【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま 作:Leni
背に刃が突き立てられ、ルイズの胸からデルフリンガーの切っ先が生える。
トリステイン魔法学院の制服が血に濡れ、ルイズは胸から生えた刃にそっと手を添えた。
そして、ルイズはフッと笑い、力を失って前に倒れ込んだ。
ズルリと、ルイズからデルフリンガーの刃が抜け、彼女は地面へとうつ伏せに倒れた。
ルイズに凶刃を振るう形となった才人は、一瞬、何が起きたのか理解が及ばなかった。
エルフの統領テュリュークに放ったはずの突き。それが目の前に突如開いた穴に飲みこまれ、何かを突き刺す感触だけがあとに残った。
そして、背後から聞こえる何かが倒れ込む音。
それを聞いて、才人は嫌な予感がして振り返った。
すると、そこには、地に伏せるルイズの姿があった。
才人は見た。倒れ込むルイズの背、そこにある学院のマントが、血に濡れているのを。
そして、自身が持つデルフリンガーの切っ先も、血に染まっているのを見てしまった。
「ルイズ!」
次の瞬間、才人は戦いを放棄して、ルイズに駆け寄った。
そして、デルフリンガーをルイズの脇に放って、彼女を助け起こした。
しかし、ルイズに意識はなく……それどころか、呼吸が止まっていた。
その事実に、才人の頭は真っ白になった。
それから、才人はルイズを抱えたまま、地面に転がるデルフリンガーを拾い、柄を強く握りしめた。
「よくも……!」
空間に穴を空けた下手人であろう、教皇をにらみつける才人。
だが、その視線を遮るように、テュリュークが前に一歩踏み出してきた。
「剣を収めよ。戦いは終わった」
テュリュークがそう言うが、その言葉は才人の感情を逆なでするだけで終わった。
「テメエ!」
「娘は死んだ。おぬしはもう『ガンダールヴ』ではない。我には敵わぬ。決闘は終わりだ」
そう、主を失った使い魔は、使い魔のルーンをも失う。才人の左手は、もはや光り輝いていなかった。
しっかりとそれに気付いていた才人だが、彼の怒りは収まらず、そっとルイズを地面に横たえると、彼は両手でデルフリンガーを握りしめて力強く踏みこもうとした。
「テメエーッ!」
だが、しかし。
そこで水の壁が立ちのぼり、サイトの全身を絡め取った。テュリュークの先住魔法……ではない。
ルイズの胸元から、突然、水の塊が飛び出して才人を拘束したのだ。
まさかの事態に混乱しながら、才人は地面に仰向けになったルイズを見た。
才人を拘束する水。それは、ルイズの胸に光るペンダントから発生していた。
「水の精霊……?」
なぜ、ラグドリアン湖の水の精霊が、自分の邪魔をするのか。怒りの感情を押しつぶすほどの困惑が、才人の心に湧いた。
すると、そんな彼に教皇がゆっくりと歩きながら近づいてきて、真剣な顔のまま言った。
「落ち着いてください。彼女は死なない」
「何を言ってやがる!」
才人は水に拘束されたまま、己の左手の甲を見た。そこには、もはや『ガンダールヴ』のルーンはない。
ルーンは消失した。使い魔の契約が切れた。ルイズが死んでしまった証拠だ。
だが、そんな才人に、教皇は優しい声で語りかける。
「いえ、正確には蘇る、です。彼女は『
「何を……?」
「わたしの目的は達成されました。ゆえに、戦いを終えて今から彼女を蘇生します」
「何を言っているんだ……?」
混乱を隠せない表情で、才人はうわごとのように何事だと繰り返した。
すると、決闘の行方を見守っていたジョゼフが、険しい顔をしたまま教皇に向けて言った。
「もしや、あるのか。死者蘇生を
だが、教皇はその言葉に首を横に振って否定した。
