【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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139.やがて因果は巡りくる

 トリステインとガリアの国境沿いに、ラグドリアン湖がある。

 巨大な湖の底には人間や亜人種とは違う文明が存在し、人間達から水の精霊と呼ばれている生命体がそこを支配していた。

 

 水の精霊が支配する水底。

 そこに、二人のエルフがやってきていた。

 

「うわあ、なんて濃厚な精霊の力に満たされているのかしら! すごい!」

 

 エルフの女性、ルクシャナである。

 

「気を抜くなよ、ルクシャナ。俺達はここでは外様で、精霊の力はあくまでここの住人に貸し与えてもらっているだけに過ぎん」

 

 ルクシャナに向けて、険しい顔でそう言ったのは、ルクシャナの婚約者であるエルフの青年アリィーだ。

 二人は今、エルフの土地であるサハラを離れて、ハルケギニアまでやってきていた。

 ハルケギニア人とエルフの間で友好を深めるための親善大使という扱いである。

 

 ブリミル教は世界の崩壊阻止と人類の危機回避の代償として『聖地』を失い、エルフは『大いなる意思』を失う代わりに『虚無』の脅威から脱した。両者とも得るものと失うものがそれぞれあったが、争い合う理由も消滅した。そこで、少しずつ人間とエルフの両種族間に、正式な形での交流が生まれていたのだ。

 エルフの評議会から、交流を積極的に行なう親善大使の一人として任命されたルクシャナであるが、彼女の行動は無軌道であった。

 護衛のアリィーを連れて、ハルケギニアのあちらこちらを行き来しているのだ。特に彼女の興味は、最先端の『科学』により発展目覚ましいトリステインに向けられていた。

 

 だが、今日のルクシャナの興味はハルケギニアの人間ではなく、かつてルイズから伝え聞いたラグドリアン湖の水の精霊に向いていた。

 そこで、ルクシャナはルイズの伝手を使って、水の精霊との交渉権を持っている貴族のもとへと赴き、水の精霊を呼びだしてもらって水底の都市への入場許可を取ったのだ。

 ちなみに、入場許可の対価として水の精霊にルクシャナが差し出した物は、エルフが火の精霊力を圧縮して作る『火石』と呼ばれる生活雑貨だ。ラグドリアン湖の水の精霊は、火の力を操れない。そのため、水の精霊は『火石』を稀少な宝物として扱い、ルクシャナの入場を許可してくれた。

 

 そんな水の精霊と対面した記憶を振り返りながら、ルクシャナはアリィーに答える。

 

「分かっているわよー。しかし、地上のあれ、本当にすごい精霊力の塊だったわね」

 

 巨大な人間の姿を取った生命体、水の精霊から感じ取れる力は、エルフのルクシャナにとってあまりにも強大であった。

 そのルクシャナの意見には、アリィーも同意であるようだ。

 

「ああ。蛮人達が精霊と勘違いするのもうなずける」

 

「蛮人じゃなくて、ハルケギニア人!」

 

「あ、ああ……そうだったな」

 

 ルクシャナは親善大使で、アリィーはその護衛。ゆえに、エルフの最高評議会からは、親善大使一行は蛮人という呼称を使わないよう通達されていた。

 婚約者のうっかり発言を指摘したルクシャナは、『水中会話』の力が籠もった声で、アリィーに向けてさらに言った。

 

「それと、水の精霊は、本当に精霊かもしれないわよ」

 

「まさか! 不定形だがあれは生物だろう?」

 

「精霊が生物の形を取らないとも限らないわ。だって、あの水の精霊は、巨大な精霊力の塊なのですもの。つまり、意思を持った『水石』の一種とも解釈できるわよ」

 

「本気で言っているのか……?」

 

 ルクシャナは学者で、アリィーは戦士だ。

 なので、ルクシャナの説をアリィーは否定しきれるだけの根拠を思いつくことができなかった。

 そんなアリィーに、ルクシャナは笑みを浮かべて言う。

 

「精霊石が意思を持つことなんて、何もおかしくないのよ。だって、ほら、『大いなる意思』の正体って、巨大な精霊石だったんでしょう?」

 

「うっ、確かに……」

 

 エルフが信仰する、『大いなる意思』。韻竜や翼人といった精霊信仰の種族達も同じく『大いなる意思』という概念を信仰している。だが、サハラのエルフの場合は、ハルケギニア人が『聖地』と呼んでいた場所に存在した巨大な精霊力の源を指して、『大いなる意思』と呼んでいた。

 そのエルフにとっての『大いなる意思』は、先日『大隆起』を防ぐために自ら破壊されることを選んだわけであるが……。

 

