【完結】わたしのかんがえたかっこいいるいずさま   作:Leni

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2.短気は損気

「ようこそおいでくださいました、異国の御方」

 

 飛行の魔法『フライ』で学院の建物へと去っていく生徒達を見上げる、異国風の少年。その彼に、ルイズはトリステインの淑女が行う仕草で一礼した。

 この少年は遠い異国から来訪した異邦人であると、ルイズは今のところ仮定している。

 

 生徒達はこの少年を平民とさげすんでいたが、ルイズはこのような服を着た平民を一度も見たことがない。

 ルーンが刻まれる痛みで、先ほどまでのたうちまわっていた少年。その最中、どさくさにまぎれて触った彼の服の質感も、今まで全く触ったことのないものだった。

 

 そして、極めつけはただの『フライ』の魔法を見て、この少年は驚愕したのだ。

 

 ルイズは考える。間違いない。この少年はわたし達の住むハルケギニア大陸西部では知られていない、未知の国から訪れた使い魔だと。

 

 魔法の始祖ブリミルの加護が届かず、細々とした交易すら行われていない国がある。今まで何度もルイズが考えていたことだ。

 エルフの住む聖地を隔てた東方。もしく、海原が広がる水平線のはるか遠く。

 

 始祖ブリミルがもたらした魔法の六千年王国とは異なる文明の魅力に、ルイズの好奇心はよだれをあふれさせた。

 

「わたしの名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。この国、トリステインの公爵を任されている貴族家、その三女でございます。わたしの召喚に応じてくださり、感謝を述べさせていただきます」

 

 この少年が、この国や周辺国家から呼ばれた可能性は、否定できない。

 見聞が広いと自覚しているルイズといえども、辺境の部族全てを把握しているわけではない。

 よってルイズは、近隣国までなら通用するであろう、公爵家の名前を出して自己紹介をした。

 

 その結果は、ただの困惑。ヴァリエールの名にも公爵の爵位にも、何の反応も示さなかった。

 

 ――やはり異国の人? 言葉は通じているはずだけど……。

 

 この少年は、ルーンを確認しようとする教師コルベールに、確かにハルケギニアの共通語を使って食ってかかっていたのだ。

 

 ハルケギニアでは共通の言葉と文字が用いられている。

 そして、東方から流れてくる品にはルイズの知らない文字が書かれている。文化が違うと言葉も違うということをルイズは理解していた。

 だがルイズは、この少年を異国から召喚された民だと信じて疑わなかった。

 

「あの、失礼ですがわたしの言葉は通じているでしょうか?」

 

「え、あ、うん」

 

 やはり通じる。

 使い魔となった生物は、人の言葉を理解する。ならば、異国の言葉を使う民も使い魔となればハルケギニアの言葉を理解するだろう。

 この少年の言葉を我々が理解できるのも『サモン・サーヴァント』もしくは『コントラクト・サーヴァント』の恩恵ではないか。ルイズはひとまずそう仮定した。

 それならば、一般の使い魔の鳴き声を人間が言葉として理解できないのは何故か、などという問題も彼女の頭に浮かんでくる。だが、そんなものは、全てが確定したあとに考えることだ。ルイズは、そう斬って捨てた。

 

「よろしければ、お名前をお伺いしてよろしいでしょうか?」

 

「え、その、俺の名前? 平賀(ひらが)才人(さいと)って言うんだけど……」

 

 好奇心が隠せないルイズ。一方、少年、才人はと言うと、自分の置かれた状況が、未だつかめていなかった。だが、名を問いかけられ反射的に答えてしまう。

 

 才人が何とか理解できたのは、自分がどうやら目の前の可憐な少女に『召喚』されたということ。

 自分が『使い魔』とかいうものにされてしまったこと。

 そして、キスで自分の身体に文字を刻んだり、空に浮かんだりする、まるで魔法のような『不思議な力』を使う人達がいるという、ファンタジーあふれた状況に自分が投げ出されてしまったということだった。

 

「ヒラガ・サイト。失礼ですが、どちらかが家名なのでしょうか」

 

「あ、ああ、平賀が苗字だ」

 

 気の抜けた声で才人は答える。だが彼の内心は、今にも叫び出したい気持ちだった。目の前の少女に怒鳴りつけたかった。

 

 ここはどこだ! お前達はなんなんだ! なんで飛ぶ! 俺の身体に何をした!

 

 だが、才人はできなかった。

 目の前の少女は、自分に敬意を払って接してくれている。それを怒鳴りつけ、一方的に怒りをぶつけるなど。そんなこと、世の可愛い女の子をこよなく愛する思春期の少年才人には、とてもできなかった。

 だから才人は、一つずつ疑問を問いかけることにした。

 

「えっと、ここはどこかな?」

 

「ハルケギニア大陸のトリステイン王国。その王国にある、トリステイン魔法学院でございます」

 

 全く聞き覚えのない地名が返ってきた。しかも魔法学院。

 才人は、ますます状況がファンタジーじみてきたと混乱した。

 

「あんたたちは何? 何も使わないで空飛んでいたけど……」

 

「やはり魔法をご存じないのでしょうか? わたし達はこの国の貴族であり、魔法という技術を学ぶメイジという存在です。空を飛び、無から火を起こし、生き物を遠くから呼び出します」

 

 ルイズは、才人を魔法のない文化圏から来た民だと断定した。よって、平民にはできないことを例に挙げて、魔法について簡単に説明した。

 

 一方、それを聞いた才人は、ようやく状況を理解した。

 自分は夢を見ている。はは、魔法使いの国に召喚されるなんて、この前やった、シミュレーションRPGの影響かな。

 混乱の中に光を見いだした才人は、やや落ち着いた様子で次の質問をした。

 

