【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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127.竜の巣

 岩の中にある空洞の奥からやってきた水韻竜。ルクシャナが海母(うみはは)と呼ぶその竜は、空洞の入り口付近にいる水竜シャッラールより一回りも二回りも大きかった。

 ずいぶんと長く生きた個体なのだろう。ルイズは、海で生きる生物は地上にいるそれより巨大化する傾向にあるという話を思いだした。確か、体積を大きくすることで体温を保ちやすくしているのだったか。ルイズは以前、海洋学者から聞いた仮説を思い浮かべる。 その水棲の韻竜が、ルイズのことをジッと見つめている。

 正確には、ルイズの胸元のペンダントをだ。

 

「ずいぶんとその水の妖精に愛されておいでのようだね」

 

 水韻竜、海母がルイズに向けて感心したように言う。

 それを聞いたルイズは、確かにそうかもしれないと先ほど海に潜ったときの水の守りを思い出す。

 

「わたしとしては対等な取引相手のつもりだったけど、思ったよりも好かれていたようね」

 

 そう言いながら、ルイズは胸元のペンダントにソッと触れた。すると、一瞬ペンダントトップの宝石がチカリと輝く。この宝石の中には、ラグドリアン湖の水の精霊が宿っている。海母は精霊ではなく妖精と呼んでいるが。

 分体とでも言うべきか。いや、水というものは蒸発して雲になり、雨となってあまねく存在する。ここに宿るのも分体ではなく本体の一つなのかもしれない。ルイズはそのようなことを思った。

 

「ルクシャナの言う『おともだち』って、この大きな竜だったのね」

 

 巨大な海母を見上げながら、ティファニアが言った。そのあまりの巨大さに、感心しているようだ。恐怖心はないらしい。相手が理知的なので、自分達に危害を加えないことを理解しているようだった。

 すると、海母はその独特の白い目を細めて言った。

 

「おや、エルフと人間の血が混じっている子のようだね。美しい娘じゃの」

 

「えっ、分かるの?」

 

 ティファニアが驚いたように言う。ティファニアは、エルフの耳と人間の瞳を持つハーフエルフだ。その特徴をこのわずかな時間で海母は見抜いたらしい。

 

「長く生きていると、大抵のことは分かるようになるものじゃ。しかし、そこのエルフの子が、何を考えているのかだけは、この海母にも分からんよ。本当に気まぐれな子じゃからのう」

 

 海母が、チラリとルクシャナに目を向けながら言った。

 そんな会話にルイズは、水韻竜ともなれば『水』の先住魔法で人の思考を読むことくらいはできそうだな、などと思った。

 一方、気まぐれな子呼ばわりされたルクシャナは言う。

 

「分からないなら言葉にするわ。この二人をしばらく(かくま)ってちょうだい」

 

「おやおや、エルフのお前が人間を匿うだなんて、いったい何があったのやら」

 

「二人は悪魔の末裔なの。でも、エルフの評議会が、薬で心を奪うべきだなんて野蛮なことを言い出したから、逃がしたのよ」

 

「ははあ……あの小僧どもは、どいつもこいつも偏屈(へんくつ)だからねえ……」

 

 そう言葉を交わしてから、海母はルイズとティファニアに顔を近づける。あまりの迫力に、ティファニアはさすがに驚きでビクリと震えてルイズの後ろに隠れる。ルイズも顔をわずかに引きつらせていた。

 そんなティファニアとルイズに、海母は言った。

 

「よく来たね。ゆっくりしていくといい」

 

 そんな歓迎の言葉を受けて、ルイズは問う。

 

「エルフと違って、水韻竜にとってはわたし達は悪魔ではないのかしら?」

 

「いいや、わらわの祖母からは悪魔の話は聞いているよ。あんたたちのご先祖が、この土地に何をしたのかも、しっかりね」

 

「『大災厄』かしら?」

 

「エルフからはそう呼ばれている出来事だのう。六千年前だったかね。祖母がまだ娘のときだって話さね」

 

 六千年もの年月が、たった三代での短い出来事のように言う海母。どうやら、韻竜というものはルイズの想像よりもはるかに長生きする生き物らしい。ルイズの心の中で、好奇心が爆発しそうになった。

 

「水韻竜達にとって、『大災厄』は忌むべき災害ではなかった?」

 

 ルイズがそう問いかけると、海母は「ふぇふぇふぇ」と笑って答える。

 

「さて、どうだろうね。生きている祖母からわらわが話を聞いたということは、災厄に水韻竜は巻き込まれていないかもしれないね。巻き込まれていたとしても、それは大いなる意思の思し召しじゃ」

 

 大いなる意思。エルフや韻竜が信仰する偉大な精霊の力のことだ。神のような絶対的なものではなく、地域毎に個別に存在する巨大な精霊の意思だということをルイズは耳にしたことがある。