「統領は、『大いなる意思』の確かな想いを最後に感じ取ったと感涙していたでしょう? それはつまり、強大な精霊力が籠もった精霊石は、ハッキリとした意思を持ち得る物質ということなのよ」

 

「精霊がハッキリとした意思を持つか……少々想像しにくいな」

 

 エルフは精霊と交信が可能で、口述の詠唱でその精霊力を行使する。だが、普段精霊力を行使していて、精霊側から何かを語りかけられるといったことはない。

 だがしかし、ルイズら『虚無』の担い手が『大いなる意思』を破壊しようとしたとき、『大いなる意思』はそれを受け入れ、統領の精霊力の行使を止めたのだとサハラのエルフ達は伝え聞いていた。

 だからこそ、『大いなる意思』を破壊したハルケギニア人とエルフの間で戦争が起きておらず、それどころか国際交流まで行なわれているというわけである。

 

「むう、その説は、今までの我々の宗教観が様変わりしかねんぞ」

 

「そうねー。発表するなら慎重にしなければいけないわね」

 

 と、会話をしながら、水底を進んでいたその時だ。

 

「その話、興味深いな」

 

 と、彼女達の横から、そんな声がかかった。

 それは、まさかのエルフ語。今、ルクシャナとアリィーが会話していた言語と同じ言葉による呼びかけであった。

 とっさに、その声が伝わってきた方向を振り向く二人。

 すると、そこには一人の青年エルフが、ルクシャナ達と同じように水底を泳ぐようにして歩んでいた。

 

「叔父さま!」

 

 そう、声をかけてきたエルフの正体は、ルクシャナの叔父、ビダーシャルであった。

 まさかのハルケギニアの地での再会に、ルクシャナとアリィーは驚きながらそちらへと近づいていく。

 

「叔父さま、ガリアに親善大使として向かっていたんじゃないの?」

 

 ルクシャナが、ビダーシャルにそんな疑問をぶつけた。

 最高評議会の評議員であるビダーシャルも、ハルケギニアへの親善大使の一人として選ばれていたのだ。

 それも、以前ガリアに潜入していたという経歴から、トリステインに向かったルクシャナとは別ルートでガリアに向かっていたはずだった。

 

 そんなルクシャナの疑問に、ビダーシャルは答える。

 

「ここはトリステインとガリアの『国境』、二国の縄張りの境にある湖だ。なので、私がいてもおかしくはないだろう?」

 

「いや、ハルケギニア人に対する親善大使なのに、別の種族の都市に向かっているのはおかしいですよ、ビダーシャル様」

 

 ビダーシャルの答えに、アリィーは呆れたようにそう指摘した。

 すると、ビダーシャルは淡々とした表情でその指摘に言葉を返してくる。

 

「それは、そちらも同じであろう? トリステイン人との交流はどうした?」

 

「そこは、まあ、ルクシャナですから。興味が向いたら、ハルケギニア人以外の種族のところにも突撃していくんです」

 

 

「そうか。我が姪のワガママに付き合ってやってくれ、婚約者殿」

 

 そんな二人の会話をルクシャナは不服そうに聞いていた。

 そして、ルクシャナはビダーシャルに向けて文句をつける。

 

「叔父さまだって、親善大使の役割を放棄してこんなところにいるじゃない」

 

 すると、ビダーシャルは表情を崩さぬまま答えた。

 

「この湖の湖畔にある屋敷に滞在していたのだがな。客が来て、話し合いをすると言ったから席を外したのだ。よほど重要な話し合いのようなので、退散するついでにこの先にあるという水底の都市を見ておこうと思ってな」

 

「むう……」

 

「だから、私のはワガママではない。家主に気を使っただけだ」

 

「むうー……!」

 

 再度ワガママと言われ、ルクシャナは人間社会で覚えた頬を膨らませるジェスチャーを取った。

 そんな婚約者の表情の変化に困惑しながら、アリィーはビダーシャルにふと湧いた疑問を投げかける。

 

「しかし、ビダーシャル様も家主にとって賓客であるわけですよね。わざわざ屋敷から出てくる必要まではなかったのでは?」

 

「ああ、やってきた客というのが、大物でな。護衛も多く騒がしいので、逃げてきたというのが正解かもしれぬ」

 

 エルフの評議員がうんざりするほどの大物。

 どんな人物だろうとルクシャナとアリィーが思ったところで、ビダーシャルがその答えを言った。

 

「屋敷に来たのは、ガリアの王族だ。女王に、先王。女王の姉と母親も来ていたな」

 