「俺の身体に何をしたんだ? 使い魔って言っていたけど、俺は何をされたんだ」

 

 恐る恐る質問をした才人とは対照的に、ルイズは冷え切った頭で覚悟を決めた。

 

 やはりそうだ。この人は、他の獣たちのように『サモン・サーヴァント』の導きに応じたわけではないのだ。

 ルイズは召喚の儀について、考察された本を読んだことがある。使い魔は自分に相応しい主の呼びかけに応じて自ら召喚の鏡をくぐるのだと。

 だから、獰猛(どうもう)な幻獣ですら、メイジは使い魔として喚び出し、無事に『コントラクト・サーヴァント』の行使が出来るのだと。

 

「そのことですが……ミスタ・ヒラガ。このような場所で立ち話もなんですし、落ち着ける場所で座ってお話しませんこと? あなたがおかれてしまった状況について、詳しく説明させていただきますわ」

 

 ルイズは覚悟を決めた。ここからが正念場だ。

 異国の民を(さら)ってしまった事実。それに関してルイズは、すでにさしたる問題ではなくなったと思っていた。トリステインも知らず、魔法もない国の人が拉致されたからと言って、遠い異国の自分にまで害が及ぶとは思えない。

 だがしかし。目の前の少年、才人に悪い感情をもたれてしまうわけにはいかなかった。

 

 見たこともない素材の服。人類の生活の基礎であるはずの、魔法のない国の文化。

 隣の国ゲルマニアですらルイズの好奇心を満たす数々の技術があるのだ。遠い異国ともなればどれほどのものか。

 

 そして、使い魔だ。

 

 人間の使い魔など、聞いたこともない。希少さで言うならばこの国随一と言っても良いだろう。

 平民なんて召喚して、どうするんだ。そうルイズは生徒達に馬鹿にされたが、それは違うとルイズは考える。

 

 人は金で簡単に従わせることができる。だが、それは他の高等な幻獣と呼ばれるものも、同じなのだ。

 軍はグリフォンを、マンティコアを、ワイバーンを自らの手駒として飼い慣らしている。

 

 大事なのは、生物としての格だ。人間は、このハルケギニア大陸西部を支配した。身体能力や寿命でならば、人間を超える生物などいくらでもいる。だが、実際大地を支配し自由に作り替えている者は、人間なのだ。

 魔法の使えない異国の民とて、その格に変わりはないだろう。

 大地の隅々まで居住の地を伸ばしているのは、メイジではなくその手で土を耕す平民だ。

 

 さらに、この少年はどうだろう。自分とは人種が違うように思えるが、整った髪、血色の良い肌、汚れもほつれもない服、頑丈でそれでいてやわらかそうな靴。

 貴族のそれに匹敵するような快適な暮らしが、大地の上で根付いているであろうことは、簡単に想像できた。

 

 この少年は、ぜひとも自分の物にしなければ。

 ルイズは好奇心だけではなく、独占欲も旺盛(おうせい)であった。

 

「どうぞこちらへ。わたしの部屋に案内しますわ」

 

 欲に濡れた笑みがこみ上げてきそうになり、ルイズはとっさに才人に背を向けて、学院の建物へと歩き出した。

 

「あ、なあ、ルイズ、さん? その前にちょっといいかな」

 

「はい、なんでしょうか」

 

 口元を押さえて才人に振り返るルイズ。

 今、ルイズの顔には、同級生達から『魔女の笑み』と呼ばれる、邪悪な表情が浮かんでいた。まだ、これを彼に見せるわけにはいかない。

 

「殴ってくれ」

 

「え?」

 

 唐突な提案に、ルイズは思わず笑顔を崩して、口をあんぐりと開けてしまった。

 

「思いっきり、俺の頭を殴ってくれ」

 

「……どういうことでしょうか?」

 

 異国の民は何を言い出すのか分からない。これが文化の違いか。

 いきなりのカルチャーショックに、ルイズは困惑した。

 

「面白い夢なんだけどさ、そろそろ夢から覚めたい。夢から覚めて、インターネットするんだ。今日の夕食はハンバーグだ。今朝、母さんが言ってた」

 

「……は? インターネット?」

 

「いや、いい。君は俺の夢の住人なのだから、気にしないでくれて良い。とにかく俺を夢から覚めさせてくれ」

 

 ルイズの思考が凍った。

 

 ――夢って、夢って! あれだけ、あれだけ説明したのに、まだこの状況を理解できていないというの、このぼんくらは!

 

 心の中を渦巻いていた歓喜と覚悟は、一瞬で怒気に切り替わった。

 期待していた自分の使い魔が、ぼんくら。夢と現実の見分けも付かない、ぼんくら。そう考えたルイズの頭は、沸騰してしまった。

 ルイズは短気だ。同級生や悪友からもよく言われる、改めようと思っても直らない彼女の欠点であった。

 

「なんだかよくわかりませんが、殴ればいいんですね?」

 

 ルイズはぎゅっと拳を握りしめた。殴れと言うなら殴ってやろうではないか。

 

「お願いします」

 

 拳を握りしめたまま、ルイズは右腕を振り上げる。『魔法の杖』が仕込まれた右腕を、だ。

 

「ええ、そんなに夢から覚めたいなら」

 

 体重も腰も入れていない、少女の細腕による一撃。だが、それには、ルイズの理不尽すぎる怒りが乗せられていた。

 

「今すぐ現実を直視させてあげるわよ!」

 

 才人の頭は、小さく爆発した。

 

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