【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま 作:Leni
始祖ブリミルが、大山脈とその麓の城塞都市を破壊した。過去に実際起こったであろう、その光景をルイズと才人は見届けた。
すると、不意にルイズ達の視界が暗転する。どうやら、記憶の世界が切り替わるようだ。まるで演劇の場面転換のようだと、ルイズは感じた。
だがしかし、視界が晴れて再び眼前に現れたのは、先ほどと同じ廃村の風景であった。しかし、少しだけ違うものがあった。遠くに見える都市の跡地であるクレーター。そこが入り江に変わっていたのだ。海水が流れ込み続けた結果なのだろう。
その入り江の光景を見て、ルイズはさらに察した。
――ああ、あそこは、『竜の巣』だ。
そう。ブリミルが跡形もなく破壊した山々。あそここそが、始祖ブリミルが六千年前に降臨したという『聖地』であり……ブリミルが作り出した巨大なクレーターが、ルイズとティファニアが少しの間、身を隠した『竜の巣』なのだ。
その未来の『竜の巣』をルイズの眼下にいる才人が、呆然と見つめている。
すると、そんな才人の背後から声をかける者がいた。ブリミルだ。
「使い魔の少年、まだここにいたのか」
「ブリミルさん……」
幽鬼のような表情を浮かべたブリミル。そんな彼に向けて、才人は問うた。
「こんなやり方しか、なかったのか? エルフと話し合うことは、できなかったのか?」
「したさ。何度だって話し合おうとした。でも、無駄だった。話し合いなんて、無意味だったんだよ」
「どうして……」
「前にも言ったね。『大隆起』の原因はエルフが崇拝する『大いなる意思』だ。その『大いなる意思』の正体……それは、ぼくが破壊したあの大山脈なんだ。あれは、巨大な『精霊石』の塊だったんだよ」
「山が『精霊石』……?」
「そうだ。その巨大な『精霊石』は、大陸中の『精霊石』と地下の鉱脈を通じて繋がっていた。そして、あの山脈に蓄積し続けた精霊の力が、逃げ場を求めて大陸中に伝播し……『精霊石』のうちの『風石』を暴発させてしまう」
「それが、『大隆起』の原因……」
「そう。原因が『大いなる意思』となれば、それを崇めるエルフは対処をしようとしない。エルフの評議会は、世界が滅亡しようが、それは『大いなる意思』の思し召しだと返してきたんだ」
「馬鹿げてる」
「そうでもないんだ。なにしろ、あの山脈の
ブリミルの言い様に、才人は渋い顔をした。
一方、ルイズはブリミルの主張も、一面的であると感じた。なにしろ、ブリミルが破壊した山脈はエルフの住処だったのだ。
そこを破壊するからどけろと異民族であるブリミル達に言われて、簡単に去れるようなものではないのだ。
「それでも、ぼくは話し合いで解決しようとした。しかし、エルフは頑迷で、対話は平行線のまま時間だけが過ぎ去った」
心底疲れたという様子で、ブリミルは話を続ける。
「迫る『大隆起』の危機に、我が氏族の中でも、主戦論を唱える者が増えていった。一触即発の状態の中、それでも、ぼくとサーシャは、最後まで対話を諦めようとはしていなかったんだ。でも……」
そこまで言って、ブリミルは目を伏せて、腹の奥から絞り出すような声を出した。
「ぼくが評議会との交渉におもむいた、その日。我が氏族の住むニダベリールの村が、エルフに攻め滅ぼされたんだ」
その言葉に、才人とルイズは同時に息を飲んだ。
ニダベリール。以前訪れた、記憶の世界。『ヴァリヤーグ』に攻め入られていた遊牧民族の村。
現代に続くメイジの祖先であると思われる、マギ族の集まり。それが、エルフに滅ぼされた。
「なにが発端だったのか、どちらが先に手を出したのか、いまとなってはわからない。なんにせよ、強大な精霊の力を行使するエルフに対し、我が氏族はあまりに非力だった。村は焼かれ、逃げ遅れた子供たちも大勢殺された。あれは戦いなんてものじゃない、一方的な虐殺だった。ぼくが戻って来たときには、なにもかも手遅れだった」
エルフが、マギ族を殺し尽くした。ここより六千年後では、争いごとが嫌いだと主張しているあのエルフ達が。ルイズは明るく笑うルクシャナを思い出しながら、入り江となったエルフの都市跡を見た。
その最中にも、ブリミルの言葉は続く。
「そのとき、ぼくは決めたんだ。神より授かった、この『虚無』の力を、我が氏族を守るために使うことを……」
話し合いに応じなかったエルフに殺された。だから、話し合いを放棄してエルフを殺した。突き詰めて言うと、そういうことだった。
才人も、ブリミルにこれ以上言えることがなかったのか、目を伏せて砂地に座りこんだ。やるせない気持ちになっているのだろう。どうしようもない、救いのない話であった。
すると不意に、沈黙を破るような低い声がその場に響いた。
「……『
それは、エルフの女性、サーシャの声であった。
いつの間に現れたのか、彼女は廃村の中をゆっくりと歩き、ブリミルへと近づいてきていた。一本の長剣を持ち、ブリミルを悪鬼のような表情でにらみつけている。