 ガリア王国の代表者である王族が勢揃い。

 それは護衛も大勢になるなとルクシャナとアリィーの二人は納得した。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 ラグドリアン湖のほど近く。タバサの実家であるオルレアン家の屋敷。

 そこに、タバサは呼び出しを受けて風韻竜のシルフィードに乗ってやってきていた。

 

 その屋敷には、ゲルマニアへの亡命を取りやめてガリアに帰還した母と、双子の妹のジョゼット、そして前王のジョゼフがすでにいた。

 イザベラを除いた、ガリアの王家が一堂に会する。タバサがここに呼ばれた理由は、その王家の秘密の話し合いをするというものであった。

 屋敷の応接室で、護衛すら席を外して、話し合いが持たれる。同席している王家外のものは、ジョゼフの元使い魔のシェフィールドのみだ。

 その話し合いは、ジョゼフの罪の告白から始まった。

 

「弟を、シャルルを毒矢で射たのは、おれだ」

 

 まさかの言葉。しかし、この場でそれに驚く者は、女王のジョゼットのみであった。

 そのジョゼットの母であり、タバサの母でもあるオルレアン公夫人は、驚くこともなくそれを受け入れた。

 タバサも、予想通りの真実だったので、今さら驚くことはない。

 

「許せぬか?」

 

 ジョゼフが、タバサの目を真っ直ぐに向いて言う。

 そのタバサの手を、隣に座る母がそっと握った。

 

「シャルロット……」

 

 母が己の名前を呼ぶが、タバサはただ黙ってジョゼフの目をジッと見つめ返した。

 そのジョゼフが、さらに言う。

 

「許せぬだろう。殺し返してやりたいと思っていることだろう」

 

 それは、罰を受け入れる罪人のような態度……では、なかった。

 ジョゼフは、むしろ力強い覇気を放ちながら、言葉を続けた。

 

「だが、今のおれは死ねん。ゆえに、シャルロット、我が姪御よ。どうか許してほしい」

 

 そう言って、ジョゼフはその場で頭を下げた。

 それを見て、タバサは眉をひそめた。何を言い出すのだ、こいつは。そういう思いを頭に浮かべながら。

 そして、ジョゼフはしばらく頭を下げた後、体勢を戻して、言う。

 

東方(ロバ・アル・カリイエ)を旅したおり、我が女神(ミューズ)、シェフィールドを妻として(めと)ることになった。おれは、こやつの父に、娘を幸せにすると誓ってきた。ゆえに、おれは生きねばならんのだ」

 

 本当に何を言っているんだと、タバサは思った。

 父を殺した罪人が、妻を娶って幸せになるだと? そんなもの、許せるはずがない。ゆえに、タバサはジョゼフに言った。

 

「……許せない」

 

「そうか」

 

 タバサの言葉をジョゼフはただ一言そう言って、受け入れた。

 そして、復讐の刃が向けられるなら、それもまた受け入れよう。ジョゼフは覚悟を決めた。

 しかし。

 

「許せないけど、あなたには何もしない。復讐はしない」

 

 タバサの言葉に、ジョゼフは目をまたたかせた。

 

「ふむ?」

 

「もしわたしがあなたを殺したら、その人にも、そしてイザベラにも恨まれる。復讐の連鎖を招くのは、愚か。だから……」

 

 タバサは、ジョゼフの目をジッと見つめなから、小さくつぶやくように告げた。

 

「妹の戴冠と、世界の救済。二つの吉事の恩赦(おんしゃ)と思っておく」

 

 その言葉を聞いたジョゼフは、目を合わせるタバサに向けて言った。

 

「……分かった。おれは、お前に恨まれながら生き続けることとする」

 

 そうして、彼は再びタバサに頭を下げた。

 それからしばらく、沈黙は続く。

 やがて、頭を上げたジョゼフに、タバサは言った。

 

「それと」

 

「……なんだ?」

 

「妹の仕事が大変そうだから、前王として手伝ってあげて。引き継ぎは大事」

 

 そんなタバサのまさかの言葉に、ジョゼフは目を見張り……そして、笑った。

 

「くくっ、なるほど。確かに引き継ぎなどせずに出てきていたな。分かった、請け負おう」

 

 そんな会話を女王ジョゼットは困惑しながら聞いていた。

 実は、ジョゼットにとってこれが、叔父と姉の二人との初めての邂逅だ。その二人が、自分の女王としての仕事について話している。その二人は、自分のことを出汁にして会話を続けている。彼女は奇妙な気分になった。

 

「だが、お前は妹を手伝ってやらんのか?」

 

