【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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132.生命の鼓動

 始祖ブリミルが、大山脈とその麓の城塞都市を破壊した。過去に実際起こったであろう、その光景をルイズと才人は見届けた。

 すると、不意にルイズ達の視界が暗転する。どうやら、記憶の世界が切り替わるようだ。まるで演劇の場面転換のようだと、ルイズは感じた。

 

 だがしかし、視界が晴れて再び眼前に現れたのは、先ほどと同じ廃村の風景であった。しかし、少しだけ違うものがあった。遠くに見える都市の跡地であるクレーター。そこが入り江に変わっていたのだ。海水が流れ込み続けた結果なのだろう。

 その入り江の光景を見て、ルイズはさらに察した。

 

 ――ああ、あそこは、『竜の巣』だ。

 

 そう。ブリミルが跡形もなく破壊した山々。あそここそが、始祖ブリミルが六千年前に降臨したという『聖地』であり……ブリミルが作り出した巨大なクレーターが、ルイズとティファニアが少しの間、身を隠した『竜の巣』なのだ。

 

 その未来の『竜の巣』をルイズの眼下にいる才人が、呆然と見つめている。

 すると、そんな才人の背後から声をかける者がいた。ブリミルだ。

 

「使い魔の少年、まだここにいたのか」

 

「ブリミルさん……」

 

 幽鬼のような表情を浮かべたブリミル。そんな彼に向けて、才人は問うた。

 

「こんなやり方しか、なかったのか? エルフと話し合うことは、できなかったのか?」

 

「したさ。何度だって話し合おうとした。でも、無駄だった。話し合いなんて、無意味だったんだよ」

 

「どうして……」

 

「前にも言ったね。『大隆起』の原因はエルフが崇拝する『大いなる意思』だ。その『大いなる意思』の正体……それは、ぼくが破壊したあの大山脈なんだ。あれは、巨大な『精霊石』の塊だったんだよ」

 

「山が『精霊石』……?」

 

「そうだ。その巨大な『精霊石』は、大陸中の『精霊石』と地下の鉱脈を通じて繋がっていた。そして、あの山脈に蓄積し続けた精霊の力が、逃げ場を求めて大陸中に伝播し……『精霊石』のうちの『風石』を暴発させてしまう」

 

「それが、『大隆起』の原因……」

 

「そう。原因が『大いなる意思』となれば、それを崇めるエルフは対処をしようとしない。エルフの評議会は、世界が滅亡しようが、それは『大いなる意思』の思し召しだと返してきたんだ」

 

「馬鹿げてる」

 

「そうでもないんだ。なにしろ、あの山脈の(ふもと)は、『大隆起』に対する絶対的な安全地帯だったんだ。暴発するのは『風石』であって、『大いなる意思』ではないからね。ヤツらは絶対的な安全地帯から、世界の滅びを見過ごそうとしていたんだ」

 

 ブリミルの言い様に、才人は渋い顔をした。

 一方、ルイズはブリミルの主張も、一面的であると感じた。なにしろ、ブリミルが破壊した山脈はエルフの住処だったのだ。

 そこを破壊するからどけろと異民族であるブリミル達に言われて、簡単に去れるようなものではないのだ。

 

「それでも、ぼくは話し合いで解決しようとした。しかし、エルフは頑迷で、対話は平行線のまま時間だけが過ぎ去った」

 

 心底疲れたという様子で、ブリミルは話を続ける。

 

「迫る『大隆起』の危機に、我が氏族の中でも、主戦論を唱える者が増えていった。一触即発の状態の中、それでも、ぼくとサーシャは、最後まで対話を諦めようとはしていなかったんだ。でも……」

 

 そこまで言って、ブリミルは目を伏せて、腹の奥から絞り出すような声を出した。

 

「ぼくが評議会との交渉におもむいた、その日。我が氏族の住むニダベリールの村が、エルフに攻め滅ぼされたんだ」

 

 その言葉に、才人とルイズは同時に息を飲んだ。

 

 ニダベリール。以前訪れた、記憶の世界。『ヴァリヤーグ』に攻め入られていた遊牧民族の村。

 現代に続くメイジの祖先であると思われる、マギ族の集まり。それが、エルフに滅ぼされた。

 

「なにが発端だったのか、どちらが先に手を出したのか、いまとなってはわからない。なんにせよ、強大な精霊の力を行使するエルフに対し、我が氏族はあまりに非力だった。村は焼かれ、逃げ遅れた子供たちも大勢殺された。あれは戦いなんてものじゃない、一方的な虐殺だった。ぼくが戻って来たときには、なにもかも手遅れだった」

 

 エルフが、マギ族を殺し尽くした。ここより六千年後では、争いごとが嫌いだと主張しているあのエルフ達が。ルイズは明るく笑うルクシャナを思い出しながら、入り江となったエルフの都市跡を見た。

 その最中にも、ブリミルの言葉は続く。

 

「そのとき、ぼくは決めたんだ。神より授かった、この『虚無』の力を、我が氏族を守るために使うことを……」

 

 話し合いに応じなかったエルフに殺された。だから、話し合いを放棄してエルフを殺した。突き詰めて言うと、そういうことだった。

 才人も、ブリミルにこれ以上言えることがなかったのか、目を伏せて砂地に座りこんだ。やるせない気持ちになっているのだろう。どうしようもない、救いのない話であった。

 

 すると不意に、沈黙を破るような低い声がその場に響いた。

 

「……『悪魔(シャイターン)』」

 

 それは、エルフの女性、サーシャの声であった。

 いつの間に現れたのか、彼女は廃村の中をゆっくりと歩き、ブリミルへと近づいてきていた。一本の長剣を持ち、ブリミルを悪鬼のような表情でにらみつけている。

 

