【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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137.四の担い手と三の使い手

「皆さん、まだ、『虚無』の力は身体から抜けきっておりませんね?」

 

 風竜に乗りこみ、空を飛びながら教皇は『虚無』の担い手三人へそう確認を取った。

 教皇に言われ、ルイズ、ティファニア、ジョゼフの三人は、己に宿る『虚無』が失われつつあることを自覚した。そして、まだそれは完全に抜けきっていないことも分かった。

 どうやら、使い魔のルーンや始祖の指輪と違って、こちらの力はすぐに失われるようではないようだった。

 

 それを確認した教皇は、三人に向けて言う。

 

「その最後の力で、『エクスプロージョン』を一斉に唱え、『聖地』の地下に埋まっている巨大な『精霊石』、『大いなる意思』を破壊していただきたい。その『大いなる意思』こそ、ハルケギニアの『風石』に力を送り続け暴走させている元凶です」

 

「なるほど、そう来たか。まさかブリミル教の教皇から、『聖地』の破壊を請われるとはな」

 

 風竜の鞍にしがみつきながら、ジョゼフがニヤリと笑う。

 それに対し、教皇も薄い笑みを浮かべて言葉を返す。

 

「ええ。『聖地』を破壊すれば、『風石』を採掘するまでもなく、ハルケギニアの『大隆起』は止まります。世界は救われます」

 

 ジョゼフは思う。かつてガリアに滞在していたビダーシャルが語ったところによると、エルフの信仰の対象こそ『大いなる意思』なる存在だ。だからこそ、そのエルフ達が落下死を恐れていなくなったこのタイミングで、教皇は今の話を明かしたのだろう。

 教皇の最大の企み。それは、エルフを出し抜いて『大いなる意思』を破壊してしまおうという、とんでもない行為であったのだ。

 

 下手をしたら、ハルケギニアとサハラで大戦争に発展しかねない暴挙。しかし、『大隆起』を防ぐという目的の前には、それも正当化される。だからこそ、事前に話を聞かされていたルイズも、教皇の策に乗ったのだ。

 

「今度は嘘ではあるまいな」

 

 しかしジョゼフは、念のため教皇に確認を取る。

 だが、教皇はジョゼフに疑われることなど、大したこともないという様子で、答える。

 

「そこの伝説の剣が保証してくれるでしょう」

 

 才人がルイズの血を拭き取ったあとに、背中の鞘に仕舞ったデルフリンガー。それを見ながらの教皇の回答だ。

 すると、わずかに鞘から刀身を覗かせたデルフリンガーが、金具を揺らして言った。

 

「……ああ、確かにこりゃ、ブリミルのやつが破壊し損ねた『精霊石』だな。六千年前にも『大隆起』が起きそうになったんだが、そのときヤベー『虚無』の魔法を『聖地』に叩き込んだことがあったんだ」

 

 そうするうちに、風竜の背から見下ろす眼下で、山が揺れ、地面がひび割れ、バラバラになって海に岩石が落ちていく。

 そして、その岩石の中から、一つの巨大な何かが姿を現した。

 

 淡い光を放つ、巨大で不思議な塊。あれこそ、まさに『精霊石』、『大いなる意思』であった。

 

「あれが、『大いなる意思』……」

 

 エルフの血を引くティファニアは、巨大な『精霊石』から大きな力を感じ取った。

 そして、その力を前にして、エルフが『大いなる意思』を信仰することも、彼女にはなんとなく理解ができた。

 だが、彼女は躊躇することなく精神力を高めて、己の右手の指に嵌まった指輪型の魔法の杖をそっと左手で撫でた。

 

「さあ、皆さん、『エクスプロージョン』を唱えましょう」

 

 教皇の言葉に、ジョゼフ、ティファニア、そしてルイズの三人の担い手は、一斉にうなずきを返す。

 

 ジョゼフにとっては、混迷していた心を救済してもらったかつての『虚無会談』で発現した魔法。

 ティファニアにとっては、逃亡先の『竜の巣』にて習得した起死回生の魔法。

 ルイズにとっては、『始祖の祈祷書』を読んで初めて覚えた基礎の魔法。

 そして、教皇もいつの間にか習得していたのか、四人は同時に詠唱を開始した。

 

 ルイズからするともはや耳に馴染んだルーンの旋律が、彼女だけでなく他の担い手の口からも紡ぎ出された。

 彼女の中から失われつつある『虚無』の力。だが、その力は確かに、唱えるルーンに反応を示した。

 世界を救うための最後の詠唱が今、ここに紡がれる。

 

 エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ。

 

 獣を自在に操る『ヴィンダールヴ』の力を失ってもなお、絆の力で風竜を駆るジュリオ。その風竜の上で、四人の担い手がルーンを唱える。

 だが、しかし。それを邪魔する者が現れた。

 エルフの統領テュリュークである。

 

「やはり『大いなる意思』を狙ってきおったか! やらせぬぞ!」

 

『聖地』の崩壊から逃げ出したエルフ達。だがしかし、どうやら、彼とビダーシャル、そしてアリィーの三名は上空でルイズ達の様子を見張っていたようだった。

 そして、そのうちのテュリュークは、『大いなる意思』の破壊を防がんと、ルイズ達に迫る。

 

 先住魔法の風の刃が、風竜に放たれる。

 だが、ジュリオは巧みに風竜を操り、それを回避する。エルフが単独で空を飛ぶよりも、人を乗せた風竜が空を飛ぶ方がずっと素早い。

 だからこそ、ジュリオは見事にテュリュークの猛攻を回避してみせた。

 

 オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド。

 

 だが、守るばかりではジリ貧だ。そこで、あらゆるマジックアイテムを操る『ミョズニトニルン』の力を失った、ジョゼフの使い魔シェフィールドが、携帯していたガーゴイルを空に放った。

 十を超えるガーゴイルが巨大化し、テュリュークに迫る。すると、その一体一体を的確に精霊の力で破壊していくテュリューク。

 だが、その隙に、シェフィールドは一際大きなガーゴイルを風竜の背で解き放ち、そこに才人を引っ張っていく。

 

「迎撃するよ! 力を貸しな、『ガンダールヴ』!」

 

 シェフィールドにそう言われた才人は、力強くうなずき、ガーゴイルに乗りこんだ。すると、ガーゴイルはすぐさま風竜から飛び立った。

 一方でシェフィールドは、風竜の上からまるで使い捨てにするかのように次々とガーゴイルを解き放ち、才人の援護を続けた。

 そして、才人の乗るガーゴイルが、テュリュークに迫っていく。

 

 ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ。

 

 あらゆる武器を操る『ガンダールヴ』の力を失った才人が、背に負ったデルフリンガーを抜く。

 そして、才人が構えると同時に、シェフィールドが才人を乗せたガーゴイルをテュリュークに全速力で突っ込ませた。

 

 対するテュリュークは、先住魔法の詠唱を紡いで才人へ向けて風の刃を放つ。

 しかし、そのことごとくを才人はデルフリンガーで見事に切り落とした。

 

 主人が一度死に、使い魔の契約が切れて『ガンダールヴ』ではなくなった才人。

 だが、手には変わらず相棒であるデルフリンガーが握られており、心の奥底から勇気が無限に湧いてくる。

 ならば、どうするか。やることは今までとなんら変わらない。主人の詠唱を完成させるため、身を(てい)して盾となるのだ。

 

 ここに来て、才人の一年以上に及ぶ剣の修行が成果を出した。

『ガンダールヴ』による身体能力の向上がなくても。剣を使う技術は、その武術は、『ガンダールヴ』の力に由来しない彼だけの力だ。ゆえに、才人は魔剣デルフリンガーを振るって、テュリュークの魔法の全てをその刀身に吸収させた。

 

 やがて、テュリュークに肉薄する才人。

 そこで才人は『反射(カウンター)』の先住魔法がかかっていることを承知で、デルフリンガーを振り抜いた。

 しかし、『反射』がテュリュークを守ることはなかった。デルフリンガーの切っ先が、テュリュークの胸元を浅く切り裂く。

 

 その結果に才人は驚く。だが、それ以上にテュリュークが驚愕を露わにしていた。

 デルフリンガーには、決闘の時と違って『ディスペル・マジック』の魔法はかかっていない。

 ハルケギニアのメイジが扱う魔法は、同時に二つ使えない。そうである以上、『エクスプロージョン』を唱えているルイズが、才人の援護に『ディスペル・マジック』を使うはずがないのだ。

 

 つまり、『反射』の力そのものが働いていない。その事実に気付いたテュリュークは、(なげ)くように言った。

 

「なぜじゃ、『大いなる意思』よ、なぜ、力を貸さぬ! 滅びを受け入れることが、その思し召しだというのか!」

 

 そんなエルフの統領の叫びに、才人は思うがままに叫び返した。

 

「そりゃそうだろ! 当たり前のことをなに抜かしているんだ!」

 

 才人の声が、崩壊した『聖地』の空に響く。

 