「なぜ……、なぜ、わたしの故郷を滅ぼしたの!」
一歩ずつ、長剣をひきずりながらブリミルに近づくサーシャ。その長剣に、ルイズは見覚えがあった。才人の愛剣、デルフリンガーだ。
それを才人は驚愕の目で見つめていた。だが、才人は座りこんだままの姿勢で動くことはなかった。
才人ならば、ブリミルに迫るサーシャを止めそうなものだが……そう思ったルイズだが、一つの事実に気付いてハッとした。
この世界は、あくまで記憶の世界。記憶の住人と会話はできても、過去に起きた出来事の結果を大きく変えるようなことは、おそらくできないのだ。
だから、ここからは。ルイズと才人の二人は、過去に起きた悲劇を眺めるしかない。
「呪われるがいい! ブリミル、あなたは『悪魔』そのものよ。わたしの心を奪い……、そして、裏切ったのだから!」
そう言って、デルフリンガーを構えたサーシャ。左手は『ガンダールヴ』のルーンが光り輝き、さらに胸元には見覚えのない新しいルーンが光り輝いている。
おそらくは、現代では未だ召喚されていない、四番目の『虚無』の使い魔。そのルーンが、サーシャに刻まれているのであろう。
そのサーシャは、なぜか怪我一つ無いというのに、ルイズの目からは満身創痍に見えた。病でも患っているのだろうか。
「サーシャ、ぼくはたしかに罪を犯した。
「ブリミルっ!」
デルフリンガーをブリミルに向けて突き入れようと、サーシャが
それに対し、ブリミルはサーシャを迎え入れるように両手を広げた。
そして。
ブリミルの胸に、サーシャの持つデルフリンガーが突き立てられた。
使い魔が、主を害する。
まさかの結果に驚いたのは……主を害した使い魔のサーシャ本人であった。
「……どうして!」
すると、ブリミルはデルフリンガーの刃を背から生やしたまま、小さなサーシャの身体を抱きしめた。
「ぼくは罪を犯した。使い魔であるきみを、愛してしまった。ぼくは愛のために、自分の氏族を裏切った」
息も絶え絶えに、ブリミルは言葉を続ける。
「ぼくの子孫とエルフは、きっと、この先、何千年も憎み合うようになるだろう。ぼくは、世界の救世主にはなれなかった」
「ブリミル……、あなた、一体なにを……?」
そんなブリミルとサーシャのやりとりをルイズは疑問を思い浮かべながら見守った。ブリミルは、見事に『大いなる意思』を破壊し、世界を救ったはずだ。だが、ブリミルの言葉はそれを否定するかのようだった。
まさか。ルイズは思った。ブリミルは、『大いなる意思』を破壊し尽くすことはできなかったのではないかと。そして。エルフを殺し尽くすこともできなかったのではないかと。
「でも、これでいい。これで、きみを救うことができた」
ブリミルがそう話すうち、光り輝いていたはずのサーシャのルーンが消滅していくことに、ルイズは気付いた。
使い魔のルーンは、主が死ぬか、使い魔が死ぬかすると、消失する仕組みだ。どうやら、『虚無』の担い手とその使い魔の関係でも、それは変わらないようだった。
そして、ブリミルは息を引き取る直前に、愛する元使い魔の胸で
「ちくしょう、なんでぼくなんだ……、神よ、なぜ、こんな力をぼくに授けた!」
「ブリミル……」
「ぼくはこんな力いらなかった……、いらなかったんだ!」
その言葉と共に、周囲の光景が薄らと消え始めた。
ブリミルと、サーシャと、才人の姿もゆっくりと消えていく。六千年前を振り返る、記憶の旅が終わったのだ。
消える世界の中で、ルイズは目を伏せながら言う。
「デルフ、いるんでしょう?」
「……ああ、いるぜ」
「悲しい出来事だったわね」
「ああ、悲しい。悲しすぎて、今までこんなこと忘れていたぜ。嫌なことを思い出させやがって」
「それで、一つ聞きたいの」
ルイズが、この世界を一緒にどこからか見ていたであろう、デルフリンガーに問うた。
「サーシャの胸にあったルーン、あれは何?」
「ああ、ありゃ、使い魔の生命力を主の精神力に変換する『リーヴスラシル』のルーンだな」
「なにその、ひどい効果のルーン!? だからサーシャは満身創痍だったのね!」
「そうだ。でも、あのルーンがなければ、エルフの都市を滅ぼした『
「魔法名が悪趣味すぎるわ」
「ブリミルとしては、使うべきではない戒めの意味を込めてたんじゃねえかな。多分。いや、知らんけど」
使うべきではないルーンの効果。使うべきではない強大な魔法。
確かにそうだ。使い魔の命を使い捨てにするなど、メイジにあるまじき行為だ。ルイズはそう、貴族として培ってきた感性で思った。
「だからな、娘ッ子。あの胸のデケー娘に使い魔の召喚は、絶対にさせんなよ」
「分かっているわ。そもそも、すでに召喚しないってエルフと約束してあるから」
「そりゃよかった」
そこで、記憶の世界は完全に消え去り。ルイズは『イヴェット』号の船室で目を覚ました。
彼女の顔には、涙を一筋流した跡が残っていた。