「なぜ……、なぜ、わたしの故郷を滅ぼしたの!」

 

 一歩ずつ、長剣をひきずりながらブリミルに近づくサーシャ。その長剣に、ルイズは見覚えがあった。才人の愛剣、デルフリンガーだ。

 それを才人は驚愕の目で見つめていた。だが、才人は座りこんだままの姿勢で動くことはなかった。

 才人ならば、ブリミルに迫るサーシャを止めそうなものだが……そう思ったルイズだが、一つの事実に気付いてハッとした。

 

 この世界は、あくまで記憶の世界。記憶の住人と会話はできても、過去に起きた出来事の結果を大きく変えるようなことは、おそらくできないのだ。

 だから、ここからは。ルイズと才人の二人は、過去に起きた悲劇を眺めるしかない。

 

「呪われるがいい! ブリミル、あなたは『悪魔』そのものよ。わたしの心を奪い……、そして、裏切ったのだから!」

 

 そう言って、デルフリンガーを構えたサーシャ。左手は『ガンダールヴ』のルーンが光り輝き、さらに胸元には見覚えのない新しいルーンが光り輝いている。

 おそらくは、現代では未だ召喚されていない、四番目の『虚無』の使い魔。そのルーンが、サーシャに刻まれているのであろう。

 そのサーシャは、なぜか怪我一つ無いというのに、ルイズの目からは満身創痍に見えた。病でも患っているのだろうか。

 

「サーシャ、ぼくはたしかに罪を犯した。(つぐな)いきれぬほどの罪を」

 

「ブリミルっ!」

 

 デルフリンガーをブリミルに向けて突き入れようと、サーシャが緩慢(かんまん)な動きで構える。

 それに対し、ブリミルはサーシャを迎え入れるように両手を広げた。

 そして。

 ブリミルの胸に、サーシャの持つデルフリンガーが突き立てられた。

 

 使い魔が、主を害する。

 まさかの結果に驚いたのは……主を害した使い魔のサーシャ本人であった。

 

「……どうして!」

 

 愕然(がくぜん)とした表情で、サーシャは目を見開いた。

 すると、ブリミルはデルフリンガーの刃を背から生やしたまま、小さなサーシャの身体を抱きしめた。

 

「ぼくは罪を犯した。使い魔であるきみを、愛してしまった。ぼくは愛のために、自分の氏族を裏切った」

 

 息も絶え絶えに、ブリミルは言葉を続ける。

 

「ぼくの子孫とエルフは、きっと、この先、何千年も憎み合うようになるだろう。ぼくは、世界の救世主にはなれなかった」

 

「ブリミル……、あなた、一体なにを……?」

 

 そんなブリミルとサーシャのやりとりをルイズは疑問を思い浮かべながら見守った。ブリミルは、見事に『大いなる意思』を破壊し、世界を救ったはずだ。だが、ブリミルの言葉はそれを否定するかのようだった。

 まさか。ルイズは思った。ブリミルは、『大いなる意思』を破壊し尽くすことはできなかったのではないかと。そして。エルフを殺し尽くすこともできなかったのではないかと。

 

「でも、これでいい。これで、きみを救うことができた」

 

 ブリミルがそう話すうち、光り輝いていたはずのサーシャのルーンが消滅していくことに、ルイズは気付いた。

 使い魔のルーンは、主が死ぬか、使い魔が死ぬかすると、消失する仕組みだ。どうやら、『虚無』の担い手とその使い魔の関係でも、それは変わらないようだった。

 

 そして、ブリミルは息を引き取る直前に、愛する元使い魔の胸で慟哭(どうこく)した。

 

「ちくしょう、なんでぼくなんだ……、神よ、なぜ、こんな力をぼくに授けた!」

 

「ブリミル……」

 

「ぼくはこんな力いらなかった……、いらなかったんだ!」

 

 その言葉と共に、周囲の光景が薄らと消え始めた。

 ブリミルと、サーシャと、才人の姿もゆっくりと消えていく。六千年前を振り返る、記憶の旅が終わったのだ。

 

 消える世界の中で、ルイズは目を伏せながら言う。

 

「デルフ、いるんでしょう?」

 

「……ああ、いるぜ」

 

「悲しい出来事だったわね」

 

「ああ、悲しい。悲しすぎて、今までこんなこと忘れていたぜ。嫌なことを思い出させやがって」

 

「それで、一つ聞きたいの」

 

 ルイズが、この世界を一緒にどこからか見ていたであろう、デルフリンガーに問うた。

 

「サーシャの胸にあったルーン、あれは何?」

 

「ああ、ありゃ、使い魔の生命力を主の精神力に変換する『リーヴスラシル』のルーンだな」

 

「なにその、ひどい効果のルーン!? だからサーシャは満身創痍だったのね!」

 

「そうだ。でも、あのルーンがなければ、エルフの都市を滅ぼした『生命(ライフ)』の魔法は撃てなかったのさ」

 

「魔法名が悪趣味すぎるわ」

 

「ブリミルとしては、使うべきではない戒めの意味を込めてたんじゃねえかな。多分。いや、知らんけど」

 

 使うべきではないルーンの効果。使うべきではない強大な魔法。

 確かにそうだ。使い魔の命を使い捨てにするなど、メイジにあるまじき行為だ。ルイズはそう、貴族として培ってきた感性で思った。

 

「だからな、娘ッ子。あの胸のデケー娘に使い魔の召喚は、絶対にさせんなよ」

 

「分かっているわ。そもそも、すでに召喚しないってエルフと約束してあるから」

 

「そりゃよかった」

 

 そこで、記憶の世界は完全に消え去り。ルイズは『イヴェット』号の船室で目を覚ました。

 彼女の顔には、涙を一筋流した跡が残っていた。

 

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