「ハルケギニアの地下にある『風石』を暴走させるってことは、『大いなる意思』には風の精霊が宿っているのか? そいつだって、地上の生き物が全員死ぬ大災害を起こすことなんて望んでいないだろ! エルフは争いを嫌う優しい種族だって主張、何度も聞いたぞ。じゃあ、そのエルフの崇拝対象だって、優しい精霊だってことだろう!?」

 

 そんな才人の語りに、胸もとから血をにじませたテュリュークは、大きく目を見開いた。

 

「……おお、おおっ。なんと慈悲深きことか!」

 

 そんな言葉と共に、テュリュークは涙を流しながら攻撃の手を止めた。

 才人も、それ以上の攻撃を彼に加えることはなかった。

 そして。

 

 ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル……。

 

 四人同時の詠唱が終わり、『虚無』の魔法が完成する。

 宙に浮かび、淡く輝く『大いなる意思』の上に、風竜が位置取る。

 剣を引いた才人が見守る中、風竜に乗るルイズが、杖が仕込まれた右の腕を『大いなる意思』に向けながら、叫ぶようにして言った。

 

「これが、わたしの最後の魔法。わたしが見せる、『破壊』の集大成よ!」

 

 それは、ルイズにとって、数々の戦いをくぐり抜けた、最初の『虚無』の魔法。そして、世界から失われつつある、最後の『虚無』の魔法。

 

 始祖の祈祷書に曰く。

 

 初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン(爆発)』。

 

 四人の最後の『虚無』が、彼女達の眼下で炸裂した。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

『大いなる意思』は巨大な光に包まれて、上空でバラバラに砕け散った。

 精神力を使い切った四人の担い手は、それを風竜の背の上から見つめた。

 

 エルフの統領テュリュークと、遠くで戦いを見守っていたビダーシャルとアリィーも、『大いなる意思』の消失を黙って見守った。

 その『大いなる意思』から何かを語りかけられたのだろうか。テュリュークは文句一つ言うことなく、あっさりとルイズ達の帰還を許した。そして、突然の爆発に驚いて戻ってきたエルフの戦士団を率いて、遠くへ去っていた。和平の話は、あらためて後日行なおうと言い残して。

 

 空に浮いていた『聖地』。山のような岩石部分は『虚無』の消失で剥がれて落下し、その地下にあった『大いなる意思』は『虚無』の直撃でバラバラになって海中に没した。

 荒れる海面を眺めながら、最後の『虚無』を撃ち終わった四人の担い手達は、先ほど放たれた四重の『エクスプロージョン』を振り返る。

 

「あの『エクスプロージョン』って、わたしが一人で使ったときの四倍以上の大きさだったけど、どうしてかな?」

 

 ティファニアが、巨大な『大いなる意思』を丸ごと吹き飛ばした、先ほどの『エクスプロージョン』のありえない規模を指摘する。

 だが、その答えはしっかりと、トリステインの『賢者』ルイズが持ち合わせていた。

 

「テファは、『ヘクサゴン・スペル』って知っているかしら?」

 

「あっ、前にトリステインの王宮で習ったわ。確か、始祖ブリミルの血を引く三王家のメイジが息を合わせてルーンを唱えると、魔法が合わさって『スクエア』以上の規模の魔法が撃てるって」

 

「それよ。『トライアングル』の王族が二人でルーンを唱えると、属性の系統が六乗される『ヘクサゴン・スペル』になるというのは有名ね」

 

「ということは、わたし達、四人でそれをやったということ……?」

 

 ティファニアがそう問うと、話を横で聞いていた教皇が、笑みを浮かべてうなずき、肯定した。

 

「『虚無』の系統は、そもそも始祖ブリミルの直系である三王家の血筋か、始祖の弟子である聖フォルサテの血筋にしか発現しません」

 

 ティファニアは三王家の一つ、元アルビオン王国の王族だ。

 そして、ジョゼフはガリア王国の先代国王。

 ルイズの公爵家は、トリステイン王国の王家の血筋をその歴史の中で何度も取り込んでいる。

 

 魔法を重ね合わせる条件である三王家が、見事にこの場で三人そろっていた。

 そんな彼女達を順番に見ながら、教皇がさらに言う。

 

「わたくしだけ、始祖の血統ではなく聖フォルサテの血統ですので、ルーンの調和を乱さないか心配だったのですが……見事に系統が四つ乗りましたね」

 

「ただでさえすごい『虚無』の魔法が四乗になるだなんて、すごいわ」

 

