは本当にお風呂が苦手ね」

 

「別にお風呂は苦手じゃないのよ? ただ、この学院の浴場は地下にあって、閉塞感がどうしてもあって……。蒸し風呂なら狭くても気にならないのだけれど」

 

 ティファニアが、かつてアルビオンのウエストウッド村にいたころ。そこでは、レンガ造りのサウナで身を清めていた。そして、夏には森にある泉での沐浴もしていたのだ。

 そんな解放感のある沐浴の記憶が残っているため、この学院の地下にある大浴場は、ティファニアにとって少々違和感のある場所であった。

 

 そんなティファニアの説明を聞いて、ベアトリスはニコリと笑った。

 

「それなら、温泉に行ってみましょう。なんでも、その温泉、露天風呂があるらしいの」

 

「露天風呂?」

 

「あなたが先ほど言った、森の泉と同じよ。地上にあって、自然の中で開放された浴場なの。風景を楽しめるのよ。もちろん、外から覗きができないよう、目隠しはあるけれど」

 

「わあ、素敵ね。行ってみたいわ」

 

「じゃあ、行きましょう!」

 

 ベアトリスはそう言って、その場で立ち上がった。それを見て、ティファニアは目をしばたたかせる。

 

「えっ、今から行くの?」

 

「ええ、言ったでしょう。近くで湧いたって。温泉は、ド・オルニエール領に湧いたのよ」

 

「あっ、鉄道馬車の行き先!」

 

「そうよ。だから、今から行っても日帰りで戻ってこられるわ。なんなら、向こうにできたらしい宿に泊まってもいいし」

 

「わあー、それなら、行ってみましょう!」

 

 ティファニアも立ち上がり、出かける準備をしに女子寮へと向かおうとする。

 だが、その前に彼女はふと、その場で立ち止まった。

 

「? テファ、どうしたの?」

 

「えっと、ちょっと待ってね」

 

 ティファニアはベアトリスにそう断りの言葉を入れてから、少し遠くで二人の様子を見守っていたベアトリスの取り巻きの方へと近づいていく。

 そして、彼女は言った。

 

「あの、これからド・オルニエールの温泉に行くのだけれど、一緒に行く?」

 

 突然話しかけられて焦った取り巻き達だったが、すぐに平静さを取り戻し、彼女達はすぐに返事をした。

 答えはもちろん、是。

 麗しの姫さま二人と一緒に日帰り温泉旅行など、絶対、楽しいに決まっている。

 

 そんなティファニアの優しい声かけをベアトリスは複雑な表情で見守っていた。

 自分の親友が他者をないがしろにしない優しさを持っていてくれて嬉しい。でも、親友である自分だけを優先してほしい気持ちもあった。そんな二つの気持ちが彼女の中でグルグルと巡っていた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 ド・オルニエール領に建てられたばかりの温泉施設。

 トラブルを避けるため、平民用と貴族用の二つが建てられており、もちろんティファニア達は貴族用の施設へと入った。

 

 トリステインの風呂は、男女別に分けられている。

 数十年前までは、風呂といえば水着のような湯着を着用しての混浴が一般的であった。

 しかし、あるときから戒律に厳しくなったロマリアからの通達で、混浴は禁じられた。それ以降、浴場といえば男女別に分けられることが当然となったのだった。

 

 そんな女風呂に入ったティファニア達一同。同性同士なので、湯着は着用しない。代わりに、入浴用の浴布で身体の正面を隠すようにして、浴場へと入っていった。

 

 浴場は、ベアトリスが話していた通りの、露天風呂であった。

 魔法が使える貴族が穴を空けて覗きをできないよう、『固定化』の魔法が施された木の壁で囲まれていたが、その壁もさほど高いとは言えない。その気になれば、『フライ』の魔法で壁を飛び越えることもできるだろう。

 もちろん、女風呂に入っているのも全員が魔法を使える貴族のため、そんなことをすれば携帯用の杖の先から攻撃魔法を放たれて撃ち落とされるのがオチであろうが。

 

 そんな露天風呂。壁の上から覗く景色だが、遠くに高い山が見えている。方角からして、北にある空の港町ラ・ロシェールの山であろう。ティファニアがそちらを見て目を凝らすと、天辺に枯れた大樹である世界樹が見えたような気がした。

 絶景であった。

 ティファニア以外の面々も、その景色をうっとりとした目で眺めていた。

 

 そして、しばらくしてから少女達は、さっそくとばかりに露天風呂の湯に浸かり始めた。

 夏真っ盛りの八月(ニイドの月)だが、熱いはずの湯が気持ちいい。ほどよく吹く外の風が、濡れた肌を撫でて涼しい気持ちにしてくれる。露天風呂だからこそ味わえる気持ちよさであった。

 

 そんな温泉に、ティファニアは肩まで浸かる。

 すると、彼女の巨大すぎる乳房が湯に浮き、肩にのしかかっていた重さが一気に解消された。

 その解放感に身を任せながら、道中の鉄道馬車でベアトリスが言っていた温泉の効能を彼女は思い出した。

 

「確か、肩こりに効くんだったかな?」

 