「いえ、残念ながら、わたしの『虚無』であっても、一度ヴァルハラに旅立った者を取り戻す奇跡は起こせません」
「む?」
「ですが、彼女は蘇る。なぜなら、彼女には……水の精霊の加護がある。神の加護では無い事が、ブリミル教徒としては惜しいところですがね」
そう告げてから、今度は決闘をハラハラしながら見ていたティファニアに振り向く教皇。
そして、彼は言う。
「ティファニア殿。エルフの指輪を」
「はい!」
そのティファニアの返事に、サイトは気付く。
ティファニアが持つという母の形見の指輪には、強大な癒やしの力を秘められていることに。一度死にかけたルイズの父が、あの指輪の力で死の淵から蘇っている。
だが、しかし。あの指輪は、既に死んでしまった者まで蘇らせられると言うのだろうか。才人は不安に駆られた。
「大いなる水の精霊よ。どうか、貴殿の盟友を蘇らせたまえ」
今度は、地に横たわるルイズの方へ向けて、教皇が言った。
すると、才人を拘束していた水が形を変え、裸のルイズの姿へと変わっていく。拘束から突然解放され、才人はその場で尻餅を突いた。
そして、ルイズの姿を取った水、ルイズのペンダントに宿ったラグドリアン湖の水の精霊が、教皇の言葉に応える。
「星をもたらす者が持つ『アンドバリ』の指輪。それを我がもとへと返すと、改めて宣言せよ。そうすれば、我は契約を履行する」
「ええ、必ずお返しすると約束します」
教皇がすぐさまそう応じると、水の精霊はルイズの姿のまま、告げる。
「ここに契約は成った」
すると、死んでいたはずのルイズはその場で突然、か細く息を吐いた。
まさかの事態に、才人は座りこみながら目を白黒させた。
そして、息を吹き返したルイズにティファニアが駆け寄り、その口もとに癒やしの指輪を掲げた。
「水よ、この者を癒やして……」
その言葉と共に、指輪の宝石が光り輝く。そして、宝石が全て、輝く雫へと変わり、ルイズの口もとへと吸い込まれていく。
すると、血の気を失い白くなっていたルイズの顔に、赤みが差してきた。
やがて、ルイズは安定した呼吸を取り戻し始めた。
「どういうことなんだ、いったい……」
才人は、ルイズが
すると、教皇は安心したように息を吐くと、才人に向けて優しい笑顔を向けた。
「ルイズ殿は、死んでいるようで死んでいなかったのです。生と死の境目で水の精霊により命を留められ、仮死状態になっていたのですよ」
「でも、『ガンダールヴ』のルーンはこうして消えて……」
「実際に死んでいなくても、『虚無』の力は彼女のことを死亡したと見なしたのでしょう。それにより、使い魔の契約は消え去ったというわけです。『虚無』ではないメイジや使い魔も、生死を彷徨った後に蘇生したものの、使い魔の契約が切れていたという例は存在しています」
そういえば。才人は、先日見た記憶の世界での出来事を思い出す。
あの世界でも、ブリミルが胸を貫かれた時点で、サーシャのルーンは消失していた。まだブリミルが会話できる状態にあったというのに。
それと同じように、死にかけた時点で使い魔のルーンは消失する仕組みとなっているのだろう。才人は、そう解釈した。
「あんたは……いや、エルフを含めたあんた達は、何がしたかったんだ……?」
「世界を救いたかったのですよ」
なぜルイズを殺して蘇らせることが、世界を救うことになるのか。疑問に思った才人は、困惑するしかなかった。
そんな才人に、教皇は優しい声で言葉を続ける。
「『ガンダールヴ』が自身の主を殺害したとき……世界から『虚無』の力が失われる。そのような仕組みがあるのです」
「はあ!?」
「『虚無』の力は、神が始祖ブリミルに与えたもの。神は何を思ってこのような仕組みを作ったのか、一人の神学者として興味は尽きませんが……今はいいでしょう。とにかく、『虚無』は今この時をもって世界から消失します」