 そんなルイズの思考の最中にも、海母は言う。

 

「わらわたち韻竜は、滅びゆく種族。ゆえに、この世のすべての出来事は、大いなる意思の思し召しと受け入れておるよ」

 

 そんな言葉に、ルクシャナは呆れたように言う。

 

「ただの諦めじゃないの」

 

「おや、エルフも長い歴史の中では、自身に降りかかる災厄を大いなる意思の御心と受け止めることだってあったのじゃがな」

 

「自然による災害なら、そういうものじゃないの?」

 

「ふぇふぇふぇ、自然の災害も、この世に起きる出来事の一部でしかないのじゃ」

 

「……もう、わたしは哲学問答をしに来たわけじゃないんだからね。とにかく、二人を匿ってあげてほしいの。西から助けが来るらしいから、わたしはそっちの確認をするためにここには滞在しないの。だから、二人の世話をしてあげて」

 

「ここにはいくらでもいてくれて構わない。しかし、この巨体で人間の子の世話ができると思うかい?」

 

「それもそうね。じゃあ、イルカ達を連れてくるから、見守ってあげて」

 

「それくらいなら構わないよ」

 

「ありがとう! 頼りになるわね!」

 

 そう言葉を交わしてから、海母はルイズ達に向き直り、言った。

 

「人間の子にはちと臭いはきつかろうが、ゆっくりしていくといい」

 

 そうして、海母は空洞の奥へと再び戻っていった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 それからしばらく、ルイズとティファニアは海中の洞窟に滞在した。

 食料は、ルクシャナがどこからか連れてきたイルカが、魚や貝を捕ってきてくれた。しかし、さすがに生で食べるわけにはいかない。そこでルイズは、そこらに転がっていた乾燥した海藻を燃やした。ルイズが荷物として持ち込んでいた、地球の知識で作った火打ち石代わりのファイアスターターで器用に火を着けたのだ。その火で魚介類を焼いて空腹を満たす。

 飲料水は、ルクシャナが洞窟の窪みに真水を溜めておいてくれたので、そちらを使った。

 

 洞窟の中は、暖かい。海母曰く、精霊の力がこの辺りには満ちているおかげらしい。だからこそ、自分もここを住処にしているのだと。

 そうしてルイズとティファニアは二人で何日か過ごすうちに暇になったので、海中を泳ぐようになった。

 水の精霊のペンダントが律儀に水の膜を張ってくれるので、息をしながら海中を漂う。ルイズが意識すると、水の膜は二人の頭部だけを覆ってくれるので、二人は下着姿で海中を泳いで遊んだ。

 

 そうして、アルビオン育ちのティファニアが泳ぎになれた頃。二人は海底を探検することにした。

 海はとても澄んでいて、そこまで深くもない。太陽が昇ると、海の底まで日光が差してくる。そんな海の底を二人は、ルクシャナが連れてきたイルカと共に泳ぎだした。

 

 海底には、珊瑚(さんご)が敷き詰められるようにしてズラリと並んでいた。

 その珊瑚の間では、カラフルな魚が舞うように泳ぎ回っている。

 

 それから二人は、周囲の海底をイルカと共に探検した。途中、韻竜ではない水竜に襲われたため、ルイズが『エクスプロージョン』の魔法を使って撃退する場面もあった。

 そして、『竜の巣』からしばらく移動した場所で、ルイズは思わぬ物を発見した。

 それは、一見岩に見える塊。フジツボにビッシリと覆われたそれだが、ルイズはその全景から人工物であると見抜いた。

 水中に没する、鉄の塊。ルイズはそれをいつだかに才人に聞いたことのある地球の乗り物、『潜水艦』だと推測した。

 

 それを見て、ルイズは口もとを吊り上げて笑った。

 

 そうして、二人が海底遊泳を楽しんだ後。

 ルイズは、洞窟の奥にいる海母に話しかけていた。話題は、先ほど見つけた『潜水艦』だ。

 

「なるほど、あれが人間の武器ねえ……」

 

「ええ。それもただの人間じゃないわ。異世界の人間の武器よ」

 

「異世界、異世界ねえ……」

 

「わたし達は、その武器を『場違いな工芸品』って呼んでいるの。『竜の巣』の周辺で多く見つかるって聞いたことがあるんだけど、他にもある?」

 

「ああ、海の中に現れるゴミだと思って、一ヶ所に集めて捨ててあるよ。見るかい?」

 

「ええ!」

 

 そうして、ルイズとティファニアは海母に案内されて、洞窟の中を移動した。

 どうやら、ルイズ達が滞在していた洞窟はアリの巣のように入り組んでいたらしい。ところどころが海水で浸食され、ルイズ達は水の精霊のペンダントの力を借りながらそこを突破していく。