 なるほど、確かにこれは効きそうだと、胸の重さから解放された肩を撫でながらティファニアは言った。

 すると、周囲の少女達から次々と「でっか」「格差がひどい」「一度でいいから肩こりがひどいって言ってみたい」などとの発言が飛び出してくる。

 一方、ベアトリスはティファニアと一緒の入浴には慣れたもので、自身の平坦な胸との格差にも気にせず、温泉を堪能していた。

 

 そして、しばらく入浴を続けていると、薄着の女性が浴場へと入ってきて、少女達の方へと近づいてきた。

 

「貴族の奥様方ー。冷たいレモン水はいかがですか? こちら、無料サービスとなっておりますー」

 

 それを聞いて、少女達は色めき立った。この状況で冷たいレモン水! 絶対美味しいやつ! と皆が一斉に注文した。

 すると、すぐさまグラスに入ったレモン水が運ばれてくる。しかもなんと、氷が入っているではないか。

 

「まあ、氷入りだなんて、素敵ね!」

 

 贅沢に慣れているはずのベアトリスが、冷たいレモン水を味わいながらそう喜んだ。

 その称賛の声をありがたく受け取った薄着の女性は、口もとに手を当てて笑って言った。

 

「実は、近くに滞在している不死鳥(フェニックス)飛行隊という軍人さん方が、氷を納品してくれるのです。夏でも氷が出せるとか、本当に魔法ってすごいですね。わたしも魔法の素養はあると調べて分かったのですが、学ぶか迷っておりますよ」

 

 そんな女性の言葉を聞いて、少女達は様々な話題で雑談を交わし始めた。

 

 不死鳥飛行隊といえば、三年生の先輩方が所属している王政府肝煎りの直轄部隊ではないか。

 もしかしたら、飛行訓練の様子もこの領にいれば見られるのではないか。

 平民が魔法を使えるようになるというのは本当のようだ。

 三年生の先輩であるミス・ヴァリエールが、魔法が一般化すれば豊かな社会の実現がなると言っていた。

 

 レモン水をおかわりしながら、少女達はのぼせる寸前まで談笑し、露天風呂を堪能した。

 そして、彼女達は温泉から出て、着替えてから入浴施設のロビーへと移動する。そこで、別の女性がまたもや少女達のところへ近づいてきた。

 

「初めてのお客様ですね? 当店では、有料となりますが湯上がりの一杯として、冷やした山羊乳を提供させていただいております。甘い果実の汁を混ぜた飲みやすいものもありますよ」

 

 そんな説明を聞いて、ベアトリスは目をパチパチとしばたたかせて答える。

 

「お風呂上がりに山羊乳? 聞かない作法ね」

 

「ええ、なんでも、不死鳥飛行隊に所属している、『異国の賢人』ヒラガ卿の故郷の風習だそうです。美味しいですよ。是非、一杯」

 

 そのたくましいセールストークに、少女達は顔を見合わせる。

 そして、試してみようかと彼女達は全員山羊乳を頼んだ。果実の汁を混ぜたものは複数種類あり、少女達を悩ませる。その中で、ティファニアは旬の桃を混ぜた山羊乳を購入し、飲むこととした。

 

 小さなガラスの瓶に入った冷えた山羊乳が出され、それを少女達はきゃあきゃあと笑いながら、各々が飲み始める。

 

「あら、美味しいわ」

 

「火照った身体に、冷えた飲み物が澄み渡るようです」

 

「他の味も気になるわね!」

 

「あら、これはお風呂上がりの一杯目だからこそ美味しいのではなくて?」

 

「なるほど、そうなると全種類試すには、日を変えて何度も通う必要があると……」

 

「果実ということは、季節によって種類が変わるのでは?」

 

「まあっ、季節限定ってことね!」

 

 盛り上がる少女達の声を聞きながら、ティファニアも桃の山羊乳を飲み干し、その美味しさを堪能(たんのう)した。

 先月はずっとアルビオンにいて、美味しい飲食物はあまり味わえなかったティファニア。

 それが、トリステインに帰るなり、こんな美食を楽しめるなんて。彼女は、スッカリこの温泉施設に魅了されてしまった。

 

 そんなティファニアの様子を満足そうに見つめていたベアトリス。すると、ベアトリスはあることに気付いて、ティファニアに近づいてきて、言った。

 

「テファ、口の上に白いおひげができているわよ」

 

「あら? 山羊乳がついちゃったかな?」

 

 ティファニアは顔を紅くして、ハンカチで口もとをあわててぬぐった。

 その様子に、ベアトリスはクスリと笑い、自身も手元に残していた山羊乳を勢いよく飲み干した。

 

「トリクシーも、ヒゲが生えたよ?」

 

 そんなティファニアの言葉に、ベアトリスは自分もハンカチを取り出して口をぬぐうと、二人はお互い見つめ合い、そして笑い合った。

 それから、ティファニア達一同は温泉の湯を活用した温泉玉子や蒸し饅頭なども味わい、満足して学院へと帰っていった。

 

 ちなみに、これ以来ティファニアは温泉をとても気に入ってしまい……夏期休暇の間、二日に一回のペースでド・オルニエール領に通うようになったのであった。

 

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