【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

120 / 142
120.学者と賢者

 不意にルイズは目を覚ました。

 長い間掛かっていた『眠り』の先住魔法が解けたことを理解した彼女は、とっさに身を起こす。

 すると、身体がきしむように痛んだ。ずいぶんと眠りこけていたらしい。関節がやや固まっていた。

 

 だが、身体の不調は無視して、ルイズは周囲を見回した。

 まず、彼女が眠っていた場所はベッドだ。(さら)われたにしては、扱いは悪くない。隣にはティファニアが眠っている。見たところ、怪我をしている様子はない。

 その事実に安心したルイズは、あらためて自分の今いる場所を確認した。

 

 そこは、奇妙な場所であった。

 白い壁の広い部屋。そこには、様々な物で溢れていた。絵画、人形、タペストリー、宝石のついた鏡。

 だが、その物の配置がどう見てもおかしかった。

 帽子掛けにバケツがかぶさり、逆さに立てられた箒に羽根のついた帽子がかぶさっている。

 綺麗なガラス窓には、貴族のドレスがカーテンのようにかけられ、天井からは傘がぶら下がっている。

 

 なるほど。ルイズは察した。この部屋の主は、ハルケギニアの人間の道具を集めるのが趣味の亜人なのだろう。

 しかし、人間の知り合いがおらずに、道具の正しい使い道を知らない。そういうことなのだ。つまり、自分は今、人間の文化に興味がある物好きなエルフのもとにいると、ルイズは予想した。

 

 自分が攫われたのは、人間の研究をしたがっていた物好きのエルフの指示によるものか?

 ルイズは一瞬そう考えたが、すぐにそれを自分の心の中で否定した。

 

 人間の文化を知りたいがために、わざわざエルフの住処である砂漠地帯から、ハルケギニアの奥地にあるトリステインに来る理由は薄い。エルフと人間の交易都市は非公式ながら砂漠の中に存在しており、人間の文化を学びたいならそこで生活すればいいだけだからだ。

 わざわざこうして自分をティファニアと共に攫ったということは、高い地位にいる人間を狙ったか……もしくは、『虚無』の担い手を狙ったかのどちらかだ。ルイズはそこまで考察して、手詰まりとなった。

 

 情報が、足りない。

 エルフが『虚無』の担い手を狙う理由を察しきれない。

 悩んだルイズは、とりあえず隣で眠るティファニアを起こすことを決めた。逃げるにしても、ティファニアを置いていくわけにはいかないからだ。

 と、ルイズがティファニアへと手を伸ばした瞬間。

 不意に、部屋の扉が開いた。

 

 警戒しながらルイズがそちらを見ると、裸のエルフの少女が身体から水をしたたらせながら部屋に入ってくるのが見えた。

 ルイズは、そのエルフの姿に見覚えがあった。自分を襲撃したエルフの集団の中にいた一人だ。

 その彼女は、濡れた身体をタオルで拭きながら、部屋の中央まで進んでくる。そして、おもむろに口を開いた。

 

「あっ、目が覚めたのね? 待ってねー、ちょうど身体を洗っていたのよ」

 

 それは、わずかに訛りが混じるハルケギニアの公用語であるガリア語であった。

 どうやら、エルフの間でもガリア語は通用するらしい。思えば、襲撃犯の青年もガリア語を使っていた。ルイズはそう思い出した。

 

 そして、エルフの少女は部屋の真ん中に逆さに立てられたレイピアの前に進み、なぜかそこに突き立っているドライフルーツを一つ取ってかじり始めた。

 彼女はレイピアを武器だと認識していないらしい。捕虜の居る場所に剣を放置するということは、つまりはそういうことであった。

 

 それから彼女はタオルで身体の水気を全て拭き取ると、そこらに積まれていたエルフ風の服を着始めた。

 タンスやクローゼットを使わないのがエルフ流なのかと、ルイズは一瞬思った。が、部屋の乱雑さを思い出して、この少女が変わり者なだけだと思い直した。

 

 エルフ風のローブに着替え終わった少女は、そこらにあった椅子に腰掛けて、ルイズへとあらためて言った。

 

「わたしはルクシャナ。あなたはルイズ・ド・ラ・ヴァリエールよね。ねえ、なんて呼べば良い? ルイズ? ドラ? ヴァリエール?」

 

「ルイズでいいわ。それがわたし個人を指す名前」

 

「分かった、ルイズね! ねえ、質問があるんだけどいいかな!?」

 