 やがて、ある地点で、海母は動きを止めた。光の苔で淡く照らされた、洞窟の一つ。

 そこの光景に、ルイズは思わず息を飲んだ。

 

 そこには、おびただしい数の兵器が並んでいたのだ。銃、大砲、戦車、戦闘機……。

 おびただしい数の『ガンダールヴ』の槍が、そこにはあった。

 しかし、そのほとんどは、錆にまみれていた。当然だ。兵器の多くは鉄製だからだ。

 

「ゴミだと思っていたけど、まさかこれが異世界の武器だなんてねえ……」

 

 海母が、低音でうめくように言った。

 その彼女に対し、ルイズが言う。

 

「ほとんど錆びてもう使えないから、ゴミには違いないわね。まあ、わたし達人間に取っては、使えなくてもものすごい価値があるものなんだけど」

 

「こんなものに価値がねえ……。ああ、透明な袋に覆われていて無事な物もあるよ」

 

「本当!?」

 

 海母が視線で指し示した先。そこには、確かにビニールでパッキングされた小銃が存在していた。ルイズは、サイトが所持していたプラスチックとはまた違う、ビニールの存在に小躍りしそうになった。銃ならば、才人がロマリアから貰ってきた物がたくさんある。だが、ビニールは別だ。

『石油』から『錬金』の魔法で生成する際に、実物があるとないとでは話が違う。これをコルベール研究室に持ち帰れば……ルイズの好奇心は爆発しそうになった。

 

「ねえ、これってもらってもいいかしら?」

 

「ああ、構わないよ。しかし、武器なんてほしいのかい?」

 

「武器も護身用に欲しいけれど、それよりもこの梱包材が欲しいの!」

 

「そのいつまで経っても朽ち果てない厄介なゴミが欲しいのかね。変わった子じゃの」

 

「朽ち果てないからこそ、物の長期保存に向いているのよ」

 

 そう言って、ルイズはその場に転がる『ガンダールヴ』の槍、またの名を『場違いな工芸品』を漁り始めた。

 とりあえず、持ち運びできそうな拳銃と、それに合う弾薬を探して確保した。エルフの追っ手に狙われたときに役立つかもしれないという判断だ。小銃や狙撃銃もあったが、そちらは扱えそうにないと思い、手を出していない。

 そして、ルイズはさらに変わった物を見つけた。

 

「それは最近見つけたんだよ」

 

 コレクションを誇るかのような嬉しげな声で、海母が言う。

 その視線の先にあったのは、一隻のフネだ。十メイルほどのボートだが、船首に機銃が積んである。

 なるほど、戦車や戦闘機、潜水艦が地球から来るのならば、海の上を行くフネも武器判定を受けて流れ着くのだな、とルイズは感心した。

 

 そうしてルイズは、護身用の銃と資料サンプルのビニールを手に入れ、洞窟のもとの場所へと戻った。

 

 すると、そこには水竜を連れたルクシャナとアリィーが訪ねてきていた。

 そのルクシャナが、ルイズに向けて不満そうな顔で言う。

 

「もう、ルイズ、どこに行っていたの」

 

「ちょっとした確認をしにね」

 

「確認? なんの?」

 

「この『竜の巣』が、いったいなんなのかの確認」

 

「うん? 海母の住処でしょう?」

 

 そのルクシャナの反応に、ルイズは本当に知らないのだな、と思いながら、その隣に立つアリィーを観察する。

 相変わらずムスッとした顔をしているが、どこか動揺が浮かんでいた。そんな彼に対し、ルイズは問うた。

 

「ねえ、アリィーだったかしら。ルクシャナがこの場所にわたしたちを連れてくるの、想定外だったんじゃない?」

 

「…………」

 

「だって、この場所は、わたしたち悪魔の末裔が来て良いような場所じゃない」

 

 そのルイズの言葉に、アリィーは眉間にシワを寄せた。

 すると、ルクシャナはルイズが何を言いたいか分からなかったのか、不満そうな顔でルイズに言う。

 

「もう、二人で勝手に話を進めないで。ねえ、ルイズ。ここはいったいなんだっていうの?」

 

「わたしの推測だけど……多分、当たっているはずよ」

 

 ルイズは、口もとを吊り上げながらエルフ二人に言った。『ガンダールヴ』の槍、『場違いな工芸品』が流れ着く場所。それはすなわち……。

 

「ここは『悪魔(シャイターン)の門』。わたしたち人間の言う『聖地』。始祖ブリミル、エルフにとっての悪魔が降臨した地ね?」

 

 そのルイズの言葉に、アリィーは苦い顔をした。

 

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