【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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122.遥か遠き時代より

 夜。ルクシャナの屋敷に軟禁されたままのルイズは、ティファニアと二人でベッドに眠る。すると、彼女は夢を見た。

 

 いかにも夢らしく、ふわふわと宙を漂う彼女。眼下には、大草原が広がっている。

 草原を見渡すと、少し遠くに丘が見え、一本の木が生えている。

 ルイズはなんとなくその木に興味を引かれ、ふわふわと浮く身体で泳ぐようにして空を飛んだ。

 

 そして、木がハッキリと目視できるところまで来たところで、ルイズは人を見つける。

 大人のエルフの女性と、青年期に差しかかった少年。前者に見覚えがなかったが、後者の顔にルイズは見覚えがあった。

 

 ――サイト!

 

 見慣れた自分の使い魔を見つけて、ルイズはぼんやりとしていた意識がハッキリと戻ってくるのを感じた。

 そして、口を開いて必死で才人に呼びかけるが、どういうことか声が出ない。

 

 ルイズはその場でジタバタして動き、なんとか才人に近づいていくが、彼がルイズに気付くことはなかった。

 そして才人は、エルフの女性と言葉を交わしている。使われている言語は、ハルケギニアの古代語であった。遙か昔、始祖ブリミルがいた時代に使われていたという、古い古い言語だ。

 その古い言葉で、エルフの女性が才人に向けて言う。

 

「わたしはサハラからやってきたの。ここは、あいつが言うには『イグジスタンセア』とかいう場所らしいけど……知ってる?」

 

「いえ、全く」

 

 才人の否定の言葉を聞きながら、ルイズはようやく近くへと辿り付いた才人に手を伸ばした。

 だが、彼女の手は才人の身体をすり抜ける。なにやら、今の自分は透明で物理干渉が不可能な存在と化していると、ルイズは理解した。

 そして、ルイズはもう一つ気付く。これは、夢ではない。夢にしては、意識がハッキリし過ぎている。さらに、ルイズは明晰夢(めいせきむ)を見るタイプではない。

 となると、どういうことになるか。ルイズの考えは一つの可能性に到達した。

 

 これは、以前覚えた『記録(リコード)』の魔法のような何かが、自分にかかっていると。実際、ジョゼフ王に『記録』の魔法をかけたときも、ルイズはこのように、記憶の世界に介入するジョゼフを宙に浮かびながら眺めたものであった。

 であるならば。今、自分は『記録』の魔法の影響下にあるのだろうか。ルイズは考える。

 

 しかし、今のルイズは人間の文化圏の遥か遠くの砂漠にいる。才人が主体となって『記録』の魔法を使われているにしても、自分はその魔法の射程圏内にはいないはずだ。

 教皇かジョゼフかが、遠くにいるはずのルイズに影響を与える新しい『虚無』の魔法を使ったのか……もしくは、サハラのエルフ達が、眠るルイズになんらかの先住魔法を仕掛けたのか。

 考察を続けるが、ルイズは答えを導き出すことができなかった。

 

 とりあえず、一つ分かることは……目の前で古代語を話すエルフの女性と言葉を交わす才人も、ルイズと同じように記憶の世界らしきどこかに取り込まれ、混乱をしているということであった。

 どうやら、この才人は夢の住人や記憶の世界の住人ではないようだと、彼の焦りようを見てルイズは悟った。

 

 そうしてしばらく、雨降る草原の木陰で、言葉を交わす才人とエルフの女性。エルフの女性はサーシャと名乗り、才人からここにいた事情を聞き出そうとしていた。

 すると才人がエルフに(さら)われた自分の主人を助けに行くと主張し、エルフはそんな野蛮なことはしないとエルフの女性が言い返す。

 そのやりとりで雰囲気が悪くなったところで、不意に、狼の群れが彼らに近づいてきた。

 

「……犬?」

 

 才人が遠くに見える狼の群れを見ながらそんな言葉を発するが、サーシャは呆れるようにして言った。

 

「のんきね。狼よ」

 

「え? あれが狼?」

 

 どうやら才人は狼を初めて見るようだ。

 一方、サーシャは油断なく腰に下げた短剣を抜き、狼を迎撃しようとする。

 その瞬間、短剣を握ったサーシャの左手の甲が輝き始めた。それを見て、ルイズは驚く。

 

 ――『ガンダールヴ』!

