【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま 作:Leni
心神喪失薬。ビダーシャルが告げたそれの正体に、ルイズは心当たりがあった。
かつて、タバサの母親がガリアのジョゼフ派に飲まされた毒杯。そこに含まれていた、エルフの毒である。
タバサの母は、ルイズが突き止めた『水の精霊の涙』を用いる秘薬で快復にいたった。だが、その快復までの道のりは、けっして易しくはなかった。試行錯誤の連続であった。
そのエルフの毒が、自分とティファニアに盛られる。その決定を聞いて、ルイズは無言で考えを巡らせた。
記憶の世界で才人が言っていたことを信じるならば、彼はサハラまでルイズを救出に向かっているようだ。
しかし、仮に無事助け出されたとして、エルフの毒で心を壊されていたら、どうなるか。
エルフの毒を治療するための解毒の秘薬の現物は、ハルケギニアには残っていない。レシピは残してあるが、ルイズの監修無しで作れるかは怪しいところであった。
ゆえにルイズは、決断した。隙を見て、エルフ達のところから逃げ出すことを。過酷な砂漠の環境だろうが、気にしている場合ではない。なんとかティファニアと二人で逃げ出して、生き延びなければならない。
そう決めたが、さすがにこの場ですぐに逃げ出すわけにはいかない。
とりあえず、ギリギリまで隙を狙おう。そう判断して、ルイズは沈黙を貫いた。
その間にも、ルクシャナがエルフの文官にガリア語で文句を言っていた。エルフ語を使わないのは、ルイズにも理解できるよう配慮してくれているのだろう。
「話がちがうわ! 二人はわたしが預かるってことで、決着したじゃない!」
「評議会の決定なんです、ルクシャナさん。やはり、あらゆる危険性を排除したいとのことで」
「学術的見地からすると、愚かな行為としか言えないわ。二人は貴重な文化や歴史の証人よ!」
「とにかく、決定は決定なんですよ。処置は一週間後。それまで彼女らは、ここカスバに監禁されます」
「もう、蛮人だからってそんなことをするだなんて、エルフの評議会も蛮人の集まりね!」
「ルクシャナさん……」
文官は、困ったようにルクシャナを見た。どうやら、この文官も評議会の決定には賛成とは言えないようだ。
エルフは基本的に争い事を嫌う平和主義者である。蛮人と見下している相手とは言え、心を奪うなどという行為は、彼らにとっても非人道的と見なされるようであった。
しかし、評議会はただの個人ではなくエルフ全体を導く組織だ。エルフという種族の存続のためには、時に非情な判断も下すようであった。
◆◇◆◇◆
それからルイズとティファニアは、カスバの地下に監禁された。
部屋の中には鉄の板が壁に埋まっており、さらにはその壁も分厚い塗り壁であるとルイズ達は収容の際に説明された。
まさに牢獄である。
ただし、ベッドも二つあるし、椅子と机もある。トイレもしっかりと用意されていた。本来ならば罪を犯したエルフを捕らえる場所なのだろう。最低限の設備は備え付けられているようであった。
そんな牢獄で、ルイズは口を開くことなくジッと大人しくしていた。
すると、同室に収容されたティファニアは段々と不安になったのか、ベッドに腰掛けながらルイズに向けて涙声で言った。
「本当に、心を奪われちゃうのかな……」
「彼らは、やるでしょうね」
ルイズがそうはっきりと言うと、ティファニアは涙目で「ううっ……」とうめいた。
それから数時間、二人は無言で過ごした。
やがて、ティファニアが眠気に負けてうとうととし始めた頃。不意に、ルイズが言葉を放った。
「ねえ、テファ。覚悟はいい?」
すると、意識を覚醒させたティファニアは、ルイズの方を見て言葉を返す。
「覚悟なんて……心を失う覚悟なんて……無理よ。どうすればいいの?」
ティファニアは、ルイズの言った言葉の内容に困惑していた。
だが、ルイズはそんなティファニアの目を真っ直ぐに見つめて、さらに言う。
「違うわ。泥をすすってでも生き延びる覚悟よ」
「えっ!」
生き延びる覚悟。そのルイズの言葉に、ティファニアはハッとなって彼女を見つめ返した。
もしや、ルイズは……。ティファニアの心の中に、希望が芽生えた。
「ルイズ、それって……」
「絶対に、ハルケギニアに帰るわよ」
そう言って、ルイズはベッドに腰掛けるティファニアの隣へと移動した。
そして、ティファニアを立たせ、彼女の腰に左腕を回すルイズ。
「魔法で、跳ぶわ」
「杖は……?」
「杖は、ある。さあ、行くわよ」
そうして、ルイズは小さな声で魔法の詠唱を始めた。
それは、ティファニアが今まで聞いたことのないルーンであった。
ウリュ・ハガラース・ベオークン・イル……。
やがて、呪文は完成し、ルイズは右腕を斜め上に突き出した。
その瞬間、ルイズとティファニアは牢獄の中から消え、カスバの外、エルフの首都アディールの上空に出現した。
外は夜であった。街には明かりが灯り、上空からは美しい夜景が目視できた。
しかし、彼女達がいる場所は、空の上。当然、重力に引かれ落下する。
「ひゃ、ひゃあああああ!」
ティファニアが、叫び声を上げる。
一方ルイズは、冷静にルーンの詠唱を再び開始した。
――ウリュ・ハガラース!