 質問をしたいのはこちらなのだけれど、とルイズは思いながらも、素直にうなずいた。

 自分一人ならば今すぐに逃げ出したいところだが、ここにはティファニアがいる。ゆえに、ルイズはティファニアと一緒に逃げ出す機会が来るまで、大人しく言うことを聞いておこうと決めた。

 

「ねえ、あなたがいた場所にあった、空飛ぶ乗り物について教えて! あれ、本当に空を飛ぶの? どういう仕組み?」

 

 その質問を聞いて、やはりこのエルフは人間の文化に興味を持った変わり者なのだとルイズは思った。

 

「あれは、『場違いな工芸品』を参考にしたのよ」

 

「なにそれ?」

 

「聖地……こっちでは『悪魔(シャイターン)の門』とか呼ばれているのだったかしら? そこの周辺に流れ着く、謎のオブジェ。それをわたし達は『場違いな工芸品』と呼んでいるのよ」

 

「ああ、悪魔の道具が門から出てくるって、いつか聞いたことがあるわ! なるほど、悪魔の門から出てくる兵器を参考にしたのね! ということは、ちゃんと飛ぶわけね!」

 

「そうね。以前ハルケギニアで起きた戦争では、割と活躍したわね」

 

「わあ、野蛮!」

 

 ルクシャナのその言葉に、ルイズはわずかにイラッと来て、言い返す。

 

「野蛮って、エルフにだって兵器があるって知っているのよ? 空軍だって海軍だってあると聞いているわ」

 

「その通りよ。言われてみれば、エルフも十分野蛮ね! でも、なんでそんなことを知っているの?」

 

砂漠(サハラ)を通る行商人に何人か知り合いがいるのよ」

 

 嘘ではない。彼女が軍刀の『場違いな工芸品』を所持しているのも、砂漠を横断する行商人に知り合いがいるからだった。

 それを聞いて、ルクシャナは笑顔を浮かべてさらに問うてきた。

 

「顔が広いのねー。で、空飛ぶ乗り物って、どういう仕組みで飛ぶのかしら? やっぱり『風石』を使うの?」

 

「さすがに、兵器の情報はエルフに渡せないわ」

 

「ええー、なんでなんでー」

 

「当たり前じゃないの。人間にとっては、ここは敵地なのよ。自国の兵器の詳細なんて漏らしたら、帰るに帰れなくなるわ」

 

 ルイズがそう言うと、ルクシャナはキョトンとした顔に変わった。そして、言う。

 

「あら、あなた、帰るつもりでいるの? 無理よ?」

 

「なんでよ」

 

「そりゃあ、エルフの評議会は、あなたを一生このサハラに繋ぎ止める気でいるからよ」

 

「一生!?」

 

 攫われた以上、何かに利用されることは覚悟していたルイズ。だが、どうやらエルフは砂漠にルイズ達を軟禁するつもりらしかった。

 

「なんの目的でわたし達を攫ったのよ」

 

「うーん、言っちゃっていいのかな? 四の四をそろえないためね」

 

「四の四?」

 

「悪魔とその使い魔……ええと、『虚無』の使い手と、それが呼びだした使い魔が全員そろうと、エルフに危機が訪れるらしいの」

 

「危機って何よ、危機って」

 

 全く聞いたことのない話に、ルイズはシワを寄せながらそう言った。

 すると、ルクシャナはあっけらかんとした表情で言葉を返す。

 

「ものすごい魔法とやらが復活するとしか知らないわ。でも、長老達は、大昔それでエルフが大量に死んだらしいって言っていたわね」

 

「大昔……?」

 

「うん、『シャイターンの門』からやってきた悪魔ブリミルが、エルフを虐殺したって言い伝えがあるの。当時のエルフの半分が死んだと言われている、『大災厄』と呼ばれる逸話ね」

 

「まさか!」

 

「大昔過ぎて本当かは分からないけれど、わたしはそれなりの信憑性があるとは思っているわ。わたしも、考古学は専門ではないのだけれど」

 

「はぁー、まあ、わたしも六千年前にエルフと始祖ブリミルの間に何があったかなんて、神学や歴史は専門じゃないから知らないけれどね」

 

「だよねー。ちょっと昔過ぎるわよねー」

 

 そこまで会話して、ふとルイズは、『始祖の祈祷書』になら歴史的な何かが載っているのかもしれないと思った。

 そこで、彼女はハッとする。攫われていたときに身に着けていたはずの荷物が、すべてない。あらためて自分の服装を見ると、ルクシャナが着ているようなエルフ風のローブに着替えさせられている徹底ぶりだ。