 

 どうやら、この記憶の世界は、過去に存在した『ガンダールヴ』が登場する古い時代がベースであるようだった。

 才人も自分と同じ『ガンダールヴ』の存在に驚き、さらにサーシャへ己の左手の甲に刻まれた『ガンダールヴ』のルーンを見せて、自身の正体を明かした。

 

「あら、あなたもそうなのね」

 

 と、才人のルーンを見て、サーシャは驚く様子も見せずに言った。そして、さらに彼女は才人に向けて言う。

 

「じゃあ手伝って」

 

 それからサーシャはもう一本腰に吊り下げていた短剣を抜き、才人に手渡す。そして、二人がかりで狼の群れと戦い始めた。

 どうやらサーシャの『ガンダールヴ』としての力は本物だったようで、二人は超人的な動きで狼をなぎ倒していく。

 そして、『ガンダールヴ』二人の攻防は、すぐさま勝利という形で終わりを告げた。

 

 その戦いぶりを見て、ルイズは思う。二人の身体能力に差はさほどないが、動きは才人の方がはるかに洗練されている、と。

 サーシャなるエルフに武の心得がないのか……あるいは、互いが習得している武術の質に差があるのか。

 

 もし後者が正しいのならば、この記憶の世界は、武術というものがまだ歴史を積み重ねていない大昔の可能性がある、とルイズは仮定を頭の片隅に置いた。サーシャが古代語を使っていることからも、その推測は大きく外れていないだろうという一種の確信が、ルイズにはあった。

 

 それから、木の下から出て雨の中戦った二人は、びしょ濡れになってしまっていた。慌てて二人は、木の下に逃げ込む。だが、雨はどんどん強くなっていき、風も強く吹いて木の下にいる意味がないほど二人を水で叩いた。

 すると、サーシャが着ていたローブを唐突に脱ぎ始める。そして、ギュッとローブを絞って、頭の上に両手で掲げて即席の傘へと変え始めた。

 

「ほら、入りなさい」

 

 そう言って、下着姿で才人を即席の傘の下に誘導するサーシャ。その突然の行為に、才人も動揺した。だが、しだいに彼は、古めかしい粗末な下着姿のサーシャの様子を横目でチラチラと見ながら、鼻の下を伸ばし始めた。

 それを見て、ルイズはその場でキレた。

 

 ――こ、この馬鹿犬! わたしというものがありながら!

 

 宙に浮かびながら思いっきり才人を蹴りつけるルイズ。しかし、蹴りは才人の身体を通り抜けるだけであり、彼になんら影響を与えることはできなかった。

 なお、才人はルイズの恋人でもなんでもない。ただの主人と使い魔である。

 

 そして、ルイズが才人に向けて声が届かぬ罵倒の言葉を浴びせていると、不意にサーシャの前方に大きな鏡のようなものが出現した。

 それを見て、ルイズはとっさに口をつぐみ、鏡を観察し始めた。

 

 ルイズは、この鏡の正体に心当たりがあった。

『サモン・サーヴァント』で対象を呼び出すときに出現するという鏡面の扉。

 あるいは、ド・オルニエール領の領主館にある秘密部屋に安置された、転移の魔法が込められた鏡。

 つまりは、遠くと行き来するための魔法の扉であった。

 

 その鏡のような魔法の扉から、男性が一人、歩くように出てきた。

 小柄で若い、真面目そうな金髪の男性だ。その男性は、サーシャに走り寄ると、彼女に向けて平謝りを始めた。

 

「ああ、やっとここに開いた。ご、ごめん。ほんとごめん。すまない」

 

 対するサーシャの返答は、男性を蛮人と罵りながらの蹴りであった。頭めがけた見事なハイキックだ。

 蹴りが炸裂して金髪の男性は見事に倒れ、サーシャはその男の上に腰を下ろした。

 

 そして、サーシャは男に向けて、次々と罵倒の言葉を浴びせかけ始める。

 それに対し、男はいろいろと言い訳を始めた。

 

 その言葉を一言一句聞き逃さぬように、ルイズは耳をそばだてた。

 

「魔法の実験が」だとか、「記憶が消える魔法が」だとか「遠くに行ける扉が」だとか、いろいろと気になるワードが飛び交う。

 そして。

 

「しかたないじゃないか! 今、ぼくたちは大変なんだよ! なにせあの強くって乱暴な『ヴァリヤーグ』どもが……。数が少ないぼくたちは、この奇跡の力、『魔法』をもって対抗するしかないんだから!」

 