『虚無』の魔法は、ルーンを途中で省略しても構わない。四大系統魔法にはない特徴だ。省略した分、威力は減衰するのだが。
そうして、ルイズは『
そして……。
ルイズとティファニアの二人は、誰にも見咎められることなく首都アディールからの脱出に成功した。
夜の砂漠に、エルフのローブを着込んだ二人が降り立つ。
精神力が尽きかけたルイズはそこで魔法の発動を止め、ティファニアの腰から腕を放して砂地を歩き始めた。
「さ、寒いね……」
ティファニアが、ルイズに対してそう言った。
そう、夜の砂漠は冷える。ティファニアは身を縮こませながら、ルイズの後を追った。
「二人とも、『火』の魔法は使えないから、耐えるしかないわね」
そう言いながら、ルイズは確かな足取りで、
先ほどは泥をすする覚悟とは言ったルイズだが、周囲にあるのは砂だけ。水などどこにもない。
だが、ルイズは今の環境をそこまで悪いとは思っていなかった。なにせ、暑くない。汗として流れ出る体内の水分が、少なく抑えられるということを意味していた。
そして、ルイズとティファニアはひたすらに歩き続けた。
「ねえ、ルイズ。真っ直ぐ歩いているけど、行く当てはあるの?」
「まずはルクシャナのオアシスに向かうわ」
「……大丈夫? 捕まらない?」
「そこは、会ってみないことには。でも、荷物は回収しないといけないわ。特に、『水のルビー』と『始祖の祈祷書』の回収は必須よ。新しい『虚無』の魔法の発現は、わたし達の今後を左右するでしょうから」
「なるほど……!」
そんな言葉を交わしてから、二人は黙って砂漠を歩き続けた。
言葉を口から放つだけでも、体力を使う。そのことを二人はしっかりと自覚していたのだ。
幸い、二人とも体力は十分にある健康児であった。ルイズはフィールドワークで歩き続けることは昔から慣れていて、ティファニアも辺境の田舎の村で数年過ごしてきた。貴族の令嬢にありがちな、体力に劣った貧弱さはなかった。
そうして二人は、夜の寒さに凍えながら一晩中歩き続けた。
やがて、双つの月が沈み、太陽が昇り始めた頃。二人はルクシャナのオアシスまで辿り着いた。
「すごい、ルイズ、道を覚えていたのね」
オアシスに踏み込み、精霊の力の範囲内に入って快適な温度となったことに気付いたティファニアが、ルイズをそう称賛した。
すると、ルイズは得意げな顔で答える。
「牢獄までの道は、全部頭の中に叩き込んでおいたの。いつでも逃げ出せるようにね」
それから二人は、まずはオアシスの水を飲み、一息ついてからルクシャナの屋敷に踏みこんだ。
扉には鍵は掛かっておらず、無事にルクシャナの部屋まで入ることができた。
中は無人だった。しめたものだと、ルイズはさっそく荷物の回収に入る。
まずは肝心の『水のルビー』、『始祖の祈祷書』、ティファニアの『風のルビー』。そして、水の精霊から受け取ったネックレスに、ティファニアの癒やしの指輪、さらには予備の指輪型の杖と、杖の簡易契約のための秘薬。残念ながら、ティファニアは普段『始祖のオルゴール』を持ち運んでいなかったようで、広げられた荷物の中にはなかった。
そして、砂漠を越えるために、そこらにあった荷物袋へと服や食料も詰め込んでいく。
だが、欲を出したのがいけなかったのか。突然、部屋の扉が開いて、第三者が姿を見せた。ルクシャナとアリィーである。
ハッとなって、ルイズは右腕を二人へと向ける。
戦うしかない。しかし、精神力は残り少なく、ここはルクシャナが精霊と『契約』している場所。
ならば、隙を見て再び『瞬間移動』で逃げる判断をしようとしたところで、ルクシャナが叫ぶように言った。
「待って! 争う気はないわ! 精霊が反応するから、敵意を静めて!」
その言葉に、ルイズは右腕をルクシャナに向けたまま、心を落ち着かせた。
そして、ルクシャナはルイズ達をジッと観察する。
彼女の視線は、ルイズがまとめる荷物袋の方を向いている。
「砂漠に飛び出す気? 無謀すぎるわ」
「生き延びるには、それしか方法は無いわね」
ルクシャナの問いに、ルイズは荷物袋を手にして、ティファニアに近寄りながら答える。
いつでも『瞬間移動』の魔法で逃げられるよう、ティファニアを確保しようとしているのだ。
そんな抜け目のないルイズに、ルクシャナが言う。
「西へそのまま向かっても、追っ手に捕まるだけよ」
「もう追っ手がかかったのね」
「ええ、カスバは大騒ぎだったわ。予想通りここに戻ってきてくれてよかった」
となると、ルクシャナもその追っ手の一人か。ルイズがそう考え、ティファニアの腰に手を回したときのこと。
ルクシャナが、さらにルイズに向けて言った。それは、意外な言葉であった。
「向かうなら、北。まずは海に向かって、追っ手を
そんなまさかのルクシャナの発言に、ルイズは思わずキョトンとして呆けてしまった。
まさかここでルクシャナが自分に味方してくれるとは。どうやら、彼女との交流は無駄ではなかったようだと、ルイズは内心で喜んだ。
こうして、ルイズとティファニアは、生き延びるための活路を見いだすことができたのであった。