【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま 作:Leni
コルベールは、才人の父から送られてきた、とある資料を前にうなり声を上げていた。
『工業規格の重要性』と題された、一種の意見書であった。
工業規格。それは、工業製品の品質・形状・寸法を一定の基準で統一する取り決めである。
たとえば、ネジ。ハルケギニアにおけるネジは、それを作る工房によってサイズが様々である。工房が変われば、取り扱うネジのサイズも変わる。
しかし、こうなると、複数の工房からネジを仕入れてしまうと、サイズの違うネジにより同じ品質の製品を量産できなくなってしまうのだ。工房ごとのネジに合わせて、製品の方を調整していく必要に迫られる。
そこで、工業規格によりネジのサイズが統一されていればどうなるか。規格でネジ一号と制定されたネジを仕入れれば、どこの工房の製品であっても、同じサイズのネジをいくらでも手に入れることができるというわけである。
これは非常に重要な話だ。コルベールは才人の父の意見書を前に考える。
工業規格。実現すれば、製品開発が助かること間違いなしであろう。部品を発注した工房ごとによる品質の違いに泣かされたことは、コルベール自身何度もある。
昨年の戦争時に量産した『フェニックス』号の時は、こちらからパーツの品質・形状・寸法の指定を徹底して行なったものだった。
「しかし……どうやったら実現するのだ?」
コルベールは悩みに悩み……エレオノールに意見書をパスした。
「なるほど、これは今後絶対に必要となるものね」
「うむ。しかし、どうすれば実現する技術なのか、全く見当が付かない。私が声がけしたところで、影響力はないですからな。しかし、アカデミーなら可能なのでは?」
「ううーん、アカデミーは魔法研究所だから……。平民の工房への影響力はそこまでではないのよ」
エレオノールは、コルベールの問いかけに対し、困ったようにそう返した。
それから、意見書を詳しく読んでいくエレオノール。そして、彼女はふと気付いた。
「これって、現場の技術というよりも、政治の話じゃないかしら?」
「ふむ、政治?」
「ええ。偉い人達が、現場から必要な規格の意見を集めて、号令をかけて一斉に下々に規格を守らせる。ほら、政治でしょう?」
「確かに……では、アカデミーから王政府に働きかけるのかね?」
「いえ、これは、ルイズに任せるわ。彼女は王室に顔が利くから、あの子に話を通してもらいましょう」
ルイズに丸投げすることを決めたエレオノール。
だが、本日のコルベール研究室には、ルイズはいなかった。
「ちびルイズ、どこにいるのかしら?」
「ああ、ルイズくんなら、最近はド・オルニエール領で『ゼロ・フェニックス』号の改修を行なっているね。マジックアイテムを用いた機銃の照準器を付けるのだとか」
「そういえばあの子、不死鳥飛行隊の技術主任だったわね……。ジャン、この意見書を後でルイズに渡しておいてくれるかしら」
「了解。しかし、工業規格か……『機械式計算器』の量産には絶対に必要となるものですな」
「『タイプライター』もそうね。このタイミングでこれが出てきてくれて助かったわ」
「うむ」
そういうわけで、後日、ルイズがコルベール研究室にやってきたとき、彼女はコルベールから『工業規格の重要性』を受け取った。
それを読み込んで、彼女は意見書に書かれている以上のことを理解する。
「これは、国王陛下に急いで渡さないといけないですね」
「陛下に直接かね?」
大事になったな、とコルベールは驚いてルイズに問うた。
「ええ。これって、トリステインだけでやっても意味はないんです。今後、工業製品は輸出入が活発になっていくでしょう。そこで自国だけで通用する工業規格なんて使っても、他国の製品は修理できない」
「なるほど。確かにその通りだ。そして、トリステインから輸出した製品も、現地で修理してもらわねば困るというわけだね?」
「そうです。なので、今後必要となるのは……『国際標準規格』の制定。外交官か、国王陛下にしかできない仕事です」
ルイズの言葉に、コルベールは納得してうなずいた。
そして、彼は言う。