教皇の本当の狙い。
それが、この状況。『虚無』の消失であった。
彼は語る。
『マギ族』の故郷を支配する『ヴァリヤーグ』は、恐ろしい速度で兵器を発展させ続けている。
始祖ブリミルが残したままにしていたハルケギニアと『約束の地』が繋がっている門。それがあると、門をこじ開けてハルケギニアまで侵略してくる可能性が、『ヴァリヤーグ』にはあった。
そのため、世界を渡る門、『シャイターンの門』が存在する限り、ハルケギニア、そしてサハラが攻め滅ぼされる危険性が、未来永劫付きまとうことになる。幼き頃から自身の『虚無』で地球を観察してきた教皇は、『ヴァリヤーグ』、才人がいうところの『地球人』の恐ろしさを深く理解していた。
よって、『虚無』そのものをこの世界から消すことで、始祖ブリミルが『虚無』の魔法で作り上げた『シャイターンの門』を消失させる。教皇の狙いはそれであった。つまりは、未来に待ち受けていたかもしれない世界の危機に対し、予防を
さらに、教皇は語る。
『風石』の採掘事業に反対するつもりは、もともと彼にはなかった。
だが、『風石』の採掘事業にハルケギニアの国々が賛同すると、自身の存命中に『ヴァリヤーグ』への対処ができないかもしれない。だからこそ、『聖地』に『約束の地』への門が本当に存在するか確認するため動いた。つまりは、以前の『聖地奪回』の宣言だ。
世界の滅びと人類の滅びは、たとえ泥を被っても防がなければならなかった。策を練り、暗躍し、皆を騙してここまでようやく到達した。
「なぜ、そのような大事なことを今まで黙っていたのだ? 正直に話せば、このような回りくどいことをせずともよかったであろう。わざわざ決闘などという形を取らずとも、治療の環境が整った場所で『ガンダールヴ』に主を害するよう仕向ければよかっただろうが」
教皇から事情を知らされていなかったのだろう。眉間にシワを作ったジョゼフが、横からそう口を挟んだ。
しかし、教皇は「フッ」と笑って答える。
「言って信じますか? 異世界に繋がる門と、『虚無』の消失と、死者の蘇生。どれも、『聖地』に始祖が残した『魔法装置』があるなどという世迷い言よりも、信憑性の薄い話ではないですか」
「ふん、そこに信憑性を作る話術が、上に立つ者には必要であろうが」
「おやおや、さすがロマリアに勝利した名君の言うことは違いますね」
「お前は、根本的に他人というものを信じきれてはおらぬのだ。究極の人間不信であるな。何がお前をそうさせたのか……」
そんなジョゼフの指摘を受けた教皇は、ロマリアの秘宝『炎のルビー』を盗み、自身を置いて他国へ逃げた亡き母のことを思い出した。
だがその記憶を振り切って、教皇は語る。
「そもそも、私はルイズ殿とティファニア殿には事前に説明をしてありました。ただ、サイト殿とジョゼフ殿の二人が、この話を聞いてどう動くか予測できなかったため、このような決闘という形を取ったのです」
そう言われ、ジョゼフは納得して引き下がった。教皇に反発してロマリアとの戦争を引き起こした前科が彼にはある。それを彼自身も自覚していたため、それ以上言える立場ではないと思ったのだ。
そんな会話をするうち。ルイズの治療が終わり、ティファニアが見守る中、ルイズは意識を取り戻した。
彼女はその場で身を起こして、血の混ざった水の塊を地面に吐き出す。地面に吐かれた水は、血と綺麗な水に分離し、水だけがひとりでに動き出して水の精霊と合流する。そして、水の精霊はルイズの胸もとのペンダントに吸い込まれていった。
それからルイズは、強く咳き込んでから、息を調えて顔を上げる。
「はあ、死ぬかと思った!」