 まだ興奮冷めやらないのか、語彙が死んでいるティファニアの感想に、ルイズは思わず笑った。

 一方、教皇は「神の奇跡と言ってよい現象でしょう」と言うが、これにはルイズは呆れた様子で指摘をする。

 

「知ってます? 数学では、ゼロに対して四を乗算しても累乗しても、ゼロのままなんですよ。だからあれは『奇跡』などではなく、ただのすごい『虚無(ゼロ)』です。あれが最後の『虚無』でなければ、きっと再現性が確認できたはずです」

 

 こんな場面で数学だの再現性だのを持ち出してくる『賢者』の言葉に、教皇は心から素直に笑った。いつもの薄い笑みではなかった。

 

 そうしてルイズ達は、ジュリオの操る風竜に乗って、ハルケギニア艦隊のもとへと帰還した。

『聖マルコー』号に戻った教皇により『大隆起』の発生阻止成功が宣言され、通達を聞いた艦隊の各員は大きな歓声を上げた。

 

 ルイズと才人、ティファニアの三人は『イヴェット』号へと戻った。ちなみにジョゼフは、シェフィールドと共にガリア艦隊の方へと向かった。

 世界は救われた。しかし才人は一人、『イヴェット』号の艦橋にて悩ましい顔をしていた。

 最初は不死鳥飛行隊の面々にもみくちゃにされていた才人だが、彼の憂鬱(ゆううつ)そうな顔に、ただ事ではないと飛行隊の面々が距離を取ったのだ。

 

 そんな才人のところに、ルイズが荷物を抱えて近づいてくる。

 

「はい、才人の荷物。船室から取ってきたわ」

 

 才人は無言で、ルイズが持ってきた自身の荷物袋を受け取り、中身を漁り始めた。

 彼が中から取り出したのは、『世界扉の手鏡』だ。

 世界から『虚無』が失われる。それは、この手鏡からも『虚無』の力が消失することを意味していた。

 

 ルイズとしても、地球との連絡方法が失われるのは痛い。技術を受け取れなくなる以上に、才人が肉親とやりとりできなくなることが心苦しいのだ。

 しかし、それでもルイズは『虚無』の消失を決意して、教皇の策に乗ってここまできた。

 

 ルイズは、地球人の好戦性と凶悪な兵器の数々を才人の両親経由で伝え聞いていたのだ。

 まさに、地球人は『マギ族』を苦しめた『ヴァリヤーグ』の末裔だと言えるだろう。

 ゆえに。

 ルイズは、愛する才人が悲しむと分かっていて、『虚無』の消失による『シャイターンの門』の消滅を選んだのだ。

 

 一方、才人は、ルイズがそんな想いで苦しんでいるとは気付かぬまま、完全にこの手鏡から機能が失われる前にと、荷物の中から筆記用具を取り出す。

 そして、艦橋の床を使い、殴り書きで紙にガラスペンを走らせ、手紙を書いた。

 両親へ向ける、最後の手紙だ。

 

 前回の手紙では、ルイズを救いに行く覚悟と生き延びる決意を両親に送った。ルイズ救出の報を入れることをすっかり忘れていた才人だった。

 だから、きっと両親は心配しているだろうと、才人はルイズを救い出せたことと、世界を繋ぐ魔法が失われることを記した。

 そして、最後に一言、才人は別れの言葉を書いて、『世界扉の手鏡』を発動させた。

 

 手鏡が輝き、才人の母が映し出された。

『世界扉』の魔法が発動したことに気付いたのだろう。才人の母が、鏡越しに笑顔を向けてきた。

 向こうからは、ゲートは鏡面のように見えていて、こちらの世界は見えないはずだ。しかし、才人の無事を確信したのだろうか、ホッとした表情を浮かべている。

 

 そんな母に向けて、才人は最後となる短い手紙を送り出した。

 便せんにも入っていない、殴り書きの手紙。それをすぐさま読んだ才人の母は……状況を察したのか、目に涙をにじませ、それでいて努めて笑顔を作った。

 それから、才人の母は、鏡越しに何かを言った。

 

 声は向こうから届かない。音は、あくまでこちらからの一方通行での伝わりなのだ。

 だが、何を言われたのか、才人はハッキリと感じ取った。

 

『元気でね』

 

 その言葉に、才人は涙を流し、鏡の向こうに言葉を返す。

 

「母さんも、元気で。父さんに、よろしく」

 

 隣でそのやりとり見守っていたルイズは、才人に寄り添い……手鏡を握る彼の手にそっと自分の手を重ねるのであった。

 




以上で第十二章は終了です。次回からは、数話で終わる短めのエピローグの章となります。
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