「では、王政府に意見書を上げるのは任せてもよいかな?」
「はい。これからトリスタニアに急いで行ってきます」
「これからかね!?」
「急ぐ必要があるんです。なにせ……陛下はもうすぐ、ガリア女王の戴冠式に向かってしまいますから」
そしてルイズは、自身に丸投げされた工業規格の話をウェールズ王に丸投げすることにした。
◆◇◆◇◆
ガリアにて女王ジョゼットの戴冠式が行なわれる日がやってきた。
ジョゼフ王が放り出した王冠。それを彼女は頭上に
これにより、ガリアの貴族達はようやくホッと胸を撫で下ろすことができた。内乱に発展することもなく、スムーズに王位の継承がなされた。あとは、世界の崩壊を回避するため、『風石』採掘事業を進めていくだけだ。
ここに来て、ガリアは派閥の枠を超えた大きな連帯感ができていた。
そして、各派閥からは女王の教育係が選定された。派閥間の争いが再燃しないよう、バランス良く配置を行なっていった。
あとは、王配となる女王の結婚相手であるが……どうにも、女王ジョゼットは護衛騎士であるカステルモール卿に惹かれているらしいという噂が飛び交っていた。
しかし、カステルモールの出身は下位の貴族家。王配に相応しいのかと、紛糾した。
彼は前王の弟シャルルに見いだされ騎士となり、その実力で騎士団長まで成り上がった人物だ。
それが王配にまで成り上がらせてよいものかと、重鎮達は頭を悩ませた。
だが、カステルモールは都合のいいことに未婚であり、しかも若い。女王に宛がうには条件が揃っていることも確かだった。
そして何より。自分達の都合で王の座を押し付けてしまった、可哀想な少女。そんな彼女に、結婚相手くらいは自由に選ばせてあげてもよいのではないかという意見が、確かに存在していた。
その声は、主にオルレアン派から出ていたのだが……カステルモール自身もオルレアン派に属しているため、他の派閥は女王の周囲に自派閥の未婚の若者を配置することを検討し始めた。
そうして、女王の周囲には、若い美形が多く侍ることが決まってしまった。まるで平民の女性が好む恋物語だな、と貴族の一部が思ったが、それを口に出すことはなかった。
さて、そんな思惑が錯綜した戴冠式は無事に完了した。
戴冠式には、各国の首脳陣が参列していた。一国の王の戴冠式には豪華すぎる面子となっていたが、それには裏の事情がある。
『大隆起』対策のための大会議が、ロマリアに続いてここガリアでも開催されることとなっていたためだ。
「このように、『火竜山脈』での『風石』採掘は無事に完了いたしました。少しでも遅れていたら山脈は空に打ち上がっていたでしょうが、無事に回避できて、我々も肩の荷を下ろした気分でございますな」
大会議の場、女王ジョゼットの隣に座る外交官が、女王の代わりに採掘状況の近況を語った。
『火竜山脈』には、貴重な資源が多く眠っている。幻獣も数多く生息しており、貴族が使い魔とする機会も多かった。そんな山脈での『大隆起』発生が抑えられたとの報告を聞き、参加者一同は胸を撫で下ろした。
それから、各国の採掘状況の報告や、採掘に必要な機器の新開発情報などが順番に告げられていく。
状況は良好で、採掘は滞りなく進んでいるようであった。これは、少々混乱していたガリアの代わりに、トリステインとゲルマニアがしっかりと音頭を取って各国を引っ張っていった成果であった。
「では、『大隆起』以外に関して、各国から何か報告や提言があれば、挙手をお願いします」
『大隆起』に関する報告や話し合いも終わり、司会となっているガリアの外交官が次の議題がないかを周囲に振った。
滅多にない各国の首脳陣を集めた大会議。『大隆起』対策のみで終わらせることは勿体ないという考えから、他の議題についても扱うこととなっていた。
そこからは、関税の調整や、技術交流の提案など、様々な議題が飛び交った。
そして、トリステイン王であるウェールズも、この場を借りて一つの提案をしていた。
「トリステインは『国際標準規格』の制定を発案いたします」
先日、ルイズから提出されたばかりの『工業規格の重要性』という異世界からの意見書。それをもとにルイズはウェールズに『国際標準規格』を周辺国に働きかけるよう提案していた。