 

「ねえ、わたしの持っていた荷物はどこ?」

 

 ルイズが素直に問いかけると、ルクシャナはなんでもないように答えた。

 

「そっちの方に置いてあるよー」

 

 ルクシャナがあっさりと指を差したので、ルイズはベッドから立ち上がり、その方向へと歩いていく。

 そこには机があり、上には荷物が広げられていた。

 

 そこには腰に下げていた革のポーチがあり、中身は全て取り出されて机の上にある。

 そのうち、『水のルビー』と『始祖の祈祷書』がしっかりと存在していることを確認し、ルイズはホッと息を吐いた。

 そして、『始祖の祈祷書』を手に持つと、そっとその革張りの表紙をルイズは撫でた。

 

「ねえ、なんで何も書かれていない本なんて持っていたの?」

 

 どうやら、ルクシャナはこの『始祖の祈祷書』の中身を興味本位で覗いてみたらしい。

 始祖ブリミルも、まさかエルフが祈祷書を見ることになるとは思うまいと、ルイズは苦笑いを浮かべてルクシャナに答える。

 

「これは『奇天烈大百科』。対応するマジックアイテムの眼鏡がないと読めない本ね」

 

「なにそれなにそれ! 何が載っているの!?」

 

「過去にいた偉大な発明家が記した、数々の発明品の設計図よ」

 

「うわー、なにそれ! 読みたい!」

 

「無理よ。眼鏡なんて、わたしの荷物に入ってなかったでしょう?」

 

「ええー! じゃあ、何が載っていたのか教えて!」

 

「別に人間に対する害になりそうにないものならいいけれど……それ以前にあなた、人間の文化をちゃんと理解している?」

 

「当然よ。わたしは蛮人の文化を研究する学者なのよ」

 

 ルクシャナの答えに、ルイズは吹き出しそうになった。本当に人類の文明を研究しているような学者の部屋か、ここは。と、そんな思いから来る笑いだった。明らかに道具の用途を間違っている品物の並びであったからだ。

 だが、学者というなら、少し人間の文化を教えてやればエルフと人間の摩擦も少しは減るかもしれない。ルイズはそう思い、彼女に人間のなんたるかを教えてやることに決めた。

 

「まず、そこの壁」

 

 ルイズは、雑多な品々物が掛けられた白い壁を指さした。

 

「うん?」

 

「壁飾りにしている物は、身に着けるための装飾品よ」

 

 ルイズの指の先には、宝石がゴテゴテとついたネックレスやティアラなどが飾られていた。タペストリーの類と思われたのであろうかと、ルイズは考えての指摘だ。

 

「ええっ、装飾品? 蛮人は、こんな下品な物を身に着けるの?」

 

「エルフの文化からすれば下品かもしれないけど、人間の文化では貴重な金銀と宝石を使っているから、富の象徴なの」

 

「なるほどー」

 

「次に床。これはカーペットじゃなくて、ガリア産のカーテンよ。そして、窓に掛かっているのはカーテンじゃなくてドレス!」

 

「へえ、蛮人はこういうのをカーテンにするのね」

 

 間違いを指摘されても恥ずかしがることも怒り出すこともせず、ルクシャナはただただ感心していた。

 その態度にルイズは、なるほど、学者ということも間違いではないかもしれない、と感じ取った。

 だからこそ、この人間文化の勘違いはルイズにとって許せなかった。

 

「そしてなにより、そこ! 部屋の真ん中で果物を刺しているそれ! 武器だからね!」

 

「あー、蛮人の使う剣なわけね! ずいぶんと細身の剣ねー」

 

「そう! 捕まえた相手のいる場所に剣を放置するとか、あなた馬鹿なの!?」

 

「あはは、確かにー」

 

 ルイズの指摘に、あっけらかんと笑うルクシャナ。

 そして、ルクシャナは椅子に座ったままルイズに問いかけた。

 

「でも、それを指摘しなかったら、あなたは逃げ出すための武器を手に入れられたんじゃないの?」

 

「エルフの集団に剣で立ち向かうほど、わたしは愚かじゃないわよ。それに、わたしの細腕で、そんな長い剣を扱えると思う?」

 

「えっ、服を着替えさせたときは、あなた結構、筋肉あったけど」

 

「……よく観察しているわね」

 

「そりゃあ、学者ですから?」

 

 その返答に思わず笑ったルイズ。

 そして、それからしばらく彼女は、乱雑に散らばった部屋の雑貨類の説明に努めるのであった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。