「向いてない。政治は妹に任せる」

 

 そんな言葉を聞いて、ジョゼットは思った。お姉さま、酷いです、と。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「とまあ、そういうことで、ガリアではジョゼフ前王派とオルレアン派が正式に和解したらしいですわ」

 

 一方、こちらはトリステインの王宮。王妃の私室にて、アンリエッタが自らの右腕である、隠密隊隊長のアニエスと秘密の会話を行なっていた。

 話題は、アニエスとは別口でもたらされた、ガリアの最新の情勢についてだ。

 オルレアン公夫人とその娘のシャルロットが、前王ジョゼフと和解したという話を素早くアンリエッタは聞きつけたのだ。

 その情報をアニエスに開示したアンリエッタは、アニエスに向けて言う。

 

「それで、アニエス。あなたは、ミスタ・コルベールに復讐をするのかしら?」

 

「…………」

 

 アンリエッタに問われ、アニエスはジッと黙りこくる。

 

「彼は世界を救った英雄の仲間で、今後のトリステインの発展に必要な人物……」

 

 アンリエッタは、確認するかのようにアニエスに言った。アニエスは眉をひそめるが、アンリエッタはそれを気にせず、言葉を続ける。

 

「でも、それはあなたの復讐を止める理由には、ならないのよね」

 

 アンリエッタは、アニエスの復讐の手伝いをすると約束している。

 だから、コルベールをアニエスが討とうとすることを止めることはできない。しかし、コルベールは昨今、活躍目覚ましい一流以上の研究者だ。しかも、幼馴染みのルイズの信頼も厚いという、トリステインの今後に絶対必要となる人物であった。

 アニエスが下す判断をアンリエッタはジッと見守った。

 

「……許せませぬ」

 

「そうですか」

 

 アニエスの言葉に、アンリエッタはそっと目を伏せた。

 一人の天才が、闇に葬り去られる。その損失の大きさをアンリエッタは頭の中で計算した。そして、彼の死の影響の大きさを考え、頭痛がする思いになった。幼馴染みは怒るだろう。彼を慕う、ツェルプストーと、アカデミーの実践魔法研究室室長は、激怒するだろう。復讐が、どこまで連鎖するか。彼女は自分ができることは何かあるかと、考えた。

 だが、そのアンリエッタの思考を止めるかのように、アニエスは言った。

 

「許せませぬが、復讐は止めておきます」

 

「……あら?」

 

 まさかの言葉に、アンリエッタは目を開き、自分の腹心の顔をジッと見つめた。

 そこ表情には曇りはなく、力強くアンリエッタを見返していた。

 そして、アニエスはさらに言う。

 

「復讐の連鎖がどうこうではありません。今さら、この身に惜しいものなどありませんから」

 

「では、どうして?」

 

 アンリエッタの問いに、アニエスは「フッ」と笑って答える。

 

「彼の肩には、トリステインの未来という重たい荷物が載っている。その荷物を押しのけて復讐を()げられるほど、わたしは偉くなったつもりなどないのです」

 

 どうやら。アニエスは、コルベールという人物がこれまで積み上げた実績の前に、復讐を躊躇(ちゅうちょ)したようだった。

 それはまさしく、彼自身が贖罪(しょくざい)の念で続けてきた、人のためになる数々の研究が実を結んだ瞬間と言ってよかった。

 そのまさかの結果に、アンリエッタは思いを馳せる。

 

 ここに、『ダングルテールの虐殺』は一つの節目を見せた。

 アニエスの恨みは消えていないが、今後コルベールが正しくその知識と知恵を使い続ける以上、その恨みが形となって現れることはない。

 

 アンリエッタがそう考えるうちに、アニエスは再び笑みを浮かべて、言った。

 

「それに……この仕事を続けて、わたしは存外トリステインという国が好きになったようです。なので……」

 

 アニエスの表情から、何かが取り払われたようにアンリエッタは思う。

 それはアンリエッタの思い込みか、それとも復讐に一区切りを付けたアニエスが、心からの笑みを浮かべられるようになったからか。アンリエッタが見守る中、アニエスは最後に言った。

 

「彼の命は、救われた世界とやらに免じて、見逃してやるとします」

 

 因果は巡る。しかし、それは必ずしも悪い結果として表れるとは限らない。

 




・『大いなる意思』と水の精霊
『大いなる意思』に感情があって破壊を受け入れる意思を持っていたというのは、本作品における独自設定です。
水の精霊は意思を持った巨大な精霊石説は、本作品における独自解釈です。実際のところ、ラグドリアン湖の水の精霊って何者なんでしょうね。
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