それに賛同したウェールズは、この場を借りて『国際標準規格』の制定を周囲に呼びかけたのだった。
これまでもハルケギニアでは度量衡の制定で国際的な話し合いが設けられたことがある
長さの単位サント、メイル、リーグなどはその代表格であり、単位の統一という話でなら国々がまとまる前例があった。
しかし、ここにきて規格の統一という思わぬ発案をされ、首脳陣は困惑した。
それは、本当に必要なものなのか? 工業の現場を知らぬ彼らは、今一つ理解が及んでいない様子であった。
すると、唐突に会議の場に響く声があった。
「ゲルマニアはそれに賛成である」
真っ先に工業先進国であるゲルマニアが、これに賛成したのだ。ゲルマニアは技術大国である。
ゆえに、その代表者であるゲルマニア皇帝アルブレヒト三世は、工業の発展には量産化が必須であり、量産化には規格の統一が必須であると感覚的に理解していたのだ。暴威を振るうことで皇帝の座を手に入れたアルブレヒト三世だが、その政治手腕は確かなものであった。
そうして、トリステインが提案してゲルマニアが賛成するという大きな流れにより、他の国々もそれならばと『国際標準規格』の制定に賛成していった。ルイズがこの会議のために用意した資料も非常に分かりやすいものであり、それが彼らの賛成を後押ししたという面も確かに存在していた。
「しかし、最近のトリステインの躍進は止まらぬな」
話がまとまったところで、アルブレヒト三世がそんなことを言い出した。
当てこすりか、純粋な称賛か。周囲の首脳陣は、その意図を探るため、ウェールズの返答を黙って待った。
すると、ウェールズは澄ました顔で言う。
「優秀な研究者が育っていますのでね」
「それだけではないであろう? 『ガンダールヴ』殿は、文明が発展した異世界の出身であると聞いておるぞ」
「そうですね。かの世界には魔法が存在しないらしいですから、魔法の代わりに技術をとにかく発展させてきたと聞いておりますよ」
「ううむ……そのような者を抱えられるなど、うらやましいものだ」
周辺国の首脳陣が見守る中、ウェールズとアルブレヒト三世は言葉を交わしていく。
そして、ウェールズは薄い笑みを浮かべて言った。
「しかし、ハルケギニアには魔法がある。そして、平民の多くが魔法の力を手にしていようとしている。ゆえに、我々が進むべき道は、異世界の猿まねでないでしょう。技術と魔法の融合こそが、我々に栄光を与えることとなるかと」
「なるほど、至言だ」
『風石』の採掘は進み、使い切れないほどの『風石』が地上に掘り出されることになる。そうなると、『風』の力を活用するシーンが今後ハルケギニアでは増えていくだろう。
そして、才人の故郷である地球には『風石』という精霊の力は存在しない。
よって、才人がもたらす異世界の知識に頼るだけでは、風石を活用しきることは不可能であると、ウェールズは考えていた。
先日、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールは、才人の故郷である発電機なる装置を『風石』を使うことで実現した。当然、ウェールズのもとにも報告が来ている。
そのような技術……科学と魔法の両方をいいとこ取りすることで、ハルケギニアは地球を超えた文明まで到達することができるだろうと、ウェールズは確信している。
そして、その一歩となるのが……今回の『国際標準規格』の発案であった。
魔法というものは、個人の資質頼みでファジーなものだ。
それを規格というもので型に嵌めることで、使いやすい技術に落とし込む。
そうなれば、ルイズが主張している新しい概念である『科学』に魔法も収まって、一つの新たな学問『魔法学』が生まれることになるだろう。
トリステインが、その魔法学の最先端を歩めれば……ウェールズは、トリステインの王として、この国際標準規格制定の主導権を握ることを内心で決意した。
ゲルマニアの皇帝が鋭い目でウェールズを観察しているが……王の器で彼に負けるわけにはいかない。トリステインの未来が、自身の肩にのしかかっているのだ。そう思う負けず嫌いのウェールズは、確かに王としての素質を有していた。
第十章は以上で終了です。次章はいよいよ物語終盤となるエルフ編です。