「わたしにとっては、あなたたちも『ヴァリヤーグ』も変わらないわ!」

 

『ヴァリヤーグ』。古代語に習熟しているはずのルイズが、初めて聞く単語だ。現代に伝わっていない固有名詞だろうか、とルイズの興味が高まる。そこを詳しく知りたいと思ったルイズだったが、それを邪魔するように才人が二人組へと声をかけた。

 

「あの……、ちょっとお尋ねしたいんですけど……」

 

 そう言ってから名を名乗り、己の左手の甲を男性に見せる才人。

 すると、男性はサーシャを押しのけるようにして跳ね起きて、才人の左手に飛びつくように顔を近づけた。

 

「『ガンダールヴ』じゃないか! 魔法のように素早い小人!」

 

「小人……? 見ての通り人間ですけど」

 

 首をかしげるように、才人が男性の言葉に答える。

 

「いや、小人にはそこまで深い意味はないからいいんだ。ほら、サーシャ! 言ったとおりじゃないか! ぼくたちの他にも、この『変わった系統』を使える人間がいたんだ!」

 

 興奮するようにそうまくしたてた男性は、才人に顔を近づけて、さらに言った。

 

「お願いだ! きみの主人に会わせてくれ!」

 

 ――ここにいますけど?

 

 突っ込むようにルイズが言ったが、当然その声は届かない。

 一方、才人は、真面目な顔をして男性に言葉を返す。

 

「実は、俺の主人は突然、エルフに攫われたんです。それを助けに向かっていたんですけど、いきなりここに飛ばされて……」

 

「エルフ! それって、サハラという場所にいるエルフかい?」

 

「はい、砂漠……エルフ達はサハラって呼んでいる土地らしいですね」

 

「おお、サーシャ、聞いていたかい!?」

 

 そう言って、男がサーシャに振り向く。だが、サーシャはムスッとした顔で才人をにらんでいた。

 

「だから、エルフはそんな人攫いなんてしないわ。もしかして、あなたの主人、捕らえられるような悪いことでも仕出かしたんじゃないでしょうね」

 

 そんなサーシャの言葉に、才人も機嫌を悪くして言い返した。

 

「違う。突然、俺達の土地まで襲撃してきて、しかも人質を取って人質ごと東のサハラに攫ったんだ」

 

「そんなことするわけないでしょ! しかも、サハラが東にある土地? まさに蛮人の支配地じゃないの! 文明すらろくにない野蛮な種族達の土地!」

 

「はあ? いや、ハルケギニアにはちゃんとした文明があるっつーの。最近では、発電機までできたんだぜ?」

 

「なによ、『ハツデンキ』って!」

 

「はっ、発電機も知らないとか、エルフの文明も程度が知れるぜ!」

 

 そんなやりとりをして、お互い喧嘩腰でにらみ合い始める才人とサーシャ。

 しかし、そこに慌てて男が割って入り、二人をなだめ始めた。

 

 そして、男は(いきどお)るサーシャをなんとか抑えながら、才人に向けて言った。

 

「キミは、ヒラガサイトくんだったね。ぼくは、ニダベリールのブリミルだ。あらためて、よろしく!」

 

「えっ!?」

 

 まさかの名前に、才人は驚きの声を上げた。

 一方で、ルイズは己の予想の一つが当たっていたかと、複雑な表情を浮かべた。

 交わされる古代語。使い魔の『ガンダールヴ』。現代のハルケギニアには伝わっていない未知の地名『イグジスタンセア』。文明が存在しないというサハラの西方。そして、謎の敵『ヴァリヤーグ』。

 

 それらから導き出せる仮説。

 それは……聖地に降臨する以前の始祖ブリミルに関する記憶が、再生されているとルイズは考えたのだ。

 

「もう一度、名前を言ってくれませんか?」

 

 そんな才人の言葉に、金髪の男性、ブリミルは答える。

 

「ニダベリールのブリミル。ブリミル・ル・ルミル・ニダベリール」

 

 才人が主体となった、始祖ブリミルと邂逅(かいこう)する記憶の世界。おそらく自分は、遠くにいる使い魔である才人と感応して、この夢を見ているのだ。ルイズはそう直感的に理解した。使い魔は、主の目となり耳となる。感覚を共有できるのだ。

 そしておそらく才人は……左手の甲に刻まれた『ガンダールヴ』のルーンか、愛剣であるデルフリンガーに眠る、六千年前の記憶を垣間見ている。そう、ルイズは確信に似た予測を立てた。

 

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