あっけらかんとした様子で、ルイズは言った。蘇生は無事に終了したようだった。
「いや、娘ッ子。お前さん死んでたぜ……?」
思わずと言った様子で、才人の手もとのデルフリンガーが突っ込みを入れた。
その突っ込みに、ルイズは「確かに! でも、ヴァルハラは見えなかったわ!」と陽気に笑った。
そして、それに釣られるように教皇は笑みを浮かべ、そして起き上がったルイズに向けて言った。
「フフフ、約束は守りましたよ。あなたの勇気に感謝を」
「ええ、身を
その二人のやりとりを聞いた才人は、情緒をぐちゃぐちゃにかき乱されながら、ルイズに問いかける。
「ルイズ、決闘で自分が死ぬって知っていたのか?」
「ええ。だから最後に『突け』って言ったのよ。突きによる最小限の傷での死亡じゃなかったら、生き返れたかは怪しいからね」
ルイズが、そう笑う中。
事態を黙って見守っていたジュリオとシェフィールドの二人は、己に刻まれた使い魔のルーンが消え去ったことを感じ取った。
『ガンダールヴ』が主を殺害すると、『虚無』が消失する。教皇が語ったそれは事実であるようで……彼の言葉が全て真実ならば、これで『虚無』の担い手とその使い魔は、ハルケギニアに二度と現れることはない。
二人の使い魔がそのことを理解した瞬間。不意に、『虚無』の担い手達四人の指に嵌まっていた始祖の指輪が、同時に弾け飛んだ。
台座を残して、その美しい宝石が、消滅したのだ。
それに気付いた教皇が、宝石を失った指輪の嵌まった指を目の前に掲げて言う。
「始まりましたね。『虚無』の消失です」
その教皇の台詞が終わると同時に、彼らの足下が大きく揺れ始めた。
「こ、今度はなんだ!?」
才人が、デルフリンガーの刀身を杖のようにして立ち上がりながら叫ぶ。
それに対し、教皇は転ばないよう必死でバランスを取りながら、言った。
「困りましたね。『虚無』の力が失われた影響でしょうか。『聖地』を浮かせていた力が暴走を始めたようです」
その言葉にこの場の全員、エルフの戦士達も含めた皆が、ギョッとした顔をする。
「そうなると、どうなる?」
才人が、恐る恐る教皇に確認を取った。すると、まさかの答えが返ってきた。
「空に浮いている山が、海に真っ逆さまですね。このままだと、全員まとめて落下死です。さあ、皆さん、脱出しましょう」
その教皇の言葉に、周囲を囲んでいたエルフ達は、あわてて空を飛んで『聖地』から逃げ出した。
ルイズらハルケギニアの人間達も、ここまでやってくるときに使った風竜のもとへ、急いで駆け寄った。
今はまだ高度を保っている『聖地』だが、地面にヒビが入り、今にも崩壊しそうになっていた。どうやら、そのまま山の塊がまとまって落下するわけではないようであった。
この状況になっても鳴き声をあげずにじっと待機している風竜の横に、集まる人間の七人。
そして、風竜の背に乗りこもうという段になって、唐突にルイズが言った。
「さあ、最後に一仕事しましょうか」
この状況で何を言い出すのか。『聖地』に転がっていた兵器でも回収しようとでも言うのだろうか。
才人はそう思ったが、教皇がルイズの言葉へ追従するようにして、告げる。
「担い手と使い魔の皆さん、逃げ出すのは少し待ってください」
「……この状況で、まだ、何か?」
才人が二人の言動をいぶかしく思いながら教皇に問いかけると、彼は笑みを浮かべて告げた。
「ええ、これで本当に最後です。わたし達、『虚無』の担い手四人に残されている力の
教皇のそんな言葉を聞き、才人は大きく目を見開いた。
一方、ルイズは揺れる足下をジッと見つめた。その視線の先には、『大いなる意思』が埋もれているはずだ。それが、『大隆起』の元凶であり、六千年前から続く因縁の象徴でもあった。